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私、あなたの弱点を見つけましたので
3.天を仰ぎたくなった
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一見すると街の景色を構成するだけの、レンガ造りの小さな宿屋。
悲しげに錆び付いた看板は、今にも朽ちてしまいそうな印象すら、訪れた者に与えるだろう。
だが、扉を開けてすぐ現れたのは、そんな想像とは真逆のギラついた輝きだった。
街の小さな宿屋なんかの玄関先には相応しくないような、豪華なキャンドルのシャンデリアと、地下へと続く赤絨毯が敷かれた階段が、訪れた者の好奇心を煽っていくだろうと、アンリはすぐに分かった。
階段の先がどこまで続いているかは、入口付近からは見えない。
だが、盛り上がりは聞こえる。喧騒が言葉の粒を殺しているので、具体的な会話の内容まではアンリには届かなかったが。
「いらっしゃいませ」
背後から見知らぬ男の声がして、アンリは急いで振り返る。
(……カラス……?)
背はアンリより少し高めだが、猫背を黒マントで隠したような奇妙な姿の人間が、まるでカラスのクチバシのような仮面を被って立っていた。
まさに、カラスの怨霊のようだった。マントがどこからか吹いてきた風に揺れ、ほんの微かにアンリの体に触れなければ、アンリは本物だと思っただろう。
(それにしても、いつの間にそこにいたのかしら)
アンリは扉の外に、御者を立たせていた。そして何かあれば、大声を出してアンリに合図するようにとも、言っていた。
だが、その合図はなかった。
(……いちいち不気味ね)
アンリは、率直な感想を表に出さないように、慎重に顔を造った。それはアンリにとっては1回目の人生で散々やらされてきたことだから、容易だった。皮肉な程。
次にアンリが考えなくてはいけないことは、放つべき最初の言葉。
アンリが欲しい情報は、たった1つだけ。
それさえ手に入れれば、もう何もいらない。
だが、それがいかに難しいか、アンリは嫌というほど魂に染みている。
確証はない。でも、2回目の人生と聖女になったという事実は、アンリの頭を冴えさせる。
この第一声が正しいか間違っているか。今、アンリは確かめる術もなく、ただ進むしかない。
でも、アンリの心は不思議と静かで、穏やかだった。
すっと、アンリは小さく呼吸をしてから、呼吸と一緒に声を乗せた。
「いつもと同じように」
間違っていれば、追い返されるだけではきっと済まないかもしれない。
それでも、アンリは待った。
この言葉が正解だったという証を。
カラスのクチバシが微かに動いた時、アンリの背中に汗が流れた。
(なんて、気持ちが悪い感覚だろう)
そうアンリが感じたと同時に、事は動いた。
「畏まりました。アンジェリカ・フィロサフィール様」
ああ、なんて事だと、アンリは天を仰ぎたくなった。
アリエルはアンジェリカの名前を語り、悍ましい性欲に満ちた、秘密の仮面舞踏会へと参加していたことが明らかになったのだ。
悲しげに錆び付いた看板は、今にも朽ちてしまいそうな印象すら、訪れた者に与えるだろう。
だが、扉を開けてすぐ現れたのは、そんな想像とは真逆のギラついた輝きだった。
街の小さな宿屋なんかの玄関先には相応しくないような、豪華なキャンドルのシャンデリアと、地下へと続く赤絨毯が敷かれた階段が、訪れた者の好奇心を煽っていくだろうと、アンリはすぐに分かった。
階段の先がどこまで続いているかは、入口付近からは見えない。
だが、盛り上がりは聞こえる。喧騒が言葉の粒を殺しているので、具体的な会話の内容まではアンリには届かなかったが。
「いらっしゃいませ」
背後から見知らぬ男の声がして、アンリは急いで振り返る。
(……カラス……?)
背はアンリより少し高めだが、猫背を黒マントで隠したような奇妙な姿の人間が、まるでカラスのクチバシのような仮面を被って立っていた。
まさに、カラスの怨霊のようだった。マントがどこからか吹いてきた風に揺れ、ほんの微かにアンリの体に触れなければ、アンリは本物だと思っただろう。
(それにしても、いつの間にそこにいたのかしら)
アンリは扉の外に、御者を立たせていた。そして何かあれば、大声を出してアンリに合図するようにとも、言っていた。
だが、その合図はなかった。
(……いちいち不気味ね)
アンリは、率直な感想を表に出さないように、慎重に顔を造った。それはアンリにとっては1回目の人生で散々やらされてきたことだから、容易だった。皮肉な程。
次にアンリが考えなくてはいけないことは、放つべき最初の言葉。
アンリが欲しい情報は、たった1つだけ。
それさえ手に入れれば、もう何もいらない。
だが、それがいかに難しいか、アンリは嫌というほど魂に染みている。
確証はない。でも、2回目の人生と聖女になったという事実は、アンリの頭を冴えさせる。
この第一声が正しいか間違っているか。今、アンリは確かめる術もなく、ただ進むしかない。
でも、アンリの心は不思議と静かで、穏やかだった。
すっと、アンリは小さく呼吸をしてから、呼吸と一緒に声を乗せた。
「いつもと同じように」
間違っていれば、追い返されるだけではきっと済まないかもしれない。
それでも、アンリは待った。
この言葉が正解だったという証を。
カラスのクチバシが微かに動いた時、アンリの背中に汗が流れた。
(なんて、気持ちが悪い感覚だろう)
そうアンリが感じたと同時に、事は動いた。
「畏まりました。アンジェリカ・フィロサフィール様」
ああ、なんて事だと、アンリは天を仰ぎたくなった。
アリエルはアンジェリカの名前を語り、悍ましい性欲に満ちた、秘密の仮面舞踏会へと参加していたことが明らかになったのだ。
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みんなの感想(12件)
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コメントいただきありがとうございます!
そうです!アンジェリカだけがやりなおしてます(これは公言しております)
1回目と2回目の王子の気持ちの違いがなぜ発生したかについては、もう少し先で開示させていただきます……!
復讐については、とにもかくにも「妹憎し」なので(前世で死んだきっかけ)、そこがフォーカスされる形にはなってますが、少なくとも3人には何らかの復讐をしたいなと思ってるかと……。
あくまで聖女として行う復讐劇になりますので、何卒よろしくお願いします!
復讐の一撃目はやられたことに対してだとかわいい復讐ですね。本当にお仕置きって感じ。それでいて相手にとって効果的なのが素敵。こういうのいいな。
コメントありがとうございます!一応「聖女」なので、えげつない復讐はできない(はず)なので、精神攻撃中心にどんどん攻めていければと思っております!
序章は軽くジャブで攻め、そのあとにどんどんフック、アッパー、ストレートと豪快に決めていただきたいです。
コメントありがとうございます!聖女と貴族がまず上下関係発生しない状況になるので、どんどんヒロイン側からの攻撃もできれば良いなと思っております!