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土砂降り注ぐイイオトコ
ラブコメキャンセル
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「お、お前、人の話聞いてたのかよ……っ!」
「……やだ」
「やだってなに?!」
「俺も、原田さんがいい」
「そ……ッ、……」
そんな、駄々っ子みたいなことを言うやつがあるか。
まずいまずいまずい、絆されるな俺。
ほんの少しばかりあるのかないのか定かではない母性のような部分が擽られてしまったが、こいつが言ってるのは『セフレになりませんか?』なのだ。
それで、『はい、わかりました』なんて言ってみろ。散々司の性欲の強さには痛い目見てきたし、なんなら今日も既に味わったばかりだろ。
「つ、司……お前なんか誤解してるかもしれねえけど、別に俺は男が好きなわけじゃ……」
「俺も別に男には興味なかったけど」
え。
「じゃあなんで」
「……原田さんだから」
「ぉ゛ッ、俺っ?」
ビビるあまり、汚え声が出てしまった。
ちらりとこちらに目を向けた司は、「そう」と小さく呟いた。
「…………そっか。じゃあ、仕方ないな」
そんなことを言われてしまえば、もう何も言えるわけがない。
……いや、本当にそうなのか?
俺、もしかしてまた流されてないか?
思わず自問自答繰り返していると、車は見覚えのある立体駐車場へと吸い込まれていく。どうやら俺たちのマンションに着いたようだ。
そういやこいつも同じマンションだった。停車する車の中、俺はずっとソワソワしながら早くこの空間から逃げたい気持ちでいた。
「つ、司……あの……」
停められた車内。司に切り出されるよりも先に、『送ってくれてありがとな』と言って颯爽と車を降りる――そして、このことはなかったことにしよう。
そう目論んだ俺だったが、顔を上げた瞬間視界が暗くなった。
そして、唇に柔らかい感触が押し当てられた。
「……っ、んむ……っ?! っ、ん、ぉ、まえ……っ、なに……っ」
してんだよ、と司の腕を掴もうとして、そのままそっと顎を持ち上げてくる司に息を飲む。
「……帰したくない」
「ん、な、司、なに言って……」
「帰したくない。俺の部屋にきて。……お腹、治るまで何もしないから」
何をそんな捨てられた子犬のような目でこちらを見てくるのだ。
絆されては駄目だと分かってるのに、「原田さん」と優しく腹部を撫でられるだけで背筋がゾクリと震えた。
元より腹痛はその場の断るための嘘だった。一応は心配してくれてるらしいが、それでも下心が全身から滲み出てるこの男に流されるのはまずい。のに。
「つ、つかさ……っ」
唇がギリギリ触れそうな至近距離、見詰めてくる司から目を反らせないでいたときだった。
ドン!と車の窓の外から音が聞こえてきた。何事かと目を向ければ、車の外、鬼のような形相でこちらを見てくる翔太がいるではないか。
「つ、司、後ろ! 後ろ!」
「…………………………チッ」
舌打ち?!と、狼狽えている間にも助手席サイドへと回り込んできた翔太はそのまま扉をこじ開けてきた。なんてやつだ。
「しょ、翔太?! な、なんでここに……?!」
「なんでって、カナちゃんにつけていたGPSに不審な動きがあったからに決まってるでしょ? というか、今はそんなことはいいんだよ」
いいのか。
「時川君」と、俺を助手席から引っ張り出した翔太はそのまま司に詰め寄る。
対する司は相変わらずのポーカーフェイスだ。それでも、先程までのしおらしさや捨て犬感はどこかへ飛んでいっていた。
「うちのカナちゃんをここまで送ってくれたことについては一応感謝するけど、流石にそれは見過ごせないな」
「しょ、翔太……」
「恋愛は個人の自由だろ」
「僕にはカナちゃんを守る義務があるんだよ、君のようなケダモノからね」
「翔太……!」
お前もカテゴリー的にはもう近しいところにいるけどな。
けれど、助けに来てくれた翔太には正直ホッとした。
「というわけだから諦めてよ。……行くよ、カナちゃん」
「あ……お、おい、翔太……っ! つ、司……」
流石にこのまま礼もなく司を一人置いていくのは申し訳ない。翔太に引っ張られながらも司を振り返れば、窓越しに司と目があった。
『お大事に、原田さん』そう、こちらを見つめながらも司の唇はそう動くのだ。
司はとうとう俺たちを追いかけては来なかったが、司の車が見えなくなってもずっと司の視線を感じていた。
――自宅マンション・自室。
翔太に引きずられたまま翔太と暮らす自宅へと帰ってきた俺。けれど、翔太は部屋に上がっても俺の手を離さなかった。
