皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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「はぁ・・・・」

有里は本日何度目かになる溜息を吐くと、はっとしたように目の前の初老の男性にばつの悪そうな顔を向けた。
もう諦めました・・・という様に手元の本をぱたんと閉じ、皇后専属の家庭教師セイレムは「では、聞きましょうか?」とにっこりほほ笑んだ。

有里は今更ながら落ち込んでいた。
皇后として及第点は貰っているが、あくまでも及第点。まったくもって足りないものばかり。
婚礼の日程が決まってからと言うもの、セイレムにこの国の貴族の力関係などを叩きこまれつつ、皇帝の片腕としての立ち振る舞いを学んでいるのだ。
だが・・・・
「私ってつくづくお妃さまに向いてないなって・・・・」
「それは又、どうして?」
「・・・・腹芸が出来ないという事が・・・しみじみわかったから」
「ほほぉ」
セイレムは片眉を上げ、ニヤリと笑った。
「先日の事ですな?」
彼の言う先日とは、カミル達の事を言っているのだと分かって、頷いた。

カミルが突撃来訪した晩の夕食会は表面上恙なく進み、終わった。―――有里を除いては・・・・
彼女にとっては出だしから躓きっぱなしだったのだから。
まず、夕食会直前に愛しい夫にぺろりと美味しくいただかれ、羞恥の為、瀕死の状態でのぞんだ夕食会。
皇帝と遅れて入場した有里を見て、一瞬にして鬼のような形相になるカミル。
お忍び帰りの彼等のいで立ちは、お世辞にも綺麗とは言えなかった。
だが、正装して現れた彼等は正に美しく、有里に至っては珍しい黒髪に黒い瞳。象牙色の肌はほんのり紅色に染まり、どこか艶麗。
要は、カミルは舐めていたのだ。自分より美しい人間はアルフォンス以外に居ないのだと。だが蓋を開けてみれば彼女は美しく変身しているではないか。
そしてその色香に頬を染めているルイスを横目に、カミルは悔しそうに唇を噛みしめるしかない。
こういう・・・・事に疎いカミルですら、分かる。誰がどう見ても、情事の後だと。そんなものを見せつけられ、冷静ではいられるはずがないのだ。

人を殺せるのではないかというくらいの、刺すような眼差し。
初めて見る使徒の着飾った美しさと色香に、うっとりするような眼差し。
愛しくて堪らないとばかりの、甘さ全開の蕩けるような眼差し。

三者三様の視線にさらされる本人は、堪ったものではない。

有里にしてみれば巻き込まれ事故としか言いようがない筈なのに、自分は何一つ望んでいないのに、矢面に立たされているこの理不尽さと恐怖。
夢に見てしまうのではと思うほどのレベルだ。
そして一方的ではあるが、目の前でイチャイチャし始める皇帝夫妻に、カミルの機嫌は急降下。
目の前で繰り広げられるあからさまな態度に、真冬でもないのに室内の温度が低下していくという現象に、美味しいはずの料理の味すらわからなかったくらいだ。

有里にしてみれば、別にカミルが自分に対して冷たい態度や嫌味を言うのであれば、適当に相槌を打ち右から左に聞き流しやり過ごすつもりだった。
向こうの世界で培った職場スキルをいかんなく発揮して。
だが、その戦いに夫やルイスまで参戦してきたものだから聞き流すに流せなくなり、ただただハラハラするしか出来ない。
気をつかって、有里がカミルやルイスに話題を振れば、カミルからは「はい」「いいえ」「そうですわね」と。ルイスはそんなカミルを諫めながら話題に乗ってくれるのだが、アルフォンスも話題に入ってくると目の色を変えてカミルも話に加わってくる。
するとアルフォンスはにこやかに、カミルが有里に対して返してきたような塩対応できっぱりと返すのだ。
当のカミルには全く伝わっていないのだが・・・・

その時の三人の表情ときたら・・・・・
カミルは言わずもがな、恍惚と皇帝を見つめ。
ルイスはキラキラとした眼差しで、皇帝夫婦を見つめ。
アルフォンスはただただ、愛おしそうに有里を構い倒す。

有里の心の目は、阿鼻叫喚の図を映し出していて冷や汗が止まらない。
そんな事を繰り返されれば、この夕食会が地獄の晩餐会にしか感じられない。
しかも、「何故こうも皆、マイペースなの!?」と彼女一人がこの状況についていけないでいるのだ。

