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第6章 運命の時は近い
178話 戦いの予感 其の1
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半年前、共に地球と旗艦を救った英雄の出生を彼は知った。常人ならば目が眩む資本と絶大な影響力を持ち、贅を尽くした煌びやかな生活を送るザルヴァートル、その直系。しかし伊佐凪竜一の関心は彼女の無事、ただそれのみ。
漠然と……いや確信している。自分だけが狙われる筈がない、と。故に、彼女の無事を祈るかのように、その視線は眼下に映り始めた居住区域をジッと睨む。
一方、そんな様子を眺めるタガミとクシナダの表情は酷く暗い。最悪に近い彼女の状況を知っているが故、だが何より心を締め付けるのは何も知らない彼に窮状を伝えなければならないという理由。連合から追われるルミナに贅を尽くした生活という未来は閉ざされている。もう、望めない未来だ。
「やはり何かあったんだな?俺だけ狙われる筈がないし」
2人の表情と、何より無言を貫く態度に伊佐凪竜一は察した。ルミナの身にも危険が迫っている確信を得た。
「薄々気付いてたかもしれないが、驚かないで聞いてくれ。アイツ、ザルヴァートル財団現総帥で祖母でもあるアクィラ=ザルヴァートル殺害容疑で指名手配中なんだよ。あぁ冤罪だよ、勿論な」
「そう。だけど守護者が主導して彼女を犯人に仕立て上げ、報道も、市民も、司法さえも追従した。だからつい最近就任した艦長の座も下ろされて、今は逃げ回っている最中なのよ。ザルヴァートル財団との関係も劣悪で、私達は真実の如何を問わず彼女を追わなければいけなくなった」
「そう、そうか。艦長、か。それにそんな状況……何も、何も知らなかったな」
ポツリポツリと本音を零した彼の表情はみるみると苦悶に歪み始めた。伊佐凪竜一という人間が自分よりも他人の痛みに過敏、あるいは自己よりも他者を優先するようだが、ルミナへの反応は特に顕著だ。
彼が何も知らなかったのは彼以外からの善意の結果であり、責任は全くない。特にルミナは、自らの出自に始まり艦長という面倒くさい役職に就いた時でさえ何も伝えなかった。互いの連絡先を知っており、密にやり取り(連絡は専ら彼女の方から行われていた)していたのに、だ。
が、時が経つに従い双方の置かれた状況は連絡を許さない程に過密となった。伊佐凪竜一は肉体の復元と並行して行われる戦闘訓練。次の戦いに備えるという名目に加え、"力の制御に失敗すればマガツヒを呼び込みかねない諸刃の刃"と評された彼に一刻も早くカグツチの制御方法を叩き込む為。
対するルミナは遅々として進まない復興の支援、悪化する情勢の改善、神に代わる新たな指導者という名目の元、多忙を極めた事で連絡回数は瞬く間に減り、伊佐凪竜一がルミナの現状を知る機会は絶無となった。
「俺の為か……クソッ!!」
そう吐き捨てる声がエレベーター内に木霊した。そう、全ては彼の為。ルミナが意図的に近況を教えなかった理由は治療と特訓に集中できるようにとの配慮だった。
もし神に代わる形で艦長になったと知れば、もし旗艦の現状を彼が知ってしまえば、治療を急いで切り上げる確信が彼女にはあり、ツクヨミもその意を汲んだ。
伊佐凪竜一もルミナとツクヨミの意図を理解した。痛い程に。だから、心の奥底から滲み出すやり場のない怒りと責め苛む罪悪感の双方を飲み下す。責める事に意味は無いと、食いしばる。一方、そんな皮肉な結果を見た私は、まるで彼に同調するかの様にやり場のない怒りに襲われた。
「まぁ、あれだ。気ィ落とすなよ」
「あの子らしいでしょ?そう言った苦労とか全部自分で背負いこんじゃうの、前からそうだった。他に出来る事が無いからって雑事全部引き受けたり、悩んでるのに誰にも相談しなかったり。皆結構気にかけてたんだけど、結局あの子全部自分で解決しちゃってさ。頼られてないなぁって、信用されてないなぁってあの時は思ったモンよ」
「あぁ、そんな事言ってたな」