翔太のオタクグッズに侵蝕されつつあるリビングルームにて、「翔太っ! おい、翔太っ!」と声をあげれば、そこでようやく翔太は立ち止まる。
そして、「なに?カナちゃん」とこちらを振り返る翔太の顔には柔らかな笑みが張り付いていた。
俺は知ってる。これは、割と本気で怒ってるときの翔太だと。
「なあ翔太、なんか怒ってるか?」
「ううん、全然怒ってないよ」
「嘘だ」
「別に? なんで僕より店長さんを頼ったのかとか、ほいほい時川君の車に普通乗り込む? とか? 全然思ってないし? おまけに未奈人さんにネチネチお小言言われることになったこととか全っ然気にしてないけどね?」
「き、気にしまくりじゃねーか……!」
しかも思ったよりも倍の量で返ってきたし。
思わず突っ込めば、一息ついた翔太はコホンと小さく咳払いをする。
「……まあ、今回の件に関しては僕にも一因はあるのも確かだからね」
「ただの無害そうな変態でも野放しにすべきではないと学びにはなったよ」翔太、お前のせいじゃないぞ、と言いかけた矢先ににっこりと微笑む翔太に俺は撤回した。
笑顔が怖すぎる。嫌な予感しかしねえよ。
「しょ、翔太……今回のことはまあ、イレギュラーみたいなもんだと思うし、そんなに気にしなくても……」
「いーや。そんなはずはないね。二度あることは三度あるし、害虫一匹見かけたらもっとたくさんいるって言うじゃん。今回の件の始末は未奈人さんが直接つけることになったけど、毎回こんなことになってたら僕の胃も持たないからね」
「う、いや、でも」
「というわけで、今度から僕がいないときでもカナちゃんを守ってくれるものを急ごしらえだけど用意してきたんだ」
そうソファーの影からガサゴソと袋を取り出す翔太。見覚えのあるその黒いビニール袋はうちの店の袋だ。
そしてその中から取り出されたブツを見て、嫌な予感は確信へと変わる。
「じゃーん、見てよカナちゃん」
「げ……っ!! お、お前、それ……っ!」
「その反応、流石知識だけはあるカナちゃんだね。これがなんなのかすぐに分かるなんて」
言いながら金属の塊を手にした翔太は掌の上、指先で弄ぶのだ。
男性器を想起させるような掌サイズの筒状の金属。それをそのまま男性器に被せて使うものだというのは、AVで見たことはある。
――貞操帯。
そんな三文字がドドンと頭に浮かんだ。
「雰囲気にすぐ流されていくカナちゃんでも、これなら貞操を守ることくらいはできるよね?」
「いや、でも、だってこれ……」
俺の知識によれば用を足すことは可能らしいが、抜くことはできないはずだ。
そんな恐ろしいブツを用意してきた翔太にただ俺は青ざめる。
「ってなわけで、今度から自慰するときは僕に言ってね」
「い、嫌だ……っ!」
「あっ、コラ。カナちゃん、逃げたらダメだよ」
そんなもの付けられたときの想像しただけでも生きた心地がしなかった。
慌てて自室へと逃げ込もうとしたところで、あっさりと翔太に首根っこを掴まれてしまう。
「次の出勤のときまでには慣れるように、まずは家にいるときから身に着けておこうか。ね、カナちゃん」
「う、や、やめろ……やめろ翔太……っ!」
「言っておくけど、カナちゃんのためだからね。カナちゃんが危なっかすぎるから駄目なんだ」
「あとこれは未奈人さんの意向でもあるから諦めようね」言いながらどさくさに紛れてベルトに手を掛けてくる翔太。
翔太に捕まってる間、俺の頭には走馬灯のように今までの悠々自適なオナニーライフが過ぎっては泡のように消えていく。
そして数分後、マンション内に俺の悲鳴が木霊するハメになったのは言わずもがなである。
罰として一週間貞操帯をハメて過ごすこととなったのはまた別の話である。
『土砂降り注ぐイイオトコ』
おしまい
「……やだ」
「やだってなに?!」
「俺も、原田さんがいい」
「そ……ッ、……」
そんな、駄々っ子みたいなことを言うやつがあるか。
まずいまずいまずい、絆されるな俺。
ほんの少しばかりあるのかないのか定かではない母性のような部分が擽られてしまったが、こいつが言ってるのは『セフレになりませんか?』なのだ。
それで、『はい、わかりました』なんて言ってみろ。散々司の性欲の強さには痛い目見てきたし、なんなら今日も既に味わったばかりだろ。
「つ、司……お前なんか誤解してるかもしれねえけど、別に俺は男が好きなわけじゃ……」
「俺も別に男には興味なかったけど」
え。
「じゃあなんで」
「……原田さんだから」
「ぉ゛ッ、俺っ?」
ビビるあまり、汚え声が出てしまった。
ちらりとこちらに目を向けた司は、「そう」と小さく呟いた。
「…………そっか。じゃあ、仕方ないな」
そんなことを言われてしまえば、もう何も言えるわけがない。
……いや、本当にそうなのか?
