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三章 ただ、君を信じて
第四話 暁を駆ける
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夜更け。
宿舎の灯火もすでに落ち、外はしんと静まりかえっていた。
その沈黙を破るように、扉が乱暴に叩かれる音が響いた。
「陸誠様!!伝令です、至急、城の広間へ!」
ぱちり、と瞼を開くより早く、誠は起き上がり、外へ出た。
「……こんな夜更けに、何事です?」
声は低く、けれど明らかに緊張を孕んでいた。
伝令は息を整えることすらできず、口早に言った。
「仔細は広間にて、とのことですが……!」
「ですが?」
「……姫様が……伽耶様が、攫われたと……!!」
ぞくり、と背筋を走ったのは、冷たい感覚でも、怒りでもなかった。
それは、“血の気が引く”という言葉が、そのまま形を成したような衝撃だった。
「……っ!」
脳裏に、今日の昼、伽耶がふと見せた不安げな微笑がよぎる。
『わたしにだって、できる』
そう言っていた。
小さく強がって。
けれど、確かに、信じて任されていたのに。
「……っ、広間はどちらだ」
唇を噛み、誠は足音も荒く駆け出した。
広間。
重臣たちが集う中、扉が乱暴に開かれ、景仁が足音荒く姿を見せる。
同時に、伝令が口を開いた。
「申し上げます!伽耶姫様の一団が、野営中に襲撃を受けました!」
ざわっ、と場が揺れる。
「どういうことだ!?」
「誰の仕業だ!」
「落ち着け!」
重たい声で一喝したのは景仁だった。
「詳細を報告しろ」
景仁の静かな声に、伝令が手元の文書を開く。
固唾を呑む面々を前に、淡々と読み上げられた。
「視察中、野営にて突如、兵士たちの大半が原因不明の症状により昏倒。
同時に正体不明の武装集団が襲撃、近衛兵が応戦するも、数で劣勢に。
姫は護衛とともに馬車内に避難したが、最終的に賊によって拉致された模様」
ざわり、と広間に動揺が広がる。
「……なお、姫を乗せた馬車を最後に目撃した女官が、馬を駆って逃げ延び、本国へ知らせてくれました。
彼女の証言によれば、賊の一人がこう叫んでいたとのことです。
『国軍が追ってくる、早く国境へ!張様に怒られちまうぞ!』……と」
「……っ」
烈翔が拳を握りしめ、机を叩く音が、ひときわ大きく響いた。
伝令は肩で息をしながら、一礼する。
その名に、重臣たちの間でざわめきが走る。
「張……?」
「張昶か……」
総雅が眉をひそめた。
「奴が……!」
「……」
誠が一歩、進み出る。
「野営地の位置は、計画書で確認しております。
拐かされた時刻、そして賊の発言を総合すると、
現在、姫様はこのあたりにいると推察できます」
地図を指し示す誠の手は、明確な根拠を持っていた。
だが、そこからの言葉は、まるで自らを追い立てるように畳みかけられていく。
「すぐに出陣すれば、夜明け前には森を抜けられるはずです。
強行軍にはなりますが、馬を交代させながら進めば……否、それよりも――」
少しずつ、声が速くなる。
「この道を越えて、川を渡れば、敵の進行方向を塞ぐことが」
「陸誠」
その声は、静かだった。
けれど、確かに、軍議の空気を凍らせるような重みを持っていた。
顔を上げると、そこには周焉明の姿。
変わらぬ冷静な眼差しが、まっすぐ誠を射抜いていた。
「落ち着け」
一言だけ。
それだけで、誠の口から言葉がこぼれるのが止まった。
「……っ」
「おまえが焦ってどうする。兵はおまえの声を聞いて動く。
その声に迷いがあれば、全てが崩れる」
「……申し訳ありません」
誠はわずかに俯き、拳を握った。
けれど焉明は、責めることはしなかった。
ただ、そっと言葉を添える。
「姫様は、おまえを信じている。
ならば、おまえも自分を信じろ」
その言葉に、誠の肩から力が抜けた。
深く息を吐き、再び地図を見下ろす。
「……賊の発言が虚偽である可能性も否定できません。
賊の本隊を囮として動かし、別方向へ移動していることも考えられます。
ゆえに、追撃隊は二軍に分け、片方は予想位置へ、もう一方は回り込みながら国境への別行程を警戒する形で展開すべきかと」
「お前が、指揮を執れるか?」
