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六章 その背に祝福を
第一話 紅の支度、異分子ひとり
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すっかり寂しげだった中庭にも、ようやく色が戻り始めた頃。
ふだんは静まり返った伽耶の書房は、この日ばかりは少し様子がちがっていた。
色とりどりの衣に、桃色の装束の女官たち。
あちらこちらから上がる、明るい声と笑い声。
華やかな空気に包まれる一室の、隅の隅。
誠はそこに、小さく、所在なさげに座っていた。
「わぁ……! そちらも、とっても素敵です、姫様!」
部屋の奥から姿を見せた伽耶に、ひとりの女官が目を輝かせて声を上げる。
その歓声に続くように、他の女官たちも口々に褒めそやした。
燃えるような赤に金の糸が織り込まれた衣装に身を包んだ伽耶は、頬をわずかに染めながら、くるりと軽く一回転してみせる。
ひらり、と舞い上がる裾。
淡く透けた生地が、光を受けてさらさらと揺れた。
まるで春の陽差しにきらめく炎のようで、
思わず目を奪われるほどの美しさだった。
「ねえ、誠、これはどう思う?」
輪の中央から顔を向けた伽耶が、笑みを浮かべて問いかける。
女官たちはすぐに身をよけ、誠の姿があらわになる。
突然の注目に、誠は一瞬だけ肩をすくめ――
「……大変、お似合いかと……」
少しだけかすれた声で、そう返した。
「ふふ、さっきからそればっかり。もっと違うのないの?」
伽耶はいたずらっぽく笑いながら、小首を傾げる。
その笑顔を見て、誠はますます言葉を失っていった。
「お、それながら……わたしは……流行には……あまり……」
もごもごと答えるうち、誠の姿は見る見るうちに縮こまっていくようだった。
(……なぜ、私はここに……?)
目を閉じれば、朝の出来事が脳裏に蘇る。
いつも通りの時刻に書房を訪れ、戸を叩いた。
書房の戸を開けると、そこにはすでに何人もの女官と衣が広がっていた。
「陸様、お入りくださいな」
「姫様もちょうどお戻りになりますので」
そう言われて腕を引かれた先で、誠は流れるように座らされていた。
気づけば商人もいて、衣桁には華やかな布がずらりと並ぶ。
もはや逃げ出せる空気でもなく、
誠はただひたすら、静かに座っていたのだった。
「姫様、こちらはいかがでしょう? 少し大人びた印象ですが……最近の姫様でしたら、きっとぴったりかと」
衣桁にかけられた衣を商人が掲げる。
伽耶はその意匠に目をとめ、小さく頷いて奥の居室へと女官たちと消えていった。
「華蘭様の御婚礼前、最後の宴ですからね。そりゃあ、気合いも入るってものでしょう」
商人は、仕立てを終えた衣を手際よく畳みながら、奥の方から聞こえる衣擦れの音に微笑ましそうな目を向けた。
「ええ。お姉様に“最後に舞ってほしい”とお願いされたんですもの。
わたしにできる、いちばんの舞をお見せしたいわ」
障子の向こうで、伽耶の声がやや強めに響く。
その響きに、誠はそっと目を伏せた。
「華蘭様、突然のご発表でしたものね。姫様も、さぞ驚かれたでしょう?」
側に控える女官のひとりが伽耶の腰紐を整えながら、静かに言葉を添える。
伽耶は黙って頷いたあと、合図を受けてそっと息を止めた。
「お噂では――華蘭様、お相手とは燿国との合同訓練でお知り合いになられたとか。
華蘭様のほうから結婚を申し入れられたと聞きましたけれど……まことなのでしょうか?」
「ええ、そうよ」
伽耶は少し笑って言うと、仕切りをくぐって書房へと姿を見せた。
部屋の空気が、一気に華やかになる。
女官たちは一斉に歓声をあげ、商人も思わず目を見張った。
「お見事です、姫様! 足元に入ったこの切れ込みが、姫様のご体躯をいっそう引き立てます。
この透け感、光を浴びるとまるで舞う炎のように……」
くるり、と伽耶が身体を回すと、裾から、膝の上あたりまで伸びた切れ目がわずかに揺れ、細くしなやかな白い脚がちらりと覗いた。
誠は、思わず視線を逸らした。
(……そのような意匠を選んだ者の顔が見たい)
不思議と手のひらが熱を帯びてくる。
「なんだか、あまり着たことのない意匠ね……。誠、どう思う?」
伽耶は少しだけ不安そうに、書房の隅の誠に顔を向けた。
女官たちがさっとその視線をよける。再び、誠が浮き上がる。
彼は逸らした顔を戻すことなく、小さく息を吸うと言った。
「先ほどの意匠の方が……より上品で、繊細で……姫様によくお似合いかと、存じます」
「そう? じゃあ、そうするわ」
伽耶はぱっと笑顔を咲かせると、また女官たちとともに奥の間へと引き返していった。
