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第3章 邂逅

50話 遊戯 其の1

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 ――ゴールデンアックス 一階 応接室

「ゲーム?」

 余りにも突飛な提案に青年はそう声を上げた。が、疑問に満ちた声色に反し表情には不快感の色が滲み出ている。

「貴方にとっては大した選択では無いかも知れないでしょうけど、私達にしてみれば十分に人生を左右する重要な問題です。そんな手段で決める事は賛成しかねます」

 スーツの青年の後に続くように、その足元を転がっていた機械が突如として空中にフワリと浮かび上がると反論を行った。内蔵されたカメラで男を睨み付けるその仕草からの推測でしかないが、彼女もまたアックスの提案に露骨な不快感と怒りを覚えている様に見える。

「じゃあこの話は無しって事になるが良いか?この辺りは俺達が仕切ってるとは言え、それでも治安が良いとは言い難い。そもそも観光客があんな場所をうろつくなんてこの星の状況を全く知らない良い証拠だ。野宿したきゃあ好きにすればいいさ、だが明日の朝を告げる鐘の音を聞ける保証はどこにも無いぜ?」

 が、臆することなくアックスはそう脅した。その堂々とした物言いにスーツの青年と妙な体躯の機械はほんの僅かだけ、少女は過大に怯えた。大なり小なりアックスの言葉に怯む態度を見れば、このチグハグな一行の誰一人としてこの星の治安が劇的に悪化した事実を知らなかったようだ。

 元々からして治安は良くなかったのだが、それでも今ほどではなかった。格差。持つ者と持たざる者の差は連合加入後も是正される事は無く、市民の大多数は持たざる者として苦境に喘いできた事実は世情に詳しい者ならば誰でも知っている話であるし、この惑星に住む持たざる者からしてみれば当たり前の話だ。

 しかし彼等を責めるのは酷な話。そう言った悲惨な情報は狡猾に言葉巧みに隠されているからであり、歴史や経済を正しく修めた学者でなければ真実に辿り着くなどまず不可能。よって彼等が現状を知らずとも無理はない。

「そうかい……じゃあ仕方ない。話はココまでだ。どうぞお引き取り……」

「お待ちを、先程の条件に偽りは無いのですね?」

「あぁ無いぜ、受ける気になったか?」

「他に手段がありません、私達はこの星の現状については余りにも無知です。危険な橋を渡らなければ安全が確保できないのならば……時には危険を冒す事も必要です」

 返答に窮する青年と少女に代わり丸い機械がアックスの提案を承諾した。どの様な判断の末に賭けを受ける気になったのかは、表情を浮かべる機能が無い為に理解出来ない。ずんぐりとした丸い体躯をしたソレは返答を言い終えるとフワリと浮かんだまま周囲をグルりと見渡し、やがてストンと机に降りた。

「屁理屈捏ねてくれるが、まぁ勝負引き受けてくれるならそれでいい。オイ!!」

 アックスはその顔の端に僅かな笑みを浮かべると、部下に指示を出した。

「承知しました」

 暫しの後、男の部下はコインの山とカードの束を手に持ってくると机の上にドサリと置いた。コインもカードも特に変哲の無い、何処にでもあるありふれた物だ。怪しい部分は一切ない……とは言えそれは一見すれば、だが。アックスは目の前に置かれたコインの山を数えると綺麗に二等分して自分の前と青年の前に移動させた。

「さて、ゲームって言ってもそう難しい事はしねぇ。カードゲーム、"ブラックジャック"だ。ルール知ってるか?」

「あぁ、カードの合計が21に近い方が勝ちってアレだろ?地球にもあるよ」

「へぇ、ソイツは初耳だな。とは言っても連合内にも似たようなルールのゲームは腐るほどあるらしいからな。まぁそれは今は置いとこうや。知ってるなら問題ねぇ、ただこの辺りでは幾つか独自ルールが追加されてる。互いに2枚のカードが伏せられた状態で配られるところまでは同じ。俺達の間で流行ってる独自ルールってぇのは、子は親の手札を開けさせたり逆に自分の手を見せたりってな具合にカードをある程度操作できるのさ。当然デメリットもある、親の手札を開けさせるにはチップを上乗せして支払う必要がある。逆に自分が手を見せる場合は勝った時に支払われるチップを倍に出来る。1枚で2倍、2枚で4倍だ、その状態で勝てば賭けたチップの倍数分が手に入る。更に自分のチップを上乗せすれば山札の次のカードを開ける事も出来るし、何ならカードが気に入らなけりゃ交換も出来る。最後にコール……勝負するわけだが、開けたカード次第じゃ親にせよ子にせよ確実負けてチップを払わされる羽目になる、だから勝負を降りる事も出来る。そうなった場合勝負自体はチャラになるが賭け分以外で使ったチップは親に没収される。最初に与えられるチップは互いに100、親と子を入れ替えながら勝負を繰り返し最終的にチップが無くなった方の負け。ちょいと複雑だが、なぁにすぐ慣れるさ?」

