天国地獄闇鍋番外編集

田原摩耶

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その他齋藤受け

十勝×齋藤でプール掃除

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 一日の授業も終わり、寮へ戻ろうと教室を出た矢先のことだった。

「佑樹!」
「と……十勝君、どうしたの?珍しいね、こっち来るの」
「今から生徒会室行くんだろ?せっかくだし一緒に行こうかと思ってさ」

 そう、HRが終わるのを待っていたらしい十勝はニコニコと笑いながら歩み寄ってくる。
 誘ってくれるのは素直に嬉しかったが、なんだろうか、その不自然なまでの笑顔に違和感を覚えずにいられなくて。

「……何かあったの?」
「えっ、べ、別になんもねーよ?何言ってんだよ、佑樹」
「……」

 怪しい。わかり易いくらい吃り始める十勝をじっと凝視していると、暫く笑顔で耐えていた十勝だったがどうやら観念したようだ。

「分かった、言うよ。言うからそんな目で見んなよ!」

 普通に見ていたつもりだったのたが、十勝の精神上あまりよろしくない影響があったようで。
「わかった」と頷けば、一息ついて十勝は重い口を開く。

「じ、実はさぁ……午後、生徒会室で和真と野球ごっこして遊んでたんだよ」
「えっ?!」

 十勝の口から語られる事実は驚愕のものだった。
 というか灘も何やってんだ。

「そしたら、会長のスペアの眼鏡壊しちゃってさ」
「あ、謝ったんだよね……?」

 聞いてるこっちの胃が痛くなってくる。
 腹部を抑えながら恐る恐る尋ねれば、十勝は首を横に振った。

「駄目だよ、ちゃんと謝らないと……!」
「いやいやいや、分かってるんだって!分かってんだけどさぁ、ほら、佑樹が居てくれた方が心強いってか……」
「え、えぇ……」
「な!頼むよ!一生に一度のお願い!」

 この前も一生に一度のお願いを聞いたような気がするんだけども。
 両手を合わせてお願いされると断り辛いし、俺も出来ることなら十勝の力になりたいとは思うけど……。
 甘やかすなよ、と以前芳川会長に釘を刺されたのを思い出す。
 そうだ、甘やかしては十勝の身にならない。
 けれど、ダメだ。期待するような目で見られると、それに応えたくなるのだ。

「わ、わかったよ、わかったから頭上げてよ、十勝君」
「まじで?!ありがとう、佑樹!」

 瞬間、飛び上がる勢いで顔を上げる十勝。
 その笑顔に、先程まで悩んでいたのが嘘みたいに吹っ飛びそうになって。
 つくづく、甘いなぁ。
 どこまでも単純な自分に苦笑せずにはいられない。


 ◇ ◇ ◇


 生徒会室。
 後から合流した灘も一緒に十勝と俺は椅子に腰を掛ける会長の目の前、立たされていた。というかなんで俺も。

「素直に謝ったことは評価する」

「しかし」と、カッと目を見開いた芳川会長。
 凄まじい威圧感に震え上がった十勝は慌てて隣にいた灘を盾にした。

「わー!ごめんなさい!ほら、和真も謝って!」
「今度からはちゃんと狙いを定めます」
「そうじゃねえだろ?!
「……ゴホン」
「……っ!!」

 わざとらしい咳払いは会長が重大なことを言う前に行われる動作であり、そのことを知っている十勝たちの周囲の空気が一斉に凍り付いた。
 そして、静まり返った生徒会室内、会長はゆっくりと立ち上がった。

「放課後、温室プールの清掃をしてもらう」
「えぇっ?!」
「なんだ?異論があるのか?別に学園敷地内の草抜きでも良いんだぞ。こんな暑い中炎天下は苦だろうからと思った上で配慮したつもりだったのたがな」
「い、いえ、やります!やらせていただきます!」

 ああ、言ってしまった。
 脊髄反射で反応してしまった十勝に同情するにも出来なくて。

「そうか、なら頼んだぞ。1ミリも汚れを残すなよ」
「ぁ、あい……」

 笑う芳川会長。
 その冷たい笑顔に急速に十勝が萎んでいくのを見ていた。ご愁傷様だ。


 ◇ ◇ ◇


「うう……遊びに行くつもりだったのに……」
「と、十勝君……」

 会長からこってりと絞られたその後、解放された俺と十勝だったが十勝はというとさっきからこの調子だ。
 なら野球しなければよかったのにという言葉を飲み込んで、俺は「十勝君」と声を上げる。