「でしょ?だけどその分だとナギ君にだけは少しだけ心を許してるようね。あの子、昔の事とか誰にも話さなかったからね」
クシナダの言葉に伊佐凪竜一は何かを思い出すと右手で頭を掻き毟った。
「そうか。困った事があったら協力するって言ったらとても嬉しそうにしていたけど、よくよく考えてみればもうその時には厄介事を背負い込んでたのか。寝食以外は検査か特訓漬けだったから、なんて理由にならないな」
ただ、互いを助けたい。半年前の戦いを切り抜けた時の意志は今も消えることなく彼の中に燃え滾り、突き動かす大きな原動力となっているのに、ソレを許さない現状に苛立ちを覚えているようだ。誰が悪いと言う訳では無い。だが互いを思うが故にすれ違う現実を見れば、彼だけでは無くその周囲も、私でさえも何とも言えない気持ちに支配される。
「だから気ィ落とすなって。昔の事気に病む位なら今何とかしてやる事考えな、過ぎた事は変えられねぇがこれからの事は変えられる。そっちの方が建設的だろ?」
「あぁ。彼女も必ず助ける」
「その意気その意気……アンタもたまには良い事言うじゃない?」
「オウ、もっと褒めろよ?」
タガミはそう言いながら笑うと、彼も釣られて笑った。旗艦アマテラスという地球とは全く違う環境において、ルミナを除けば誰一人として知り合いが居ない上に、友人を呼ぶ事すら不可能な現状において、タガミだけが彼の友人であろうとしていた。そう言えばたまに食事を奢るとか言った話を聞いていたし、彼の特訓に付き合いはしたものの、一番顔を見せていたのはよくよく考えてみれば彼だったことを思い出した。
「じゃあついでに今の状況を教えておきましょ。コレもどうせその内知る事になっちゃうだろうしネ」
「今、一番厄介な話題と言やぁ回帰主義だな」
「回帰主義?」
「そのまま、神の居た時代に戻りたいって考え方ね。で、そういう考え方持った連中がどんどん増えてきて声高に主張し始めてるの」
「参るよねぇ、皆カミサマの懺悔聞いたってのによ」
全くだ。誰もが一度は神の言葉を聞き自らの足で歩み始めたのに、その歩みは山県令子の反乱で鈍化し、その後のゴタゴタによる停滞が原因で完全停止すると、ある日突然現れだした回帰主義者により逆走を始めた。連中は自分の足で歩くこうとする者を認めず、その邪魔をする。コレが旗艦の現状だ。
「反宇宙主義」
クシナダとタガミが語った旗艦の現状を聞いた伊佐凪竜一はふと、無意識的にそう漏らした。
「何だソレ?」
「もしかして……地球も?」
「あぁ、後は反英雄主義って言うのもあるそうだ」
「流石に聞かなくても分かるわ、ソレ。地球も旗艦もおかしくなって、嫌になるよねぇ」
「あぁ、まだ踏ん張ってる奴居るんだからよぉ。しっかし、暫く地球に行けない間に何があればそうなるんだァ、オイ?」
タガミとクシナダが伊佐凪竜一が洩らした現状に辟易とすれば、周囲のスサノヲも同じ反応を返す。誰もがどうにか踏ん張っているのに、その努力が無駄されそうなのだから否定的な反応は致し方ない。それぞれの口々から漏れる愚痴は一旦は明るくなった周囲の空気を再び重く冷やし、気が付けば誰も喋らなくなっていた。
が、それもしばらくの間。エレベーターから見える景色は地上の景色を鮮明に映し始めた。もう少し下った先に位置する最後の休憩地点を経由すれば、はれて居住区域へと到着する。視界に映るビル群、生い茂る樹々、遥か下を行き来する自動運転車などの光景は、もうすぐ伊佐凪竜一が問題なく逃げ出せる場所に至る事を物語る。自然と空気が緩む。
「そろそろ最後の中継フロアに着くころよ。皆、分かってる?」
長い長いエレベーターを降りた先に待つ居住区域は通過点に過ぎない。潜伏に合流、まだ超えるべきハードルは残っていると、クシナダは発破をかける。
「ナギ君、念の為気を付けてね。次の中継地点で最後……って!?」
「クソがッ……最悪だな、まだこんなところウロチョロしてやがったのかよ!!」
が、何かに気付いた2人が不意に見せた動揺に周囲の空気が一気に切り替わる。重く湿った空気から一旦緩んだ空気は一気に冷え、ピリ付いた。
「アイツは!?」
