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33※嘔吐
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一度射精して落ち着いたのか、星名は息を吐く。そのままゆっくりと引き抜かれる性器に息を飲んだ。
「さっきは叩いてごめんな。……俺も頭に血が昇ってた。お前もそうだったんだよな?」
「…………」
「っ、て、ああ……はは、体、すっかり汚れたな。……シャワー浴びるか? ほら、動けないだろ? 俺も一緒に行くから」
「……」
逃げれるのか。逃げたらもっと酷い目に遭うのではないのか。
また殴られるのではないか。犯されるのではないか。
外部からの刺激で麻痺した頭の中で考えたところで纏まるわけもない。それどころか、「《立て》」と星名に言われればどんだけ体が怠くても痛くても痺れてもこのコマンドに応えようと筋肉が勝手に動き出す。
結局ろくに手足に力が入らず、その場に崩れ落ちる体を星名に抱き抱えられ風呂場まで連れて行かれる。逃げることも、腿の間から溢れる液体を拭うこともできなかった。
飽きられたら終わる。耐えれば終わる。時間がくれば終わる。そう思っていたのが実際は違った。
「ほら、一凛。逃げんなよ。……コマンド嫌なんだろ? 使われるの」
分かってて散々口にした男が知ったような口で誘ってくる。
明るいシャワールームの下だと全裸だという事実に余計惨めな気分になる。同じように服を脱いだ星名を前にしていてもだ。
ウィッグを外した星名と対峙するのは初めてかもしれない。写真では見ていたが、それでも普段見ていたあの野暮ったい男とはまるで別人だ。
お前とは違う。そう言われてるような気分のまま、浴室から逃げ出すこともできずただ星名に体を洗われた。全身の傷口にお湯が染みる。皮肉か、その痛みだけが俺を現実に引き留めていた。
堪えろ、今は。こいつのためではない、自分のために。
大人しくなった俺にすっかり気をよくしたらしい、星名はというと上機嫌に鼻歌を歌いながら俺の体を丁寧に洗っていく。指先一本一本、その谷間までしっかりとスポンジと指を使い、汗も体液もなにもかもを排水溝へと流していくのだ。
それでも不快感は薄れることなく、寧ろ重ねがけしていく。見えない汚れがどんどん濃くなっていく。触るな、と振り払おうと思えばできたが、それを実行する気力も争う気力も削がれきっていた。
仲直り、とこの男は言っていた。
お前のいう仲直りがこれか。
これがDomの性質だ、とは言い切ることができないことが歯痒い。この男の根っこの部分がこうだったのだ。それが最悪な形で噛み合った。
からっとした性格は嫌いではなかった。鬱陶しさもあったが俺にとってはそれくらいで接してもらえることが心地良くもあって、だからこそ、余計に。
「一凛?」
星名の声が遠くなる。眠気とは違う、意識が遠のいていく感覚には覚えがあった。
……もういい、どうにでもなれ。
目が覚めて全て夢だったならばそれが一番いい。
Subであることからは逃れられない。
自分を守るためにはSubであることを周囲に知られないこと。
体が酷く冷たい。寒気とともに目を覚ます。
霞む視界の奥、カーテンの奥から明るい日差しが差し込むのを見た。そして、その窓辺に立つ人の姿も。
『おはよう、愛佐』
「あ、やめさ……」
咄嗟に起き上がり、そこで気付いた。菖蒲さんだと思っていたそれはただのカーテンの影だった。
寝ぼけていたようだ。落胆するとともにほっとする自分もいた。こんなところ、菖蒲さんに見られたくなかったからだ。
「……」
記憶も感覚も全て残っている。
あの後風呂場で気絶して……どうやら星名は一応着替えさせてはくれたらしい。開きっぱなしのクローゼットからは俺の服を探した痕跡が残ってる。肝心の本人の姿はない。朝が来る前に帰ったのだろう。
顔を合わせずに済んだのは不幸中の幸いか。