「あの、俺も、出来ること手伝うよ!だから、早く済ませよう」
「ゆ、佑樹……!お前いいやつだなー!」

 すると、一瞬にして復活する十勝君。
 なんと単純な。本当はここまでするつもりはなかったのだが乗りかかった船だ、どうせやることもないし十勝が喜んでくれるならいい。

「よっしゃ、こうなったらプールまで競争だ!」
「えっ」


 元気になってくれたのは嬉しいが、少々元気過ぎる気もしない気もしない。
 とにかく、置いていかれないように俺は走り出した十勝を追い掛けた。


 ◇ ◇ ◇


 学園敷地内。
 校舎からわずかに離れたそこにそれは存在していた。

「うわああ汚ええ」
「こ、これは……」

 高い天井、だだっ広いプールサイド。
 独特の異臭。
 学園付属の温室プールは見事放置されたままになっていて、ドアを開けて早々心を折られそうになる。

「うう、仕方ねえ……これで眼鏡の罪が消えるならやるしかねえよなぁ……」
「そ、そうだね……」

 ぐずぐずしてる暇はない。
 とにかく、やるしかないのだ。
 そう気合を入れ、モップを手に取った俺たちは早速敵陣地に突っ込むことにした。
 しかし。

「佑樹!見て見て!めっちゃここ滑るぞ!」
「ちょっ、あ、危ないよ十勝君!」
「大丈夫大丈夫!って、うおっ!!」

 水のないプールでスケートごっこしてる十勝は案の定転んでいた。
 言わんこっちゃない。
 そして数分後。
 先程からなにやら一人でギャーギャー騒いでる十勝から距離を置いて床を磨いていた時だった。

「佑樹ー!」
「今度はどうし……ひっ!!」

 振り返れば、なんか黒い物体を掲げる十勝がいて。

「なんか排水口からすげえのいっぱい出てきたんだけど!ほら!」
「と、十勝君!捨てて!捨てて!なんか動いてるよそれ!」
「え?……うわああ!!」
「ちょっ、こっちに持ってこないで……!袋に……!うわああっ!!」

 それから数十分。十勝と謎の物体から逃げ回りつつも漸くそれを回収することに至った俺達は本来の目的である掃除へ勤しむことにしたのだが、やばい、十勝といると全く掃除が進まない。言わずもがな次から次へと問題をぶち込んでくるからだ。
 しかし、それでも意地でプールを磨きまくること暫く。
 もうどれくらい経っているのかわからないが、無駄に高い天井に取り付けられた天窓から覗く空は真っ黒で。

「な、なんとかなったな……」
「う、うん……」
「いや、でも水入れたらプールっぽくなったな」
「……そうだね」

 最初とは比にならないくらいに綺麗になったはずであろうプールには水が並々と注がれている。
 揺れる水面を見てると、少しは疲労感が癒されるような気がした。……癒やされたらいいな。

「って、十勝君?!」

 なんて人がほっと一息ついているその隣でいきなり制服を脱ぎ始める十勝に素で絶句する。

「な、なにし……」
「え?ほらだってわざわざ掃除したんだからさ、プール一番乗りぐらい良いっしょ」
「だっ、で、も」

 ベルトを緩める十勝に、そっちも脱ぐのかと呆れたがその下には水着を履いていたようで。
 この準備の良さ、見習いたいところだ。
 呆気取られる俺を他所に「ひゃっほー!」とか言いながらプールへと飛び込む十勝。
 その飛沫がこっちにまで飛んでくる。

「ほら、佑樹も来いよ!」
「だ、駄目だよ、俺、服だし……」
「え?水着持ってきてなかったのか?」

 掃除するというのに持ってくるものなのか。
 わからないが、流石に服はまずいだろう。
 けれど、十勝を見ていると水着を持ってくるという選択肢を用意していなかった自分に後悔せずにはいられなくて。

 仕方ない、今度はちゃんと水着を用意してくればいいことだ。
 そう諦めた矢先のことだった。

「ま、少しだけならいいだろ?」

 そう笑う十勝。
 次の瞬間、十勝は指を組んで水鉄砲をつくって水を掛けてくる。

「ちょっ、う、わっぷ」

 もろ顔面に掛かってしまい、慌てて顔の水を拭おうとしたその時だった。

「隙あり!」

 そう、十勝の濡れた手が水面から伸びてきたと思えばそのまま腕を掴まれて。
 そして、

「っあ」

 ほんの少し強い力で引っ張られただけだった。
 傾く視界に水面が映り込み、次の瞬間、ひんやりとした水の中に全身が沈む。
 けれど、それも一瞬の間のことで、十勝の腕に引っ張られすぐに顔を出すことが出来た。

「っ、十勝君ッ!」
「わりーわりー。びっくりした?」
「あ、当たり前だろ……っ」
「ははっ、佑樹の怒った顔初めて見た!」

 全く悪びれた様子のない十勝は大きく口を開けて笑う。
 いきなり引きずり込まれてビックリしたというのに、その笑顔につい絆されてしまいそうになる自分が居た。
 それではダメだと慌ててむっとすれば、俺が本気で怒ったのだと思ったのだろうか。
 十勝は少しだけ眉尻を下げる。

「わかったわかった、ごめんて。でも、佑樹ずっと掃除ばっかりだったろ?だから、息抜き」

 俺が本当は泳ぎたがっていたことに気付いていたわけではないのだろう。
 だからこそ、余計、その裏表もない十勝の純粋な気遣いに惹かれてしまうのは。

「ありがとな、付き合ってくれて」
「……っ」

 真正面、こちらを覗き込むように十勝に笑いかけられた瞬間全身が石のように緊張する。
 こうしてちゃんと向かい合うことがなかったからか、それともこの状況だからか、よくよく考えてみればまるで抱き締められてるようなこの体勢を意識してしまい緊張で頭がおかしくなりそうだった。

