誰が女王を殺した?

田原摩耶

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歯車が動き出す日

赤の粛清

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 ――今晩はここにいろ。日が登ってから出ていくなり残るなり好きにすりゃあいい。

 そう言うビルの言葉に甘え、僕達は一晩客室で休むことになった。
 横になれば沈む自室の柔らかいマットとは違う、硬いベッドの上。僕は天井を見上げていた。
 体は疲弊しきってるはずなのに神経が昂ぶっているようだ、一向に眠りはやってこない。エースは隣に用意された部屋で眠ってるはずだ。
 休まなければ、朝に備えて。そう思うが、自分の心臓の音が煩くて眠れない。微かな物音が聞こえる度に飛び上がりそうになる。……この調子では明日に差し支える。
 居間の方にはまだビルとディムが残っていたはずだ。
 ……飲み物をもらえるだろうか。そう体を起こし、なるべく物音を立てないようにビルたちの残る居間へと向かう。
 静まり返った廊下を歩いていけば、薄ぼんやりとした照明の灯りが見えた。そして、話し声が聞こえてくる。
 そっと部屋の中を覗けば、そこには先程一緒に部屋へと戻ったはずのエースがいた。そして、覗き込む僕に気付いたようだ。ソファーに腰をかけ、ダムとディムと話し込んでいたエースは「王子」と立ち上がるのだ。それからディムがこちらを振り返り、「やあ」と手を上げる。ダムは無反応、ちらりとこちらを見るだけだ。

「君も眠れないくちかい?」
「……ああ、喉が渇いたからなにか飲み物を貰えるだろうか」

 そう声を掛ければ、「何が飲みたい?」とダムが反応する。「温まるものなら、なんでもいい」と答えれば、ダムは何も言わずに立ち上がるのだ。そしてそのまま部屋の奥、キッチンへと向かう。僕はエースの隣に腰を降ろした。

「王子……」
「……一人になると、余計なことを考えてしまってな。……眠るどころかこのザマだ」

「お前もか? エース」と覗き込めば、エースは少しだけばつが悪そうにはい、と頷いた。
 空気を読んだつもりか、ディムは立ち上がってダムが去ったキッチンへと向かうのだ。二人だけになった部屋の中、時計の秒針が刻む音が聞こえた。

「……サイスのことが気になるんだろ」

 そう尋ねれば、エースは唇を硬く引き締めた。その視線が揺れたのを見逃すはずがなかった。
 ――昔からだ、この男は嘘を吐くのが下手だ。馬鹿正直で、一回り以上年上の上官相手にも気に入らなければ歯向かうような男だ。
 そんなエースだからこそ、信頼することができた。――それは恐らく、母にとっても同じだったに違いない。
「エース」ともう一度名前を呼ぶ。やつの腿に手を置き、じっとその顔を覗き込めばエースの表情が強張った。そして、

「……はい」

 それはか細い声だった。声でも分かる、エースは迷っているのだと。
 敵と見做せば切り捨てる冷徹さを持っているくせに、その根は義理堅い。共に競い合い、高めあってきた同胞だ。僕にはそういう相手はいないから分からないが、それでも厳しい日々の鍛錬の中、他者にも己にも厳しいエースが友と認めるのはサイスだけだ。
 そんなサイスが、今晩処刑される。――それも、あの男の気まぐれによってだ。

「サイス……あいつの実力を考えれば大人しく処刑されることはない」
「……はい、承知しております」
「恐らく、公開処刑という形での見せしめを行うことでお前を誘き出すつもりだ。……噂が広がれば広がるほどお前の耳に入りやすくなるだろう、それも、ただの兵隊だけではなくお前と親しい間柄のサイスをそれだけのために使うつもりだ」
「……ッ」

 唇が白くなるほど噛み締めるエース。唇だけではなく、膝の上、硬く握り締められた拳に筋が浮かぶ。
 こうして言葉に出すほど吐き気を催す。あの狡猾な男らしい下衆な真似だ。目に見えるほどの雑な罠だからこそ、余計腹が立つ。