時計を見ればまだ朝と呼ぶには早すぎる時間帯だ。このまま部屋で時間潰す気にもなれない。朝になればまたあいつは何もなかったように会いに来るつもりなのだろう。“仲直り”だとかふざけたことを抜かしていたし。
酷く喉が渇いた。あれだけ汁を垂れ流せば無理もないが、冷蔵庫まで飲み物を取りに行く気力もなかった。もう、どうでもいい。喉の粘膜が乾き切ってくっつきそうな程でも、どうでもいい。
このまま乾涸びてなにも考えずにいられたらそれがいい。
星名に対する怒りもあったが、それ以上にろくに抵抗すら出来ずに好き勝手させた己に対する失望の方が大きかった。
分かっていた。諦めなければならないと。自分をnormalと思い込んでいたからこそ、落胆するのだと。
ベッドの上で呆けていると、呼び鈴が鳴り響く。こんな朝っぱらから非常識なやつだと思ったが、こうしている間に時間が経過していることに気付いた。
そろそろ着替えなければならないのに。
ああ、その前にインターホン……出なければ。
無視しても良かったが、また待ち伏せして部屋に入ってこられたらと思うとゾッとした。クソ、と口の中で舌打ちし、俺は気だるい体を引き摺って玄関まで歩いていく。
「はい」と、そろりと扉を開けば、そこには予想してなかった男がいた。
「よ、会いに来たよ。愛ちゃん。……寝起きか?」
「…………」
「……って、おい、何閉めてんだよ」
「……何しに来た」
「酷い声だな。風邪か?」
「何しに来たって言ってるんだ」
「今朝小晴と星名が話してたの聞いてさ、『お前と仲直りした』って」
「だから、ついでに様子見に来てやったんだよ」来て正解だったな、と笑う真夜に首筋を撫でられ、慌てて扉を閉めようとするが間に合わなかった。
「まあまあ、そんなに怯えるなよ。……それに、お前だって俺が必要だったろ?」
「いらねえよ、出ていけ……っ!」
「可哀想に。余程怖い目に遭ったんだな」
「人の話を……っ、くそ、……おい! 入ってくるな……っ!」
「お邪魔しまーす」と扉を力づくで開けて入ってくる真夜は玄関口で立ち止まる。
「消臭と換気はした方がいいぞ」
そしてこちらを見て笑う真夜にカッと顔に熱が集まる。星名が大雑把なやつだとは分かっていたが、そんなこと指摘してくるこの男の無神経さにも腹が立った。
昨晩の行為の名残が残ったそこに、俺は近くにあった消臭スプレーを真夜に吹き掛ける。
「って、おい、俺かよ」
「……っ、出ていけって言ってるだろ」
「あーあー、泣くなって。本当にただ心配だから来ただけだ、俺は」
「なら、今すぐ出てけよ……っ!」
「愛ちゃんって本当分かりやすいよな、ま、そっちのが助かるけど」
言いながら抱き締めてくる男に更に全身の血が熱くなる。触るな、と必死にその腕から抜け出そうと思うのに「よしよし」と犬でも撫でるみたいに優しく頭を撫でられるだけでぞわぞわと全身の毛がよだつ。
「ふ、ざけるな。お前のケアなんて、必要……っな、……ない……っ」
「いいから力抜けって。……ほら、ガチガチじゃねえか」
「っ、誰のせいだと……」
「俺のせい?」
「…………っ」
八つ当たりだと分かっている。
やり場のない感情のぶつけ先が分からない。全員が敵に見える。こいつだって自分を優位だと信じて疑っていないからこそ、こんなに余裕たっぷりで俺に優しくできるのだ。
そう思えば思うほど視野が狭くなっていく。口を開けば暴言しか吐けないと分かっていたから唇を噛めば、「本当、素直だな」と真夜は目を細める。
「言ったろ、俺は頼られた方が気持ちいいんだって。……だから、お前も俺を利用しろよ」
真夜の胸に顔を埋めたまま、俺は落ちてくる声にただ頷くこともできなかった。
DomのSubの関係なんてそんなものだと分かっていた。菖蒲さんに、一人のDomに固執するのは首を絞めることだと。
それでも頭の片隅で『この関係は本当に正しいのか』と自分の声が響くのだ。
そもそも、正しいってなんだ。俺と菖蒲さんの関係と真夜との関係、そこにあるのは今まで積み重ねたものと関係値の違いだけだ。
……違いだけ?全然違うだろ。俺は何を考えた?
こいつと菖蒲さんを比べて同じようなものだと思ったのか?
