皇帝とおばちゃん姫の恋物語

ひとみん

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嵐が去った後の様に、城内に静けさが戻ってから一月弱経った。
その間、延びに延びていた慰労会も終わり、いつもの日常が戻ってきた。
約一年後の結婚式を控え、通常業務の他に打ち合わせやら何やらでかなり忙しい毎日を送っていたのだが、地獄の晩餐会を経験した有里にしてみれば間違いなく穏やかな日々である。
そんな穏やかな日にまたも波風を立たせる知らせが舞い込んできた。

アルフォンスに呼ばれ会議室へと行けば、フォランド達以外の主要貴族も揃っていた。
皆一斉に立ち、頭を下げ有里を迎える。
有里がアルフォンスの隣に座ると、皆も座り一斉にアルフォンスに視線を向けた。
有里も何度か会議に出席した事はあったが、何だか異様な雰囲気に良くない事が起きたのかと背筋を伸ばす。

「急に招集をかけてすまなかった。今朝ほどフィルス帝国より親書が届いた」
皇帝の言葉に室内の空気が揺れた。
アルフォンスの言葉を継ぐ様に、フォランドが親書を読み上げる。

その内容は、皇帝アルフォンスと女神の使徒である有里との婚儀に参列すると。
そして婚儀が終わるまで半年間ほど滞在すると言うものだった。

「半年・・・・という事は、あと半年でこちらに来られるという事ではありませんか!」
「一体、何の目的で!」
「・・・・単独の判断なのかどうなのか・・・・」
「そうですね。宰相の傀儡とも呼ばれている皇帝だ」
「そもそも、あの宰相が皇帝を国から出すとも思えないが・・・・」

フィルス帝国の実権は今現在、宰相が握っている。宰相のやり方に反発した貴族平民達が起こしたクーデターは失敗に終わり、皇帝自身、後ろ盾どころか権力すらないのが現状だ。
宰相自身としては、皇帝を亡き者にし帝国の頂点に立ちのが本音だが、そうはいかない事情と言うものがある。
ユリアナ信仰が強いこの世界では「単色」に強い意味を持っているからだ。
ユリアナが「黒」を纏う神なればその対となる「白」を纏うのもまた神なのである。
フィルス帝国の皇帝でもあるサイザリス・ルビアーノ・フィルスは髪も肌も全てが白く、瞳だけが血の様に赤い、所謂アルビノだった。
「黒」と「白」は対極にあれど、等しく神聖なものとしてこの世界で生きる人々に認められているのだ。
「黒」同様神聖視されている「白」を傷付けでもしようものなら、今は地下に潜っている反乱分子どころか、国民にまで命を狙われかねない。
宰相も皇帝のまねごとが出来ているのは、白の皇帝を盾にしているからだと理解しているので、下手に皇帝に手を出すことが出来ないのだ。
フィルス帝国の国民全てを騙し、希望も喜びも何も無い国を作ったのは紛れもない宰相である。
だがそれに関しては後悔はしていない。今のこの状況は宰相自身が思い描いていた、自分の為の理想郷なのだから。
国民は宰相達貴族が楽に贅沢する為の、糧。それ以上でもそれ以下でもない。
ある意味、白の皇帝がいなければ、何もできない事も宰相自身誰よりも分かっているはずなのだ。

だからこそ、宰相が白の皇帝を国外に出すなど、それ自体が有得ない事なのだ。
やってくるのは皇帝と数人の御付きの者だけ。その従者とて宰相のいぬだろう。
有里は眉間に深い皺を寄せながら目の前に置かれているカップを見つめた。
カップの中で揺れる紅茶を見つめながらふとユリアナの言葉を思い出す。

『私が決断を下す事のないよう、責任を果たしてもらわねばいけないのだけれどね』

その言葉が、頭の中で繰り返される。
今がその時なのだろうか・・・・いや、まだ彼が責任を果たそうとしている段階なのではないか。
今わかる事は、恐らく宰相が大胆にも己を守る『盾』を手放そうとしている事だ。その裏にある意図を、正しく読み取らなくてはならない。
それは良い事ではないのは確かで、それを阻止しなければ両大陸とも大変な事になる事だけは想像できた。