「ぁ……」
「佑樹?」

 声が出ない。
 こういうときどう返せばいいのかわからない。
 どういたしましてではないことは間違いないだろう。
 だって俺は十勝に感謝されるようなことはしていない。

「っ、俺も、楽しかったから……」

「十勝君と一緒にいて、楽しかったから……っ」寧ろ感謝したいのは俺だった。
 きっと一人では楽しむことすら出来なかっただろう、けれど、十勝がいてくれて、その分のロスはあったもののそれ以上にわくわくしていた自分がいたのも事実で。

「……ありがとう」

 そう口にした瞬間、僅かに十勝の目が開かれる。
 十勝のことだからさらっと流してくれやしないだろうかと思ったが、何も言わない十勝に俺の心臓のほうがバクバクになってしまい、もっとフランクな感じにしとけばよかったのだろうか、とか、重すぎやしないだろうかとか不安になった。
 けれど、不意に伸びてきた指が額に張り付いた前髪に触れる。

「……」
「十勝く……」
「……佑樹、髪、めっちゃ濡れてんじゃん」

 何を言われるのかと怖くなった矢先、突拍子もないことを言い出す十勝に出鼻挫かれる。

「っと、十勝君が落としたんじゃ……」

 ないか、とそう言い掛けた時だ。
 薄暗いプール内。
 瞬きをしたその一瞬の間、唇に柔らかい感触が触れた。
 至近距離で覗き込んでくる十勝の目に、触れる鼻先に、水の音も全部聞こえなくなって、確かにその瞬間、時間が止まった。


 ◇ ◇ ◇


 十勝にキスされた。
 それは突然のことでなんの前触れもなく、俺にとっては今年一番の出来事になるであろうと断言できるくらいの衝撃で。
 十勝は女の子が好きで、俺は男で、しかも十勝好みの髪が長いわけでも胸がでかいわけでもない。
 それなのに、キスされた。
 けれど、それは俺同様十勝本人にとっても予期せぬことだったようだ。

 あの日、あの夜。

『っ、え、あ、あの』

 狼狽える俺に気付いた十勝は次の瞬間青褪め、慌てて俺から手を離した。

『っ……、ぁー、ごめん、ごめん、待って、今のナシ』
『えっ?え、あの』
『ごめん、忘れて』

 そして、いつもの笑顔。
 結局、言いたいことだけ言ってプールから上がる十勝に置いていかれた俺だったが、流石に笑顔一つで忘れられることと出来ないことがある。

「忘れられるわけないだろ……っ!」

 結果的、余計気になってしまいその日俺は眠ることができなかった。


 ◇ ◇ ◇


 会うのも気まずいし暫く距離を置いたほうがいいのだろうが、それでも会長から呼ばれれば生徒会室に行くしかなくて。
 生徒会室前。
 そして案の定、十勝とガチ合わせることになる。

「と、かち君……」
「はよー佑樹!」

 それも、いつも通りの十勝と。

「五味さんもおはよー」
「おー」

 俺の前を通り抜けて生徒会室の中へと入っていく十勝。
 なんでなにもない感じなんだ。意識している俺のほうがおかしいのだろうか。
 そう思いたくなるくらい、いつも勇気づけられていた笑顔が不安で仕方なかった。


 ◇ ◇ ◇


「一夜の過ち、ですか」
「「ゴブッ」」

 灘が珍しくゴシップ雑誌など読んでると思いきや突然の呟きに飲みかけていた緑茶を吹き出してしまう。
 と思いきや、十勝もジュースを吹き出していた。

「ど、どーした、お前ら。きったねえな」
「ご、五味さんに言われたくねーし!」
「おっ?!なんだその理不尽な言い掛かりは!」

 一夜の過ち、だったのだろうか。
 掃除に精を出しすぎて脳内麻薬まで出てていたのだろうか。わからない。ちらりと向かい側の十勝を盗み見みた時、視線がぶつかった。瞬間、十勝の顔がじわじわ赤くなっていく。

「五味さん、俺、トイレ!」

 そして、俺の視線から逃げるように立ち上がる十勝はバタバタと生徒会室を飛び出す。
 なんなんだあいつはと呆れる五味の隣、俺は平静を取り繕うことで精一杯だった。

 だって、何もなかったわけじゃないのか。
 どうしてあんな顔をするんだ。

 初めて見た十勝に混乱する反面、いつもとは違う十勝に安心してしまう自分がいた。
 だって、十勝にとってもなんでもなかったわけではない。それが分かっただけで、自分だけが意識してるわけじゃないってわかって。
 けれど、それじゃ余計に。

「……っ忘れられるわけ、ないだろ」

 どうやら今夜も寝れそうにない。


 おしまい
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