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五章 わたしの目覚め
第十話 ふたりめの誠
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「では、ごゆっくりとお休みくださいませ」
案内役の役人が笑みを浮かべ、離れの屋敷をあとにした。
女官が先に扉を開ける。
「姫様、お足元にお気をつけて――」
「ありがとう、もう……大丈夫よ」
そう口にしたものの、伽耶の声はどこか上ずっていた。
歩ききったことで気が緩んだのか、ふわりと視界が霞む。
(……あれ?ちょっと、くらくらする)
屋敷の入口には、上がり框のように石造りの段差があり、その手前に腰掛けられる石が据えられている。
伽耶はそこにそっと手をつき、静かに腰を下ろした。
「……ふぅ……」
少しだけ、呼吸を整えようと思った。
そのはずだった。
けれど――
「姫様!?」
ぐらり、と上体が傾き、そのまま膝を折るように石の上に身体を預けてしまう。
支える力がもう、残っていなかったのだ。
とっさに支えたのは、すぐ傍らにいた誠だった。
「姫様、しっかり……!」
女官たちも慌てて駆け寄る。
誠は伽耶の背に手を添え、そっと抱きとめるように身体を起こした。
「……あれ……なんだか、からだが、ぽかぽかしてて……」
伽耶は誠の胸元に額を預けながら、ぽつりと呟く。
「きっと、温泉のせいね……ふふ……」
微熱を帯びた頬が、夜の空気に染まりながら、ふわふわと笑っていた。
「姫様、どうなさったのでしょうか……?」
「――陛下にお勧めされ、酒を口にされていました。おそらくは、その影響かと」
誠の声は冷静だったが、その指先はそっと伽耶の肩を支えたまま、僅かに強ばっていた。
「水と、お休みになる支度を。姫様は、私がお連れします」
その言葉に、女官たちははっと我に返り、慌てて中へと駆けていった。
静けさが戻る。
「姫様、立てますか?」
誠がそっと声をかけると、伽耶は誠の胸元に顔を預けたまま、ゆるく笑った。
「うん……がんばるね~」
そう言って、伽耶は誠の胸からそろりと身体を離し、ゆっくりと立ち上がろうとした。
だが。
「……あれぇ……」
ふら、と足がもつれて、そのまま石の縁にぽすんと座り込んでしまった。
「えへへ……だめみたい~」
伽耶は力の抜けた声で笑うと、誠に向かって両手をぱあっと伸ばす。
「ねえ、誠~……だっこして?」
誠の肩が、ぴくりと跳ねた。
次の瞬間、伽耶の腕がその首に回され、やわらかく、するりと身体を預けてくる。
「だって……あるけないんだもん。姫様が、転んだらどうするんですか~……?」
ふにゃりと笑いながら、どこか誇らしげに言い切る伽耶。
その髪がふわりと揺れ、微かに花の香りが誠の鼻をかすめた。
誠は、ただひとつ深く息を吸い込むと――
「……承知しました。――失礼いたします」
低く落ち着いた声のまま、誠は伽耶の身体をそっと抱き上げた。
両膝の下に腕を入れ、もう片方の腕は背を支え、優しく――しかし確かな力で。
(……近い……)
以前、救出の際に抱き上げたときと違い、今回の伽耶は全身の力を抜ききっていて、ふにゃりと誠に身を預けている。
その頬が肩にあたり、腕にはその体温が確かに伝わっていた。
(……密着度が段違いです……!)
誠は心の中で叫びながら、しかし表情一つ変えず、静かに息を整えた。
(平常心……平常心……階段を一段ずつ……)
ゆっくりと足を進めようとした、そのとき。
「誠、いいにおいするね~」
「ひっ……姫様!? お戯れを……っ」
反射的に伽耶の方を向こうとしたが、彼女はすでに誠の首にしっかりと腕を回している。
そのうえ、ぐい、と肩に顎まで乗せてきた。
「戯れてないもん。ほんとに、いいにおいするんだもん……」
伽耶の甘ったるい声が耳にかかり、吐息が首筋をくすぐる。
(だめだ……思考が……まっすぐ階段に向けなければ……!)
