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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い
133話 守護者 其の4
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アイアースは艦長席から本来の主を冷酷に睨む。追及の理由は惑星ファイヤーウッドでフォルトゥナ=デウス・マキナの救出失敗と誘拐犯である伊佐凪竜一も取り逃がした2つ。
必ず確保するようにと念を押されながら結局逃げられたに止まらず、一部スサノヲが同士討ちを始めたという醜態は当然ながら守護者の怒りを買ったが、長年に渡りデウス家を守護して来たという誇りを持つアイアースには特に耐え難かったのだろう。
が、そもそもが異常なのだ。伊佐凪竜一を誘拐犯と断じた事も、確保にスサノヲを使った事も、何もかもが常道から外れている。何の証拠もないのに誘拐犯の烙印を押せばスサノヲ達が反感を持つのは当然であり、そんな心理状態のスサノヲ達を伊佐凪竜一の確保に回せばどうにかして逃がそうと考えても不思議ではない。
――誘導
反撃しろ、ボヤボヤしていると手遅れになってしまうぞと、まるで何者かが耳元でそう囁くような感覚に陥る。私がそう感じるのだから彼女達はもっとはっきりと感じている筈だ。この状況は何者かが敷いたレールの上で、そして誰もが追い込まれた最後……レールの終端も予測している。破滅だ。だから抗わなければならないのだが、霧の如き不透明な未来から囁く何者かは細やかな抵抗さえも許さない。
ルミナは質問に沈黙を貫いたまま、何も語らない。いや、語れない。正直に話せば艦長職を罷免され、当初の予定通り"スサノヲの独断と偽る"選択をしても監督者として責任を追及される。故に必死で思考する。語る言葉を間違えれば破滅へのカウントダウンが一気に早まる。残された時間も、自由もない中で言葉を、選択肢を慎重に選ばねばならない。
「私が指示を出しました」
彼女が犯罪者収監施設の最奥、極刑囚拘束区画……通称"黄泉"に一時収監されるのは確定している。そんな状況で下せる選択肢は2つ。1人で向かうか、それとも命令違反したスサノヲ達と共に向かうか。が、聡明な彼女が後者を選ぶ筈も無く、そう答えるのは分かり切っていた。そうするしかなかった。
「ほう……正直なのは結構だが、その意味は理解しているのだろうな?」
ルミナの単刀直入な一言にアイアースは嘲笑と侮蔑を込めた視線を一層強めた。
「ならば結果は聞くまでもなかろうが、私の口から言って欲しいかね?」
「いえ。今より24時間の間、自らに黄泉への拘束処分を課します。また、艦長職も同じく本日付けで罷免します」
「スサノヲの規則違反に対する初犯の罰はそうだったな。結構、先ずはそれで良しとしよう。但し仮処分だ。正式な処分は追って下す。取りあえず……婚姻の儀が終わるまでは大人しくしている事だ。素直かつ適切に自らを罰した点は評価するが、そんな当たり前の事で信用を取り戻せるなどと己惚れるなよ?」
自らを正しく罰したルミナにアイアースは目を細めた。納得した……いや、その目つきは目的が果たせたとほくそ笑んでいる様に見えた。
しかし何をどうしようが全ては決した。この状況に抗う術は今のところない。姫を連れ戻せなかった事実に対する守護者達の落胆と怒りは凄まじく、スサノヲから離れつつある民意と合わせれば連合法により個人に保障される権利全てを停止された上で黄泉へ永久拘束するという強硬手段さえ取りかねない。
直近でこの処置を受けた元アラハバキのヤゴウは、黄泉への長期拘束が原因で精神に失調を来した末に自ら命を絶った。それ程に黄泉が作る環境は苛烈であり、永久拘束とは実質的な死刑に等しい。
「ならば出ていけ、もうここは君の部屋ではない」
アイアースの言葉は酷く冷淡で、その眼差しも含めれば彼女への興味と関心を既に喪失している様に見えた。ルミナとしては形式上とは言え守護者のトップに謝罪をするべきと考えていたようだが、その態度に出鼻を挫かれた。あの態度ならば軽くあしらわれるだけだ。
「承知いたしました。最後に質問をしても宜しいでしょうか?」
「何かね?」
