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第4章 凶兆

103話 悪意襲来 其の3

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「止めろだと?ハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」

 叫ぶ姫を黒雷は嘲った。

「コレは傑作だ。俺は知っているぞ、貴様のほんし……ム?」

 が、嘲笑は止まった。黒雷が僅かに意識を逸らした次の瞬間、少女の叫びに応えた伊佐凪竜一が爆風の中から硝煙を纏いながら飛び出した。

 その余りの速度に黒雷は追いきれなかった。周辺からかき集め拳に集約したカグツチ濃度から計算すれば、黒雷の部位を一撃で完全破壊するに十分な量。

 一方、回避が間に合わないと判断した黒雷は防壁と右腕で胴体目掛けて突っ込んでくる拳を防ごうと試みる。が、結果は火を見るよりも明らか。彼の拳は防壁を容易く破壊すると防御した右腕をまるで粘土を潰すかの如く大きくひしゃげさせ、更に胴体を貫通するほどの衝撃を生み出し鈍色の巨体を一歩後退させた。

「この程度か?それともやはり……そうか、そうか……クククッ」

 余裕。右腕を粉砕され膝を付いたた鈍色の機体から聞こえたのは、圧倒的な程に上から相手を品定めする言葉だけだった。恐れも焦りも怒りも何も感じない、いや感じてさえいない。

 英雄の攻撃を受けながら微塵も動じない。其処から感じ取れるのは圧倒的な余裕と自信。全員が言い知れない不安と、それ以上に相手から放たれる底知れない気配に気圧され、故に僅かに攻撃の手が止まった。

 黒雷はその瞬間を見逃さない。素早く右腕部を切り離すと同時に灰色の光から無傷の部位を呼び出し胴体部と接続した。不要となった腕がドスンと地面にめり込み、土煙を上げる。

 戦いはまたしても振出しに戻った。幾ら傷を付けようが極僅かな時間で破損部位を入れ替える現状を打破する方法は一つしかない。

 対黒雷戦におけるセオリーは、制御系統が集中する胴体を集中攻撃して破壊するという方法が最も有効な戦法となる。しかし問題は、戦闘能力未知数の黒雷相手がその隙を与えてくれるか否かという点。この戦法は基本的に複数を相手にする場合か、もしくは一点突破の高火力を持つ場合に限られる。

 しかし、何れにせよ今の3人には少々荷が重い。伊佐凪竜一だけならば可能だろうが、今の彼にはアックスとツクヨミ、そしてフォルトゥナ=デウス・マキナという枷が加わっており、更に相対する漆黒の機体には何をどうしてか通常型とは比較にならない程の改造が施されているからだ。

「さて、受け身も飽きた。加減してやるが死んでくれるなよ?」

 黒雷が体勢を整え正面に右手をかざした。直後、前方に出現した灰色の光に手を突っ込むと真白く輝く刀を取り出し、伊佐凪竜一躊躇いなく振り下ろした。

 30メートル以上ある巨躯から繰り出される渾身の一撃は、先程までの攻撃が全く無駄である事を理解させるかの如く凄まじい速度で強烈な一撃を生み出す。彼はその攻撃を間一髪で回避したが、渾身の一撃は彼が丁度立っていた線路諸共にその後ろ側にそびえ立つ小高い丘までも容易く斬り裂いた。

「随分と素早いな。だが何時まで回避できる?どうした、早く俺を倒さないと運悪く誰かが死んでしまうかもしれんぞ?」

 黒雷から響く声は伊佐凪竜一の動揺を誘う。此処まで悪辣な手段を使うのだから意図して自分以外を巻き込む事など容易く行うだろうという確信はある。

 が、厄介なのは最悪な性格ではなく相当な高さが窺える実力の方だ。カグツチは意志に反応する、従ってもし男の言葉が強がりであるならば言葉とは裏腹に攻撃、防御性能に弱体化が見られるからだ。

 しかし男の様子にその気配は微塵も感じない。相手は且つて地球と旗艦アマテラスを救った英雄であり、その最後に放った一撃は人類というレベルを大きく超えていたにも関わらず、だ。

 何を根拠に其処まで自信を持てるのか分からないが、間違いなく虚勢では無い。だが、それでも伊佐凪竜一は攻撃を加え続ける。無駄になると知っていても、敗北が頭を過っていても、それでも彼は自らの心の赴くままに戦い続ける。

 そんな彼に引っ張られるようにアックスが動いた。手から伝わる痛みに耐えながら撃ち出した弾丸は、仄かに白い輝きを放ちながら防壁を貫通すると右腕関節の装甲と装甲にある僅かな隙間に滑り込んだ。程なく、右腕側が不規則に動いたかと思うと制御不安定に陥り、黒雷は刀を落とした。

 その光景にツクヨミが続く。その意志と聞き取れないほどの詠唱が始まると杖は仄かに赤く輝き始め、瞬時に巨大な火球を作り上げた。彼女はソレをアックスが防壁に開けた小さな穴目掛け撃ち出すと、火球は容易く防壁を貫通し機体に直撃、大きな衝撃と共に機能不全に陥った右腕部破壊しつつ周囲の装甲を燃え溶かした。