景仁の問いに、誠は迷わず頭を下げた。
「はっ。姫様を、必ずお救い致します」
広間の空気が張り詰めたまま、景仁が深く息をついた。
「俺も出るぞ!」
烈翔が即座に立ち上がる。
「妹を奪われて黙っていられるか!それに、あの野郎の顔は覚えてる。確実にこの手で叩き潰してやる!」
「わたしも!」
華蘭が声を上げた。
「兄様だけに任せておけません!」
重臣たちがざわつきかけたその時、景仁が手を上げて静止した。
そして、数瞬の沈黙の後、静かに言い放つ。
「総雅と陸誠に任せる」
全員が、驚いたように息を呑む。
「総雅は、冷静だ。動じぬ目を持つ。
陸誠は、信頼に足る軍師であり、伽耶に最も近しい存在。
この一件、誤れば国の命運に関わる。
ゆえに……任せるに足る者を選ぶのだ」
その言葉に、烈翔は食い下がろうとしたが、誠が一礼して制した。
「……必ず。身命を賭して、姫様をお救い申し上げます」
夜明け前。
まだ空が白む前の、最も冷たい時間。
誠は、静かに甲冑を身につけていた。
鋲打ちされた革鎧の紐を締めるたびに、心が研ぎ澄まされていくようだった。
「……陸誠」
背後から名を呼ぶ声に、手が止まる。
振り返ると、そこには総雅。
一分の隙もない装備で立っていた。
「焦ってはいないか」
「……はい。周焉明殿に諭されました」
「そうか」
短くうなずいた総雅は、地図を折り畳んだ。
「お前がいるなら、俺は前に出られる。心強いぞ、陸誠」
その言葉に、誠の表情がわずかに緩む。
「もったいないお言葉です」
そして誠は、鎧の上から腕帯をしめながら、ふと外を見た。
広場では、もう第二軍の兵たちが出陣の準備をしている。
そこに立っていたのは、周焉明と蒼煌辰。
誠は歩み寄り、二人に一礼した。
「第二軍、どうかお任せいたします。賊が囮を使っていれば、姫様はそちらの道に……」
煌辰が眉を上げて笑った。
「任されたら全力でやるだけさ。なぁ、周焉明どの」
「……無事に帰ってこい。姫様のもとに、お前がいるのが一番いい」
焉明の静かな声に、誠は頭を下げた。
「必ず。姫様をお連れして、帰還いたします」
空が白み始める。
冷たい風が吹き抜け、馬たちが嘶く。
「出るぞ」
総雅のその一声と共に、本軍が動き出した。
宿舎の灯火もすでに落ち、外はしんと静まりかえっていた。
その沈黙を破るように、扉が乱暴に叩かれる音が響いた。
「陸誠様!!伝令です、至急、城の広間へ!」
ぱちり、と瞼を開くより早く、誠は起き上がり、外へ出た。
「……こんな夜更けに、何事です?」
声は低く、けれど明らかに緊張を孕んでいた。
伝令は息を整えることすらできず、口早に言った。
「仔細は広間にて、とのことですが……!」
「ですが?」
「……姫様が……伽耶様が、攫われたと……!!」
ぞくり、と背筋を走ったのは、冷たい感覚でも、怒りでもなかった。
それは、“血の気が引く”という言葉が、そのまま形を成したような衝撃だった。
「……っ!」
脳裏に、今日の昼、伽耶がふと見せた不安げな微笑がよぎる。
『わたしにだって、できる』
そう言っていた。
小さく強がって。
けれど、確かに、信じて任されていたのに。
「……っ、広間はどちらだ」
唇を噛み、誠は足音も荒く駆け出した。
広間。
重臣たちが集う中、扉が乱暴に開かれ、景仁が足音荒く姿を見せる。
同時に、伝令が口を開いた。
「申し上げます!伽耶姫様の一団が、野営中に襲撃を受けました!」
ざわっ、と場が揺れる。
「どういうことだ!?」
「誰の仕業だ!」
「落ち着け!」
重たい声で一喝したのは景仁だった。
「詳細を報告しろ」
景仁の静かな声に、伝令が手元の文書を開く。
固唾を呑む面々を前に、淡々と読み上げられた。
「視察中、野営にて突如、兵士たちの大半が原因不明の症状により昏倒。
同時に正体不明の武装集団が襲撃、近衛兵が応戦するも、数で劣勢に。
姫は護衛とともに馬車内に避難したが、最終的に賊によって拉致された模様」
ざわり、と広間に動揺が広がる。
「……なお、姫を乗せた馬車を最後に目撃した女官が、馬を駆って逃げ延び、本国へ知らせてくれました。
彼女の証言によれば、賊の一人がこう叫んでいたとのことです。
『国軍が追ってくる、早く国境へ!張様に怒られちまうぞ!』……と」
「……っ」
