屍王の帰還~元勇者の俺、自分が組織した厨二秘密結社を止めるために再び異世界に召喚されてしまう~

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悪意の末路

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 アーベル盗賊団。
 グリフィル神聖国近郊を根城に蔓延る盗賊団の名だ。

 強盗、恐喝、強姦、詐欺、果てには殺人までを犯した救いようのない浮浪者たちの寄せ集めである。
 彼らは迷いの森として名高いグリフィル樹海を拠点とし、騎士達を撒きながら犯罪行為に及んでいた。

 しかし、ある日の翌朝、森は姿を変えていた。

「……頭領……森が……」

「凍ってやがる……っ!」

 白銀世界。
 それ以外に形容しようがない光景に、十数人の男たちは一様に言葉を失った。

「―――――これが、僕の力です」 

 そしてそれは数週間前、樹海に存在する洞窟をねぐらとしていた盗賊団に近づいてきた謎の男がもたらしたものだと言う。
 謎の男は当初、教養を覗かせる言動で盗賊団を我が物顔で指揮し、分け前を受け取るだけの人間だった。

 だが、彼が来てからすぐにこのような異常事態が起こった理由を説明できる者などおらず、盗賊団は彼の言葉を鵜吞みにする。

「あ、あんた……まじですげえ奴なんだなッ!」

「仲間に引き入れて正解でしたね、頭領!」

「これは、ツキが回ってきたな」

「ふふふ、この程度のことであまり騒がないでください。僕にとっては当然のことです」

 髪をかき上げて得意げに笑みを浮かべる男は、持っている杖を置いて深く息を吐く。

「だが…………あんたはなんで森を凍らせたんだ? その理由は?」

「そんなこともわからないんですか? 少しは自分で考えなさい」

「お、おう……すまん」

 なにも明言しない謎の男は、少し間をおいて「まあ、良いでしょう」と呆れたように嘲笑した。

「森を凍らせれば、神聖国の王家は必ず動きます。そして今現在自由に動けるのは――――第五王女のみ」

「王女サマが……どうかしたのか?」

「はぁ……いいですか。第五王女は失敗を知らない。おそらく義憤に駆られて原因を調査に来るでしょう。こんな真似ができるのは、僕を除けば上級悪魔グレーターデーモンぐらいでしょうからね。そして……第五王女はまだお若い……捕らえるのは容易です」

「ま、まさか……グリフィル王家を脅すって言うのか!?」

 盗賊団の面々は驚愕に目を見開き、先程までの騒ぎを静める。
 この場で笑みを保っているのは、謎の男のみだ。

「お……お前……なにもんだ?」

 盗賊団頭領、アーベルはくつくつと肩を揺らす男に怪訝な視線を向ける。
 男はそれを受けると、鷹揚に手を広げた。


「―――――『ヘルヘイム』。この名を知らないものは、この大陸にはいないでしょう。僕は、ヘルヘイムの幹部……『智謀』のルーカス。以後、お見知りおきを」





■     ■     ■     ■



「ここで待ってろ」

 アーシャと青年を縛ったまま、盗賊団は冷たい地面に二人を転がした。
 見張りを立て、洞窟を掘って作った穴倉に二人を閉じ込める。
 縄はきつく縛られ、身動きは取れそうもない。

「す、すみません……わたくしのせいで……」

「……大丈夫だ」

 アーシャは青年に謝罪するが、青年はどうも上の空だ。
 それどころじゃない、といった様子で見張りの立つその先を睥睨している。

 まあ無理もないだろう。
 森で遭難して、王女と会った後に誘拐に巻き込まれて、死を間近に感じているのだろうから。
 極限状態で彼を救えるのは自分だけ。
 アーシャはその事実に喉を鳴らす。

(わたくしが……なんとかしなくては)

 森が凍ってしまった理由は後回しだ。

 決意を固めた直後、二人の下に近づいて来る足音に、アーシャは身体を跳ねさせる。

「――――アーシャ・エル・グリフィル……本当に来るとは」

 ローブで身体を包み、杖を持ったまだ若い男だ。
 蒼髪の長髪を靡かせて、下卑た笑みでアーシャを見下す。

「来るとは想像していましたが……予想通り短絡的な猪でしたね」

「無礼な。王家の人間に向かってそのような…………」

「森を凍らせれば、こうも簡単に釣れるとは」

「―――――ッ!」

 森を凍らせた。男は確かにそう言った。
 瞠目するアーシャの反応に気をよくしたのか、男は不慣れな礼を披露する。

「お初にお目にかかります―――――ヘルヘイム幹部、『智謀』のルーカスと申します」

「ヘルヘイム、幹部……っ!」

 上級悪魔グレーターデーモンなどではない。これは人災だったのだ。
 一人の人間よって引き起こされた、魔法的現象。
 アーシャは自分でも知らない間に、地べたに横たわった身体を震わせていた。

 男は舐めまわすようにアーシャを見た後、傍に転がっている青年を足蹴にした。

「ご安心ください。あなたには価値がありますので……丁重に扱います。盗賊団の彼らには指一本触れさせません。……僕が寂しい時のお相手をしていただくことはあるかもしれませんがね」

