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五章 わたしの目覚め
第十四話 運ばれた……んですね
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ぱち、と火鉢の炭が弾ける音がした。
その小さな音に、伽耶はゆっくりとまぶたを開けた。
障子の向こうに、薄く白んだ朝の光が差し込んでいる。
(……朝……?)
そっと身体を起こすと、肩にかけられていた毛布が、はらりと落ちた。
目の前の卓には、水差しと小ぶりなコップが静かに置かれている。
伽耶は迷うように手を伸ばし、水を口に含んだ。
ぬるくなったそれは、けれど、今の伽耶には心地よく染み渡った。
気づけば、着ているのは昨夜のままの衣服だった。
指先で裾をそっとつまみ、伽耶はひとつ、瞬きをする。
(……あれ……?)
記憶を辿る。
宴の終わり。
ふらつきながら扉にたどり着き、役人を見送った。
そこまでは、確かに覚えている。
けれど、その先が。
(……ぶつぶつと、切れて……)
確か、誠がいた。
名を思い出すと同時に、ある感覚が脳裏に走る。
肩に、あごを乗せたような。
首に、手を回したような……。
(……う、うそ……!)
頬に熱が集まっていくのを感じ、伽耶は思わず両手で顔を覆った。
「姫様、お目覚めでございますか? お身体の具合は?」
襖の向こうから、女官の声が静かに響く。
「え、ええ……なんとも、ないわ」
伽耶は急いで返事をする。
(“具合”を心配されるようなことが、あったの……?)
その問いを、今は口にするのが少し怖かった。
「よかったです。それでしたら、お湯の支度が整っております。いかがなさいますか?」
「あ、ありがとう。お願いするわ」
努めて平静に返すが、声が少し震えてしまったのが自分でもわかった。
すぐに女官たちが滑るように部屋へ入ってくる。
着替え、髪の手入れ、荷物の仕上げ。
今日は出立の朝。
離れの屋敷は、あっという間に慌ただしくも朗らかな空気に包まれていった。
伽耶が身支度を整え終えると、なんだか顔色の悪かった鏡の中の自分も、少しは普段の顔に戻っていた。
女官たちはばたばたと片付けと出発の準備に追われており、伽耶が長椅子でそっとお茶を飲んでいたときだった。
襖が開き、ふたりの姿が現れた。
「姫様、ご機嫌麗しゅうございます」
そう言って膝をつき一礼したのは誠。
そして、その後ろには、明らかに顔色の悪い、煌辰。
頬に血の気がなく、どこか目を泳がせている。うっすらと隈まであるようだった。
(……なにがあったのかしら)
「よくお休みになれましたか?」
誠が静かに問いかける。
伽耶は、喉まで出かけた言葉を、ぎりぎりで飲み込んだ。
(……い、言えるわけがない……!)
女官たちの目が背後にあり、誠の隣にはあの真っ青な煌辰までいる。
(わたし、昨日あなたに抱きつきましたか、なんて……)
ぎゅっと目を閉じて、伽耶は首を振った。
誠は一瞬だけ不思議そうに伽耶を見たが、すぐに立ち上がった。
「では、我らも出発の支度を整えてまいります」
誠が蒼煌辰の首ねっこを掴んだその時だった。
「誠!」
思わず立ち上がった伽耶の声に、誠が振り返り、煌辰をどさりと落とした。
「ちょっと……聞きたいことがあるの」
煌辰は察したように肩をすくめ、ゆっくりと立ち上がると、片手を振り部屋を出ていった。
扉が閉まった音とともに、伽耶は小さく息を吐いた。
そして、ゆっくりと、言葉を探し始める。
「……あの、昨日の夜のことなんだけど」
「はい」
誠のまなざしが、やわらかく伽耶を捉える。
「……わたし、なにか……とんでもないことを、してなかった……?」
誠は、微かにまばたきをした。
「なんだか、その、だ……だ、だき――……っ」
言葉にならない。
顔が熱い。
口が回らない。
伽耶は、手のひらでほてる頬を押さえた。
(なに言ってるのわたし!でも、でもでもでも……!)
誠は、すべてを察したように――
ふ、と、やわらかく微笑んだ。
「何も、ございませんでした。姫様はとても……ご立派でしたよ」
嘘だ。
でも、優しい嘘だと、すぐにわかった。
「……うそ。絶対、何かしたでしょ」
伽耶が食い下がるようににじり寄る。
誠は少しだけ視線を逸らした。
「……お運びは、いたしました」
「…………う、うん」
(運ばれた……やっぱり、わたし……!)
ぐらぐらと記憶の片隅が揺れ始めたそのとき、襖の向こうから声が響いた。
「姫様、そろそろお時間にございます」
領主の使いを告げる女官の声。
伽耶は誠と目を合わせそっと小さく頷いた。
部屋には、女官たちの足音と――
火鉢の、ぱち、と弾ける音だけが残っていた。
その小さな音に、伽耶はゆっくりとまぶたを開けた。
障子の向こうに、薄く白んだ朝の光が差し込んでいる。
(……朝……?)