「……っ、……」
耐えられなかった。
真夜の体を押し退ける。そのまま俺はトイレへと駆け込む。込み上げてくる自己嫌悪に耐え切れず便器に向かって吐き出す。口をこじ開けて喉を開いて何度も溜まっていた悪感情を胃液ごと吐き出して、胃がひりつくまで何度も吐き出す。滲み出す汗と涙に水分全部持っていかれてるみたいで、嘔吐をやめてもまだ腹の中に嫌なものが溜まってるみたいに不快感が残っていた。
「水、飲めるか?」
そのまま座り込む俺の背後から掛けられる声に、俺は何も応えなかった。
優しくするな。憐れむな。誰もケアしてくれなんて頼んでいないのに。
差し出されたグラスに入った水を見つめる。その水面に反射した自分の顔があまりにも酷くて思わず笑ってしまったあと、笑ったつもりだったのに写っていた自分の顔がぴくりとも動いていないのを見て、俺は。
俺は。
「………………」
「愛ちゃん」
「……真夜」
「うん?」
「…………気持ち、悪い」
「ああ、そりゃ吐きまくってたからな。……先に薬でも飲んどくか。吐き気止めは持ってる? ないんなら俺、貰ってくるけど」
「……いい」
「そう?」
「…………」
言葉が出てこない。口を濯ぎたくて、喉も乾いて、けど口に何も入れたくない。部屋から出て行ってほしいのに、一人になりたいのに、出て行って欲しくない。
便器から頭を上げることもできないままトイレからも出てこれない俺の肩を抱き、真夜は声をかけてくる。優しい声で。
「愛ちゃん、こういうときは『助けて』って言うんだって。……この前教えたろ?」
「……」
「そのまま居たら気分も良くもなんねえだろ。――ほら、《おいで》」
そのコマンドは普段よりも優しく、何より悔しかった。
自分で判断して動くことよりも、こうして命じられて強制されることの方が楽だと少しでも感じてしまった自分に。
自分で判断したところで意味を為さないどころか悪化する現実に。
いっそのこと全て身を委ねた方がこんなに苦しまずに済むのではないかと思ってしまった自分に。
気付いてしまった瞬間目の前の光景が全て色を変えたようだった。
吐き気は治らない。
「さっきは叩いてごめんな。……俺も頭に血が昇ってた。お前もそうだったんだよな?」
「…………」
「っ、て、ああ……はは、体、すっかり汚れたな。……シャワー浴びるか? ほら、動けないだろ? 俺も一緒に行くから」
「……」
逃げれるのか。逃げたらもっと酷い目に遭うのではないのか。
また殴られるのではないか。犯されるのではないか。
外部からの刺激で麻痺した頭の中で考えたところで纏まるわけもない。それどころか、「《立て》」と星名に言われればどんだけ体が怠くても痛くても痺れてもこのコマンドに応えようと筋肉が勝手に動き出す。
結局ろくに手足に力が入らず、その場に崩れ落ちる体を星名に抱き抱えられ風呂場まで連れて行かれる。逃げることも、腿の間から溢れる液体を拭うこともできなかった。
飽きられたら終わる。耐えれば終わる。時間がくれば終わる。そう思っていたのが実際は違った。
「ほら、一凛。逃げんなよ。……コマンド嫌なんだろ? 使われるの」
分かってて散々口にした男が知ったような口で誘ってくる。
明るいシャワールームの下だと全裸だという事実に余計惨めな気分になる。同じように服を脱いだ星名を前にしていてもだ。
ウィッグを外した星名と対峙するのは初めてかもしれない。写真では見ていたが、それでも普段見ていたあの野暮ったい男とはまるで別人だ。
お前とは違う。そう言われてるような気分のまま、浴室から逃げ出すこともできずただ星名に体を洗われた。全身の傷口にお湯が染みる。皮肉か、その痛みだけが俺を現実に引き留めていた。
堪えろ、今は。こいつのためではない、自分のために。
大人しくなった俺にすっかり気をよくしたらしい、星名はというと上機嫌に鼻歌を歌いながら俺の体を丁寧に洗っていく。指先一本一本、その谷間までしっかりとスポンジと指を使い、汗も体液もなにもかもを排水溝へと流していくのだ。