「……下衆が。万死に値します」

「強気で居られるのも今の内です。……彼の悲鳴を聞けば、明日にでもその反抗心は泡と消えるでしょう」

 ルーカスと名乗った男の周りに侍っている男たちがナイフをちらつかせ、青年に嗜虐的な目線を送っている。
 アーシャはその瞬間、背筋に立った鳥肌を無視しながら這って青年の前に横たわった。

「彼は関係ありません! 開放しなさい!」

「そうはいきません。正義感と身体、共に強いあなたのような人間を御するには人質は不可欠ですから」

「……っ!」

 アーシャは歯を食いしばる。
 縄から抜け出す方法などいくらでもある。盗賊団などという有象無象などアーシャの敵ではない。
 しかし、青年に危険が及ぶ可能性を否定できなかった。
 自分の無力に怒りがこみ上げる。

(わたくしは二の次です……なんとか彼を―――――)




「―――――なあ、お前誰だよ」


 横たわったまま、暗く淀んだ目で青年はルーカスに問う。

「はい?」

「いやだからさ……お前誰? 俺知らないんだけど、ルーカスとか」

 緊迫した空気に、平坦な青年の声音が不気味に響く。
 その問いに「ふふっ」と吹き出したルーカスは、バカにした声で足裏を青年の顔に振り下ろした。
 そのまま踏みつけながら、軽快に捲し立てる。

「まさかこのご時世にヘルヘイムの名を知らないのですかぁ!? 極悪非道、残酷非道! 世を裏で牛耳る組織の名ですよぉ! そして僕はその幹部! その力はこの森の変容で一目瞭然……恐怖で頭がイカレましたかぁ?」

「や、やめなさい!」

 何度も顔を踏みつけるルーカスに、アーシャは縛られたまま足を払う。

 鬱陶しそうに足を躱したルーカスは二人を見下し、口角を上げる。

「これはお仕置きが必要ですねぇ……その気が起きないようにする方法はいくらでも――――――」


「―――――質問に答えろ。お前誰だって聞いてんだよ」

 機械のようにそう繰り返す青年に、ルーカスは青筋を立て、アーシャは目を伏せる。
 口角から泡を飛ばしながら、ルーカスは横たわる青年に向かって怒鳴った。

「……ですからっ!! ヘルヘイムの幹部、『智謀』のルーカスだと――――」

「いねえよ、そんなヤツ」

「―――――は?」

「聞こえなかったか? ヘルヘイムにはそんなヤツいねえんだよ」

 青年は上体を起こし、口の中の血を吐いた。

「ったく……人の黒歴史大声で喧伝しやがって。そもそも秘密結社ってのはさぁ―――――人前で口にしちまったらカッコよくねえだろぉが!!」

「……な、なにを」

「極悪非道? 残酷非道だぁ……ダサすぎんだろなんだそれ!? もっとこう、闇に潜んで目的不明! 神出鬼没で不透明! だからいいんだろうが! 世界に広まってたら意味ねえだろ!?」

「はぁ……気でも触れましたか?」

「……あなた……なにを?」

 ルーカスは青年の様子に憐れみを向け、アーシャでさえも困惑を隠せない。
 しかし当の本人はすっきりしたように息を吐いた。

「まあでも、あいつらが変なことしてたわけじゃなくて良かったよ……質悪いな、ホント」

「さ、さっきから何を言っているのですかあなたは!?」

「やっぱ知らないじゃん、ヘルヘイムの行動規則。――――ヘルヘイムの幹部は絶対に自分の名前を名乗らない。ヘルヘイムの名を口にしない。この時点でお前は失格なんだよ」

 有無を言わせない。
 青年は確固たる態度で話し――――自身から冷気を発する。

「新加入だとしても―――――お前、ヘルヘイムにいらないよ。必要ない。認めない」



 ――――――洞窟が、白く染まる。
 霜に覆われ、いくつもの氷像を作り出し……冷たくその時を止める。
 まるで、外の樹海のように。


「森を凍らせたのは―――俺だ」

「…………はぁッ!?」

「自分でわかんだろ? 凍らせたのが自分じゃないことなんて……運よく騙せる馬鹿どもが近くにいたのか知らねえけど。穴だらけだろ、普通に」

 アーシャも、ルーカスも閉口する。
 他の団員たちは、氷像と化して動くことはできない。

「俺がここに来てから、一カ月で奪った命の総数は――――1458。これが何かわかるか?」

 凍てつく空気に身体を震わせるルーカスは、目の前の青年の質問に対する答えを持っていない。
 
「ほら答えられない。ヘルヘイムに入った奴ならこの質問への明確な答えを持ってるはずだ。だからお前は確実に違う。だから―――――殺しておっけー」

 凍る、凍る。
 血液が、鼓動が、思考が。
 


「てめえごときが、ヘルヘイムの名前騙ってんじゃねえよ」


 凍土と化した洞窟内に蔓延っていた悪意の末路は、つまらないほどに呆気ない幕切れだった。
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