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後日談 溺愛オメガは運命を織りなす
おひっこしはあれこれと
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「うわっ」
どさりと本がふって落ちた。
大変だ。怪我はないけど、びっくりした。
「大丈夫か!?」
あわてて駆けつけてきて、ぬっと大きな手が横からでてきた。筋ばった手の甲に血管が浮き出ている。夫の慶斗である。警備会社の職員ではないことは確かだ。
「だいじょうぶ……」
「寝室は俺がやるから、七海はリビングを頼む」
「え」
「あっちにある細々としたやつがあるんだ。おまえのほうが細かいの得意だし、俺だと壊してしまいそうなんだ。悪いが、ダンボールにいれてくれないか?」
寝室は俺の仕事場兼書斎ともいれるところなので、ちょっと躊躇してしまう。でも、脚立をつかって、あれこれと本棚から本を取りだして、梱包して、詰め込むのも一苦労だ。
「……いいの?」
「ああ。こっちの力仕事はまかせとけ。体力だけはあるからな」
「ありがとう」
悪いかなとおもった。でも、かれこれ上がり下がりを繰り返して膝がぶるぶると震えていたので大変ありがたい。さあさあと肩を押されるままに、俺は背中をむける。
ちらりと振り返る。
グリズリーが大きな体を丸めて、せっせっと本をクッション材に包んでいる。箱につめている姿はまるでプロにちかい。夫のほうが体力もそうだが、行き届いた丁寧さも備わっている気がする。俺よりも作業が早いし、もう本棚二列が空っぽになっている。
なんともなさけない、自分にため息がでる。
俺はいそいそとリビングへ足を伸ばした。そう、俺たちは引っ越しをしなければならない。退去日は目の前なのに、俺の荷物が行く手を阻んでいる気がする。大量の本に、大量の衣類、そして雑貨とこれまたたくさんあるのだ。
きっかけは前の部屋の更新の通知がたまった郵便物。そこからひょっこり顔をだしてあらわれてから、忙しい。
広告のチラシにまじって、うっかり捨てるところだったぞと、凛々しい眉根をよせる夫。
そして学生のころにここにきてから、もう十年以上たつねという俺。1LDKというほどよい広さだけども、そろそろちょっとだけど、そろそろひろいところもいいかなと顔を合わせた。理由は書斎がほしいところ。それともうひとつはまだないしょだ。
それから、休日に駅前の商店街を並んでぶらぶら歩いていると、不動産屋の前を通った。そこで、ちょうどいい物件が貼り出されているのを発見した。築10年の2LDKで、日当たりもよくて、対面キッチン、さらに庭つきというなんとも手ごろな家賃価格で誘ってくる。
そのまま内覧を希望して、夫の慶斗のほうが気に入ってしまい、あれよこれよというまに契約金を払い、引き渡し日と退去日が決まったのだ。
とにかく、一度決まったらあれやこれやと忙しい。
ダンボールを用意したり、荷物をまとめたり、本をいれたり、猫の手もかりたいほどにだ。
テレビにある、旅行先の温泉で買ったおみやげを箱にまとめる。数年ぶりの温泉はたのしかった。そして思い出すだけで、ちょっぴりと照れる。
人形に、あまったボタンに、必要ない書類に、散らばってある硬貨などをそれぞれまとめていく。
「七海、あのさ……」
「ん?」
よいしょっと、ひとつできたダンボールを抱えているとうしろに慶斗がいた。両手にはなにかを持っている。なんだろうと細い目をさらなは細める。
それは棒状の、そしていかがわしい色で、ほどよいふとさで、……ぶつぶつとつるりとした……あ……。
さあっと、体から熱がひいた。
「これ……」
「いっ」
「これ、どうするんだ?」
「え」
「おまえのだろう」
手には見たことのあるピンク色のオトナのオモチャがにぎってある。
しかもふたつ。いっこはレビューのおすすめに上がってきたけど、物足りない細長いやつで。
もういっこはベストセラー一位の極太のやつだ。ないしょで購入したのに、どうしてこのタイミングででてくるんだ。
「そ、そうです……」
「持っていくのか?」
「……は……ぃ」
最近は使ってないけど、その、それは、だいぶお世話になったもので……。オメガなもので、おもちゃは必須なので、小さくうなずくと、慶斗はおしだまる。
「………」
「えっと……」
恥ずかしいながら、言葉が浮かばない。
「……あのさ」
「へ?」
ぽつりと口をひらいた慶斗の顔をみる。真剣な眼差しをこちらに注いでいる。凛々しい眉をよせて、重苦しい雰囲気を漂わせて、ああ、これは、もしやりこん……。
いやな言葉が頭をかすめたとき、予想外な言葉が飛び出した。
「俺じゃだめか?」
「へ?」
「ヒートのときは休みも調整しているし、すぐに駆けつけるし、これよりも……」
「まってまって、けいと」
「これが相手していたと思うと、ちょっと悔しいんだ」
えっと……。
つよく握りしめて、ぎろりと睨めつけている様子にどう反応すればいいんだろう。これ、もしや……あれなのだろうか……?
