紅に咲く ー鳥籠の姫君と忠義の軍師ー

やまだ

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七章 紅に咲く

第十話 幕が上がる場所

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何度も道を間違え、それでもようやく辿り着いたその場所には、ぼろぼろの幕屋と、いくつかののぼりが立っていた。

中からは、先ほど耳にした笛の音と、ぽん、ぽんと軽やかな鼓の音が漏れ出している。

その入り口には、筋骨たくましい中年の男がひとり、片足の義足を投げ出して低い椅子に腰かけていた。

(……劇団胡蝶。劇団、なのね)

伽耶は手荷物からそっと布を取り出し、頭からすっぽりと被った。

(少し怖いけれど……外にいるよりは、きっとまし)

おずおずと幕屋の入り口へ近づくと、中年の男がじろりとこちらを見やった。

「……お嬢さん。金はあるか?」

(お金……)

伽耶は息を呑む。
生まれてこの方、金を自分で使ったことなどなかった。

(こんな時、どうすればいいの……誠がいてくれたら……)

つい挙げてしまった名前を振り払うように、伽耶は首を横に振る。

手荷物の巾着をそっとあけると、中には金の指輪、首飾り、髪飾りなどが包まれている。
伽耶は、迷いながらもひとつの首飾りを取り出した。

「……お金はないの。でも、これで……足りるかしら?」

男は最初、呆れたように口を開いた。

「金がない? 残念だが、それだと――」

だが途中で、男の目が変わる。
まじまじと、伽耶の差し出した首飾りを光にかざす。
何度も、何度も。

「だめかしら……他に行くところもなくて。お願い、少しだけでも……」

伽耶は目を伏せ、ぎゅっと荷物を抱きしめる。

男はふ、と鼻で笑い、立ち上がると、布を持ち上げた。

「……ま、特等席は無理だが、ござの端っこなら空いてるぜ」

その言葉に伽耶は小さく頭を下げると、幕屋のなかへと滑り込むように身を沈めた。
男もまた、ぶっきらぼうに布を下ろすと、奥へと姿を消していく。

中は簡素な作りだった。
湿った藁の匂いと、揺れる松明の灯りが影を落としている。
木箱を積み上げた即席の舞台、その前に敷かれた薄いござ。

舞台の上では、背の高い体躯のしっかりした女性が、青と金の薄衣を翻しながら舞っていた。
脇には、十歳ほどの男女がひとりずつ。
小さな男の子が控えめに鼓を打ち、少女は笛を吹いている。
ふたりとも、衣の裾にほころびは見えるが、どこか懸命で愛らしい。

伽耶はそっと幕屋の端に腰を下ろし、その光景に目を奪われた。

(……舞とは、こんなふうに披露されることもあるのね)

どこかに似て、どこかが違う。
それでも、熱に似たなにかが舞台から伝わってくる。

舞っていた女性の足がふとあらわになり、そのたくましさに伽耶は目を瞬かせた。

(随分と、立派なおみ足……)

けれど、まとう空気は軽やかで美しく、自分の身体を精一杯に使って誰かに伝えようとする姿が、伽耶の心をじんわりと揺らしていた。

やがて音が止み、舞子は一礼をする。
その瞬間だった。

「けっ、化け物小屋め。こんなんで金取るとか、笑わせんな」

ござの前に座っていた男が、手にしていたするめを乱暴に投げつけた。
それは、舞台の端に転がる。

舞子は微笑を崩さず、それを静かに拾い上げた。

男は立ち上がると、くるりと振り返り、幕屋の出口へと向かおうとする――が、途中で伽耶に目を留めた。

「あ?なんだ、若ぇ女がいたのかよ。へへ、こっちは当たりかもな?」

ずかずかと近づく男に、伽耶は思わず顔を布で隠す。

「おい姉ちゃん、俺はな、金払って損したんだよ。ちょっと慰めてくれや?」

男は無遠慮にその布を剥ぎ取った。伽耶はすぐに腕で顔を覆うが、その手をも掴まれ――

「おいおい、こりゃ別嬪じゃねえか……」

汚れた笑みが伽耶の目前に迫る。

だが、その瞬間。

「ちょっと」

静かだが、鋭く通る女の声が空気を裂いた。

「やめてくれる?それ、うちの子なんだけど」

低く、しかし響く声だった。

振り返った男の前に立っていたのは、烈翔にもひけをとらぬ大柄な女。
鮮やかな青の舞衣に身を包み、笑みを浮かべながらも、男の肩に添えられた手には、凄まじい力がこもっていた。

「見た目じゃ分かりにくいかもしれないけど。ぶら下がってるわよ。
それに、あんたの払った小銭じゃ、お触りまではできなくてよ?」

ふわりと笑みを浮かべたまま、女は男の腕をねじりあげる。
男は情けない声を上げて、幕屋の外へと逃げ出した。

「ちくしょう、ブスが……!化け物劇団め!」

暴言だけは一人前に吐いて、どたばたと遠ざかっていく。

「まったく、どっちが化け物よっての。この性欲オバケが」

女はふう、と一息吐くと、視線を伽耶へと戻す。

「……あんたね? この首飾りを出したってのは」

その手には、男に渡した金の首飾りが握られていた。
女は伽耶をゆっくりと見下ろし、数秒ほど沈黙したのち――

「いいじゃない、上客じゃないの!ほら、端っこで縮こまってないで、こっち来なさいな!」

ぐいっと両肩を押され、伽耶はいつの間にか幕屋の中央、ござのど真ん中へと座らされていた。

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