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第6章 運命の時は近い

193話 救出作戦 ~ 合流

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 あれから数時間――

 時刻は昼へと差し掛かろうとしていた。人工の恒星は超広大な空間の真上にまで昇り、誰もが短い休憩を謳歌する頃。しかし、タガミからの連絡が入るまでに無理にでも食事を取るよう促されたルミナにその時間は訪れない。明け方に齎された情報の重さに食事が喉を通らず、豪華な机に並べられた美しい皿とそれを彩る料理は殆ど手付かずのまま放置されている。

 部屋を訪れたイスルギ達はその様子に呆れ、その他の面々は彼女の悲痛な面持ちに気持ちを引きずられるかの様に苦悶の表情を浮かべる。

「情報、来たのか?」

「あぁ、漸くだ。しかしルミナ、無理にでも食べておくよう言った筈だが?食事もまた重要な訓練の一つだ」

「済みません」

「まぁ仕方がない。さて、タガミからの連絡によるとだな。明らかに旗艦法に反した過剰な拷問が加えられたようだが、今はそれも終わり黄泉に幽閉されている」

「そう、ですか」

「気を落とさないで下さい、艦長。今タガミとスサノヲ達が彼を救い出す手段を模索しておりますので」

「うむ。とは言っても相手は守護者、やはり旗色は余り良くない。あの坊主タガミは肝が据わっているし戦闘も申し分ないが頭と性格の方がちょっとなぁ」

 彼女の落胆振りは目に余る程であり、すかさず用心棒の一人がフォローを入れるとルミナは即座に反応、俯いた顔を僅かに上げた。しかし彼女の表情は重苦しさで溢れたまま一切変化していない。が……

「なるほど、俺とルミナはタガミに合流して伊佐凪竜一を助ければ良いのだな?」

 未だ混乱が支配する彼女の心境をおもんばかったタケルの言葉に意識が覚醒する。混濁する意識に光が射した。まだほんの僅か、か細い光だが伊佐凪竜一を助ける為という目的を胸に漸く一歩を踏み出した。彼女を突き動かす最も強い原動力はやはり彼の存在で間違いなく、タケルが咄嗟に下した決断は正しかった。

「分かった。彼は、私が必ず助ける」

「まぁ待て待て。勿論それもあるが余り早合点はするな。そもそも助けたはいいが一網打尽で2人共拘束されるなんて最悪の事態は防ぎたい。時間が無いが取りあえず三つ、部隊を用意する。救出。救出の補佐。最後に逃走。救出はタガミ達に任せ、お前達にはその補佐を頼みたい」

「分かりました」

「俺も異論はなイ」

 イスルギから救出計画の概要を説明されたルミナとタケルは二つ返事で参加を決めた。

「ところで逃走は誰が行うのだ?スサノヲとヤタガラスは恐らく守護者の監視下で大っぴらに動けなイ筈。適任者がいるとは思えなイのだが?」

「そっちには助っ人を使う。オイ、入れてやってくれ」

 タケルの指摘は最もで、如何に救出が成功しようが逃走に失敗すれば何の意味もなく、最悪そのまま処刑される可能性さえある。ところがイスルギは既に人選まで終えていた。流石に現役のスサノヲだけあり、決断も行動力も段違いで早い。こういった事態を見越していたのか、大雑把ながら救出作戦の絵図を描いていたイスルギが部屋の入口に指示を飛ばすと、程なく木製の重厚な扉の向こうから2人分の人影が静かな靴音と共に部屋へと入ってきた。

 が、招かれた2人を見たルミナとタケルの表情は再び困惑する。

「お前は、白川水希!?」

「どういう事だッ、それに君は……」

「よう、お久しぶり。その美しさは忘れようと思っても忘れられず瞼の裏に焼き付いて離れ痛ッテェ!!」

「軽口叩かないでと注意したでしょう?お久しぶりです、ルミナ」

 イスルギに促される形で計画に呼ばれたのは白川水希、そして惑星ファイヤーウッドで伊佐凪竜一の逃走を手助けした咎により拘束された筈のアックス=G・ノーストだった。かつての敵だけでも不可解極まりないのに、軽口を叩くお調子者のマフィアのボスというこれ以上なく意味不明な人選を前にすれば流石のルミナも冷静ではいられず……

