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五章 わたしの目覚め
第十三話 雪のあとに、灯るもの
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夜は、まだ明けきっていなかった。
窓の外、雪の降り止んだあとの世界はひどく静かで、時折、屋根の雪がわずかに崩れる音だけが響く。
誠は離れの屋敷を出て、ひとり、雪の残る回廊の縁に立っていた。
手には、まだ仄かに温もりの残る外套――つい先ほどまで、伽耶の肩を覆っていたそれだった。
腕に伝わるその重みに、誠はそっとまぶたを伏せる。
『……あなたに会って、初めて気づいたの。ずっと、寂しかったんだって』
あの声が、耳の奥でふわりと揺れた。
酔いの中でこぼれたその一言は、まるで雪のようにそっと降り積もり――
今になってようやく、胸の奥でぬくもりを帯びていた。
(……あの時の、あの目だ)
ふと思い出す。
雪合戦のあと、にこやかに笑う父と護衛たちを見つめていた伽耶のまなざし。
あるいは、宴の前。扇で口元を隠し、微笑みながらもみせていた、あの寂しげなまなざし――
子どもが親を慕うまなざしではなかった。
それは“何かを諦めてきた者”の、静かな嘆きだった。
(十年間……)
あの小さな宮で、己から出ることは叶わず、
ただ誰かが訪ねてきてくれるのを、ひたすらに待ち続けていたのだろう。
もしも嫌われてしまったら、そこで終わってしまう関係性――
その恐れを抱きながらも、伽耶は言葉にすることすらなかった。
孤独を、孤独と知らぬまま生きてきたのだ。
(……どれほど、寂しかったのだろう)
凛として前を向き、明るく、時に大胆に振る舞って。
けれどその笑顔の奥に、どれほどのものを隠していたか――
誠は、ずっと気づかずにいた。
(救われていたのは、むしろ……私のほうだった)
はじめて姫として向き合った日。
その無垢な瞳に戸惑い、軽口に振り回され、けれど何度も心をほどかれ――
気づけば目が離せなくなっていた。
何度も守ってきたつもりでいた。
けれど。
(本当は、私のほうが――)
あの姫の笑顔に。
優しさに。そして、強さに。
ずっと、支えられていたのかもしれない。
胸の奥に、ひとつ、小さな灯がともるような感覚。
冷えた指先にそっと息を吹きかけると、記憶がまたひとつ、よみがえる。
翡 陽珀――
あの青年が伽耶に向かって、確かに言った。
「――一目惚れでした」と。
そのとき、どれほど心を乱されたか。
その理由に、言い訳などできるはずもない。
(……恋をしている)
ずっと、蓋をしてきた。
ようやく向き合ったその想いは、今も胸の奥で、静かに息づいている。
だが、伝えることも、傍にいる理由にすることもできない。
己の立場と、姫の立場は――あまりにも遠い。
だからせめて――
(守る。支える。それが、私なりの……)
言葉にならない想いが、胸の奥にゆっくりと沈んでいく。
それが、誠にとって唯一無二の「愛し方」だった。
ふと顔を上げると、雪明かりの下。
澄んだ空に、少しずつ薄紅色の光がにじみ始めていた。
(……もう、ひとりにはさせません)
誰にも聞かれない誓いを胸に――
誠はそっと外套を握りしめ、静かに屋敷の中へと戻っていった。
夜が、静かに明けようとしていた。
窓の外、雪の降り止んだあとの世界はひどく静かで、時折、屋根の雪がわずかに崩れる音だけが響く。
誠は離れの屋敷を出て、ひとり、雪の残る回廊の縁に立っていた。
手には、まだ仄かに温もりの残る外套――つい先ほどまで、伽耶の肩を覆っていたそれだった。
腕に伝わるその重みに、誠はそっとまぶたを伏せる。
『……あなたに会って、初めて気づいたの。ずっと、寂しかったんだって』
あの声が、耳の奥でふわりと揺れた。
酔いの中でこぼれたその一言は、まるで雪のようにそっと降り積もり――
今になってようやく、胸の奥でぬくもりを帯びていた。
(……あの時の、あの目だ)
ふと思い出す。
雪合戦のあと、にこやかに笑う父と護衛たちを見つめていた伽耶のまなざし。
あるいは、宴の前。扇で口元を隠し、微笑みながらもみせていた、あの寂しげなまなざし――
子どもが親を慕うまなざしではなかった。
それは“何かを諦めてきた者”の、静かな嘆きだった。
(十年間……)
あの小さな宮で、己から出ることは叶わず、
ただ誰かが訪ねてきてくれるのを、ひたすらに待ち続けていたのだろう。
もしも嫌われてしまったら、そこで終わってしまう関係性――
その恐れを抱きながらも、伽耶は言葉にすることすらなかった。
孤独を、孤独と知らぬまま生きてきたのだ。
(……どれほど、寂しかったのだろう)
凛として前を向き、明るく、時に大胆に振る舞って。
けれどその笑顔の奥に、どれほどのものを隠していたか――
誠は、ずっと気づかずにいた。
(救われていたのは、むしろ……私のほうだった)
はじめて姫として向き合った日。
その無垢な瞳に戸惑い、軽口に振り回され、けれど何度も心をほどかれ――
気づけば目が離せなくなっていた。
何度も守ってきたつもりでいた。
けれど。
(本当は、私のほうが――)
あの姫の笑顔に。
優しさに。そして、強さに。
ずっと、支えられていたのかもしれない。
胸の奥に、ひとつ、小さな灯がともるような感覚。
冷えた指先にそっと息を吹きかけると、記憶がまたひとつ、よみがえる。
翡 陽珀――
あの青年が伽耶に向かって、確かに言った。
「――一目惚れでした」と。
そのとき、どれほど心を乱されたか。
その理由に、言い訳などできるはずもない。
(……恋をしている)
ずっと、蓋をしてきた。
ようやく向き合ったその想いは、今も胸の奥で、静かに息づいている。
だが、伝えることも、傍にいる理由にすることもできない。
己の立場と、姫の立場は――あまりにも遠い。
だからせめて――
(守る。支える。それが、私なりの……)
言葉にならない想いが、胸の奥にゆっくりと沈んでいく。
それが、誠にとって唯一無二の「愛し方」だった。
ふと顔を上げると、雪明かりの下。
澄んだ空に、少しずつ薄紅色の光がにじみ始めていた。
(……もう、ひとりにはさせません)
誰にも聞かれない誓いを胸に――
誠はそっと外套を握りしめ、静かに屋敷の中へと戻っていった。
夜が、静かに明けようとしていた。
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