そっと身体を起こすと、肩にかけられていた毛布が、はらりと落ちた。
目の前の卓には、水差しと小ぶりなコップが静かに置かれている。
伽耶は迷うように手を伸ばし、水を口に含んだ。
ぬるくなったそれは、けれど、今の伽耶には心地よく染み渡った。
気づけば、着ているのは昨夜のままの衣服だった。
指先で裾をそっとつまみ、伽耶はひとつ、瞬きをする。
(……あれ……?)
記憶を辿る。
宴の終わり。
ふらつきながら扉にたどり着き、役人を見送った。
そこまでは、確かに覚えている。
けれど、その先が。
(……ぶつぶつと、切れて……)
確か、誠がいた。
名を思い出すと同時に、ある感覚が脳裏に走る。
肩に、あごを乗せたような。
首に、手を回したような……。
(……う、うそ……!)
頬に熱が集まっていくのを感じ、伽耶は思わず両手で顔を覆った。
「姫様、お目覚めでございますか? お身体の具合は?」
襖の向こうから、女官の声が静かに響く。
「え、ええ……なんとも、ないわ」
伽耶は急いで返事をする。
(“具合”を心配されるようなことが、あったの……?)
その問いを、今は口にするのが少し怖かった。
「よかったです。それでしたら、お湯の支度が整っております。いかがなさいますか?」
「あ、ありがとう。お願いするわ」
努めて平静に返すが、声が少し震えてしまったのが自分でもわかった。
すぐに女官たちが滑るように部屋へ入ってくる。
着替え、髪の手入れ、荷物の仕上げ。
今日は出立の朝。
離れの屋敷は、あっという間に慌ただしくも朗らかな空気に包まれていった。
伽耶が身支度を整え終えると、なんだか顔色の悪かった鏡の中の自分も、少しは普段の顔に戻っていた。
女官たちはばたばたと片付けと出発の準備に追われており、伽耶が長椅子でそっとお茶を飲んでいたときだった。
襖が開き、ふたりの姿が現れた。
「姫様、ご機嫌麗しゅうございます」
そう言って膝をつき一礼したのは誠。
そして、その後ろには、明らかに顔色の悪い、煌辰。
頬に血の気がなく、どこか目を泳がせている。うっすらと隈まであるようだった。
(……なにがあったのかしら)
「よくお休みになれましたか?」
誠が静かに問いかける。
伽耶は、喉まで出かけた言葉を、ぎりぎりで飲み込んだ。
(……い、言えるわけがない……!)
女官たちの目が背後にあり、誠の隣にはあの真っ青な煌辰までいる。
(わたし、昨日あなたに抱きつきましたか、なんて……)
ぎゅっと目を閉じて、伽耶は首を振った。
誠は一瞬だけ不思議そうに伽耶を見たが、すぐに立ち上がった。
「では、我らも出発の支度を整えてまいります」
誠が蒼煌辰の首ねっこを掴んだその時だった。
「誠!」
思わず立ち上がった伽耶の声に、誠が振り返り、煌辰をどさりと落とした。
「ちょっと……聞きたいことがあるの」
煌辰は察したように肩をすくめ、ゆっくりと立ち上がると、片手を振り部屋を出ていった。
扉が閉まった音とともに、伽耶は小さく息を吐いた。
そして、ゆっくりと、言葉を探し始める。
「……あの、昨日の夜のことなんだけど」
「はい」
誠のまなざしが、やわらかく伽耶を捉える。
「……わたし、なにか……とんでもないことを、してなかった……?」
誠は、微かにまばたきをした。
「なんだか、その、だ……だ、だき――……っ」
言葉にならない。
顔が熱い。
口が回らない。
伽耶は、手のひらでほてる頬を押さえた。
(なに言ってるのわたし!でも、でもでもでも……!)
誠は、すべてを察したように――
ふ、と、やわらかく微笑んだ。
「何も、ございませんでした。姫様はとても……ご立派でしたよ」
嘘だ。
でも、優しい嘘だと、すぐにわかった。
「……うそ。絶対、何かしたでしょ」
伽耶が食い下がるようににじり寄る。
誠は少しだけ視線を逸らした。
「……お運びは、いたしました」
「…………う、うん」
(運ばれた……やっぱり、わたし……!)
ぐらぐらと記憶の片隅が揺れ始めたそのとき、襖の向こうから声が響いた。
「姫様、そろそろお時間にございます」
領主の使いを告げる女官の声。
伽耶は誠と目を合わせそっと小さく頷いた。
部屋には、女官たちの足音と――
火鉢の、ぱち、と弾ける音だけが残っていた。
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