「これまでに私達が提出した報告書には目を通されたのでしょうか?」
「君達の一方的且つ恣意的且つ独善的な報告を見なければならない理由があるかね?」
「そうですか……回答頂きありがとうございます。それでは失礼いたします」
ルミナの質問に薄ら笑いを浮かべながら"見ていないと"吐き捨てたアイアースの態度には礼節など微塵も感じず、これが守護者の総代かと疑う程に傲慢で挑発的だった。
が、ルミナはそんな慇懃無礼な態度に動じず律儀に一礼すると部屋を後にした。鉄面皮の下に隠すのはアイアースへの反骨心か、はたまた現状の打開策か、それとも姫と共に逃げ続ける羽目になった伊佐凪竜一か。
やがて銀色の髪が扉の向こうに消えれば、男は漸くとばかりに一息つけると艦長席から立ち上がり、天井をボウッと眺めた。視線の先には満天の星空が見える。男は暫しその光景を眺めていたが、不意になった電子音に意識を逸らされた。男が名残惜しそうに視線を戻した先、艦長室の机上に向ければ、ソコに浮かんだディスプレイに目元を隠す仮面を被った女が浮かび上がった。
『フフッ、そんな表情を浮かべてどうしたの?』
第一声の語り口から判断するに、この女はアイアースと知り合いらしい。
「君か。どうやら全てが順調のようだな?」
『えぇ、お陰様で』
「ならば何の用だ?ココも確実とは言い難いのだろう?それに何故専用回線を使わんのだ?」
『大丈夫よ、"アイツ等"も連合の人間と同じ。只何もせず状況が好転するのを待つしか出来ない人以下の何かよ』
女は誰かを嘲笑、侮蔑した。だけど、その守護の無い言葉になぜか私は酷い不快感を覚えた。
「ヤレヤレ、まさかそんな挑発をしたいが為に連絡を寄越したのではあるまいな?」
『実は部下から一つ提案があってね。で、貴方にお伺いを立てようと思いまして』
女がアイアースに何かを提案した直後、机上にもう1枚ディスプレイが浮かび上がった。専用回線を介しており私も介入できず、更に映像にも加工が施されていて内容を知る事は出来ない。嫌な予感が頭を過る。
「これは……随分と強引だな?どう言う意図があるのだ?」
『ちょっと背中を押してあげたいだけ、だそうよ』
「君の部下と言っていたが……成程、彼か。承知した、存分に背中を押してあげたまえ。ただ一点、心配する訳ではないが力加減は間違えんよう注意したまえ。崖から落としてしまうのは本懐ではないだろう?それから、中途半端に追い詰めて喉笛を噛み切られる無様を晒さないよう注意する事だ」
『それについては心配ご無用、感謝しますわカストール』
カストール。女が映像に向けそう呼びかけると、アイアースの表情が一気に不快感を伴うソレに変化した。どうやら余程に聞かれたくない名前らしいが……でもその名前は確か……いや、ただのコードネームだろう。
「君と言う奴は……まぁいい。存分にやりたまえ」
男はそう言うと通信を切断し、再び天井から見える星空に目を移した。男は呆然とその光景を眺めていたが、やがて独り言をつぶやいた。だがそれは独り言と呼ぶには余りも大きく、それ故に私は男の意図を察した。
「もうすぐ、もうすぐ我が宿願が叶う。誰にも邪魔はさせないッ!!英雄にも、貴様等にもだッ!!」
通信の最後、アイアースは怒り放出した。爆発した感情と共に放出された力が周囲を震わせれば、男の裂帛の気合が映像を貫通し私を震わせた。恐怖だ。映像を通しているのに、私は死の予感を感じ取り……また同時にもう1つを理解した。
酷く混乱した……だって、奴等は監視者の存在を知っているのだ。アイアースと、その男をカストールと呼んだ正体不明の女は監視者が連合の各惑星に1人ずつ存在している事を、文明誕生から今現在に至るまで監視者が文明の正しい発展を人類に悟られぬよう見守っている事を、何より今この瞬間も監視している事実を知っている。その上で何かを起こそうとしている。
元より油断するつもりもないが、やはりこの2人は危険だ。守護者達による介入と影響力が拡大するに伴い、監視範囲が狭まっている。守護者達はそれが当然と言わんばかりに監視カメラを停止させいるのだが、最初は治外法権区域だけだったその範囲は徐々に拡大を続け、今では旗艦全体の約3割近くで何が起こっているか分からない有様となっている。