伊佐凪竜一も気づいた。原因は眼下の光景。最後の中継地点、此処から南北に分かれたエレベーターを降りきると漸く地上へと出るというその場所に立つ1人の男。
「「オレステス!!」」
まるで待ち構えるように立つのは守護者総代補佐、オレステスだった。
漠然と……いや確信している。自分だけが狙われる筈がない、と。故に、彼女の無事を祈るかのように、その視線は眼下に映り始めた居住区域をジッと睨む。
一方、そんな様子を眺めるタガミとクシナダの表情は酷く暗い。最悪に近い彼女の状況を知っているが故、だが何より心を締め付けるのは何も知らない彼に窮状を伝えなければならないという理由。連合から追われるルミナに贅を尽くした生活という未来は閉ざされている。もう、望めない未来だ。
「やはり何かあったんだな?俺だけ狙われる筈がないし」
2人の表情と、何より無言を貫く態度に伊佐凪竜一は察した。ルミナの身にも危険が迫っている確信を得た。
「薄々気付いてたかもしれないが、驚かないで聞いてくれ。アイツ、ザルヴァートル財団現総帥で祖母でもあるアクィラ=ザルヴァートル殺害容疑で指名手配中なんだよ。あぁ冤罪だよ、勿論な」
「そう。だけど守護者が主導して彼女を犯人に仕立て上げ、報道も、市民も、司法さえも追従した。だからつい最近就任した艦長の座も下ろされて、今は逃げ回っている最中なのよ。ザルヴァートル財団との関係も劣悪で、私達は真実の如何を問わず彼女を追わなければいけなくなった」
「そう、そうか。艦長、か。それにそんな状況……何も、何も知らなかったな」
ポツリポツリと本音を零した彼の表情はみるみると苦悶に歪み始めた。伊佐凪竜一という人間が自分よりも他人の痛みに過敏、あるいは自己よりも他者を優先するようだが、ルミナへの反応は特に顕著だ。
彼が何も知らなかったのは彼以外からの善意の結果であり、責任は全くない。特にルミナは、自らの出自に始まり艦長という面倒くさい役職に就いた時でさえ何も伝えなかった。互いの連絡先を知っており、密にやり取り(連絡は専ら彼女の方から行われていた)していたのに、だ。
が、時が経つに従い双方の置かれた状況は連絡を許さない程に過密となった。伊佐凪竜一は肉体の復元と並行して行われる戦闘訓練。次の戦いに備えるという名目に加え、"力の制御に失敗すればマガツヒを呼び込みかねない諸刃の刃"と評された彼に一刻も早くカグツチの制御方法を叩き込む為。
対するルミナは遅々として進まない復興の支援、悪化する情勢の改善、神に代わる新たな指導者という名目の元、多忙を極めた事で連絡回数は瞬く間に減り、伊佐凪竜一がルミナの現状を知る機会は絶無となった。
「俺の為か……クソッ!!」
そう吐き捨てる声がエレベーター内に木霊した。そう、全ては彼の為。ルミナが意図的に近況を教えなかった理由は治療と特訓に集中できるようにとの配慮だった。
もし神に代わる形で艦長になったと知れば、もし旗艦の現状を彼が知ってしまえば、治療を急いで切り上げる確信が彼女にはあり、ツクヨミもその意を汲んだ。
伊佐凪竜一もルミナとツクヨミの意図を理解した。痛い程に。だから、心の奥底から滲み出すやり場のない怒りと責め苛む罪悪感の双方を飲み下す。責める事に意味は無いと、食いしばる。一方、そんな皮肉な結果を見た私は、まるで彼に同調するかの様にやり場のない怒りに襲われた。
「まぁ、あれだ。気ィ落とすなよ」
「あの子らしいでしょ?そう言った苦労とか全部自分で背負いこんじゃうの、前からそうだった。他に出来る事が無いからって雑事全部引き受けたり、悩んでるのに誰にも相談しなかったり。皆結構気にかけてたんだけど、結局あの子全部自分で解決しちゃってさ。頼られてないなぁって、信用されてないなぁってあの時は思ったモンよ」
「あぁ、そんな事言ってたな」
「でしょ?だけどその分だとナギ君にだけは少しだけ心を許してるようね。あの子、昔の事とか誰にも話さなかったからね」
クシナダの言葉に伊佐凪竜一は何かを思い出すと右手で頭を掻き毟った。
「そうか。困った事があったら協力するって言ったらとても嬉しそうにしていたけど、よくよく考えてみればもうその時には厄介事を背負い込んでたのか。寝食以外は検査か特訓漬けだったから、なんて理由にならないな」
