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三章 ただ、君を信じて
第七話 ただ、君を信じて
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兵たちの間を、誠は伽耶を抱いたまま、まっすぐ進んでいく。
その歩みに、道を開ける兵たち。
そこには、囮部隊として展開していた第二軍、焉明と煌辰の姿もあった。
ふたりは、腕に抱かれた伽耶の姿を目にし、目に見えて、ほっと胸を撫で下ろす。
特に煌辰は、こっそりと天を仰ぎ、
「……無事でよかった」と、小さく呟いた。
その静かな安堵が、陣全体に波のように広がっていく。
しかし、空気がふと変わった。
陣の中央、馬上にひときわ堂々とした人影。
総雅の姿が見えたからだ。
伽耶は、無意識のまま、彼の肩に手を添えている。
顔の距離は近く、身を寄せるように抱かれた姿は、誰が見ても、近い。
兵士たちの背筋に戦慄が走った。
(……陸誠様、それはまずいのでは……)
(……お覚悟を……)
周囲の空気が、三度ほど下がった気がした。
「兄様!!」
伽耶は周囲の空気には少しも気づかず、ぱっと顔を輝かせて、笑顔を咲かせた。
その無事な声に、兵たちはほっと息を漏らしたが、
……ただひとり、総雅はじぃっと、上から下までふたりを見た。
「……随分と、仲の良い御帰還だな?」
ちくりと鋭い一言。
その言葉に、ふたりは
「……っ」
はっとして、同時に顔を赤く染めた。
誠はすぐに伽耶を地面へ降ろす。
「ち、違います兄様……!」
伽耶があわてて顔を上げた。
「わたし、立てなくなってしまって、それで、誠が……し、仕方なく抱き上げてくれて……!」
「……仕方なくなどでは……!」
誠がかぶせるように口を開き、ふたりの間に妙な沈黙が走る。
その空気を、ふいに、総雅が断ち切った。
「もうよい」
その一言とともに、総雅は歩み寄り、伽耶を、無言でぎゅっと抱きしめた。
「兄様……!」
伽耶が驚いたように声を漏らす。
総雅の腕は、いつもより少しだけ強くて、でも、それが何よりも優しかった。
「……無事でよかった。……ほんとうによかった」
それは、誰にも聞こえないような、ほんの小さな声だった。
やがて総雅の手が緩むと、伽耶はそっと微笑んだ。
誠は一礼し、伽耶のそばに静かに立つ。
そのとき。
陣の外から、馬が引かれてきた。
「姫様をお連れする準備が整いました!」
兵が報告すると、伽耶は一歩踏み出そうとして、また足元をおぼつかせた。
「……あれ……やっぱり、少し……?」
誠がすぐに支える。
その様子を見て、総雅がふと口を開いた。
「……では私と2人のりで」
「――総雅様」
低く、落ち着いた声が割って入る。
その声の主は、視界の端に立っていた男、焉明だった。
「王族お二人が馬上に固まられれば、万一にも狙われれば危険です。ここは、陸誠に任せるのがよろしいかと」
言葉は穏やかだったが、含みは鋭い。
総雅は一瞬だけ恨めしげに焉明を見やると、わずかに息を吐いて、視線を逸らす。
「……あとは任せる」
そう言って、くるりと背を向けた。
……そして、空気が一拍、静かになったそのとき。
「軍の指揮はやってやるから、さっさと行けよ」
と、横から低く茶化すような声。
煌辰だった。
どこかホッとしたような、呆れたような笑みを浮かべて、ふたりを促すように、手で馬を示す。
「総雅様の気の変わらないうちに?」
ニヤリと笑う煌辰に誠は咳払いを一つし、伽耶を馬へと導く。
「姫様、参りましょう」
彼の手に支えられながら、伽耶は鞍の前に座る。
その直後、誠が彼女の背後にまたがった。
彼の腕が、伽耶の左右からすっと回り、手綱を握る手が、彼女の手元のすぐそばに伸びる。
まるで、後ろから包むように。
伽耶の背中に、誠の体温が静かに伝わる。
(……あたたかい)
馬がゆっくりと動き出す。
背後から感じる鼓動と息づかいが、不思議と落ち着かせてくれる。
(わたし…かえってこられたんだ)
その瞬間、誰にも見えない角度で、
誠の口元が、ふっとわずかに綻んだ。
馬の足音が、大地を踏んでいく。
春の光が、ふたりの肩にやさしく降り注ぐ。
花々はあざやかに咲き誇り、あれほど冷たかった空気も、今はやわらかく、あたたかい。
前後には、ふたりを取り囲むように進む兵たちの列。
けれど、伽耶にとって今、自分と誠だけが存在しているように思えた。
彼の腕が背後から回り、手綱を握る手がかすかに動くたび、背中からぬくもりが伝わる。
少しの沈黙のあと、伽耶がぽつりと口を開いた。
「……わたし、こわかったの」
彼の呼吸が、わずかに止まったように思えた。
「でも……全然心配していなかったのよ」
春風が花の香りを運ぶ中、彼女は微笑んで、前を向いたまま続けた。
「あなたを、信じてたから」
沈黙。
でも、それは言葉が出ないほどの驚きではなく、
胸の奥でなにかが、ほどけていくような静かな時間だった。
そして、背後から、ほんの少しだけ、強く手綱を握る感覚。
「……信じていただけたこと、誇りに思います」
その声は、どこまでも静かで、あたたかかった。
