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五章 わたしの目覚め
第十五話 わたしは、光栄に思っております
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雪深い街道を進む馬車と兵たちの列。
白い息を吐きながら、馬たちは蹄音を刻み続ける。
がたん、がたんと揺れる馬車は、かつて翡国へと向かった時の記憶を思い出させた。
だが今回の旅は違う。
伽耶の体調を気遣って用意されたこの馬車には、簾と緩やかに窓が設けられていた。
揺れも、驚くほど軽い。
伽耶はひとり、簾をそっと上げて外をのぞく。
視界のすぐそばを、煌辰や誠、兵たちが馬で並走していた。
兵たちは何やら談笑していて、時折、笑い声が白い息とともに舞い上がる。
その音を聞いて、伽耶はふっと微笑んだ。
(……楽しそう)
かつての旅では、ただ車輪の音と蹄の音ばかりが耳に残っていた。
だが賑やかな声が馬車の中にまで届く今回の馬車を伽耶は気に入っていた。
(それにしても…)
伽耶は小さくため息をつき、頬に手を添える。
(やっぱり……昨日のこと、ちゃんと聞いておけばよかった)
昨日のことを聞いた時の、誠の驚いたような顔が脳裏にやきついて離れない。
『お運びは、しました』
あの言い方、目の逸らし方、あの空気…。
「うぅ…」
伽耶は頭を抱えた。
その時だった。
遠くから、鋭く角笛の音が響く。
(……隊列が止まる合図。休憩、かしら)
簾の隙間から外を覗いたちょうどその時、馬車が揺れながら静かに止まった。
「ここで少し、馬を休ませます」
兵の声が上がり、雪の道の端に焚き火の用意が進められる。
女官たちが駆け寄ってきて、伽耶も外へと降り立った。
火のそばには簡素な腰掛けがあり、伽耶がそこに座ると、湯の入った杯が手渡された。
伽耶は湯のみに口をつけ、ふと視線を上げると、慎のたてがみを撫でていた誠が、視線に気づきこちらへと歩いてくる。
「姫様。お加減は、いかがですか?」
その声は変わらず穏やかで――けれど、伽耶の胸には小さく波紋を広げた。
「ここに、座ってくれる?」
伽耶がそっと隣を示すと、誠は一瞬だけ逡巡し、やがて静かに腰を下ろした。
握った杯に、伽耶の指先がきゅっと力を込める。
「やっぱり、教えてほしいの。昨日のこと」
誠は目を伏せる。
焚き火の音だけが、しばらく二人のあいだで揺れていた。
やがて、誠はふっと息を吐いて、わずかに口の端を緩めた。
「……姫様。
お許しいただけるなら、あの晩の出来事は――わたしの胸の内に留めておきたく存じます」
「……えっ」
思わず口元を手で押さえた伽耶は、徐々に顔を青くしていく。
(そ、そんなに……ひどかったの……!?)
その動揺を見て、誠はくす、と喉を震わせるように微笑んだ。
「失礼なことは、何ひとつございません。……昔の姫様を、思い出しただけです」
「そ、それ……やっぱり、ひどかったってことじゃ……!」
「さあ、どうでしょう」
肩をすくめた誠に、伽耶は頬を膨らませかけ――
そのとき、ふたたび笛の音が響いた。
雪を割るようなその音に、誠は静かに立ち上がる。
「お時間です。……お足元に、お気をつけて」
そっと手を差し伸べる誠。
伽耶はその手をとり、立ち上がった。
けれど、繋いだままの手を、なぜだかすぐには離せなかった。
ふたり並んで、馬車へと向かう。
「……もう大丈夫。ありがとう」
そう言って伽耶は、そっとその手を離し、1人きりの馬車へと段を登っていく。
誠がその背中を見送ったとき、ふと――
出会ったばかりの頃の幼い伽耶の背が、重なるように浮かんだ。
『あなたに会って、初めて気づいたの。
……それまで、ずっと寂しかったんだって』
あの夜、彼女がぽつりとこぼしたその声が、今も耳に残っている。
昨日のことなのに。
なぜだか、ずっと前から、知っていたような気がした。
気づけば誠は伽耶の手を取っていた。
「誠…?」
振り返った伽耶は、驚いたように目を瞬かせている。
誠は一瞬目を伏せ、しかしはっきりと伽耶の瞳を見つめた。
「……姫様を、お守りできること。
こうして、共にいられることを――」
少しだけ言葉を置いて、誠は静かに微笑んだ。
「……わたしは、光栄に思っております」
驚いたように、伽耶が目を瞬かせた。
けれど、誠の手に引かれたまま、
彼女の唇に、ふわりと笑みが灯る。
「……ありがとう、誠」
やわらかな声が、雪の空気の中にほどけていく。