「や、妬いてる?」
「そうだ」
「おもちゃに?」
「悪いか?」
その顔が至極当然という感じすぎておもわず吹き出してしまった。
「ぶっ」
そこからゲラゲラとした笑いからお腹の底から爆発したようにでた。すると、むすっとした表情を俺にむける。
「わるいか」
「わ、わるくな、い。わるく、……ないけど、……ふは、ふははは」
「笑いたければ、わらえ」
「いや、うん、……ごめ。あは、ははっ」
なんでも妬いちゃうんじゃないかと言いそうになって、ごとりと音がした。瞬間、抱きしめられた。唇がかぶせられ、笑いがきえる。
「笑いすぎだ」
「ごめん。でもかわいいなって思ったからさ」
「おまえのほうがかわいい」
「そうかな……」
「それは断言できる。とにかく、今日はここまでだ。休むぞ」
「えっ……、あっ……!」
抱きかかえられて、寝室の扉が勢いよくひらかれた。クローゼットにはまだぱんぱんと服が詰め込まれたままだし、リビングだって物が散乱している。本棚だって三列目までまだある。
「この、二本たちを試してからじっくりと考えることにする。どのぐらいみだれるんだろうな」
「げっ」
「おまえのお気に入りの活躍をとくと見せてもらう」
とてもとても、嫌な予感がする。そして、引っ越しは目の前なのに、俺はゴミの分別にさらに頭を悩ませてしまうことになる。
あたらしいところも楽しみだが、引っ越しすらままならない。
どさりと本がふって落ちた。
大変だ。怪我はないけど、びっくりした。
「大丈夫か!?」
あわてて駆けつけてきて、ぬっと大きな手が横からでてきた。筋ばった手の甲に血管が浮き出ている。夫の慶斗である。警備会社の職員ではないことは確かだ。
「だいじょうぶ……」
「寝室は俺がやるから、七海はリビングを頼む」
「え」
「あっちにある細々としたやつがあるんだ。おまえのほうが細かいの得意だし、俺だと壊してしまいそうなんだ。悪いが、ダンボールにいれてくれないか?」
寝室は俺の仕事場兼書斎ともいれるところなので、ちょっと躊躇してしまう。でも、脚立をつかって、あれこれと本棚から本を取りだして、梱包して、詰め込むのも一苦労だ。
「……いいの?」
「ああ。こっちの力仕事はまかせとけ。体力だけはあるからな」
「ありがとう」
悪いかなとおもった。でも、かれこれ上がり下がりを繰り返して膝がぶるぶると震えていたので大変ありがたい。さあさあと肩を押されるままに、俺は背中をむける。
ちらりと振り返る。
グリズリーが大きな体を丸めて、せっせっと本をクッション材に包んでいる。箱につめている姿はまるでプロにちかい。夫のほうが体力もそうだが、行き届いた丁寧さも備わっている気がする。俺よりも作業が早いし、もう本棚二列が空っぽになっている。
なんともなさけない、自分にため息がでる。
俺はいそいそとリビングへ足を伸ばした。そう、俺たちは引っ越しをしなければならない。退去日は目の前なのに、俺の荷物が行く手を阻んでいる気がする。大量の本に、大量の衣類、そして雑貨とこれまたたくさんあるのだ。
きっかけは前の部屋の更新の通知がたまった郵便物。そこからひょっこり顔をだしてあらわれてから、忙しい。
広告のチラシにまじって、うっかり捨てるところだったぞと、凛々しい眉根をよせる夫。
そして学生のころにここにきてから、もう十年以上たつねという俺。1LDKというほどよい広さだけども、そろそろちょっとだけど、そろそろひろいところもいいかなと顔を合わせた。理由は書斎がほしいところ。それともうひとつはまだないしょだ。
それから、休日に駅前の商店街を並んでぶらぶら歩いていると、不動産屋の前を通った。そこで、ちょうどいい物件が貼り出されているのを発見した。築10年の2LDKで、日当たりもよくて、対面キッチン、さらに庭つきというなんとも手ごろな家賃価格で誘ってくる。
そのまま内覧を希望して、夫の慶斗のほうが気に入ってしまい、あれよこれよというまに契約金を払い、引き渡し日と退去日が決まったのだ。
とにかく、一度決まったらあれやこれやと忙しい。
ダンボールを用意したり、荷物をまとめたり、本をいれたり、猫の手もかりたいほどにだ。
テレビにある、旅行先の温泉で買ったおみやげを箱にまとめる。数年ぶりの温泉はたのしかった。そして思い出すだけで、ちょっぴりと照れる。
人形に、あまったボタンに、必要ない書類に、散らばってある硬貨などをそれぞれまとめていく。
「七海、あのさ……」
「ん?」
よいしょっと、ひとつできたダンボールを抱えているとうしろに慶斗がいた。両手にはなにかを持っている。なんだろうと細い目をさらなは細める。