それでも不快感は薄れることなく、寧ろ重ねがけしていく。見えない汚れがどんどん濃くなっていく。触るな、と振り払おうと思えばできたが、それを実行する気力も争う気力も削がれきっていた。
仲直り、とこの男は言っていた。
お前のいう仲直りがこれか。
これがDomの性質だ、とは言い切ることができないことが歯痒い。この男の根っこの部分がこうだったのだ。それが最悪な形で噛み合った。
からっとした性格は嫌いではなかった。鬱陶しさもあったが俺にとってはそれくらいで接してもらえることが心地良くもあって、だからこそ、余計に。
「一凛?」
星名の声が遠くなる。眠気とは違う、意識が遠のいていく感覚には覚えがあった。
……もういい、どうにでもなれ。
目が覚めて全て夢だったならばそれが一番いい。
Subであることからは逃れられない。
自分を守るためにはSubであることを周囲に知られないこと。
体が酷く冷たい。寒気とともに目を覚ます。
霞む視界の奥、カーテンの奥から明るい日差しが差し込むのを見た。そして、その窓辺に立つ人の姿も。
『おはよう、愛佐』
「あ、やめさ……」
咄嗟に起き上がり、そこで気付いた。菖蒲さんだと思っていたそれはただのカーテンの影だった。
寝ぼけていたようだ。落胆するとともにほっとする自分もいた。こんなところ、菖蒲さんに見られたくなかったからだ。
「……」
記憶も感覚も全て残っている。
あの後風呂場で気絶して……どうやら星名は一応着替えさせてはくれたらしい。開きっぱなしのクローゼットからは俺の服を探した痕跡が残ってる。肝心の本人の姿はない。朝が来る前に帰ったのだろう。
顔を合わせずに済んだのは不幸中の幸いか。
時計を見ればまだ朝と呼ぶには早すぎる時間帯だ。このまま部屋で時間潰す気にもなれない。朝になればまたあいつは何もなかったように会いに来るつもりなのだろう。“仲直り”だとかふざけたことを抜かしていたし。
酷く喉が渇いた。あれだけ汁を垂れ流せば無理もないが、冷蔵庫まで飲み物を取りに行く気力もなかった。もう、どうでもいい。喉の粘膜が乾き切ってくっつきそうな程でも、どうでもいい。
このまま乾涸びてなにも考えずにいられたらそれがいい。
星名に対する怒りもあったが、それ以上にろくに抵抗すら出来ずに好き勝手させた己に対する失望の方が大きかった。
分かっていた。諦めなければならないと。自分をnormalと思い込んでいたからこそ、落胆するのだと。
ベッドの上で呆けていると、呼び鈴が鳴り響く。こんな朝っぱらから非常識なやつだと思ったが、こうしている間に時間が経過していることに気付いた。
そろそろ着替えなければならないのに。
ああ、その前にインターホン……出なければ。
無視しても良かったが、また待ち伏せして部屋に入ってこられたらと思うとゾッとした。クソ、と口の中で舌打ちし、俺は気だるい体を引き摺って玄関まで歩いていく。
「はい」と、そろりと扉を開けば、そこには予想してなかった男がいた。
「よ、会いに来たよ。愛ちゃん。……寝起きか?」
「…………」
「……って、おい、何閉めてんだよ」
「……何しに来た」
「酷い声だな。風邪か?」
「何しに来たって言ってるんだ」
「今朝小晴と星名が話してたの聞いてさ、『お前と仲直りした』って」
「だから、ついでに様子見に来てやったんだよ」来て正解だったな、と笑う真夜に首筋を撫でられ、慌てて扉を閉めようとするが間に合わなかった。
「まあまあ、そんなに怯えるなよ。……それに、お前だって俺が必要だったろ?」
「いらねえよ、出ていけ……っ!」
「可哀想に。余程怖い目に遭ったんだな」
「人の話を……っ、くそ、……おい! 入ってくるな……っ!」
「お邪魔しまーす」と扉を力づくで開けて入ってくる真夜は玄関口で立ち止まる。
「消臭と換気はした方がいいぞ」
そしてこちらを見て笑う真夜にカッと顔に熱が集まる。星名が大雑把なやつだとは分かっていたが、そんなこと指摘してくるこの男の無神経さにも腹が立った。
昨晩の行為の名残が残ったそこに、俺は近くにあった消臭スプレーを真夜に吹き掛ける。
