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第4章 凶兆

118話 魔女と神父 其の2

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 連合標準時刻、火の節86日。現地時間6月26日の午後10時を半分以上過ぎた頃……

『どう思う……神父?』
 
『信じらんないよ。いやホント』

 T都へと向かう車中から一連の流れを聞いた魔女と神父は困惑した表情のまま動きを止めた。荒唐無稽。伊佐凪竜一が秘密裏に地球に降り立ったかと思えば連合の頂点たる姫を連れ添い旅をしていたと、そう言われて誰が信用できるか。2人の表情はそんな心情を物語っている。

『オーケー……時間は無いが先ず状況を纏めたい。いいか?先ずお前とアレムはクソッたれのカーティスに騙される形で清雅に捕まり、ヤツ等が管理する施設の一つに放り込まれ実験材料として使われた。いずれ殺される運命だと悟ったお前達は必死で抵抗して何とか脱走、偶然通りがかった関宗太郎に救われ彼の屋敷に匿われていた。此処まではいいか?』

 とは言え黙っていても埒は空かない。関与一から貸与された高級車は時速数百キロで目標地点を目指す。魔女が開口一番に口走った通り、時間が無いのだ。故に彼女は口火を切った。

「あぁ」

『じゃあー次ねー。えーと、今から数日前に謎の機体がG県に墜落。あ、でもこれって表向き隕石って報道されてたけどね。で、その機体に乗っていたのがカガセオ連合ってすごいデカい組織のトップのお姫様。伊佐凪竜一はその少女を連れて旗艦アマテラスに戻ろうとして一端関宗太郎の家に向かった。セオとアレムは其処で伊佐凪竜一と会ったんだけど、何故かソコでムッかつくカーティスのオッサンから襲撃を受けたので伊佐凪竜一を逃がした。アレム、あってる?』

「狙われたのが誰かははっきりしていませんが、概ねその通りです」

『伊佐凪竜一曰く、逃げた先でも自分達が狙われた。逃走先から再びその機体に乗って地球に戻ってきたら、またもやカーティスのクソ野郎に狙われた。で、ヤツを含む謎の一団との戦闘中に守護者って連中が現れた。その連中は有無を言わさず伊佐凪竜一を誘拐犯扱いした挙句に姫様を連れて旗艦アマテラスに戻っていった。セオ、お前はその汚名を雪ぐ為……そして命を狙われていると思われる姫様を助ける為に伊佐凪竜一を旗艦アマテラスに上げたい。こんなところでいいんだな?』

「あぁ、そうだよ」

『そうか。当たり前だがアタシ達の知る情報とは全く違う……これが真実だとするならば相当に不味い事態だな』

 映像の向こう、魔女と呼ばれた大女は椅子に腰かけると大きなため息を零した。

『そうそう、もう何処も彼処もこの話題で持ちきりだよ。しかも内容がぜっんぜん違う』

『情報操作にしちゃあ随分と用意周到だけど、だがこのまま黙って見ていれば且つての英雄は最悪の犯罪者として歴史に名を残す事になっちまう』

『だから僕達が助ける、でしょ?』

『そうだ、恩を仇で返すのはブシドーに反する』

 2人共に即答した。事情を全て知ったのに、羽田宇宙空港を狙うという意味を理解しながら、それでも2人は協力を申し出た。

「ありがとう、助かる」

『別にアンタ達の頼みだからって理由だけじゃないさ。清雅の差別解放政策、それに昔派手に暴れた詫び。色々あるさ、色々ね。ところで報酬だけど……セオ。伊佐凪竜一と話がしたい』

「へ?」

 セオは驚き、そして目をしばたかせた。車は高速道路の非常駐車帯に停まると、ハンドルを握っていた伊佐凪竜一の手に端末が渡った。彼から差し出された端末を操作した伊佐凪竜一の目の前に大女の顔がドンと浮かぶ。

『初めまして。アタシが反清雅組織改め、国家連合直轄組織になった灰色の雲の魔女だ。で、隣にいるのが神父』

 自己紹介された伊佐凪竜一は複雑な表情で2人を見つめた。一時とは言え清雅と言う組織に多大なダメージを与えた組織となれば、彼も少なからず悪影響があったことだろう。

「アンタ達が……」

『色々と言いたい事もあるだろう。アンタが勤めていた本社じゃない……末端の方とは言え結構派手に攻撃した事もあった』

『今更だけどゴメンヨー』

「あぁ、事後対応やら防止策やらでアチコチが結構悲鳴上げてたなぁって、問題が本社じゃない限りツクヨミは出張らなかったようだけど、話だけなら何度か聞いたよ」

『その辺の謝罪は済まねぇが後回しにさせてくれ。本題だ、アンタに頼みがある。もしアタシ達の仕事が上手く行って、且つ今回の騒動を無事に収められたら、ツクヨミに会わせて欲しい』

「彼女に?それが報酬で良いのか?」

『あぁ。彼女に会いたい。どうしても会って、会って詫びと礼がしたい』

「詫びと……礼?」

『清雅が支配した世界が終わって分かった事がある。奴等が消えれば皆自由になれる、その世界には本当の平和がある。誰もが盲信して、だけど絶対に叶わないと夢想した世界が突然目の前に現れた。だけどさ、世界は平和にならなかったんだよね。アンタは知らないだろうが地球全域の犯罪率が絶賛上昇中なんだ。特にひでぇのが誘拐でさ、それに誘拐以外にも犯罪紛いの依頼を持ってくるヤツ等が増加して来た。足を洗ったってぇのにね』