恐らくあの2人のどちらかの指示だろう。状況の悪化に連れる形で生まれた焦燥が私の心を焼き焦がし、跡形も無くなったその場所に恐怖が芽吹く。映像に映る男はそんな私の心情を見抜いたのか、監視カメラに不敵な笑みを向けると艦長室を後にした。
必ず確保するようにと念を押されながら結局逃げられたに止まらず、一部スサノヲが同士討ちを始めたという醜態は当然ながら守護者の怒りを買ったが、長年に渡りデウス家を守護して来たという誇りを持つアイアースには特に耐え難かったのだろう。
が、そもそもが異常なのだ。伊佐凪竜一を誘拐犯と断じた事も、確保にスサノヲを使った事も、何もかもが常道から外れている。何の証拠もないのに誘拐犯の烙印を押せばスサノヲ達が反感を持つのは当然であり、そんな心理状態のスサノヲ達を伊佐凪竜一の確保に回せばどうにかして逃がそうと考えても不思議ではない。
――誘導
反撃しろ、ボヤボヤしていると手遅れになってしまうぞと、まるで何者かが耳元でそう囁くような感覚に陥る。私がそう感じるのだから彼女達はもっとはっきりと感じている筈だ。この状況は何者かが敷いたレールの上で、そして誰もが追い込まれた最後……レールの終端も予測している。破滅だ。だから抗わなければならないのだが、霧の如き不透明な未来から囁く何者かは細やかな抵抗さえも許さない。
ルミナは質問に沈黙を貫いたまま、何も語らない。いや、語れない。正直に話せば艦長職を罷免され、当初の予定通り"スサノヲの独断と偽る"選択をしても監督者として責任を追及される。故に必死で思考する。語る言葉を間違えれば破滅へのカウントダウンが一気に早まる。残された時間も、自由もない中で言葉を、選択肢を慎重に選ばねばならない。
「私が指示を出しました」
彼女が犯罪者収監施設の最奥、極刑囚拘束区画……通称"黄泉"に一時収監されるのは確定している。そんな状況で下せる選択肢は2つ。1人で向かうか、それとも命令違反したスサノヲ達と共に向かうか。が、聡明な彼女が後者を選ぶ筈も無く、そう答えるのは分かり切っていた。そうするしかなかった。
「ほう……正直なのは結構だが、その意味は理解しているのだろうな?」
ルミナの単刀直入な一言にアイアースは嘲笑と侮蔑を込めた視線を一層強めた。
「ならば結果は聞くまでもなかろうが、私の口から言って欲しいかね?」
「いえ。今より24時間の間、自らに黄泉への拘束処分を課します。また、艦長職も同じく本日付けで罷免します」
「スサノヲの規則違反に対する初犯の罰はそうだったな。結構、先ずはそれで良しとしよう。但し仮処分だ。正式な処分は追って下す。取りあえず……婚姻の儀が終わるまでは大人しくしている事だ。素直かつ適切に自らを罰した点は評価するが、そんな当たり前の事で信用を取り戻せるなどと己惚れるなよ?」
自らを正しく罰したルミナにアイアースは目を細めた。納得した……いや、その目つきは目的が果たせたとほくそ笑んでいる様に見えた。
しかし何をどうしようが全ては決した。この状況に抗う術は今のところない。姫を連れ戻せなかった事実に対する守護者達の落胆と怒りは凄まじく、スサノヲから離れつつある民意と合わせれば連合法により個人に保障される権利全てを停止された上で黄泉へ永久拘束するという強硬手段さえ取りかねない。
直近でこの処置を受けた元アラハバキのヤゴウは、黄泉への長期拘束が原因で精神に失調を来した末に自ら命を絶った。それ程に黄泉が作る環境は苛烈であり、永久拘束とは実質的な死刑に等しい。
「ならば出ていけ、もうここは君の部屋ではない」
アイアースの言葉は酷く冷淡で、その眼差しも含めれば彼女への興味と関心を既に喪失している様に見えた。ルミナとしては形式上とは言え守護者のトップに謝罪をするべきと考えていたようだが、その態度に出鼻を挫かれた。あの態度ならば軽くあしらわれるだけだ。
「承知いたしました。最後に質問をしても宜しいでしょうか?」
「何かね?」
「これまでに私達が提出した報告書には目を通されたのでしょうか?」
「君達の一方的且つ恣意的且つ独善的な報告を見なければならない理由があるかね?」
「そうですか……回答頂きありがとうございます。それでは失礼いたします」
ルミナの質問に薄ら笑いを浮かべながら"見ていないと"吐き捨てたアイアースの態度には礼節など微塵も感じず、これが守護者の総代かと疑う程に傲慢で挑発的だった。