俺、もしかしてまた流されてないか?
思わず自問自答繰り返していると、車は見覚えのある立体駐車場へと吸い込まれていく。どうやら俺たちのマンションに着いたようだ。
そういやこいつも同じマンションだった。停車する車の中、俺はずっとソワソワしながら早くこの空間から逃げたい気持ちでいた。
「つ、司……あの……」
停められた車内。司に切り出されるよりも先に、『送ってくれてありがとな』と言って颯爽と車を降りる――そして、このことはなかったことにしよう。
そう目論んだ俺だったが、顔を上げた瞬間視界が暗くなった。
そして、唇に柔らかい感触が押し当てられた。
「……っ、んむ……っ?! っ、ん、ぉ、まえ……っ、なに……っ」
してんだよ、と司の腕を掴もうとして、そのままそっと顎を持ち上げてくる司に息を飲む。
「……帰したくない」
「ん、な、司、なに言って……」
「帰したくない。俺の部屋にきて。……お腹、治るまで何もしないから」
何をそんな捨てられた子犬のような目でこちらを見てくるのだ。
絆されては駄目だと分かってるのに、「原田さん」と優しく腹部を撫でられるだけで背筋がゾクリと震えた。
元より腹痛はその場の断るための嘘だった。一応は心配してくれてるらしいが、それでも下心が全身から滲み出てるこの男に流されるのはまずい。のに。
「つ、つかさ……っ」
唇がギリギリ触れそうな至近距離、見詰めてくる司から目を反らせないでいたときだった。
ドン!と車の窓の外から音が聞こえてきた。何事かと目を向ければ、車の外、鬼のような形相でこちらを見てくる翔太がいるではないか。
「つ、司、後ろ! 後ろ!」
「…………………………チッ」
舌打ち?!と、狼狽えている間にも助手席サイドへと回り込んできた翔太はそのまま扉をこじ開けてきた。なんてやつだ。
「しょ、翔太?! な、なんでここに……?!」
「なんでって、カナちゃんにつけていたGPSに不審な動きがあったからに決まってるでしょ? というか、今はそんなことはいいんだよ」
いいのか。
「時川君」と、俺を助手席から引っ張り出した翔太はそのまま司に詰め寄る。
対する司は相変わらずのポーカーフェイスだ。それでも、先程までのしおらしさや捨て犬感はどこかへ飛んでいっていた。
「うちのカナちゃんをここまで送ってくれたことについては一応感謝するけど、流石にそれは見過ごせないな」
「しょ、翔太……」
「恋愛は個人の自由だろ」
「僕にはカナちゃんを守る義務があるんだよ、君のようなケダモノからね」
「翔太……!」
お前もカテゴリー的にはもう近しいところにいるけどな。
けれど、助けに来てくれた翔太には正直ホッとした。
「というわけだから諦めてよ。……行くよ、カナちゃん」
「あ……お、おい、翔太……っ! つ、司……」
流石にこのまま礼もなく司を一人置いていくのは申し訳ない。翔太に引っ張られながらも司を振り返れば、窓越しに司と目があった。
『お大事に、原田さん』そう、こちらを見つめながらも司の唇はそう動くのだ。
司はとうとう俺たちを追いかけては来なかったが、司の車が見えなくなってもずっと司の視線を感じていた。
――自宅マンション・自室。
翔太に引きずられたまま翔太と暮らす自宅へと帰ってきた俺。けれど、翔太は部屋に上がっても俺の手を離さなかった。
翔太のオタクグッズに侵蝕されつつあるリビングルームにて、「翔太っ! おい、翔太っ!」と声をあげれば、そこでようやく翔太は立ち止まる。
そして、「なに?カナちゃん」とこちらを振り返る翔太の顔には柔らかな笑みが張り付いていた。
