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第7章 平穏は遥か遠く

253話 乱戦 其の2

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「誰が可愛いだァ!?」

 怒号。大聖堂を震わせる個人的、私情、私怨を含んだ絶叫に全員の行動が一つに固定される。最初、全員の視線は伊佐凪竜一直上のステンドグラスを目指した。外部からの衝撃で粉々に砕け散り、星明かりとカグツチの淡い輝きの中に鮮烈な軌跡を残しながら流星の如く降り注ぐ光景に誰もが僅かに意識を奪われる。

 が、次に闇に降り注ぐ流星を切り裂く影を見た。ソレはその場の全員が視認できない程に出鱈目な速度で聖堂内を撥ね回る。壁から壁を蹴る度に衝撃で大きく抉れ、崩れ、ただでさえ戦闘によりボロボロとなった内部はあっと言う間に廃墟さながらの様相へと変化、つい十数分前の荘厳な内観は見る影もなくなる。

「こン不細工がァーーー!!」

 再びの怒号、続いてズンと聖堂全体を揺さぶる衝撃と共に影は止まる。全員の視線がクシナダへと動くと、ボロボロの壁を背に辛うじて立つ彼女の顔面が吹き飛んでいた。漸くその姿が視認出来るようになった影は、その華奢な足では到底生み出せない威力でクシナダの顔面を完全に砕いた。

 美しくも可愛らしい顔は固い聖堂の柱に叩きつけられ、肉塊を……いや、違う。飛散したのは血と肉と脳ではなく、無数の機械製部品。

「よーし。取りあえず1人終わりぃ。おいっす、ナギ君。もぉ駄目でしょ、私を待たないとさぁ」

 飛散する部品が奏でる無数の金属音の中心にトンッ、と軽い靴音が響いた。最後、膝から崩れ落ちる偽のクシナダの傍に立つ少女に全員の視線が釘付けとなった。ソコに居たのはクシナダ。軽口を叩きながら、同時に小悪魔的な笑みを浮かべるその態度は私や彼がよく知る彼女そのまま。本物だ。

「早くない?」

「ンフフッ、実は私も知らなかった極秘のアレやらソレやらが有るんだけど、説明は全部後回しね。それよりも一つ聞いていい?」

「偽物だよ」

 クシナダが語る疑問を先読みした彼は迷いなく偽物と断言した。リコリスに呼ばれる形で現れたクシナダが偽物だったのならば、一緒に現れたルミナも偽物と考えるのは至極当然。そもそもからして、彼女の言動には色々と違和感が多かった。特に伊佐凪竜一への異常な執着。幾ら何でも彼女らしくない上に唐突過ぎる言動は疑う切っ掛けとなる程度には怪し過ぎた。

「あぁ、なる程ねぇ。私と違ってちゃんと綺麗に造ってるなァ。羨ましい」

「君の偽物も本物と区別付かないんですけどね」

「ン?アレ、もしかして私の偽物って気付かなかったの?」

「確証は無かったけど。でもそもそもココに来る経緯もそうだし、あの女も怪しかったから何となく察していた」

「そうじゃなくてさぁ、本物とは違い可愛さも色気も何も無かったでしょ?」

「えーと。まぁ、そう言う事は後回しで、取りあえず今はコレ何とかしよう」

「おっけーおっけー、じゃあそれも後でね」

 伊佐凪竜一と会話を楽しむクシナダの様子はさながら恋人の如く。が、緩い会話を挟みつつも偽ルミナとガブリエルへの牽制は決して怠らない。鋭く睨む視線は特にルミナの動きを強く牽制しているようで、射貫くような視線と想定外の援軍を前に偽物は臍を噛むばかり。本物とは大違いだ。