誠はぎゅっと奥歯を噛みしめ、視線を床に固定しながら、一歩ずつ階段を登り始める。
が、伽耶はふいにふらりと上体を起こした。
不意打ちのように誠の顔を覗き込み、まっすぐにその瞳を見つめてくる。
誠は一瞬、息をのんだ。
その距離はあまりにも近く、目を逸らす間も与えられない。
「ねえ……やっぱり、誠がふたりに見えるの」
伽耶はとろんとした目で微笑んだ。
「誠がふたりいたらね、一人はお仕事してて、もう一人は、ずーっとわたしと遊んでくれるの」
伽耶は楽しそうに笑い、
誠はぎゅっと奥歯を噛みしめた。
(――これ以上、その顔を見ていたら……)
理性が軋む音がした気がした。
「姫様、失礼いたします」
低く抑えた声のまま、誠はそっと伽耶の背に手を添え――
そのまま、自身の胸元へと抱き寄せた。
「……わっ」
伽耶が小さく声を上げるが、誠は返さない。
抱き締めた腕に、そっと力を込める。伽耶の頬がまた、自然と肩に落ち着いた。
それでも、耳元でふにゃりと笑う声がした。
「ふふ……ねえ誠、やっぱりいい匂いする……」
「……っ……」
誠は深く、静かに息を吐いた。
目を閉じて、何も聞こえなかったふりをする。
だが、首筋にかかる吐息も、くすぐったく揺れる声も。
どれもすべて、余すことなく心に残ってしまう。
「姫様、少しお静かに願います」
震えるような声をかろうじて抑えながら、誠は顔を伏せたまま、まっすぐに階段を登っていく。
(これが“精神修行”というやつなのかもしれません……)
そんな誠の覚悟を、伽耶は知る由もなかった。
案内役の役人が笑みを浮かべ、離れの屋敷をあとにした。
女官が先に扉を開ける。
「姫様、お足元にお気をつけて――」
「ありがとう、もう……大丈夫よ」
そう口にしたものの、伽耶の声はどこか上ずっていた。
歩ききったことで気が緩んだのか、ふわりと視界が霞む。
(……あれ?ちょっと、くらくらする)
屋敷の入口には、上がり框のように石造りの段差があり、その手前に腰掛けられる石が据えられている。
伽耶はそこにそっと手をつき、静かに腰を下ろした。
「……ふぅ……」
少しだけ、呼吸を整えようと思った。
そのはずだった。
けれど――
「姫様!?」
ぐらり、と上体が傾き、そのまま膝を折るように石の上に身体を預けてしまう。
支える力がもう、残っていなかったのだ。
とっさに支えたのは、すぐ傍らにいた誠だった。
「姫様、しっかり……!」
女官たちも慌てて駆け寄る。
誠は伽耶の背に手を添え、そっと抱きとめるように身体を起こした。
「……あれ……なんだか、からだが、ぽかぽかしてて……」
伽耶は誠の胸元に額を預けながら、ぽつりと呟く。
「きっと、温泉のせいね……ふふ……」
微熱を帯びた頬が、夜の空気に染まりながら、ふわふわと笑っていた。
「姫様、どうなさったのでしょうか……?」
「――陛下にお勧めされ、酒を口にされていました。おそらくは、その影響かと」
誠の声は冷静だったが、その指先はそっと伽耶の肩を支えたまま、僅かに強ばっていた。
「水と、お休みになる支度を。姫様は、私がお連れします」
その言葉に、女官たちははっと我に返り、慌てて中へと駆けていった。
静けさが戻る。
「姫様、立てますか?」
誠がそっと声をかけると、伽耶は誠の胸元に顔を預けたまま、ゆるく笑った。
「うん……がんばるね~」
そう言って、伽耶は誠の胸からそろりと身体を離し、ゆっくりと立ち上がろうとした。
だが。
「……あれぇ……」