伽耶が馬車に乗り込むその背に、誠は静かに一礼した。
白く煙る吐息の先、ふたりの旅は、もう次の季節へと進みはじめていた。
白い息を吐きながら、馬たちは蹄音を刻み続ける。
がたん、がたんと揺れる馬車は、かつて翡国へと向かった時の記憶を思い出させた。
だが今回の旅は違う。
伽耶の体調を気遣って用意されたこの馬車には、簾と緩やかに窓が設けられていた。
揺れも、驚くほど軽い。
伽耶はひとり、簾をそっと上げて外をのぞく。
視界のすぐそばを、煌辰や誠、兵たちが馬で並走していた。
兵たちは何やら談笑していて、時折、笑い声が白い息とともに舞い上がる。
その音を聞いて、伽耶はふっと微笑んだ。
(……楽しそう)
かつての旅では、ただ車輪の音と蹄の音ばかりが耳に残っていた。
だが賑やかな声が馬車の中にまで届く今回の馬車を伽耶は気に入っていた。
(それにしても…)
伽耶は小さくため息をつき、頬に手を添える。
(やっぱり……昨日のこと、ちゃんと聞いておけばよかった)
昨日のことを聞いた時の、誠の驚いたような顔が脳裏にやきついて離れない。
『お運びは、しました』
あの言い方、目の逸らし方、あの空気…。
「うぅ…」
伽耶は頭を抱えた。
その時だった。
遠くから、鋭く角笛の音が響く。
(……隊列が止まる合図。休憩、かしら)
簾の隙間から外を覗いたちょうどその時、馬車が揺れながら静かに止まった。
「ここで少し、馬を休ませます」
兵の声が上がり、雪の道の端に焚き火の用意が進められる。
女官たちが駆け寄ってきて、伽耶も外へと降り立った。
火のそばには簡素な腰掛けがあり、伽耶がそこに座ると、湯の入った杯が手渡された。
伽耶は湯のみに口をつけ、ふと視線を上げると、慎のたてがみを撫でていた誠が、視線に気づきこちらへと歩いてくる。
「姫様。お加減は、いかがですか?」
その声は変わらず穏やかで――けれど、伽耶の胸には小さく波紋を広げた。
「ここに、座ってくれる?」
伽耶がそっと隣を示すと、誠は一瞬だけ逡巡し、やがて静かに腰を下ろした。
握った杯に、伽耶の指先がきゅっと力を込める。
「やっぱり、教えてほしいの。昨日のこと」
誠は目を伏せる。
焚き火の音だけが、しばらく二人のあいだで揺れていた。
やがて、誠はふっと息を吐いて、わずかに口の端を緩めた。
「……姫様。
お許しいただけるなら、あの晩の出来事は――わたしの胸の内に留めておきたく存じます」
「……えっ」
思わず口元を手で押さえた伽耶は、徐々に顔を青くしていく。
(そ、そんなに……ひどかったの……!?)
その動揺を見て、誠はくす、と喉を震わせるように微笑んだ。
「失礼なことは、何ひとつございません。……昔の姫様を、思い出しただけです」
「そ、それ……やっぱり、ひどかったってことじゃ……!」
「さあ、どうでしょう」
肩をすくめた誠に、伽耶は頬を膨らませかけ――
そのとき、ふたたび笛の音が響いた。
雪を割るようなその音に、誠は静かに立ち上がる。
「お時間です。……お足元に、お気をつけて」
そっと手を差し伸べる誠。
伽耶はその手をとり、立ち上がった。
けれど、繋いだままの手を、なぜだかすぐには離せなかった。
ふたり並んで、馬車へと向かう。
「……もう大丈夫。ありがとう」
そう言って伽耶は、そっとその手を離し、1人きりの馬車へと段を登っていく。
誠がその背中を見送ったとき、ふと――
出会ったばかりの頃の幼い伽耶の背が、重なるように浮かんだ。
『あなたに会って、初めて気づいたの。
……それまで、ずっと寂しかったんだって』
あの夜、彼女がぽつりとこぼしたその声が、今も耳に残っている。
昨日のことなのに。
なぜだか、ずっと前から、知っていたような気がした。
気づけば誠は伽耶の手を取っていた。
「誠…?」
振り返った伽耶は、驚いたように目を瞬かせている。
誠は一瞬目を伏せ、しかしはっきりと伽耶の瞳を見つめた。
「……姫様を、お守りできること。
こうして、共にいられることを――」
少しだけ言葉を置いて、誠は静かに微笑んだ。
「……わたしは、光栄に思っております」
驚いたように、伽耶が目を瞬かせた。
けれど、誠の手に引かれたまま、
彼女の唇に、ふわりと笑みが灯る。
「……ありがとう、誠」
やわらかな声が、雪の空気の中にほどけていく。
伽耶が馬車に乗り込むその背に、誠は静かに一礼した。
白く煙る吐息の先、ふたりの旅は、もう次の季節へと進みはじめていた。
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