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第5章 聞こえるほど近く、触れないほど遠い

150話 点と点を繋ぐ線

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「婚姻の儀。でもまさか……」

 推測を口に出したルミナから直後に漏れたのは懐疑の声。確かに疑問点しか浮かばない。この状況と婚姻の儀に共通する言葉は確かにある。

 神。だけど、二つを繋ぐ線は少なくとも見えてこない。いや、本当にあるのか?彼女の言葉に私の中の猜疑心が揺さぶられる。

「ココまでの話を聞いた限りでは恐らくそうじゃろうな。ま、そもそも守護者共が強引に事を進めようと思うならば婚姻の儀に関係していると考えるのが妥当だ。正体不明の神の候補であるフォルトゥナ=デウス・マキナとも関係しているしね。姫と儀式機"大雷"は婚姻の儀で使用されるモノだ、アレを使い各惑星を巡る。しかし貴女の話によればその姫はどう言った理由かは不明だが何故か大雷と地球に転移し、そして君を助けた伊佐凪竜一と行動を共にしたそうだね?」

「はい。地球圏に出現したときは確かに驚きましたけど、誰もが機体が誤作動した可能性も否定できないと何処か楽観視していました。そんな事、普通なら起きる筈がありませんから。でも、地球に降りたスサノヲの報告で事実と判明しました」

「確かに有り得ない。婚姻の儀が近いこの時期に、しかもお一人でと言うのは不自然極まりない。連合に知れ渡れば大問題だが、その理由が必然にせよ偶然にせよ本人の口から語られるのを待つしかないだろうね。一方で旗艦アマテラスに目を向ければ、誰もが婚姻の儀という巨大な歯車に動かされていたようだね?」

「はい。その中心にいる守護者達が先の報告を握り潰した件もそうですが、強引……と言うよりは不自然だと思いました」

「私も同じだ。主役足る姫を取り戻す為、強引に指揮権を行使する守護者の話を聞けば聞くほどに違和感が強まる。だがソレだけという訳ではない。私も妙だと思う節が無いわけではないよ」

 総帥の口から零れた言葉にルミナとタケルは驚いた。自分達が見て感じた守護者達の行動に付き纏う違和感を総帥自身もはっきりと感じているという。漠然とした、形すら無ければ言葉にすらし難い何か奇妙な感覚が少しずつ実態を覗かせる。

「妙とは?」

「婚姻の儀は特定の日、かの星で2000年以上前に起こった人と魔王の戦いの最終決戦があったと伝わる日、魔王が敗れ去った日、即ち世界に平和を取り戻した日に行う習わしであり、特定の日と決まってはいるがはそれ以外の指定は無い。つまり来年であっても再来年であっても別に何の問題も無い。私を含めた来賓に対しても謝罪の一つでもして追い返せばいい。だが、そんな連絡来ていないだろう?」

「はい。儀への出席は私とスサノヲ、ヤタガラス総代含め数名が予定されていましたが、誰にも……」

「そう。ヤツ等は旗艦アマテラスの現状を知りながら、それでも来るべきその日に向けて"強引"に事を進めておる。何かあるのだろうね、その日に。あるいは何かを起こすのに極めて好都合なのかも知れない。実はね、私以外にもそうした不穏な匂いを感じ取っている者がいるんだよ」

 ルミナの問いに答える総帥の口から零れ落ちた"不穏"という本音に彼女とタケルは総帥の顔を見つめた。良からぬ何かが水面下で進行している、その気配を察知したのが自分達だけでは無いと知った両者の表情は最初こそ驚きに満ちていたが、想定するよりも大きな事態と理解すると次第に神妙な顔つきへと変化する。

「何かあったのでしょうか?」

「守護者共が儀への参加を制限してきよったんだよ」

「制限とは?」

「2回に分けて行われる婚姻の儀の内の1回目、午前に執り行われる旗艦大聖堂での式にしか参加を許されないと言ってきよった」

「理由は伺っていないのでしょうね」

「あぁ。理由を聞いてもしらばっくれて、漸く話したかと思えば"安全の確保が出来ない"。支離滅裂だろう?制限するならば寧ろコチラだ。主星での儀に参加して欲しくない理由があるのかも知れないね。最も、今回に限れば参加する星系は少ないが」