 男は淡々とルールを説明するとカードの束を机の中央に置き、ばさりと広げながら続けて"さて、じゃあ誰から始める?"と声を掛けた。が……

「待って下さい。カードの交換を要求します」

 その行動を機械が速攻で制した。同時、ソレは机に広げられたカードの山を伸ばしたマニピュレーターでガッチリと掴んだ。

「理由は?」

「そのカード、よく見ると細かい切れ目が幾つか入っています。それに柄も微妙に違う物が混じっています」

 機械はそう言うとカードに付いた目印を器用に指さした。

「イカサマかよ!!」

 流石に機械だけあっていかさまの看破などお手の物だった。その言葉にスーツの青年は呆れ、そして直ぐに怒りを露わにする。が、目の前の青年が激昂する様を見てもアックスは飄々とした態度を崩さず、また取り巻きもニヤニヤと不敵な笑みを浮かべる。

「おっと。まぁ落ち着け、落ち着けよ。済まないなぁ、つい癖でな」

 青年は無言でジャケットの懐に手を忍ばせると細長いプレートを握り締めると、戦闘止む無しと判断した青年の心境を察したアックスはその行動に先んて謝罪と共に青年を宥めた。その表情には余裕の色が浮かんでいるが、しかしその頬には一筋の汗が伝う。どうやら肌で感じたようだ、目の前の青年をおちょくり過ぎると痛い目を見ると言う事に。

「オイ、ちゃんとしたヤツ持ってこい」

「は、はい。直ぐに交換します」

「イカサマは有りなのか?」

「大丈夫だよ、ついゴロツキ共とやる時の癖が出ちまった。御客人にそんな真似をするつもりは無いよ」

「だがもし私が見抜けなかった場合はどうするつもりだったのですか?」

「そん時はご愁傷さまってこった。イカサマに限った話じゃないだろ、世の中"騙される方が悪い"ってケースも残念ながらあるさ。それになぁ、世の中そんなに甘くねぇし綺麗でもねぇのよ。裏でどんな事言ってようが、極端な事言えば"人を殺していようがそれがバレていなければソイツは傍目には真っ白な人間さ"。そしてその区別は俺達にはつかねぇ。その人間が黒か白か、神様か悪魔かなんてのはサ。世の中がそうならコイツも同じだろ?要はばれなきゃイカサマじゃない、真っ当で言い訳付きようの無い勝負の結果なのさ」

「つまり見抜ければ勝ち、見抜けなければ負けという訳ですか?ではそれもルールに含まれている、と言う事で宜しいですね?」

「あぁ、そう取って貰って構わないよ」

「お前……真面に勝負するつもり無かったのか!!」

 青年が再び声を荒げた。今度は明確な怒気を視線に籠めた為か、青年の急激な気配の変化に何か異様な感覚を持った部下達が一斉に腰のホルスターに手を当てた。一触即発……そんな気配が漂うが、アックスは部下達を窘めた。

「まぁまぁ落ち着けよ。言葉が足らなかった事は謝る、だがお前さん達はもう勝負を受けちまった。どうする、今更後に引けるか?賽を投げちまった後に"御免なさい、やっぱり止めたいです"なんて情けない台詞言えるのか?言えねぇよなぁ、男なら特によ」

 場は終始アックスのペースだった。青年は納得がいかないと言う表情のままだが、しかし受けた勝負から引けないのかそのまま椅子に座るとアックスを睨み付けた。

「お待たせしました、今度は封を切っていない新品のカードです」

 部下が新品のカードを手に戻ってくると、アックスはその封を破りカードを全て晒した。好きなだけ確認しなよ、そう言っている様な仕草だった。青年はスーツのジャケットを脱ぎ座っていた椅子の背もたれに掛けると、カードをまじまじと眺め始める。また同時に青年の足元に転がる妙な機械にも机に移動するとカードをジッと見つめる。

「今度は問題ないようです」

「ソイツは良かった、じゃあ始めようか。じゃあ親は交互に交代、最初は……」

「私がやります」

 いざ勝負、望もうと望むまいと戦うと決めたのならば戦う。机上で二人の男達の戦いが始まろうかという矢先、突如として水を差す声が何処かから聞こえた。

「「は?」」

 互いを睨み付けていた男達はその声を聞くやそれまでの表情を崩すと何とも情けない声を上げ、そして声が聞こえた方向を見た。其処には少女がポツンと立っている。この惑星に似つかわしくない、美しく気品に溢れたドレスを見に纏った少女だ。

 しかし、誰もがそれを少女だとは認識できなかった。アックスもその部下達もスーツの男の誰もがそこに居る少女の目を見て、その余りにも冷たい目に肝を冷やした。特にアックスの変化は顕著だった。幾度となく修羅場を潜り抜けた筈の彼ですら、少女の冷たい目に射抜かれると黙る以外に何一つ出来なくなった。

「宜しいでしょうか?」
 
「あ……あぁ。も、勿論。そっちが良いならな」

 アックスはしどろもどろにそう答えた。まるでそれ以上の行動を取れなかったという有様だったが、しかし誰も情けないと言えなかった。それは無論この状況を監視する私も同じだ。誰もが少女の提案に反論する事さえ出来なかった。まるで、巨大な獣に睨まれたかのように竦んでしまったからだ。この少女……一体何者だ?
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