「……エース、冷静になれ」
「……っ、は……い」
「僕は、馬鹿にされることが一番許せないんだ」
「っ、王子」

 ずっと考えていた。
 確かに、朝になれば追っ手は減る。逃げ隠れもしやすくなるだろう。けれど、こうして日が昇る前に後戻りができなくなるかもしれない。
 脳裏に浮かぶ処刑台に立たされた母の姿。助けることもできず、歯向かうこともできなかった。ただ叫ぶことしか……――。

「――……広場へと向かう」
「っ、何を仰るのですか、王子……ッ」
「サイスを奪還する。……あいつを生きて捕らえることが出来ればこちらが有利になる。今は僕達には戦力が必要だろう」

 お前のためではない、と念押しをすれば、目を見開いたままエースは口を開く。そして、うなだれるのだ。

「……ッ、ありがとうございます、王子」
「…………」

 ここから先は危険な橋渡りだと分かっていた。自ら敵の罠に潜り込むようなものだ。
 そして、僕にはエースしかいない。向こうはいつ餌に掛かってもいいように兵隊を待機させてるはずだ。
 あまりにも分が悪い。……それでも迷いはなかった。

「ビルたちが戻って来る前に出るぞ」

 今は時間が惜しい。コーヒーの薫りが漂い始める部屋の中、僕達は足音を立てないように外へと向かうことになる。
 作戦もなにもない、武器と呼べるものすらない。それでも、可能性はゼロではない。
 ――サイス、そして三日月ウサギ。全てはあいつら次第だ。僕達に出来ることは処刑を中断させることだけだった。
 ノープランもノープラン、運試しにしてはあまりにもハイリスク。杜撰で穴だらけだろうが、なんだっていい。保身に走って可能性を自ら潰すくらいなら舌を噛み切った方がまだましだ。



 裏口へと繋がる階段を登り、重たい鉄の扉の前に立つ。
 恐らくビルもディムも俺達が出ていったことに気付いているのだろう、それでも追いかけて来る様子はない。
 静かに扉を開く。ギィ、と音を立て開く扉。前に立つエースは辺りに人の気配がないのを確認して外へと出た。
 薄暗い裏路地、夜の風が皮膚を撫でる。辺りに兵隊の姿はなく、僕達は目配せをし、そのまま目的地である広場の方へと向かった。
 女王も公開処刑を行うことは多かったが、裁判所で判決が出るとその場で処刑人たちに首を刎ねさせていた。……そして、母が処刑されたのも裁判所だ。
 けれど、あの男は違う。こうして裁判所ではなく夜の広場を指定したのは僕達が来やすくするためだ。

 広場へと近づくにつれ、人の気配は多くなる。兵隊もちらほらいたが、下手にこそこそした方が怪しまれる。僕達は堂々と人混みに紛れ、広場へと向かう。
 広場は常に開放されており、その中央には大きな舞台が用意されていた。見せしめのつもりなのか、六人の見覚えのある男たちが椅子に座らされている。後ろ手に縛られ、目隠しをされているようだ。
 その中央、真っ赤な軍服に身を包んだ青年がいた。

「……ッ、サイス……」

 エースも気付いたようだ。離れていてもわかる。
 やはり、ここにいたのか。そもそもあの男が大人しく縛られていることにも驚いたが、すぐにその理由も分かる。
 大勢の群衆が詰め寄る処刑台の上、サイスと同じ真っ赤な軍服姿の男が上がる。ライトアップされた処刑台の上、眩く光る金糸。その手に握られたのは斬首用の大剣だ。
 処刑人――ジャックはまるで目の前の死刑囚たちをじっくりと吟味するように眺めるのだ。
 キングの近衛兵であるジャックの登場に群衆もこの公開処刑が異質だと感じたのだろう、広場全体は妙な高揚感に包まれ、熱狂している。僕達にも気付いていないのだろう。
 周囲にはジャックの他にも監視の兵隊たちも多く居たが、処刑台へ近付こうとする野次馬を止めるので精一杯らしい。
 サイスを助けなければならない、が、このまま愚直に処刑台に近付いたところであの処刑人の剣がこちらへと振るわれるだけだ。
 それに、引っかかることあった。――あの男の姿が、アリスの姿が見当たらないのだ。

