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第7章 平穏は遥か遠く

285話 そして、夜が明ける 其の6

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 美術館の薄暗い中庭に幾つもの光が灯る。四方の壁から漏れる照明。上空から照らす人工の月と夜空。そして、武器と武器が激突した衝撃と共に発生する火花。

「チィッ!!」

『スゲェなお前。これだけを捌きながらよくお荷物を守れるモンだ』

『だが単独行動はマズかったな』

「早く……時間を稼ぐから今の内にッ!!」

 状況は最悪。怯える市民はタケルが展開した防壁から一歩も動けず、彼は一向に逃げない市民の盾となる為に5機の黒雷と背後から迫る化け物を牽制し続ける。が、空を踊る黒雷が指摘する通り多勢に無勢。

 しかも黒雷は決してタケルの攻撃範囲内には踏み込まず、常に一定距離を取りながらの攻撃を徹底し、その上で意識が僅かでも逸れた隙を縫うように防壁目掛け攻撃を行う。油断も隙も無く、淡々と、地味で、派手さは無いが、ソレは練度の高さの裏付け。それでもタケルが展開する防壁は極めて堅牢で、攻撃の貫通は一度とし許していない。

 しかし、その現実を見ても尚、誰も動かない。彼の性能を知っていようがいまいが最初から信用しておらず、故にその場から微動だにせず。彼等は呟く、願う、祈る。神に、星に、フォルトゥナ姫に、どうか救ってくださいとこいねがう。ただひたすらに、悪夢の様な状況が終わる事を防壁の中で夢想する光景に私は酷い眩暈を覚えた。

「早くッ!!まさか、脳に致命傷を!?」

 俯き祈る姿を極度の頭痛によるものと勘違いしたタケルが叫んだ。彼は、知らない。まだ生まれたばかりで、人の機微に疎いが故に理由を知らない。僅か前にフェルドマンから教えられた話と、目の前の現実が結びついていない。

「ハハハ、無駄無駄ッ。ソイツ等は貴様の言う事など聞かんよ!!」

「何ッ!?」

 状況は更に悪化する。アデスの声に振り向いたタケルの目に、鈍重な動きで展示室から這い出したアメーバ状の化け物が粘性の身体を大きく引き伸ばす光景が飛び込む。

 防壁を覆い尽くさんほどに広がった不定形の見た目は威嚇する獣の様にも見え、知性を欠片も感じさせない。文明を手に入れた人間が喪失した"他の生物に喰い殺される"現実を前に、市民達の足と思考は余計に硬直する。

「何方だろうが変わらん、例えココが万全だろうが結果は変わらんのだよ!!馬鹿だと思わんか?命が掛かっていると言うのに、こんな簡単な選択さえ出来んのだよ旗艦ココの連中は。どいつもこいつも自分の考えを持たず、根無し草の様にその場で一番都合の良い意見に流され、振り回される。考える頭を持ちながらソレを有効に使えん馬鹿に生きる価値など無いのだッ!!」

「ならばお前にはその価値が有ると言うのか!!」

 傲慢な言動にタケルは己が内から噴き出す怒りを吐き出す。同時、防壁を展開するクナドの周囲に白い粒子が渦を巻き始めた。彼の感情に呼応した防壁がまるで怒りを溜め込むかのかの如く渦巻くカグツチを取り込みながら、フェルドマンに付与された新たな力の一端を垣間見せる。

 最初の兆しは仄かな発光、次いで防壁に浮かび上がる規則的な紋様。魔導と呼ばれる戦闘技術を行使する際に必須となる魔法陣がクナドから波紋の様に広がり、瞬く間に防壁全体を覆うと、最後に外側に向け衝撃波を発した。

 身体の芯まで響く重く鈍い衝撃は、防壁諸共に飲み込もうと限界まで身体を引き延ばした化け物の体勢を容易く崩すに止まらず、不定形の身体を跡形もなく吹き飛ばした。

「当たり前だ!!考え、学ぶ。ソレが人が身に付けた最大の武器だ!!だが見ろッ、貴様が守る人間の有様を!!思考を放棄し、学んだ知識をドブに投げ捨てる。反吐が出るッ。コイツ等は生きてきたのではないッ、ただ流れに身を任せていただけだッ。流されるままに生きているのに、ソレを自らの意志だと勘違いし、生きていると、自ら選択したと己惚れているだけだ!!だがワシは違う。必要ならば何でも吸収した、歳も、時間も言い訳に使わずただひたすらにッ。だから負けるのだ、良いように扱われるのだ。人を人足らしめる武器を使わない使えない鍛えない馬鹿共など使い捨ての道具程度の価値しかないのだよッ!!」