残された誠は、その笑顔の余韻にどこか落ち着かぬまま、膝の上で組んだ指先にそっと力をこめた。
ふだんは静まり返った伽耶の書房は、この日ばかりは少し様子がちがっていた。
色とりどりの衣に、桃色の装束の女官たち。
あちらこちらから上がる、明るい声と笑い声。
華やかな空気に包まれる一室の、隅の隅。
誠はそこに、小さく、所在なさげに座っていた。
「わぁ……! そちらも、とっても素敵です、姫様!」
部屋の奥から姿を見せた伽耶に、ひとりの女官が目を輝かせて声を上げる。
その歓声に続くように、他の女官たちも口々に褒めそやした。
燃えるような赤に金の糸が織り込まれた衣装に身を包んだ伽耶は、頬をわずかに染めながら、くるりと軽く一回転してみせる。
ひらり、と舞い上がる裾。
淡く透けた生地が、光を受けてさらさらと揺れた。
まるで春の陽差しにきらめく炎のようで、
思わず目を奪われるほどの美しさだった。
「ねえ、誠、これはどう思う?」
輪の中央から顔を向けた伽耶が、笑みを浮かべて問いかける。
女官たちはすぐに身をよけ、誠の姿があらわになる。
突然の注目に、誠は一瞬だけ肩をすくめ――
「……大変、お似合いかと……」
少しだけかすれた声で、そう返した。
「ふふ、さっきからそればっかり。もっと違うのないの?」
伽耶はいたずらっぽく笑いながら、小首を傾げる。
その笑顔を見て、誠はますます言葉を失っていった。
「お、それながら……わたしは……流行には……あまり……」
もごもごと答えるうち、誠の姿は見る見るうちに縮こまっていくようだった。
(……なぜ、私はここに……?)
目を閉じれば、朝の出来事が脳裏に蘇る。
いつも通りの時刻に書房を訪れ、戸を叩いた。
書房の戸を開けると、そこにはすでに何人もの女官と衣が広がっていた。
「陸様、お入りくださいな」
「姫様もちょうどお戻りになりますので」
そう言われて腕を引かれた先で、誠は流れるように座らされていた。
気づけば商人もいて、衣桁には華やかな布がずらりと並ぶ。
もはや逃げ出せる空気でもなく、
誠はただひたすら、静かに座っていたのだった。
「姫様、こちらはいかがでしょう? 少し大人びた印象ですが……最近の姫様でしたら、きっとぴったりかと」
衣桁にかけられた衣を商人が掲げる。
伽耶はその意匠に目をとめ、小さく頷いて奥の居室へと女官たちと消えていった。
「華蘭様の御婚礼前、最後の宴ですからね。そりゃあ、気合いも入るってものでしょう」
商人は、仕立てを終えた衣を手際よく畳みながら、奥の方から聞こえる衣擦れの音に微笑ましそうな目を向けた。
「ええ。お姉様に“最後に舞ってほしい”とお願いされたんですもの。
わたしにできる、いちばんの舞をお見せしたいわ」
障子の向こうで、伽耶の声がやや強めに響く。
その響きに、誠はそっと目を伏せた。
「華蘭様、突然のご発表でしたものね。姫様も、さぞ驚かれたでしょう?」
側に控える女官のひとりが伽耶の腰紐を整えながら、静かに言葉を添える。
伽耶は黙って頷いたあと、合図を受けてそっと息を止めた。
「お噂では――華蘭様、お相手とは燿国との合同訓練でお知り合いになられたとか。
華蘭様のほうから結婚を申し入れられたと聞きましたけれど……まことなのでしょうか?」
「ええ、そうよ」
伽耶は少し笑って言うと、仕切りをくぐって書房へと姿を見せた。
部屋の空気が、一気に華やかになる。
女官たちは一斉に歓声をあげ、商人も思わず目を見張った。
「お見事です、姫様! 足元に入ったこの切れ込みが、姫様のご体躯をいっそう引き立てます。
この透け感、光を浴びるとまるで舞う炎のように……」
くるり、と伽耶が身体を回すと、裾から、膝の上あたりまで伸びた切れ目がわずかに揺れ、細くしなやかな白い脚がちらりと覗いた。
誠は、思わず視線を逸らした。
(……そのような意匠を選んだ者の顔が見たい)
不思議と手のひらが熱を帯びてくる。
「なんだか、あまり着たことのない意匠ね……。誠、どう思う?」
伽耶は少しだけ不安そうに、書房の隅の誠に顔を向けた。
女官たちがさっとその視線をよける。再び、誠が浮き上がる。
彼は逸らした顔を戻すことなく、小さく息を吸うと言った。
「先ほどの意匠の方が……より上品で、繊細で……姫様によくお似合いかと、存じます」
「そう? じゃあ、そうするわ」
伽耶はぱっと笑顔を咲かせると、また女官たちとともに奥の間へと引き返していった。
残された誠は、その笑顔の余韻にどこか落ち着かぬまま、膝の上で組んだ指先にそっと力をこめた。
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