恐らく此処に居る皆が気付いている事だろう。
だからこそ、その真意を探り出したいのだ。
有里はちらりとアルフォンスを見ると、彼は瞳を閉じたままスッと右手を上げた。
すると一瞬にしてその場は静まり返り、皆がアルフォンスを見る。
ゆっくりと目を開くと、一度彼等の顔を見渡し小さく頷いた。
「恐らく彼の国の宰相が目論んでいるのは、フィルス皇帝の死だろう。我が帝国で彼の皇帝が亡くなったとあれば、彼にとって良いこと尽くしだ。目の上のたん瘤が無くなり我が大陸へと攻め込む大義名分も出来るからな」
室内は静まり返り、彼の言葉だけに神経を傾ける。
「だが、見方を変えればこれは好機ともいえる。フィルス皇帝はただのお飾りではない、優秀な方である。全てを承知でこの大陸に来るのだから。・・・・・そして恐らくこれが最良の好機だと踏んで我が国へ来られるのだろう」
そう、この国には前政権の重鎮達がいるではないか。
アルフォンス達は元々、フィルス帝国を立て直したいと思っていた。立て直すと言ってもそれはこの国の仕事ではない。
ただ、切っ掛けだけでも作る事は出来ないかと探っていたのだ。だからこそ、捕虜とは謳っているが、フィルス帝国の元貴族であり政治の中枢を担っていた者達を別邸へと移し客人として扱っていた。
そして日々入るフィルス帝国の情報を精査させているのだ。

恐らく動くとすれば、今なのだろう。
これを逃せば、アルフォンス達が生きている間にフィルス帝国に手を出すことはできないかもしれない。
ならば迷う事はない。時間もないのだから。

「フォランドはこの件に関し別邸で打ち合わせを。アーロンは警備体制の打ち合わせを至急。エルネストは彼等に付ける使用人達の選別を」
「はっ」と返事をし三人は頭を垂れる。
そして目の前の重鎮たちにも其々指示を出すと、蜘蛛の子を散らす様に急ぎ足で持ち場へと帰って行った。

誰もいなくなり「はぁ・・・」と溜息を吐きながら深々と椅子に沈み込ムアルフォンスに有里は、気遣う様にその手を重ねた。
自分よりも大きな手。剣を握る手はごつごつしているけれど誰よりも優しくそして力強く自分達を守り引っ張り上げてくれる。
今更ながら感謝の気持ちを込めて撫でていると「どうした?」と、ちょっと嬉しそうに目を細め有里を見る。
「うん・・・何となく、お疲れ様っていう気持ちを込めて、触ってた」
「・・・・・ふふふ・・・ユウリは本当にいとも簡単に俺を幸せにしてくれる」
「また大袈裟な・・・」
「いいや、本当だよ」
そう言うと、ふんわりと彼女を持ち上げ自分の膝の上に座らせた。
いつもであればそこで「恥ずかしい」と大暴れするのだが、蜜月期間での若干の慣れと、疲れ切っている夫を少しでも慰めたくてその首に腕を回し、そっと抱きしめた。
「ユウリにしては積極的だな」
「積極的な女は、嫌い?」
「いいや、ユウリであれば何でも好きさ。積極的でも、淫乱でもね」
「淫乱・・・・くっ・・・・」
呻きながら顔を真っ赤にする愛しい妻を、アルフォンスは期待を込める眼差しで見つめた。
「・・・・・陛下は、まだお仕事があるのでは?」
「そうだね。あの親書のせいでいらない仕事がまた増えたよ」
「ならばすぐに執務室に向かいましょうか?」
そう言いながら膝の上から降りようとする有里を逃がすまいと、腰に回していた腕に力を込め引き寄せる。
「そんなに急いだ所で事態は変わらないさ。それよりも、俺に今必要なのは癒しだと思うんだ」
え?休息ではなく、癒し?と、心の中で叫びギョッとした様にアルフォンスを見れば、いきなり濃く深い口付けをしてきた。
頬を染め呼吸を乱しながら、潤んだ眼差しでアルフォンスを睨み付ける有里など、怖いどころか更なる劣情を煽るだけ。
「では、俺を癒しておくれ。愛しい妻よ」
そう言って有里を抱いたまま立ち上がると、大股で寝室へと向かうアルフォンス。
これにはさすがの有里も慌てふためき、何とか夜まで待ってくれとお願いするが素気無く却下。

「俺の原動力はユウリだからね。たった一日会えないだけでもこんなになってしまうんだよ」
確かに昨日はお互い忙しく、珍しくも起きて顔を合わせる事がなかったのだが・・・
なら、遠征なんかで何日も会えなかったらどうなってしまうのか・・・思わず想像してしまい、色んな意味での恐怖を胸の奥にぐっと押し止める。
嬉々として自分を見つめる彼に何が言えるのか。

正に、惚れた弱みってやつか・・・

ふうっ、と息を吐き諦めた様に彼の首に腕を回しその耳元で囁けば、彼は嬉しそうにその頬に口付けるのだった。
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