『そうそう、何もかも酷かったよ。そりゃーさ、一時は酷い事してたから偉そうな事言えないけどさ。でもさ……神様消えてからの地球、なんかおかしいんだよね。今まではさ、正しいかはともかく不平等の是正とか富の分配とかそれらしい理由があったんだよ。でも今は違う、"コイツがムカつくから"とか"知りもしない他人が破滅する様子が見たい"とかさ、欲望丸出しなんだ。僕さ、そう言うのずっと見てきてたらなんか怖くなっちゃってね』

『そう、結局アタシ達は神様なしじゃあ何にも出来なかった。だから直接会って、詫びを入れたい』

 そう言い切った魔女の目は何処までも真っ直ぐに伊佐凪竜一を見つめた。対する伊佐凪竜一はその視線に何か思うところがあったのか、全てを言い終わり返答を待つ魔女に質問した、"礼っていうのは?"と。

 その単純明快な質問はさして難しいモノでは無い筈だが、しかし映像の向こうの魔女は突然狼狽し始めた。その雰囲気は先程までと同一人物とは思えない程に焦っていて、傍目に見ても動揺しているのが丸わかりだ。

『あー、礼がしたいってのは実はアンタにもだな。伊佐凪竜一』

「俺?」

『そう。彼女を、ツクヨミを救ってくれた』

 漸く落ち着いた彼女はそう暴露した。知る人ぞ知る情報ではあるのだが、魔女と名乗った女は地球上において1、清雅一族以外でツクヨミと直に会った人物だと記録されている。

 そこでどんなやり取りがあったのかは不明だが、何処か物寂し気にその時を思い出す魔女の目を見れば、恐らく神として振る舞うツクヨミの暗い感情に触れたのだろう。

 ……魔女が神の苦悩を知るとは何とも皮肉な話だ。

「ちょっと待って、その口振りは明らかに知っている風に聞こえるんですけど、でも何処で知り合ったんです?そんな機会……いえ、清雅一族以外に会える筈が無いでしょ?」

 堪らずアレムが口を挟んだ。彼女の疑問も最もだし、実は私も気になっている。その辺りの情報がA-24アイツの寄越した報告書に載っていないのだ。

『生きて会えたらその時にでも話すよ。とにかく、アンタの答えに彼女は救われた。半年前見た最後の姿を見れば、過去の呪縛から解き放たれたんだと、そう思えた。ほんの少ししか話しなかったけど、何かに苦しんでいるのだけは理解出来た。神と言われても、でも結局人と何ら変わらないじゃないかと。清雅源蔵は彼女への盲目的な愛情が原因でソレが分からなかったんだろうね。詰まるところ、アンタはアタシが助けられなかった人を助けてくれた。アンタがどう思おうがソレは恩だ。恩は正しく返せ、ウチの家に代々伝わるとても大事な約束の1つだ。だから絶対に返す。ちっぽけだけど、ソレはアタシが命を賭けるに値する理由だ』

 全てを吐き出し終えた魔女は映像の向こうから伊佐凪竜一を真っ直ぐに見つめた。そんな彼女に触発されたのか、隣に座る神父も同じ態度をとる。映像の中央に映る魔女の傍にギュッと詰め寄っているが、その視線は彼女と同じく真っ直ぐに澄んでいた。

 灰色の雲。A-24が私に寄越した報告書には僅か2人だけの組織と記録されている。出奔した赤い太陽と言う組織は、地球においては余り良い名前で知られてはいない。大勢が知る表向きの姿はツクヨミ清雅という巨大企業に対する不信感を根底に文明を否定する考え方を持った反清雅組織という共同体の総称だが、その実情は想像する以上に腐敗していたそうだ。

 赤い太陽は清雅製の端末を所持する事を禁忌とし、同時に文明から距離を置く生活を送っていたのだが、それはつまり神の監視が届かない事を意味する。

 ソレが何を生むかは言うまでもない。赤い太陽を含む反清雅組織の大半は犯罪の温床ないし隠れ蓑となっていたそうだ。ありとあらゆる犯罪の見本市とでもいうべき惨状に対しツクヨミ清雅も様々な手を打ったのだが、しかし世界中の富を独占するツクヨミ清雅を快く思わない者は多く、故に難航した。

 敵の敵は味方という訳では無いが、反清雅組織の存在はツクヨミ清雅を嫌う者にとって自らの留飲を下げる数少ない手段であったが為に、影から日向から、犯罪の温床と知っていようがいまいが企業や、果ては国家までが積極的な手伝いを行い、もしくは隠蔽いんぺいの手伝いをした。

 しかし攻撃対象であったツクヨミ清雅の瓦解に伴い、反清雅組織も後を追うように瓦解した。理由は単純、ツクヨミ清雅に残されたデータから彼らの犯罪を立証する映像証拠が山の様に出てきたからだ。

 隠蔽するには余りにも膨大な記録映像に加えカガセオ連合という地球のしがらみに縛られない超巨大組織が介入したという要因が重なった結果、犯罪に加担した人物が次々と逮捕投獄された。

 政治家、大企業や行政機関の重役に始まり、果ては有名俳優やスポーツ選手まで1人残らず根こそぎであり、彼等が声高に主張するという事実は些事さじと切り捨てられた。

 が、実は強い求心力、影響力を持つ存在が軒並み表舞台から消えてしまったこの一連の出来事こそがA-24曰く"地球の治安悪化の主要な原因"となった。無論、犯罪は唾棄すべきものだし、中には口に出すにははばかられるような極悪非道な犯罪に手を染めた者もいる。

 色々な意見があったという。だが、当初は大きかった未来と希望に夢と願いを馳せる声は増加する犯罪率と治安悪化を前に瞬く間に消失し、やがて神と清雅を責める声が上がり始め、それが変遷し英雄への憎悪に変わった。コレが地球の現状、魔女が"世界は平和にならなかった"と語る現状だ。
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