疲労困憊の夕食会の翌日。カミルの父であるレオンハルトがやって来た。
前もって段取りを付けてあったのか、アルフォンスとの挨拶もそこそこに、カミルをべェーレル国シェザリーナ女王の元へと有無を言わさず送り出してしまった。
それが彼女にとっての『罰』なのだと、カミル自身気付いていたかはわからない。
周りから見てもレオンハルトの態度が、余りにも普段と変わりなかったから。
まるで隣の国へとお使いにだすかの様なそんな態度は、カミルになんの疑いを持たせる事も無かった。
彼女に課せられる罰に関し、誰一人として口を開く事は無かったので、カミル自身も自国に返ってから何らかの沙汰があるのだと思っていたのかもしれない。
そして、どんな罰が課せられようと、これまで通り何とかなるのだと考えていたのだろう。
娘を送り出した彼は、アルフォンスに対し謝罪と感謝を述べると、あっさりと国へと帰ってしまった。
あまりに淡々とした態度とやり取りに、有里は心の中に渦巻く言葉に出来ない感情を持て余し、漠然と『向いていない』と思ってしまったのだ。


「全てに対し私はハラハラのし通しで・・・・『向いてない』って、心の底から思ってしまったんですよね」
「・・・・それだけですか?」
本当にそれだけの理由なのか・・・と、探る様な眼差しに、有里は困った様に眉を下げた。
「所作・・・かな」
カミルを見て、敵わないなと思った。
いや、カミルだけではない。これまでにあった貴族令嬢にも感じていた事だが、カミルに感じたそれ・・は、群を抜いていたのだから。
一国の姫君なのだ。その立ち振る舞いも優雅で品があった。
きっとあの性格でなければ、皇帝の妻も夢ではなかったかもしれない。・・・・まぁ、血が近すぎる事は難ではあるが。
「私も一生懸命頑張っているつもりだったけど、現実を突きつけられて、まだまだ、敵わないなって」
「それは、致し方ない事でしょう。彼女等は小さな頃からそれが常識だったのですから。一朝一夕でできるものでは無い事ですよ」
「わかってます。分かってはいても・・・なんか、落ち込んでしまうんですよね」

分かってはいても、格の違いをまざまざと見せつけられた気がして、何ともやるせない気持ちになってしまう。
ぶっちゃけ、テンションダダ下がり・・・というやつだ。

そんな有里の様子にセイレムはやれやれ、と言った様に苦笑を浮かべる。
自分を冷静に見つめる事が出来るというのは、大変に素晴らしい事だと思う。カミルを見た後であればなおさらに。
だが、妃に必要なのは何も立ち居振る舞いが優雅な事だけではない。
一番重要な事は、国民をいかに大事に思っているか。なのだと、セイレムは思っている。
国民の為に何が出来るか、何をしたらいいのか・・・その思いは全て、国民を大切に思う気持ちが無ければ考えられない事なのだから。
有里はその思いを根底に、無意識に持っている。と言うのも、前の世界では納税者だったからなのだと言っていたからなのかもしれないが。
世界は違えど、血税が何に使われるのかは気になるようで、ドレス一着作るにしてもあまりいい顔はしないのだと、侍女たちが嘆いていた。
帝国の妃なのだからみすぼらしい格好は出来ないという思いと、こんなに贅沢をしていいのか・・・という思いの板挟みになっているのだというのだが。

これまで会ったどんな女性よりも、ユーリ様ほど皇后様に相応しい人はらないと思うのですが・・・・

彼女の取ってきた行動で、少なくとも城内の人間は彼女の事を慕っている。女神ユリアナのというより、彼女の信者の様に。
それなのに、余りにも自己評価が低すぎる。
「ユーリ様は、そのままでいいと思いますよ」
「・・・・もしかして、もう、伸びしろが無い?」
「まさか。まだまだしごきがいがあり、私は嬉しいのですから」
「うっ・・・・でも、そう言ってもらえると、嬉しいわ」
そう言いながら笑う有里に、セイレムは目を瞠る。
「・・・・貴女のそう言う所が好ましい」
「?どういう所?」
「ふふふ・・・今はわからなくても良いのです。ですが、貴女ほどこの国の母に相応しい人はいないのだという事だけは心に留め置いてください」
「むむぅ・・・そんな嬉しい事を言われるとがんばらざるおえないじゃないですか・・・」
子供の様に唇を尖らせ、拗ねたように照れる可愛らしさ。
セイレムは自分の娘でも見るかのように優しい眼差しを向け、甘い甘い飴を差し出した後の鞭を振るう。
「では、落ち込んでいる暇は有りませんね。婚儀までたった一年しかないのです。その間もひっきりなしに貴族が面会に訪れるでしょう。それと並行し御公務もこなしてもらわねばなりません。二日後には城下にある孤児院でしたね。その孤児院の事も少しお勉強してから訪問したほうがよろしいでしょう」
「うっ・・・・」
「さぁ、時間は有限です。さくさく進めますよ」
急に張り切り出した先生に有里はほんの少し困った様に眉を寄せたものの、嬉しそうに返事を返す。

先ほどとは違う晴れやかな有里の笑みに、セイレムは自分も信者になってしまったのかもしれないな・・・と、苦笑するのだった。

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