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六章 その背に祝福を
第三話 静かな宴、揺れる火花
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その日の夕刻、沈みかけた陽が、宴の席に仄かな金の光を差し込ませていた。
華蘭と玄騎を中心に設けられた席は、いつもよりも明るく、そしてどこか、華やぎと緊張が同居していた。
伽耶もまた、その一角に控えていた。
「……では、燿国よりお越しの燿玄騎殿下、玲淵殿下に、季国一同より心よりの歓迎を。乾杯」
景仁がゆったりとした声で杯を掲げると、
その場に居合わせた両国の者たちが、それに倣い静かに盃を掲げた。
伽耶の隣には兄たち――烈翔と総雅が並び、
その正面には、玲淵の姿があった。
(……気のせい、だったのかしら)
伽耶はそっと盃を置きながら、そちらに視線を向ける。
玲淵は背筋をぴんと伸ばし、膳の上の料理を淡々と箸で口に運んでいた。
冷静に見えなくもないその姿に、伽耶は胸の奥で、わずかに安堵する。
「玲淵殿下。季国までの旅路、お疲れではありませんか?」
優しく語りかけたのは、烈翔だった。
その声音には、年上としての穏やかな配慮と、
どこか“子どもを見る”ような温かさが滲んでいた。
玲淵は一瞬、顔を上げてから膳に目を戻し、答える。
「……いえ。馬車でしたから。
本当は馬で構わなかったのですが……長旅だからと、強く止められてしまって」
小さな声だったが、言葉には不満と誇りがまざっていた。
“自分は乗馬できる”という誇示のような響きに、伽耶は一瞬、口元に笑みを浮かべそうになる。
烈翔はわずかに目を見開いたが、すぐに表情をやわらげて、ふっと口元をほころばせた。
「なるほど。
お若いのに、しっかりしておられる」
そう言いながらも、その笑みの奥には、
“年下の挑発に乗るつもりはない”という、第一王子らしい余裕がにじんでいた。
「……わたしは、つい先日乗馬を覚えたばかりなんですよ。
殿下は、そのご年齢で素晴らしいですね」
伽耶は、柔らかな笑みを浮かべて玲淵に声をかけた。
玲淵はちらりとだけ視線を向け――それ以上は応じず、すぐに膳へと目を戻す。
「乗馬くらい、五つの頃にはできていました」
その声は小さかったが、どこか誇らしげで、冷たい響きを含んでいた。
伽耶は一瞬、瞠目したが、すぐにまた穏やかに微笑む。
「まあ……素晴らしいですわね」
玲淵はふっと小さく笑う。
――まるで、「勝った」と言いたげに。
その時だった。
「わたしは、四歳で乗馬したがな」
総雅がぽつりと呟くように口にした。
その声は玲淵を見ていなかった。
視線は、どこまでも得意げに――伽耶のほうへと向いていた。
伽耶はきょとんと瞬きを繰り返す。
そして、玲淵の手が、箸を持ったままわずかに止まる。
けれど、次の瞬間。
ドン、と太鼓の音が宴の空気を切り替えた。
「余興のはじまりでございます!」
間を置かず響いた声に、座の者たちは自然と視線を前へと向けた。
宴も終盤に差し掛かる頃――
盃を交わす声も落ち着き、揺れる灯火の中に静けさが宿り始めたころだった。
伽耶の背後に控えていた女官が、そっと声をかける。
「華蘭様がお呼びです」
振り返ると、華蘭がこちらに手を招いているのが見えた。
伽耶はひとつ頷き、玄騎に会釈をしてから、姉のもとへと歩み寄る。
華蘭の隣に膝をつくと、姉はそっと伽耶の耳元に顔を寄せてくる。
「……どう?あの子……玲淵殿下」
不意に告げられた名に、伽耶はぱちぱちと数度まばたきをした。
「ええと……そうですね……」
言葉を探している間にも、指先が無意識に頬へと運ばれる。
その仕草に、華蘭はくすっと小さく笑った。
「ふふ。……ね、明日。あなた、城を案内してあげてくれない?」
「わたしが、ですか?」
「うん。年もこの中では一番近いし、あなたなら接しやすいかと思って。誠も一緒でいいから」
「お姉様のお願いなら……もちろん」
そう返しつつも、伽耶は小さく眉を寄せて口を寄せる。
「……でも、殿下は、あまり、わたしのことを良く思っていないような……」
その囁きに、華蘭は一瞬だけ目を丸くして――すぐに笑みをこぼした。
「ううん、あの子、誰にでもあんな感じよ。
だから大丈夫。お願いね」
ぱん、と両手を合わせて頼まれると、伽耶も思わず笑って、拳をぎゅっと握った。
「……大好きなお姉様のためですもの。がんばります!」
「ありがとう、伽耶」