「どうしてでしょうか?」

「安全神話の崩壊さ。半年前の神魔戦役を切っ掛けに連合を支える神の一柱が退き、今もう片方の神が支えている。元々アマテラスオオカミの能力は極めて高い演算能力と言うだけで超常染みた力は無い。故に二柱とは言われるが実質連合を支えるのは"運命傅く幸運の姫"のみというのが連合内での評価だった。しかし、アマテラスオオカミが完全に退いた事で名実共に一柱の神だけとなった。誰も彼もが窺っているのだよ。連合を支える神は本当に一柱で足りるかどうかをね。足りるならば今まで通り、だがもし足りなければ……」

 アクィラ総帥はその先を語らず、釣られる様に2人も押し黙った。彼女が知る情報はルミナとタケル、ついでに私を黙らせる程に心を揺さぶった。

 特に驚いたのが神への評価だ。総帥が語る真実は、連合の頂点と信じていた2人と、その座から降ろされまいと尽力した私の努力を嘲笑う。が、ソレよりも大きな問題がある総帥が黙して語らなかった言葉の先、真意だ。

 連合が瓦解するかもしれない。もしフォルトゥナ=デウス・マキナが連合の維持管理に不足と判断されれば、それまで従順に従っていた連合の幾つか、恐らく数日後に執り行われる婚姻の儀に不参加を表明した惑星がこぞって掌を返し連合と敵対するか、最悪は連合に対抗する新たな勢力を結成するだろう。

 私よりも先に残酷な結論を導いたルミナとタケルは苦渋に顔を歪めた。進行しつつある現状に総帥が黙して語らなかった連合の未来から推測した守護者達の狙いは、"姫"のみを頂点とした新たな連合体制の確立と不穏分子の排除ではないだろうか。旗艦アマテラスが狙われた理由が新連合の対立勢力の中心となる可能性を考慮したならば、ココが狙われる理由にもルミナと伊佐凪竜一が狙われる理由にもある程度だが合点がいく。要は邪魔という、何ともストレートで捻りのない理由だ。

 しかし、すぐさまルミナは何かを考え始めた。タケル、総帥が知らなくて彼女(と、ついでに私)だけが知っている事実がある。先の結論を手放しで受け入れることが出来ない理由、それは全ての中心である"フォルトゥナ=デウス・マキナ"。ツクヨミから受け取ったデータに記録された伊佐凪竜一との交流で浮かび上がる少女の性格は、そんな大それたことを考える程に冷酷とは思えない。この答えが間違っているのか、それとも知りようが無い深層に答えが隠されていてまだ辿り着けていないのか。

 五里霧中という言葉があるとA-24から聞いたが、それは今正しくこの状況を指すのだろう。何が起こっているのだろうか、いや何が起きるのだろうか。ソレは今も尚分からないが、しかし確実に何か良くない事態が起こる事だけははっきりと理解できる。

「今分かるのはこれ位、そしてお喋りは十分堪能出来たでしょう。そろそろ休もうか」

 アクィラ総帥はそれまでの口調から一転、優しくルミナに声を掛けた。目の前にいる相手は連合最大の財閥総帥では無く孫娘を心配する老婆だと、私達は幾度となく思い知らされる。

「いえ……あの……」

「休む位ならば問題無いでしょう、隣の部屋は好きに使いなさい」

「お断り……」

「今は財団総帥ではなく、個人、あるいは肉親として言っている。貴女はどうにも誰かの優しさを拒絶したがる傾向があるが、それでは誰も心を開かないよ。好意を受け取らない者の好意を正しく受け取る者はいない。それに安心しなさい、この場所には滅多なことでは人は訪れない」

「分かりました、ご厚意に甘えさせていただきます。しかし私達を匿えば貴女の立場が悪くなることについては問題ないのですか?」

「構わんよ。それに私達を敵に回すほど守護者のヤツ等も愚かでは無いだろうて。但し、全ての準備が終わっているのならば別だろうがな」

「準備?」

「そう、だからその時の為に今は英気を養っておきなさい」

 ルミナはその言葉を聞き、これ以上の説得は無理だろうと半ば諦めるかの様に隣室への向かった。血は争えない。この短い出来事は二者の間に確かに血の繋がりがあると強く認識させるに十分であり、それを見たタケルはヤレヤレと言った様子で机に置かれたカップを片付け始めた。
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