ただ、互いを助けたい。半年前の戦いを切り抜けた時の意志は今も消えることなく彼の中に燃え滾り、突き動かす大きな原動力となっているのに、ソレを許さない現状に苛立ちを覚えているようだ。誰が悪いと言う訳では無い。だが互いを思うが故にすれ違う現実を見れば、彼だけでは無くその周囲も、私でさえも何とも言えない気持ちに支配される。
「だから気ィ落とすなって。昔の事気に病む位なら今何とかしてやる事考えな、過ぎた事は変えられねぇがこれからの事は変えられる。そっちの方が建設的だろ?」
「あぁ。彼女も必ず助ける」
「その意気その意気……アンタもたまには良い事言うじゃない?」
「オウ、もっと褒めろよ?」
タガミはそう言いながら笑うと、彼も釣られて笑った。旗艦アマテラスという地球とは全く違う環境において、ルミナを除けば誰一人として知り合いが居ない上に、友人を呼ぶ事すら不可能な現状において、タガミだけが彼の友人であろうとしていた。そう言えばたまに食事を奢るとか言った話を聞いていたし、彼の特訓に付き合いはしたものの、一番顔を見せていたのはよくよく考えてみれば彼だったことを思い出した。
「じゃあついでに今の状況を教えておきましょ。コレもどうせその内知る事になっちゃうだろうしネ」
「今、一番厄介な話題と言やぁ回帰主義だな」
「回帰主義?」
「そのまま、神の居た時代に戻りたいって考え方ね。で、そういう考え方持った連中がどんどん増えてきて声高に主張し始めてるの」
「参るよねぇ、皆カミサマの懺悔聞いたってのによ」
全くだ。誰もが一度は神の言葉を聞き自らの足で歩み始めたのに、その歩みは山県令子の反乱で鈍化し、その後のゴタゴタによる停滞が原因で完全停止すると、ある日突然現れだした回帰主義者により逆走を始めた。連中は自分の足で歩くこうとする者を認めず、その邪魔をする。コレが旗艦の現状だ。
「反宇宙主義」
クシナダとタガミが語った旗艦の現状を聞いた伊佐凪竜一はふと、無意識的にそう漏らした。
「何だソレ?」
「もしかして……地球も?」
「あぁ、後は反英雄主義って言うのもあるそうだ」
「流石に聞かなくても分かるわ、ソレ。地球も旗艦もおかしくなって、嫌になるよねぇ」
「あぁ、まだ踏ん張ってる奴居るんだからよぉ。しっかし、暫く地球に行けない間に何があればそうなるんだァ、オイ?」
タガミとクシナダが伊佐凪竜一が洩らした現状に辟易とすれば、周囲のスサノヲも同じ反応を返す。誰もがどうにか踏ん張っているのに、その努力が無駄されそうなのだから否定的な反応は致し方ない。それぞれの口々から漏れる愚痴は一旦は明るくなった周囲の空気を再び重く冷やし、気が付けば誰も喋らなくなっていた。
が、それもしばらくの間。エレベーターから見える景色は地上の景色を鮮明に映し始めた。もう少し下った先に位置する最後の休憩地点を経由すれば、はれて居住区域へと到着する。視界に映るビル群、生い茂る樹々、遥か下を行き来する自動運転車などの光景は、もうすぐ伊佐凪竜一が問題なく逃げ出せる場所に至る事を物語る。自然と空気が緩む。
「そろそろ最後の中継フロアに着くころよ。皆、分かってる?」
長い長いエレベーターを降りた先に待つ居住区域は通過点に過ぎない。潜伏に合流、まだ超えるべきハードルは残っていると、クシナダは発破をかける。
「ナギ君、念の為気を付けてね。次の中継地点で最後……って!?」
「クソがッ……最悪だな、まだこんなところウロチョロしてやがったのかよ!!」
が、何かに気付いた2人が不意に見せた動揺に周囲の空気が一気に切り替わる。重く湿った空気から一旦緩んだ空気は一気に冷え、ピリ付いた。
「アイツは!?」
伊佐凪竜一も気づいた。原因は眼下の光景。最後の中継地点、此処から南北に分かれたエレベーターを降りきると漸く地上へと出るというその場所に立つ1人の男。
「「オレステス!!」」
まるで待ち構えるように立つのは守護者総代補佐、オレステスだった。
応援ありがとうございます!
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