「って、おい、俺かよ」
「……っ、出ていけって言ってるだろ」
「あーあー、泣くなって。本当にただ心配だから来ただけだ、俺は」
「なら、今すぐ出てけよ……っ!」
「愛ちゃんって本当分かりやすいよな、ま、そっちのが助かるけど」
言いながら抱き締めてくる男に更に全身の血が熱くなる。触るな、と必死にその腕から抜け出そうと思うのに「よしよし」と犬でも撫でるみたいに優しく頭を撫でられるだけでぞわぞわと全身の毛がよだつ。
「ふ、ざけるな。お前のケアなんて、必要……っな、……ない……っ」
「いいから力抜けって。……ほら、ガチガチじゃねえか」
「っ、誰のせいだと……」
「俺のせい?」
「…………っ」
八つ当たりだと分かっている。
やり場のない感情のぶつけ先が分からない。全員が敵に見える。こいつだって自分を優位だと信じて疑っていないからこそ、こんなに余裕たっぷりで俺に優しくできるのだ。
そう思えば思うほど視野が狭くなっていく。口を開けば暴言しか吐けないと分かっていたから唇を噛めば、「本当、素直だな」と真夜は目を細める。
「言ったろ、俺は頼られた方が気持ちいいんだって。……だから、お前も俺を利用しろよ」
真夜の胸に顔を埋めたまま、俺は落ちてくる声にただ頷くこともできなかった。
DomのSubの関係なんてそんなものだと分かっていた。菖蒲さんに、一人のDomに固執するのは首を絞めることだと。
それでも頭の片隅で『この関係は本当に正しいのか』と自分の声が響くのだ。
そもそも、正しいってなんだ。俺と菖蒲さんの関係と真夜との関係、そこにあるのは今まで積み重ねたものと関係値の違いだけだ。
……違いだけ?全然違うだろ。俺は何を考えた?
こいつと菖蒲さんを比べて同じようなものだと思ったのか?
「……っ、……」
耐えられなかった。
真夜の体を押し退ける。そのまま俺はトイレへと駆け込む。込み上げてくる自己嫌悪に耐え切れず便器に向かって吐き出す。口をこじ開けて喉を開いて何度も溜まっていた悪感情を胃液ごと吐き出して、胃がひりつくまで何度も吐き出す。滲み出す汗と涙に水分全部持っていかれてるみたいで、嘔吐をやめてもまだ腹の中に嫌なものが溜まってるみたいに不快感が残っていた。
「水、飲めるか?」
そのまま座り込む俺の背後から掛けられる声に、俺は何も応えなかった。
優しくするな。憐れむな。誰もケアしてくれなんて頼んでいないのに。
差し出されたグラスに入った水を見つめる。その水面に反射した自分の顔があまりにも酷くて思わず笑ってしまったあと、笑ったつもりだったのに写っていた自分の顔がぴくりとも動いていないのを見て、俺は。
俺は。
「………………」
「愛ちゃん」
「……真夜」
「うん?」
「…………気持ち、悪い」
「ああ、そりゃ吐きまくってたからな。……先に薬でも飲んどくか。吐き気止めは持ってる? ないんなら俺、貰ってくるけど」
「……いい」
「そう?」
「…………」
言葉が出てこない。口を濯ぎたくて、喉も乾いて、けど口に何も入れたくない。部屋から出て行ってほしいのに、一人になりたいのに、出て行って欲しくない。
便器から頭を上げることもできないままトイレからも出てこれない俺の肩を抱き、真夜は声をかけてくる。優しい声で。
「愛ちゃん、こういうときは『助けて』って言うんだって。……この前教えたろ?」
「……」
「そのまま居たら気分も良くもなんねえだろ。――ほら、《おいで》」
そのコマンドは普段よりも優しく、何より悔しかった。
自分で判断して動くことよりも、こうして命じられて強制されることの方が楽だと少しでも感じてしまった自分に。
自分で判断したところで意味を為さないどころか悪化する現実に。
いっそのこと全て身を委ねた方がこんなに苦しまずに済むのではないかと思ってしまった自分に。
気付いてしまった瞬間目の前の光景が全て色を変えたようだった。
吐き気は治らない。
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