それは棒状の、そしていかがわしい色で、ほどよいふとさで、……ぶつぶつとつるりとした……あ……。
さあっと、体から熱がひいた。
「これ……」
「いっ」
「これ、どうするんだ?」
「え」
「おまえのだろう」
手には見たことのあるピンク色のオトナのオモチャがにぎってある。
しかもふたつ。いっこはレビューのおすすめに上がってきたけど、物足りない細長いやつで。
もういっこはベストセラー一位の極太のやつだ。ないしょで購入したのに、どうしてこのタイミングででてくるんだ。
「そ、そうです……」
「持っていくのか?」
「……は……ぃ」
最近は使ってないけど、その、それは、だいぶお世話になったもので……。オメガなもので、おもちゃは必須なので、小さくうなずくと、慶斗はおしだまる。
「………」
「えっと……」
恥ずかしいながら、言葉が浮かばない。
「……あのさ」
「へ?」
ぽつりと口をひらいた慶斗の顔をみる。真剣な眼差しをこちらに注いでいる。凛々しい眉をよせて、重苦しい雰囲気を漂わせて、ああ、これは、もしやりこん……。
いやな言葉が頭をかすめたとき、予想外な言葉が飛び出した。
「俺じゃだめか?」
「へ?」
「ヒートのときは休みも調整しているし、すぐに駆けつけるし、これよりも……」
「まってまって、けいと」
「これが相手していたと思うと、ちょっと悔しいんだ」
えっと……。
つよく握りしめて、ぎろりと睨めつけている様子にどう反応すればいいんだろう。これ、もしや……あれなのだろうか……?
「や、妬いてる?」
「そうだ」
「おもちゃに?」
「悪いか?」
その顔が至極当然という感じすぎておもわず吹き出してしまった。
「ぶっ」
そこからゲラゲラとした笑いからお腹の底から爆発したようにでた。すると、むすっとした表情を俺にむける。
「わるいか」
「わ、わるくな、い。わるく、……ないけど、……ふは、ふははは」
「笑いたければ、わらえ」
「いや、うん、……ごめ。あは、ははっ」
なんでも妬いちゃうんじゃないかと言いそうになって、ごとりと音がした。瞬間、抱きしめられた。唇がかぶせられ、笑いがきえる。
「笑いすぎだ」
「ごめん。でもかわいいなって思ったからさ」
「おまえのほうがかわいい」
「そうかな……」
「それは断言できる。とにかく、今日はここまでだ。休むぞ」
「えっ……、あっ……!」
抱きかかえられて、寝室の扉が勢いよくひらかれた。クローゼットにはまだぱんぱんと服が詰め込まれたままだし、リビングだって物が散乱している。本棚だって三列目までまだある。
「この、二本たちを試してからじっくりと考えることにする。どのぐらいみだれるんだろうな」
「げっ」
「おまえのお気に入りの活躍をとくと見せてもらう」
とてもとても、嫌な予感がする。そして、引っ越しは目の前なのに、俺はゴミの分別にさらに頭を悩ませてしまうことになる。
あたらしいところも楽しみだが、引っ越しすらままならない。
応援ありがとうございます!
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みんなの感想(3件)
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うんうん❤️幸せが続いているよ。お互い素でそこそこ言い合えるようになってよかったよ。後日談ありがとうございました😊次回はケイト視点かな。
そして変わらず🌙でも読んでしまった。私には待てができませんでした。忠犬になれず無念。ごめんなさい💦
感想ありがとうございます。
感想で後日談をといただいて、とてもうれしくて書いてみました。ムーンさんのほうでもお読みいただきありがとうございます。
攻め視点、しばし時間おきますが投稿するのでお待ちくださいませ✨
更新ありがとうございます
結婚してくれたのに、お互い重い片思いしてる
グリズリーとケロベロス夫婦はまことにかわいい😊
丁寧に二人の暮らしぶりや会話が書かれ、すごく引き込まれます
続き楽しみです
感想ありがとうございます。とてもうれしいです。攻め視点もあるので、いつかお披露目できればと思います🥳
この2人めっちゃ好きです。寝癖のグリズリーを慈しむ姿!ケルベロスと名付けちゃうところも可愛いし、饒舌なケイトもたまりません。
素敵な世界に感謝。🌙でも読ませてもらいましたが、こちらでもおかわりしちゃいました。後日談欲しいなあ。また2人に会いたいなあ。
感想ありがとうござます。
攻め視点をちょこちょこ書き始めてみたので、遅筆ですが近いうちにお見せできるかもしれません。
素敵なお言葉ありがとうございます。とてもうれしいです(*'▽')