「……妙だな」
「気付かれましたか。……あの男がいません、特等席で見物してそうなものを」
「何か仕掛けられてるかもしれない。……一旦この処刑を中止させよう」
「ですが、どうやって」

 そうエースがこちらを向く。僕はビルの部屋から持ち出したマッチ箱を取り出した。使えそうなものはなんでも使う。辺りを見渡し、なるべくよく燃えそうな燃料を探した。
 ――そして見付けた、処刑台の傍、今は使われていない屋台の裏。そこに置かれた木箱には干し草が詰められていた。
 このお祭り騒ぎに乗じて近くの屋台から油を盗むのは容易だった。そのまま油の瓶ごと干し草が積まれた木箱にぶち撒けた。そしてそのままマッチを着火し、やや離れた場所から木箱へと放り込む。瞬間、大きな火が燃え上がった。
「火事だ!」と声を上げれば、僕の声に気づいた近くの野次馬たちが指差した方へと目を向ける。そして、一瞬にして騒ぎは伝播するのだ。
 辺りに広がる悲鳴はやがてステージの上、一人目の罪人の目隠しを外していたジャックの元まで届いていた。上る日に、兵隊たちも慌てて消火へと向かおうとしていたが逃げ出す群衆たちにもみくちゃにされ消火活動に遅れてるようだ。あっという間に火は屋台へと燃え移り、その炎を大きくしていく。僕達は人混みに紛れ、処刑台へと向かおうとした。が、広場から逃げ出そうとしていた流れに巻き込まれ、エースに遅れを取る。
 咄嗟に振り返ったエースは僕へと伸ばしかけた手をぐっと握りしめた。

「……っ、貴方はここでお待ちください、あいつは俺が食い止めます」

 その目に迷いは無かった。分かっていた、戦闘分野において自分は足手まといになることなど。だから、僕は「分かった」と伸ばしかけた手を引っ込めたのだ。
 エースは頷き、そのまま人混みへと紛れる。
 せめて、自分にできることをやるだけだ。
 観衆、火、雑踏、歓声、悲鳴、怒号。
 人の声でなにもかもかき消される。夜だというのに明るい空の下、僕は処刑台を見上げた。「あいつは」と誰かが叫ぶ。騒ぎに乗じて処刑台へ上がってきた闖入者にジャックは手にしていた大剣を持ち直した。
 二人がなにを話してるのか、舞台上で何のやりとりをしてるのかこちらには聞こえない。それでも、ジャックは指名手配犯の登場に驚くわけでもなくただ笑っていた。
 そして、エースの静止を無視してその大剣を目の前の罪人の頭に向かって振り落とすのだ。
 音は無かった。狂乱騒ぎの中、赤い血飛沫が降り注ぐ。ボヤに逃げることなくショーに夢中になっていた観衆たちは悲鳴に似た歓声を上げる。一振りで頭を切り落とすほどの鋭利さ、そして重さ。それは剣と呼ぶよりも斧に近い。赤い軍服を更に赤く染めたジャックは笑う。そして、次はお前だとエースへと向き直るのだ。
 ――今ならば、ジャックがエースに気を取られてる間にサイスを救出することができる。
 剣を抜いたエースはそのまま処刑台に登ろうとしていた兵隊を切り捨てる。ステージへと近付けば、辛うじて二人の声が聞こえてきた。内容まではわからない、一番サイスに近付ける場所へと人垣をかき分け、回りこもうとしたときだった。
 どん、といきなり目の前に現れた壁にぶつかった。そして、息を飲む。
 そいつは目深に被っていたハットを脱ぎ捨てる。そして、現れた男に血の気が引いた。
 男――アリスは静かに佇んでいた。いつもの柔和な笑みも、なにもない。ただ無表情で僕を見詰め、口にするのだ。