伽耶は、ふふっと笑った。
春の中を、ふたりを乗せた馬が進んでいく。
花の咲く、あたたかい光の中へ。
その歩みに、道を開ける兵たち。
そこには、囮部隊として展開していた第二軍、焉明と煌辰の姿もあった。
ふたりは、腕に抱かれた伽耶の姿を目にし、目に見えて、ほっと胸を撫で下ろす。
特に煌辰は、こっそりと天を仰ぎ、
「……無事でよかった」と、小さく呟いた。
その静かな安堵が、陣全体に波のように広がっていく。
しかし、空気がふと変わった。
陣の中央、馬上にひときわ堂々とした人影。
総雅の姿が見えたからだ。
伽耶は、無意識のまま、彼の肩に手を添えている。
顔の距離は近く、身を寄せるように抱かれた姿は、誰が見ても、近い。
兵士たちの背筋に戦慄が走った。
(……陸誠様、それはまずいのでは……)
(……お覚悟を……)
周囲の空気が、三度ほど下がった気がした。
「兄様!!」
伽耶は周囲の空気には少しも気づかず、ぱっと顔を輝かせて、笑顔を咲かせた。
その無事な声に、兵たちはほっと息を漏らしたが、
……ただひとり、総雅はじぃっと、上から下までふたりを見た。
「……随分と、仲の良い御帰還だな?」
ちくりと鋭い一言。
その言葉に、ふたりは
「……っ」
はっとして、同時に顔を赤く染めた。
誠はすぐに伽耶を地面へ降ろす。
「ち、違います兄様……!」
伽耶があわてて顔を上げた。
「わたし、立てなくなってしまって、それで、誠が……し、仕方なく抱き上げてくれて……!」
「……仕方なくなどでは……!」
誠がかぶせるように口を開き、ふたりの間に妙な沈黙が走る。
その空気を、ふいに、総雅が断ち切った。
「もうよい」
その一言とともに、総雅は歩み寄り、伽耶を、無言でぎゅっと抱きしめた。
「兄様……!」
伽耶が驚いたように声を漏らす。
総雅の腕は、いつもより少しだけ強くて、でも、それが何よりも優しかった。
「……無事でよかった。……ほんとうによかった」
それは、誰にも聞こえないような、ほんの小さな声だった。
やがて総雅の手が緩むと、伽耶はそっと微笑んだ。
誠は一礼し、伽耶のそばに静かに立つ。
そのとき。
陣の外から、馬が引かれてきた。
「姫様をお連れする準備が整いました!」
兵が報告すると、伽耶は一歩踏み出そうとして、また足元をおぼつかせた。
「……あれ……やっぱり、少し……?」
誠がすぐに支える。
その様子を見て、総雅がふと口を開いた。
「……では私と2人のりで」
「――総雅様」
低く、落ち着いた声が割って入る。
その声の主は、視界の端に立っていた男、焉明だった。
「王族お二人が馬上に固まられれば、万一にも狙われれば危険です。ここは、陸誠に任せるのがよろしいかと」
言葉は穏やかだったが、含みは鋭い。
総雅は一瞬だけ恨めしげに焉明を見やると、わずかに息を吐いて、視線を逸らす。
「……あとは任せる」
そう言って、くるりと背を向けた。
……そして、空気が一拍、静かになったそのとき。
「軍の指揮はやってやるから、さっさと行けよ」
と、横から低く茶化すような声。
煌辰だった。
どこかホッとしたような、呆れたような笑みを浮かべて、ふたりを促すように、手で馬を示す。
「総雅様の気の変わらないうちに?」
ニヤリと笑う煌辰に誠は咳払いを一つし、伽耶を馬へと導く。
「姫様、参りましょう」
彼の手に支えられながら、伽耶は鞍の前に座る。
その直後、誠が彼女の背後にまたがった。
彼の腕が、伽耶の左右からすっと回り、手綱を握る手が、彼女の手元のすぐそばに伸びる。
まるで、後ろから包むように。
伽耶の背中に、誠の体温が静かに伝わる。
(……あたたかい)
馬がゆっくりと動き出す。
背後から感じる鼓動と息づかいが、不思議と落ち着かせてくれる。
(わたし…かえってこられたんだ)
その瞬間、誰にも見えない角度で、
誠の口元が、ふっとわずかに綻んだ。
馬の足音が、大地を踏んでいく。
春の光が、ふたりの肩にやさしく降り注ぐ。
花々はあざやかに咲き誇り、あれほど冷たかった空気も、今はやわらかく、あたたかい。
前後には、ふたりを取り囲むように進む兵たちの列。
けれど、伽耶にとって今、自分と誠だけが存在しているように思えた。
彼の腕が背後から回り、手綱を握る手がかすかに動くたび、背中からぬくもりが伝わる。
少しの沈黙のあと、伽耶がぽつりと口を開いた。
「……わたし、こわかったの」
彼の呼吸が、わずかに止まったように思えた。
「でも……全然心配していなかったのよ」
春風が花の香りを運ぶ中、彼女は微笑んで、前を向いたまま続けた。
「あなたを、信じてたから」
沈黙。
でも、それは言葉が出ないほどの驚きではなく、
胸の奥でなにかが、ほどけていくような静かな時間だった。
そして、背後から、ほんの少しだけ、強く手綱を握る感覚。
「……信じていただけたこと、誇りに思います」
その声は、どこまでも静かで、あたたかかった。
伽耶は、ふふっと笑った。
春の中を、ふたりを乗せた馬が進んでいく。
花の咲く、あたたかい光の中へ。
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