紅に咲く ー鳥籠の姫君と忠義の軍師ー

やまだ

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五章 わたしの目覚め

第十二話 癒えるはず、ないだろ

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宴もとうにお開きとなり、広間には篝火の淡い明かりだけが残っていた。

残された杯と皿を前に、景仁はゆるりと酒を傾けている。
隣に座る煌辰の前には、空の酒瓶がいくつも並べられていた。
酔い潰れた景仁の護衛たちは、既に床のあちこちでぐったりと眠っている。

「……でな。あのときの熊は、三十尺はあったぞ。矢を放った瞬間、奴の目が、ぎらりと――」

「三十も!?それはまた、すごい獲物ですね!」

煌辰は大げさに頷きながら、内心では(それ、今夜三度目だぞ……)と天を仰いでいた。

狩りの武勇伝に、過去の戦場での逸話。
王の語る昔話は終わりが見えず、しかもいくら酔い潰そうと酒を勧めても、景仁はさらに上機嫌になっていく始末だ。

もはや相槌を打つ以外の術はなかった。

――だが。

「……そういえば」

ふいに、景仁の声色が変わった。
盃の底をじっと覗き込みながら、ぽつりと呟く。

「伽耶は……随分と、あやつを信頼しているようだな。陸誠のことだ」

その名に、煌辰はわずかに姿勢を正した。

「はい。陸誠は、どこまでも真摯で誠実な男です。ここへ来てからも、伽耶姫様をお守りするために、雪壁の中を…不審者がいないか確かめて回っておりました」

昨日、そして今日。
雪の壁に鞘を突き立てる誠の姿を思い出しながら、煌辰はその動作を身振りで示す。
景仁は目を瞬かせた後、豪快に笑った。

「……あれはお前たちか。何かと思ったぞ」

楽しげに笑いながら、盃を空ける景仁。
煌辰はすぐに酒を注ぎ足し、言葉を続けた。

「真面目すぎるところが、私とは正直合いませんが……誠実で、姫様をお守りするには、あいつ以上の者はおりません」

眉を寄せつつ、何度か頷く煌辰に、景仁はふと微笑んだ。

「……“誠実”か。あれはな、時に最も厄介なものだ」

そのまなざしは、もはや王のものではなかった。
一人の父として、ただ娘の幸せを思う者の顔だった。

「華蘭も……公にはしておらんが、自分で相手を決めてきおった。あれは……嫁に出すには少し遅かったからな。伽耶は、そろそろ決めてやらねばならぬ年頃だ」

ぽつりと落とされた言葉に、煌辰は黙って頷く。

「……わしもな。若い頃に好いた女は、女官だった。身分は違えど、わしは王だった。だから、娶ることができた。だが、あやつらは……“性が逆”だ。あの誠が王ならばまだしも、伽耶は姫だ」

言葉を噛み締めるように、景仁はまた一口、酒を喉に流し込む。

「誰か良い男を見繕ってやれば……時が、あの子らを癒してくれるかもしれんがな……」

その言葉のあと、静かな沈黙が落ちる。
景仁は盃を揺らしながら、その水面を見つめていた。

煌辰は、そっと唇を引き結ぶ。

(……癒えるはず、ないだろ)

言葉には出さなかった。
ただ黙って、握った酒瓶に力がこもる。

酔い潰れた護衛の寝息が、どこか間の抜けた音で広間に響いていた。
景仁はふ、と短く笑って、盃を空にする。

そして――

「……わしは、伽耶に嫌われてしまうだろうな」

その言葉は、冗談のようだった。
けれどその声音には、どうしようもない寂しさが滲んでいた。

煌辰は何も言わなかった。

ただ、静かに盃を掲げて――
黙って、それを飲み干した。
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