「――散歩は楽しかったかい、ロゼッタ」

 心臓から大量の血液が全身へと押し流されるような感覚に汗が吹き出る。
 アリスが何故ここに。いや、この処刑場にいることは分かっていたはずだ。いないことの方が不自然だ。それよりも、何故僕に気付いておきながらずっと野放しにしていたのか。
 咄嗟に服の中に忍ばせていたナイフを取り出そうとしたとき、アリスに手首を掴まれた。人混みの中、周りの奴らはまるで僕とアリスのことが目に入っていないかのように舞台上に釘付けになっている。異様な空気感はこの男のせいか。

「やめておいた方がいい、それとも君が好奇心旺盛な無害な国民たちを自らの手で傷付けたいと言うのなら話は別だけども」

 アリスは殺せない。毒を盛ってもこうして生きてる。それでも、この状況は明らかに僕にとって悪手だった。
「黙れ」とやつの制止を無視してナイフを取り出し、やつの首元に突きつけようとしたときだった。
 背中、心臓の裏側に押し付けられる硬い感触に凍りつく。振り返らずとも自分に突きつけられてるそれがなんなのか分かった。

「……やめろ、エイト」
「………………」

 ――エイト。
 そうアリスは名前を呼んだ。
 ハートのエイト――やつは、滅多に表舞台にでてくることもない。そんなやつが何故やつがここに居るのか。
 やつは他の一般兵とは違う。やつはクイーンの命に従い、隠密、そして――要人の暗殺等表沙汰にはできないことを請け負う特殊部隊の男だ。
 そんな男が自分に銃口を向けている。状況は最悪だった。

「……刃物を捨てろ」

 背後から聞こえてくるのは掠れたような低い声。感情が読めない。それでも、向けられるものは敵意そのものだ。
 アリスだけならいざ知らず、エイト相手にもなれば話は別だ。
 絶対にこの男をエースの元へと向かわせてはならない。それだけは間違いない。
 ならば、とナイフから手を離す。そして背後のエイトを振り返ろうとした瞬間だった。手首を掴み上げられる。袖の下、隠し持っていたフォークを抜き取られる。

「……」
「……」

 あわよくば、と思ったがやはり気が付かれていたようだ。足元へと落とされるフォーク。けれど、こうしてエイトの足止めを出来るなら。
 しかし、ここからは本当にエース頼りになる。金属がぶつかり合う音が響き、舞台上に視線を向ける。
 ジャックが手にしているのはあくまで拘束されてる罪人の首を落とすものだ、動いてる人間相手にはあまりにも大きく、隙きだらけだ。
 せめてサイスを助けられればと思ったときだった。

「……何故僕達がここにいるか分かるかい? ロゼッタ。……賢い君ならばきっと気付いているのだろうね」

 一瞬目を疑った。椅子に拘束されていたはずのサイスが立ち上がり、そして自らの目隠しを外すのだ。気付いたときには遅かった。

「エースッ!! 退け!!」

 人混みを掻き分け、少しでも処刑台にいるエースに届くように声を上げるがすぐにエイトに口を塞がれる。
 あいつらは――お前を。
 エースに切られた兵から剣を拾い上げたサイスが背後からエースを狙う。ほんの一瞬、僕の声に気付いたエースは背後に迫っていたサイスに気付いたようだ。その剣を防ごうとしたとき、処刑台は赤い照明に照らされる。
 ――最初から、これが狙いだったのだ。
 エイトの手を掴み、引き剥がそうとした。が、力で現役兵隊相手に敵わない。