が、ルミナはそんな慇懃無礼な態度に動じず律儀に一礼すると部屋を後にした。鉄面皮の下に隠すのはアイアースへの反骨心か、はたまた現状の打開策か、それとも姫と共に逃げ続ける羽目になった伊佐凪竜一か。
やがて銀色の髪が扉の向こうに消えれば、男は漸くとばかりに一息つけると艦長席から立ち上がり、天井をボウッと眺めた。視線の先には満天の星空が見える。男は暫しその光景を眺めていたが、不意になった電子音に意識を逸らされた。男が名残惜しそうに視線を戻した先、艦長室の机上に向ければ、ソコに浮かんだディスプレイに目元を隠す仮面を被った女が浮かび上がった。
『フフッ、そんな表情を浮かべてどうしたの?』
第一声の語り口から判断するに、この女はアイアースと知り合いらしい。
「君か。どうやら全てが順調のようだな?」
『えぇ、お陰様で』
「ならば何の用だ?ココも確実とは言い難いのだろう?それに何故専用回線を使わんのだ?」
『大丈夫よ、"アイツ等"も連合の人間と同じ。只何もせず状況が好転するのを待つしか出来ない人以下の何かよ』
女は誰かを嘲笑、侮蔑した。だけど、その守護の無い言葉になぜか私は酷い不快感を覚えた。
「ヤレヤレ、まさかそんな挑発をしたいが為に連絡を寄越したのではあるまいな?」
『実は部下から一つ提案があってね。で、貴方にお伺いを立てようと思いまして』
女がアイアースに何かを提案した直後、机上にもう1枚ディスプレイが浮かび上がった。専用回線を介しており私も介入できず、更に映像にも加工が施されていて内容を知る事は出来ない。嫌な予感が頭を過る。
「これは……随分と強引だな?どう言う意図があるのだ?」
『ちょっと背中を押してあげたいだけ、だそうよ』
「君の部下と言っていたが……成程、彼か。承知した、存分に背中を押してあげたまえ。ただ一点、心配する訳ではないが力加減は間違えんよう注意したまえ。崖から落としてしまうのは本懐ではないだろう?それから、中途半端に追い詰めて喉笛を噛み切られる無様を晒さないよう注意する事だ」
『それについては心配ご無用、感謝しますわカストール』
カストール。女が映像に向けそう呼びかけると、アイアースの表情が一気に不快感を伴うソレに変化した。どうやら余程に聞かれたくない名前らしいが……でもその名前は確か……いや、ただのコードネームだろう。
「君と言う奴は……まぁいい。存分にやりたまえ」
男はそう言うと通信を切断し、再び天井から見える星空に目を移した。男は呆然とその光景を眺めていたが、やがて独り言をつぶやいた。だがそれは独り言と呼ぶには余りも大きく、それ故に私は男の意図を察した。
「もうすぐ、もうすぐ我が宿願が叶う。誰にも邪魔はさせないッ!!英雄にも、貴様等にもだッ!!」
通信の最後、アイアースは怒り放出した。爆発した感情と共に放出された力が周囲を震わせれば、男の裂帛の気合が映像を貫通し私を震わせた。恐怖だ。映像を通しているのに、私は死の予感を感じ取り……また同時にもう1つを理解した。
酷く混乱した……だって、奴等は監視者の存在を知っているのだ。アイアースと、その男をカストールと呼んだ正体不明の女は監視者が連合の各惑星に1人ずつ存在している事を、文明誕生から今現在に至るまで監視者が文明の正しい発展を人類に悟られぬよう見守っている事を、何より今この瞬間も監視している事実を知っている。その上で何かを起こそうとしている。
元より油断するつもりもないが、やはりこの2人は危険だ。守護者達による介入と影響力が拡大するに伴い、監視範囲が狭まっている。守護者達はそれが当然と言わんばかりに監視カメラを停止させいるのだが、最初は治外法権区域だけだったその範囲は徐々に拡大を続け、今では旗艦全体の約3割近くで何が起こっているか分からない有様となっている。
恐らくあの2人のどちらかの指示だろう。状況の悪化に連れる形で生まれた焦燥が私の心を焼き焦がし、跡形も無くなったその場所に恐怖が芽吹く。映像に映る男はそんな私の心情を見抜いたのか、監視カメラに不敵な笑みを向けると艦長室を後にした。
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