「想定外ですね」

「えぇ……そうね」

 クシナダに睨みつけられるガブリエルに反応したのはリコリス。漸く平静を取り戻した女は何時の間にやら祭壇近くにまで詰め寄っていた。

「アンタ誰よ?」

「リコリス=ラジアータです、初めまして」

 見知らぬ顔にクシナダが問えば、女は素直に自己紹介を行う。が、その言動にはそれまで漂わせていた蠱惑的、あるいは妖艶な気配の面影さえ見当たらない。伊佐凪竜一とのやり取りに想像以上に早く到着したクシナダという不測の事態を受け、それまで包み隠していたヴェールを脱いだ。

「へぇ」

「アイアースってヤツと知り合いらしい」

「へぇ」

 クシナダはリコリスと伊佐凪竜一の言葉に生返事で返すが、しかしその表情は口から出る言葉とは対照的に冷え切っている。感情を押し殺し、冷静に正しく相手を分析する眼差しは先程まで笑みを浮かべていた可愛らしさに満ちた少女とは真逆。が、その奥底には冷酷さ、あるいは敵意や殺意にまで昇華する程に滾った怒りがはっきりと見える。

「まぁーいいわ。それよりもぉ、こぉんな偽物使ってまでして彼を追い詰めて何がしたいのかなぁ?」

「追い詰めるなんて誤解ですよ。ねぇ?」

「ナギには私と一緒に追放刑を受け入れてもらう。ザルヴァートル財団とそう約束した」

「ソレが現状における最善策です」

「あっそ。つまりザルヴァートルもこの件に噛んでるって事かぁ」

 女達の言葉をクシナダは端から信用するつもりなど無いと一蹴、更にザルヴァートル財団の介入にまで結びつけた。三者の様子は一様に無表情で無反応だが、その反応に推測の正しさを確信したクシナダは口の端を少しだけ吊り上げた。

「事態の収拾に動いていると言って頂きたいですね」

「アンタ、神託受けてんのね?」

「至って正常です」

「アクィラ=ザルヴァートルを殺害した犯人に対して一族が交渉した?冗談も程ほどにしときなさいって!!そもそもザルヴァートルが犯罪者と交渉を行うなんて真似しないでしょ、総帥殺害したってんなら尚の事!!なんで交渉なんてしたの?何時、何処で、どうやって会ったの?交渉はどっちから言いだしたの?他のセラフどうしたの?」

「新総帥は前総帥よりも柔軟に物事をお考えになる方だからです、交渉は今より一時間ほど前にミカエルが彼女を発見、総帥との面談の場に引き連れ」

 矢継ぎ早の追及。しかしガブリエルは動じる事なく淡々と語るが……

「ホラ、嘘ついた」

「何が、でしょうか?」

「アンタ以外のセラフは数時間前に一機残らず誰かにぶっ壊されてたわよ?」

 失言を突かれるや沈黙した。

「そんな筈は、有りません」

「なら連絡とってみたら?」

「では……そんな、連絡が……コレは……」

 連絡が通じないという結果は当然で、しかしその事実に淀みなく追及をかわし続けたガブリエルが拒絶反応を示した。

 どうやら彼女は何も知らなかったようだ。セラフの残り3機は何者かに敗北し、物言わぬ鉄塊と化した事実を。その事実だけみれば不自然ではない。何せ別行動をとった直後にセラフ達は破壊され、更にその事実は未だどの報道機関も報じておらず、挙句に以後の連絡を取らないと決めたのだから知る機会など絶無だ。

 しかし違和感が残らない訳では無く。こうする事まで決まっていたならばどうしてセラフを破壊したのか。もしセラフ全機が健在ならばこんな形でボロを出す事など無かった筈だ。あるいは不測の事態だったのか?だとするならガブリエルが知らなかった理由にも納得がいく一方で、今度は何故そんな真似をしたのか、恐らく計画の中心に近い位置に立つであろうリコリスが何故知らないのかという疑問が湧く。

 もう何度も何度も経験した疑問に疑問が折り重なる現状は、儀を直前に控えても止む気配がない。明日までに全ての疑問が氷解するのか、それとも無数の疑問を抱えたままその日を迎えるのか。しかし何れにせよ、刻一刻と時間は進む。決して止まらず、止められず、その日へと。
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