「ロゼッタ、いけないよ。……せっかく彼の最期の晴れ舞台になるんだ。見届けてあげないと」

 アリスはそう笑った。二対一、あまりにも相手にするには分が悪すぎる。せめて逃げてくれ。そう思うのに、声を上げることが出来ない。エースも負けていない、そう、これが戦場ならばだ。

「――ッ、王子」

 そう、エースが僕たちに気付いた。僕の背後にいるエイトと、隣のアリスに。その一瞬、出来た隙きを二人は見逃さなかった。サイスの突き立てた剣がエースの腕を斬りつける。それでも、エースは怯まなかった。それどこか、切りつけられたことなど気付いていないとでも言うかのように二人を無視して処刑台を飛び降りるのだ、下に人間がいようが構わず、蜘蛛の子のように散り散りに逃げていく観衆たち。照明はエースを追う。照明のライトだけではなく、兵隊たちもだ。周りの人間を切りつけ無理矢理逃げさせ、道を開けさせたエースはそのまた僕達の前までやってきた。

「王子から離れろ!!」

 そう、怪我も傷も構わずアリスに斬りかかるエースに向かって躊躇なくエイトは手にしていた銃口をエースに向けた。やめろ、とエイトの銃口を逸そうとエイトの指に思いっきり歯を立てる。瞬間、血の味が口の中に広がると同時に逸れた銃口から弾が発砲される。地面を抉るそれにエイトが舌打ちしたときだった、エースは僕の背後のエイトに向かって剣を大きく振った。
 ――少しでも、隙が必要だった。二人を、この空気を変えるほどの、この状況を覆すほどの隙を。
 一か八か、賭けにでた。エイトの体を思いっきり振り払い、僕は自らエースの刃の前に飛び出した。
 僕が死ねば、恐らくあの男が――アリスが動くはずだ。そう思ったのに。

「ッ、ロゼッタ!!」

 見開かれるエースの目、鼓膜が破けるほどの悲鳴にも似た怒声。そして、抱き締められる体。目の前で輝くのはブロンドの髪。――熱が、広がる。

「ッ、ど、して……ッ」

 それが自分の言葉とは思えなかった。
 エースの剣を真正面から受け止めたアリス、その胸に深く突き立てられた剣に息を飲んだ。
 何故、邪魔をするのか。お前は、最後まで。
 僕を庇ったアリスに何が起きたのか分からなかったのだろう、ほんの一瞬の隙を連中は見逃さなかった。
 エースの体がびくりと跳ねる。服に広がる赤い染み、その胸から突き出す鋭い刃。エースはそれを無視して、アリスを切りつけた。

「ッ、退、け……ッ、王子から離れろ、この――ッ」

 悲鳴。罵声。怒号。獣染みた声がエースの口から漏れる、赤い血も、エースを串刺しにする剣が増えようが、その腹に弾を打ち込まれようが、あいつはアリスの息の根を止めることだけしか考えていなかった。
 アリスは僕を抱きしめたまま動かない。何故、早く時間を戻せ。早くしろ、お前は死なないんだろ。そうアリスを見るが、あいつの服も、髪も、赤く染まっていくばかりで、駆け付けた兵隊たちがエースを抑え込む。暗転も幕引きもやってこない。
 その代わり、

「……ッ、ぉ、うじ」

 地面の上、抑え込まれたエース。その背後、ゆらりと現れたのは大剣を携えたジャックだった。
 ジャックの振りあげた剣はそのまま真っ直ぐ、迷いなくエースの項へと振り下ろされる。
 ――そして、最期の言葉は血に飲まれて掻き消された。
 噴き出す血、まだ暖かいエースの血が赤く飛び散った。
 僕は、その場から動くことができなかった。アリスに抱きしめられたまま。目の前に転がる幼馴染の頭。その目は真っ直ぐにこちらを見ていた。
 処刑を終え、ついでにと言わんばかりに残った罪人たちの頭を切り落としてきたジャックは笑う。

「撤収だ、後片付けは清掃に任せとけ。……それと、早急に白ウサギを呼べ」
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