ふら、と足がもつれて、そのまま石の縁にぽすんと座り込んでしまった。
「えへへ……だめみたい~」
伽耶は力の抜けた声で笑うと、誠に向かって両手をぱあっと伸ばす。
「ねえ、誠~……だっこして?」
誠の肩が、ぴくりと跳ねた。
次の瞬間、伽耶の腕がその首に回され、やわらかく、するりと身体を預けてくる。
「だって……あるけないんだもん。姫様が、転んだらどうするんですか~……?」
ふにゃりと笑いながら、どこか誇らしげに言い切る伽耶。
その髪がふわりと揺れ、微かに花の香りが誠の鼻をかすめた。
誠は、ただひとつ深く息を吸い込むと――
「……承知しました。――失礼いたします」
低く落ち着いた声のまま、誠は伽耶の身体をそっと抱き上げた。
両膝の下に腕を入れ、もう片方の腕は背を支え、優しく――しかし確かな力で。
(……近い……)
以前、救出の際に抱き上げたときと違い、今回の伽耶は全身の力を抜ききっていて、ふにゃりと誠に身を預けている。
その頬が肩にあたり、腕にはその体温が確かに伝わっていた。
(……密着度が段違いです……!)
誠は心の中で叫びながら、しかし表情一つ変えず、静かに息を整えた。
(平常心……平常心……階段を一段ずつ……)
ゆっくりと足を進めようとした、そのとき。
「誠、いいにおいするね~」
「ひっ……姫様!? お戯れを……っ」
反射的に伽耶の方を向こうとしたが、彼女はすでに誠の首にしっかりと腕を回している。
そのうえ、ぐい、と肩に顎まで乗せてきた。
「戯れてないもん。ほんとに、いいにおいするんだもん……」
伽耶の甘ったるい声が耳にかかり、吐息が首筋をくすぐる。
(だめだ……思考が……まっすぐ階段に向けなければ……!)
誠はぎゅっと奥歯を噛みしめ、視線を床に固定しながら、一歩ずつ階段を登り始める。
が、伽耶はふいにふらりと上体を起こした。
不意打ちのように誠の顔を覗き込み、まっすぐにその瞳を見つめてくる。
誠は一瞬、息をのんだ。
その距離はあまりにも近く、目を逸らす間も与えられない。
「ねえ……やっぱり、誠がふたりに見えるの」
伽耶はとろんとした目で微笑んだ。
「誠がふたりいたらね、一人はお仕事してて、もう一人は、ずーっとわたしと遊んでくれるの」
伽耶は楽しそうに笑い、
誠はぎゅっと奥歯を噛みしめた。
(――これ以上、その顔を見ていたら……)
理性が軋む音がした気がした。
「姫様、失礼いたします」
低く抑えた声のまま、誠はそっと伽耶の背に手を添え――
そのまま、自身の胸元へと抱き寄せた。
「……わっ」
伽耶が小さく声を上げるが、誠は返さない。
抱き締めた腕に、そっと力を込める。伽耶の頬がまた、自然と肩に落ち着いた。
それでも、耳元でふにゃりと笑う声がした。
「ふふ……ねえ誠、やっぱりいい匂いする……」
「……っ……」
誠は深く、静かに息を吐いた。
目を閉じて、何も聞こえなかったふりをする。
だが、首筋にかかる吐息も、くすぐったく揺れる声も。
どれもすべて、余すことなく心に残ってしまう。
「姫様、少しお静かに願います」
震えるような声をかろうじて抑えながら、誠は顔を伏せたまま、まっすぐに階段を登っていく。
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そんな誠の覚悟を、伽耶は知る由もなかった。
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