華蘭はその拳を、両手でそっと包み込んだ。
やわらかなぬくもりが、そっと伽耶の胸に灯る。
ふたりは目を合わせて、ふわりと微笑みあった。
華蘭と玄騎を中心に設けられた席は、いつもよりも明るく、そしてどこか、華やぎと緊張が同居していた。
伽耶もまた、その一角に控えていた。
「……では、燿国よりお越しの燿玄騎殿下、玲淵殿下に、季国一同より心よりの歓迎を。乾杯」
景仁がゆったりとした声で杯を掲げると、
その場に居合わせた両国の者たちが、それに倣い静かに盃を掲げた。
伽耶の隣には兄たち――烈翔と総雅が並び、
その正面には、玲淵の姿があった。
(……気のせい、だったのかしら)
伽耶はそっと盃を置きながら、そちらに視線を向ける。
玲淵は背筋をぴんと伸ばし、膳の上の料理を淡々と箸で口に運んでいた。
冷静に見えなくもないその姿に、伽耶は胸の奥で、わずかに安堵する。
「玲淵殿下。季国までの旅路、お疲れではありませんか?」
優しく語りかけたのは、烈翔だった。
その声音には、年上としての穏やかな配慮と、
どこか“子どもを見る”ような温かさが滲んでいた。
玲淵は一瞬、顔を上げてから膳に目を戻し、答える。
「……いえ。馬車でしたから。
本当は馬で構わなかったのですが……長旅だからと、強く止められてしまって」
小さな声だったが、言葉には不満と誇りがまざっていた。
“自分は乗馬できる”という誇示のような響きに、伽耶は一瞬、口元に笑みを浮かべそうになる。
烈翔はわずかに目を見開いたが、すぐに表情をやわらげて、ふっと口元をほころばせた。
「なるほど。
お若いのに、しっかりしておられる」
そう言いながらも、その笑みの奥には、
“年下の挑発に乗るつもりはない”という、第一王子らしい余裕がにじんでいた。
「……わたしは、つい先日乗馬を覚えたばかりなんですよ。
殿下は、そのご年齢で素晴らしいですね」
伽耶は、柔らかな笑みを浮かべて玲淵に声をかけた。
玲淵はちらりとだけ視線を向け――それ以上は応じず、すぐに膳へと目を戻す。
「乗馬くらい、五つの頃にはできていました」
その声は小さかったが、どこか誇らしげで、冷たい響きを含んでいた。
伽耶は一瞬、瞠目したが、すぐにまた穏やかに微笑む。
「まあ……素晴らしいですわね」
玲淵はふっと小さく笑う。
――まるで、「勝った」と言いたげに。
その時だった。
「わたしは、四歳で乗馬したがな」
総雅がぽつりと呟くように口にした。
その声は玲淵を見ていなかった。
視線は、どこまでも得意げに――伽耶のほうへと向いていた。
伽耶はきょとんと瞬きを繰り返す。
そして、玲淵の手が、箸を持ったままわずかに止まる。
けれど、次の瞬間。
ドン、と太鼓の音が宴の空気を切り替えた。
「余興のはじまりでございます!」
間を置かず響いた声に、座の者たちは自然と視線を前へと向けた。
宴も終盤に差し掛かる頃――
盃を交わす声も落ち着き、揺れる灯火の中に静けさが宿り始めたころだった。
伽耶の背後に控えていた女官が、そっと声をかける。
「華蘭様がお呼びです」
振り返ると、華蘭がこちらに手を招いているのが見えた。
伽耶はひとつ頷き、玄騎に会釈をしてから、姉のもとへと歩み寄る。
華蘭の隣に膝をつくと、姉はそっと伽耶の耳元に顔を寄せてくる。
「……どう?あの子……玲淵殿下」
不意に告げられた名に、伽耶はぱちぱちと数度まばたきをした。
「ええと……そうですね……」
言葉を探している間にも、指先が無意識に頬へと運ばれる。
その仕草に、華蘭はくすっと小さく笑った。
「ふふ。……ね、明日。あなた、城を案内してあげてくれない?」
「わたしが、ですか?」
「うん。年もこの中では一番近いし、あなたなら接しやすいかと思って。誠も一緒でいいから」
「お姉様のお願いなら……もちろん」
そう返しつつも、伽耶は小さく眉を寄せて口を寄せる。
「……でも、殿下は、あまり、わたしのことを良く思っていないような……」
その囁きに、華蘭は一瞬だけ目を丸くして――すぐに笑みをこぼした。
「ううん、あの子、誰にでもあんな感じよ。
だから大丈夫。お願いね」
ぱん、と両手を合わせて頼まれると、伽耶も思わず笑って、拳をぎゅっと握った。
「……大好きなお姉様のためですもの。がんばります!」
「ありがとう、伽耶」
華蘭はその拳を、両手でそっと包み込んだ。
やわらかなぬくもりが、そっと伽耶の胸に灯る。
ふたりは目を合わせて、ふわりと微笑みあった。
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