烈翔が拳を握りしめ、机を叩く音が、ひときわ大きく響いた。
伝令は肩で息をしながら、一礼する。
その名に、重臣たちの間でざわめきが走る。
「張……?」
「張昶か……」
総雅が眉をひそめた。
「奴が……!」
「……」
誠が一歩、進み出る。
「野営地の位置は、計画書で確認しております。
拐かされた時刻、そして賊の発言を総合すると、
現在、姫様はこのあたりにいると推察できます」
地図を指し示す誠の手は、明確な根拠を持っていた。
だが、そこからの言葉は、まるで自らを追い立てるように畳みかけられていく。
「すぐに出陣すれば、夜明け前には森を抜けられるはずです。
強行軍にはなりますが、馬を交代させながら進めば……否、それよりも――」
少しずつ、声が速くなる。
「この道を越えて、川を渡れば、敵の進行方向を塞ぐことが」
「陸誠」
その声は、静かだった。
けれど、確かに、軍議の空気を凍らせるような重みを持っていた。
顔を上げると、そこには周焉明の姿。
変わらぬ冷静な眼差しが、まっすぐ誠を射抜いていた。
「落ち着け」
一言だけ。
それだけで、誠の口から言葉がこぼれるのが止まった。
「……っ」
「おまえが焦ってどうする。兵はおまえの声を聞いて動く。
その声に迷いがあれば、全てが崩れる」
「……申し訳ありません」
誠はわずかに俯き、拳を握った。
けれど焉明は、責めることはしなかった。
ただ、そっと言葉を添える。
「姫様は、おまえを信じている。
ならば、おまえも自分を信じろ」
その言葉に、誠の肩から力が抜けた。
深く息を吐き、再び地図を見下ろす。
「……賊の発言が虚偽である可能性も否定できません。
賊の本隊を囮として動かし、別方向へ移動していることも考えられます。
ゆえに、追撃隊は二軍に分け、片方は予想位置へ、もう一方は回り込みながら国境への別行程を警戒する形で展開すべきかと」
「お前が、指揮を執れるか?」
景仁の問いに、誠は迷わず頭を下げた。
「はっ。姫様を、必ずお救い致します」
広間の空気が張り詰めたまま、景仁が深く息をついた。
「俺も出るぞ!」
烈翔が即座に立ち上がる。
「妹を奪われて黙っていられるか!それに、あの野郎の顔は覚えてる。確実にこの手で叩き潰してやる!」
「わたしも!」
華蘭が声を上げた。
「兄様だけに任せておけません!」
重臣たちがざわつきかけたその時、景仁が手を上げて静止した。
そして、数瞬の沈黙の後、静かに言い放つ。
「総雅と陸誠に任せる」
全員が、驚いたように息を呑む。
「総雅は、冷静だ。動じぬ目を持つ。
陸誠は、信頼に足る軍師であり、伽耶に最も近しい存在。
この一件、誤れば国の命運に関わる。
ゆえに……任せるに足る者を選ぶのだ」
その言葉に、烈翔は食い下がろうとしたが、誠が一礼して制した。
「……必ず。身命を賭して、姫様をお救い申し上げます」
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まだ空が白む前の、最も冷たい時間。
誠は、静かに甲冑を身につけていた。
鋲打ちされた革鎧の紐を締めるたびに、心が研ぎ澄まされていくようだった。
「……陸誠」
背後から名を呼ぶ声に、手が止まる。
振り返ると、そこには総雅。
一分の隙もない装備で立っていた。
「焦ってはいないか」
「……はい。周焉明殿に諭されました」
「そうか」
短くうなずいた総雅は、地図を折り畳んだ。
「お前がいるなら、俺は前に出られる。心強いぞ、陸誠」
その言葉に、誠の表情がわずかに緩む。
「もったいないお言葉です」
そして誠は、鎧の上から腕帯をしめながら、ふと外を見た。
広場では、もう第二軍の兵たちが出陣の準備をしている。
そこに立っていたのは、周焉明と蒼煌辰。
誠は歩み寄り、二人に一礼した。
「第二軍、どうかお任せいたします。賊が囮を使っていれば、姫様はそちらの道に……」
煌辰が眉を上げて笑った。
「任されたら全力でやるだけさ。なぁ、周焉明どの」
「……無事に帰ってこい。姫様のもとに、お前がいるのが一番いい」
焉明の静かな声に、誠は頭を下げた。
「必ず。姫様をお連れして、帰還いたします」
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