俺は知ってる。これは、割と本気で怒ってるときの翔太だと。
「なあ翔太、なんか怒ってるか?」
「ううん、全然怒ってないよ」
「嘘だ」
「別に? なんで僕より店長さんを頼ったのかとか、ほいほい時川君の車に普通乗り込む? とか? 全然思ってないし? おまけに未奈人さんにネチネチお小言言われることになったこととか全っ然気にしてないけどね?」
「き、気にしまくりじゃねーか……!」
しかも思ったよりも倍の量で返ってきたし。
思わず突っ込めば、一息ついた翔太はコホンと小さく咳払いをする。
「……まあ、今回の件に関しては僕にも一因はあるのも確かだからね」
「ただの無害そうな変態でも野放しにすべきではないと学びにはなったよ」翔太、お前のせいじゃないぞ、と言いかけた矢先ににっこりと微笑む翔太に俺は撤回した。
笑顔が怖すぎる。嫌な予感しかしねえよ。
「しょ、翔太……今回のことはまあ、イレギュラーみたいなもんだと思うし、そんなに気にしなくても……」
「いーや。そんなはずはないね。二度あることは三度あるし、害虫一匹見かけたらもっとたくさんいるって言うじゃん。今回の件の始末は未奈人さんが直接つけることになったけど、毎回こんなことになってたら僕の胃も持たないからね」
「う、いや、でも」
「というわけで、今度から僕がいないときでもカナちゃんを守ってくれるものを急ごしらえだけど用意してきたんだ」
そうソファーの影からガサゴソと袋を取り出す翔太。見覚えのあるその黒いビニール袋はうちの店の袋だ。
そしてその中から取り出されたブツを見て、嫌な予感は確信へと変わる。
「じゃーん、見てよカナちゃん」
「げ……っ!! お、お前、それ……っ!」
「その反応、流石知識だけはあるカナちゃんだね。これがなんなのかすぐに分かるなんて」
言いながら金属の塊を手にした翔太は掌の上、指先で弄ぶのだ。
男性器を想起させるような掌サイズの筒状の金属。それをそのまま男性器に被せて使うものだというのは、AVで見たことはある。
――貞操帯。
そんな三文字がドドンと頭に浮かんだ。
「雰囲気にすぐ流されていくカナちゃんでも、これなら貞操を守ることくらいはできるよね?」
「いや、でも、だってこれ……」
俺の知識によれば用を足すことは可能らしいが、抜くことはできないはずだ。
そんな恐ろしいブツを用意してきた翔太にただ俺は青ざめる。
「ってなわけで、今度から自慰するときは僕に言ってね」
「い、嫌だ……っ!」
「あっ、コラ。カナちゃん、逃げたらダメだよ」
そんなもの付けられたときの想像しただけでも生きた心地がしなかった。
慌てて自室へと逃げ込もうとしたところで、あっさりと翔太に首根っこを掴まれてしまう。
「次の出勤のときまでには慣れるように、まずは家にいるときから身に着けておこうか。ね、カナちゃん」
「う、や、やめろ……やめろ翔太……っ!」
「言っておくけど、カナちゃんのためだからね。カナちゃんが危なっかすぎるから駄目なんだ」
「あとこれは未奈人さんの意向でもあるから諦めようね」言いながらどさくさに紛れてベルトに手を掛けてくる翔太。
翔太に捕まってる間、俺の頭には走馬灯のように今までの悠々自適なオナニーライフが過ぎっては泡のように消えていく。
そして数分後、マンション内に俺の悲鳴が木霊するハメになったのは言わずもがなである。
罰として一週間貞操帯をハメて過ごすこととなったのはまた別の話である。
『土砂降り注ぐイイオトコ』
おしまい
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