「ちょっと待て、白川水希だけならばまだしもどうして君が此処に居る?」

 矢も楯もたまらずアックスに問い質す。ツクヨミと共に捕まり旗艦アマテラスに拘留されたこの男は懲罰と自白を目的に黄泉に拘留された後、本来ならば惑星ファイヤーウッドに送還されている頃なのだ。それが目の前にいるのだから、旗艦の法や常識を知っている全員が驚愕する。

「頼むから無言で横っ腹を小突くなよ。ン、理由?そりゃアンタ、良かれと思って助けたのに有無を言わさず拘束だぜ?真っ当な神経してりゃ腹の一つも立つって……」

「正気か君は?」

 アックスが語る理由にタケルは堪らず辛辣な台詞を重ねた。さも当然の如く参加を決断しているが、特にこの男が人生を投げ捨ててまで救出作戦に参加する理由は全くない。少なくとも作戦が失敗した先に待つ悲惨な運命を想像できないほど頭は悪くないと信じたかったが、言うに事欠いて"守護者のやり方が気に入らない"という、この上なく馬鹿げた理由で参加するというのだから棘を含む言葉の一つもかけたくもなる。

 幾つか記録映像を辿れば、確かにアックスの語る通り有無を言わさない尋問が行われた後、黄泉へと放り込まれる姿が確認出来たのだが、初犯である事に加えて成り行きであるという理由により僅か数時間という短時間で解放されていた。

 とは言え、いかに短かろうが姫と行動を共にしていたと言う理由一つで黄泉に拘束された事実は彼の心中に大きな怒りの炎を生み出すに至ったらしく、その怒りのままに彼はどうにかこうにか白川水希に接触した。

 しかし、一体どうやって接触したのか。N-10から受領した逃避行の記録映像は粗方確認し終えたが、伊佐凪竜一は白川水希の名前など一度として口にしていなかった。

「この男ね、スサノヲ経由で私に連絡を取って来たんです」

「まぁそう言う事。事情は知っているし、俺が部外者だと言う事も分かっている。守護者共の態度が気に喰わなかった事も確かだ。だがよ、ナギと姫さんを助けたいってのも偽りない俺の本心だ」

 呆れがちに当時を語る白川水希に続く形で自らの心情を語ったアックスの表情は真剣そのものだが、隣に立つ彼女と参加を許可したイスルギ以外の全員は相変わらず仲良く怪訝そうな表情を浮かべたまま。このお調子者の内心を測りかねているのは想像に難くない。実際、私も同じ気持ちだ。

「時間が無イのは承知してイるが確認しておきたい。白川水希の話が本当ならば君は彼女の存在を知っていた事になるが、それは伊佐凪竜一から聞イたのか?」

「いいや」

 私の知る情報の通りにアックスが即答すると、その情報を知らない全員に浮かぶ不審の色がより濃く、強くなる。アックスを取り囲む眼差しはより鋭く、より冷える。

「ならどうやって接触したのだ?」

「聞けば呆れますよ。この男、"伊佐凪竜一からとある女性に伝言を預かっている"なんて嘘でスサノヲを動かしたんです。彼等もこんな状況だから何か重要な伝言を頼んだのだろうと判断、この後に行われる記憶消去措置の前に私の元へ連れてきたんです。多分、相当無理をしたと思うわ。今のスサノヲって状況が相当悪いでしょうから」

「記憶消去?それも気になるが、君……まさか……」

「いやぁ、ご明察。後は向こうが適当に出した名前に相槌打って。で、繊細で秘密の話だから直接会いたいって具合に進めたのさ。白川水希なんてお美しい女性が居るなんて話はアイツから聞いた事もない」

「「その行動力はおかしい」」

 数人が一斉に同じ感想を呟いた。私もそう思う。私以外もきっとそう思う。この男、イレギュラーというか想定外というか突飛というか、大胆過ぎて行動が全く読めない。

「呆れたヤツじゃなぁ。無謀か勇敢か、それとも豪運か……しかし何にせよ不味いぞ。強制送還途中での逃亡は当然ながら重罪だ。君はもう指名手配されている筈だし、場合によってはもう帰る事すら叶わないぞ」

 イスルギの言葉は正しい。背水の陣。もはやこの男に退路は無い。が、それでも尚ニヤリと勝ち誇った笑みを浮かべるアックスの態度にその場の全員が半ば呆れ気味に彼を見つめた。

 果たしてこの男の参加が吉と出るか、それとも凶と出るか。とはいえ酷く分が悪いような気もするが……
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