皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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「ユーリ様、コリンズ伯爵からの面会の申し込みがきておりますが」
「あー、お断りして。あと、宰相にも報告しておいてね」
「かしこまりました」
そう言って、リリは部屋を出ていった。
そして有里は、ふう・・・と息を吐いた。

有里が此処に住み始めて三日経った頃からだろうか。
貴族からの面会の申込がひっきりなしに入り始めたのは。
一般市民の有里にはお貴族様の考えてる事はわからない。精々、皇帝に取り入ってもらうのが目的なのだろうが。
そして当然ながら、貴族への対処の仕方すらわからない。力関係、派閥等々。余計な一言がアルフォンスの立場を悪くするのでは・・・
そんな思いから、面会の申込がきても全て断り、むを得ない場合は宰相であるフォランドに相談、同席してもらっているのだ。
だが、あと数時間後、有里はある貴族と面会と言う名の、対峙をする。勿論、フォランドも同席する。
何故、苦手な面会をしようと決心したのかと言うと、それは、五日前の出来事があっての事だった。


図書館からの帰り道。廊下を曲がろうとしたその時だ、その会話が耳に飛び込んできたのは。
「まったくもって陛下も、どこの馬の骨とも知れない女を傍に置くなど。プロムベルク伯爵もそう思われませんか?」
すぐに自分の事なのだと有里は理解する。
「アークル伯爵、それは女神を侮辱する発言。お控えなさい」
プロムベルクと呼ばれる男は、アークルの発言をたしなめる。
「そうは言いますが、彼女は陛下の世話係と言うではありませんか。一体、どのようなお世話をしているものやら」
と、厭らしい笑いを浮かべた。
その言葉にプロムベルクはあからさまに嫌悪感を浮かべ、「あぁ、貴方は使徒様が降臨された場面をご覧になっていなかったのでしたね」と、顔を顰めた。
「彼の方に貴方はお会いした事はあるのですか?」
「いいえ。残念ながらまだですよ。彼女は我等との面会をことごとく断っているそうじゃないですか」
「そうですね・・・ですが、彼の方とはわざわざ面会を申し込まなくとも、お言葉を交わすことは可能なのですよ」
「知っていますよ。まるで下働きのように庭や畑を手伝って泥まみれだったり、騎士達とも懇意にしているとか・・・」
その言葉には、益々侮蔑の色が濃く滲んでいる。
「陛下だけでは飽き足らず、男どもにはその身体を使って誘惑しているのではと、もっぱらの噂ですよ」
プロムベルクは「初耳ですね」と、眉を上げた。
「その噂とは、貴方が広めているのではないのですか?」
「まさかまさか!恐れ多い。・・・ですが」
と声を潜めた。
「毎晩、陛下の前で足を広げ迎えている・・・だとか、騎士や官僚などに、なりふり構わず身体を開いている、など・・・いい噂は聞きませんね」
と、さも面白いとばかりに、くつくつと笑った。
アークルのその醜い笑みに、プロムベルク嫌悪の色を隠すことなく正面に立った。
「伯爵、一体誰がそのような噂を流しているのか、教えていただけませんか?貴方はそれが事実なのだと確信しているからこそ、私に話しているのですよね?」
「え?あ・・いや、単に小耳にはさんだだけで・・・誰がとは・・・」
彼は急にどもり、焦りを見せる。
プロムベルクは温和な人として知られており、まさかこのような反撃を受けるとは思いもよらなかったらしい。
「それに、あくまでも噂ですよ、噂。では、私は急ぎの用がありますので・・失礼」
と、早足でその場を離れていった。
その姿をしばらく睨みつつ、自分もその場から離れようと踵を返した時、目の前に有里が立っていた事に、プロムベルクは目を見開いた。
「ユーリ様」
そう言って頭を下げる彼に、有里は申し訳なさそうに眉を下げた。
「プロムベルク伯爵、庇ってくれてありがとうございます」
と頭を下げた。
「おやめください!ユーリ様!貴女様はそう簡単に頭を下げてはいけない方なのですよ。前にも申し上げましたでしょうに」
と、困った様に笑った。
有里と彼は以前、お城探検中に出会っていて以来意気投合し、貴族の中では唯一の茶飲み友達だった。
だがこの事は、アルフォンスを含む数人しか知らない。
公にすると何かと面倒なので、今の所は秘密事項になっている。
なので彼も誰に遠慮することなく、貴族達の間でささやかれている噂などの情報を提供してくれる、有里限定の間諜となっていた。
「ユーリ様には不快な思いをさせてしまいました。申し訳ありません」
頭を下げようとする彼を有里は止めた。
「いいえ、反感を持つ者が出てくることは予想してましたし、私が使っている部屋が部屋ですから・・・ね」
彼女とて馬鹿ではない。皇帝と扉一枚で繋がっている部屋が、どういう意味を持っているのかくらい、容易に想像できる。
「それよりも、彼が言っていた噂って・・・」
「えぇ、初めて聞くものです。ユーリ様に対しての噂は、精々『陛下の傾国の寵姫』位なものです」
「寵姫・・・・ねぇ・・・何処をどう見てそんな噂が出るんだろ・・・」
苦笑しながら首を傾げる有里に、プロムベルクは「噂なんてそのようなものですよ」と笑った。
実は彼にも年齢などの事は話しており、彼女が降臨したあの現場に立ち会っていたため、すんなりと色々な事を受け入れてくれた。
「このまま黙っていますか?」
「何を?」と有里は聞かない。
「彼はつけあがって、それこそ色々な噂を流し始めますよ」
「うん・・・アルの・・・陛下の為にもよくないよね・・・・」
しばらく考え込むと、後ろに控えていたリリとランに声を掛けた。
「リリ、ラン、確かアークル伯爵からの面会の申込があったよね」
「はい。これまでに五回ほど」
「ほう・・・五回も?それはそれは、ねちっこいですね」
と、クスクスと笑った。
それにつられ有里も笑う。
「五回なんて可愛い方ですよ。ヌルガリ伯爵なんて、ほぼ毎日・・・うざい通り越して、今では感心しきりです」
「毎日?・・・くっくっくっ・・・女神によって公開処刑されたようなものですからね。貴方の慈悲に何が何でも縋りつきたいのでしょう」
「無理無理!多分、一生会わないと思うし」
「それが賢明です。で、アークル伯爵とお会いになるのですか?」
「そうね~。取り敢えずはその口縫い付けちゃおっかな~って思ってる」
「ほほぅ・・・」
「まぁ、私は今だこの世界の階級とか、その関係とかが把握できてないから、宰相に手伝ってもらうつもり」
「それが宜しいですね。宰相閣下であれば、ユーリ様が何かヘマをしても難なく助けて下さるでしょう」
「むぅ~、私がヘマする前提なのね」
「これは失礼。『傾国の寵姫』様」
揶揄う様にクスクスとプロムベルクが笑えば、初めは唇を尖らせていた有里だったが、一緒にクスクスと笑い始めた。
「面会の成果を後ほどお聞かせくださいね」
「えぇ、また一緒にお茶しましょうね」
そう笑い合って、二人はその場を離れたのだった。
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