 私は……私はそんな光景を見て何とも言い難い何かが自らの内側から湧き上がってくるのを感じたが、それだけではない。映像という垣根を超え、まるで彼らと共に戦っている様な不思議な感覚に身体を支配された。何時の間にか握り締めた手は汗ばみ、額から一滴の汗が伝う。

「あんま人見下してると足元掬われるぜ?」

 アックスは帽子を目深にかぶり直しながらそう語った。まるで余裕と言わんばかりの彼らしい飄々とした口調だが、その目と銃口は黒雷を鋭く睨みつけたまま微動だにしない。

「数に入らないと侮っては困ります」

 ツクヨミもまた杖を握り締め、戦闘態勢を維持しながら相手を睨み付ける。

「だからどうした?無駄と言っているのが分からんか?」

 が、それでも黒雷の中にいる男は態度を変えない。根拠となるのは標準装備された"破損部位を瞬時に交換する機能"と"防壁"の2つだが、この男に限ればそれだけでは無いだろう。

「……逃げた方がいいでしょう。予備パーツがどの程度あるか分かりませんが、数が少ないにせよ多いにせよこのままではジリジリと追い詰められます。元はマガツヒとの戦いで汚染された時に使用する機能だそうですが、火力が低い今の私達には厄介極まりないです。アックス、姫を連れて逃げて下さい」

 これまでの戦況、黒雷自体の戦闘力、何よりソレを操る男が見せる余裕の態度から垣間見える不確定要素、ダメ押しに恐らく既に限界に達しているであろうアックスの利き腕。ソレ等を鑑みたツクヨミの提案は正しい。このまま戦っても埒が明かず、徐々に体力と精神を削られ続け、そうすれば何れ敗北するのは目に見えている。

「そりゃ無理だ、寧ろアンタが姫さんと逃げろ。俺でも多少は力になれる!!」

 アックスは強がって見せるが……

「その腕はもう限界でしょう?敵の狙いが私である可能性も捨てきれません。ですが、それでも現状で最も妥当な選択肢は、私が時間を稼ぐ間に君が姫とナギを連れて逃げる事です。この星に詳しい君だからこそ、君を信頼しているからこそ頼みたい」

「だが……クソッ!!」

 ツクヨミの言葉に虚勢を見抜かれた彼は口ごもった。その腕はカグツチの尋常では無い力に耐えきれずボロボロ、ダラリと手を下ろしている様を見れば力を入れる事すら困難らしい。酷い有様ではあるが、適正が無いのによく耐えたものだと、私は誇らしい気持ちさえ覚えた。

「逃げられるか?」

 不甲斐なさ、情けなさ、悔しさ。様々な感情を押し殺したアックスは姫の元へと駆け寄ると優しく声を掛けた……が、当人は近寄る足音に無反応のまま無く膝を付き、頭を抱えている。泣いてこそいないが、しかしそれも時間の問題であろう位に目に涙が溜まっている。

「皆、君を助けたいんだ。さ、一緒に行こう」

 膝をつき、同じ目線でもう一度優しく語り掛ける言葉に漸く反応した姫はフラリと立ち上がった。綺麗なドレスの所々に土埃が付き、茶色に汚れてる。

 が、そのドレスが大きく揺れた。どうやらまた爆弾を使ったようだ。巨大な衝撃と爆音が発生、儚い少女の華奢な身体が大きく揺れ動くと、殊更に怯え、竦み、再び力無く膝を付いた。衝撃に加え、衝撃の中に爆弾を埋め込まれた人間の断末魔を聞いてしまったようだ。

「気持ちは分かる。急ごう」

「もう嫌、もういや……お願い……助けて……」

 姫は堪らずそう呟いた、呟いてしまった。直後、姫は更に怯え始めた。ソレは余りにも唐突で、不自然で、人生経験豊富なアックスも、極めて高い演算能力を持つツクヨミさえも戸惑った。

 仕方のない話だ。姫がその身に内包する"幸運の星"が如何なる力を持つか知らないのだ。姫が呆然と空を見上げる中、赤い空の一角が突如として灰色に染まり、程なく大きな円へと姿を取った。赤い空に浮かぶぽっかりと開いた大きな穴に全員の意識が否応なく向かう。

「そう、それがアナタの願いなのね」

「ほぅ、やはり忌々しくも素晴らしい力だ」

 無機質な女の声は何とも儚げで、酷薄な男の声は何処か嬉しそうだった。

「そんな、どうして大雷が何の制御も無し何故動いているんです!?接触まであと6秒……」

 一方、目の前の光景が理解できないツクヨミは驚きの声を上げた。戦場に転移してきたのは無人の大雷。灰色の残光を伴いながら出現したソレは、伊佐凪竜一と交戦する鈍色の黒雷を体当たりで吹き飛ばしながら彼の前へと着陸した。

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※第4章の用語辞典に一部情報を追加しました。
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