 呆気なく消し飛んだ化け物を後目にしながら、アデスは尚も持論をぶち続けた。その言動に、青臭いタケルへの苛立ちの中に隠してきた本性が滲み出す。独善、我儘、そして傲慢。

「ふざけるな!!学んだ知識を使ってする事がソレか!!知識は確かに武器だが、人を傷つける為にある訳ではなイ!!その重要性を理解しながら、どうして真逆に生きられる!!」

 理解し難いアデスの生き様にタケルは心底から、腹の底から怒りを吐き出した。人間の心を獲得した式守シキガミは、人が自らよりも強大な自然に打ち克つ為に磨き上げた知識を刃とし、同じ人間を攻撃するアデスに激しい怒りをぶつける。

 が、正しい知識なくば自分の身を守れないというアデスの言に間違いはない。過去、人は自然と戦った。しかし今は違う。文明の発達により自然が驚異でなくなるに連れ、同じ人間を脅威と見做すようになった。人が人に刃を向ける行為は今に限った話ではないが、文化の洗練、文明の複雑化に伴いより顕著になっていった。

 何時の間にか人の敵は人に、人が作り上げた価値になってしまった。相容れない価値を巡り、優劣を巡り、その他ありとあらゆる理由で人は争うようになった。正しいか否かは誰にもわからない。人自身にも、監視する私達にも分からない。

「機械の分際で良くもまぁ其処まで非効率的な考えが出来るモノだッ。有能が無能を支配して何が悪いッ、弱者の道徳観に感化され過ぎた出来損ないがッ!!」

「人が人を傷つける事の何が正しイと言うんだお前はッ!!」

「正しいさ!!それとも無能と仲良く手を繋げとでも言うのか貴様は!!歴史を見ろッ、世界は常に優秀な者が牽引してきたのだ。今の世界は有能な人間が努力した結果なのだよ、無能など何もしていないタダの邪魔者だ!!」

 知識という武器を凶器に変え、躊躇いなく同じ人間に振るうアデスとソレを否定するタケル。両者の道は何処までも相反し、決して交わらず。

『爺さん、熱くなるのは結構だがそろそろ片づけねぇとこの後に響くぜ?』
 
 両者の舌戦に黒雷が割り込んで来た。口では互角であっても現実の戦いへと目を向ければタケルの劣勢に変化はなく。言動と同じく、冷静に、冷徹に、常に一定距離を取りながらの射撃に終始する黒雷の連携を前に彼は攻めきれない。防戦一方のままではいずれジリ貧となり、何れ市民は殺される。黒雷か、不気味に蠢きながら復活を遂げるマジン製の化け物か、そのどちらかの違いでしかない。

 大質量の実弾を馬鹿正直に受け止めず、実弾に対し斜めに防壁を展開させる事で銃弾を滑らせるように防ぎ続けた結果、荘厳だった美術館の外壁はものの見事に穴だらけとなり、見るも無残な姿へと変貌していた。一進一退。黒雷5機とマジン製の化け物を相手に彼は良く持ち堪えているが、果たしてフェルドマンが語った応援が来るまで持つか。

「分かっておるならさっさと始末せんか!!」

『チッ、口ばっか達者だな。が、その意見には同感だ。機械だから疲弊はしてねぇだろうが、そろそろ片づけさせてもらう』

『これ以上時間を食うとこの後に影響が出るんでな』

 怒気交じりの命令に、熱を感じなない冷めた声が反応した。優性思想に凝り固まったアデスとも、助け合いを是とするタケルも違う黒雷の異質な感情は、命令に忠実であることを是とし、それ以外の一切を排除した合理的で冷徹な思考と表現するのが適切だ。恐らく、何処かの惑星の軍人か、金で雇われた退役軍人か。

『じゃあ、サヨナラだ』

 黒雷の操縦者達は徹頭徹尾距離を取り続けたまま、一様にタケルへと照準を合わせる。しかし……

「おいッ、待て止めろ!!」

 理解不能な指示にタケルと黒雷が仲良く固まった。千歳一隅の好機を遮ったのは、あろうことかこの状況を作り上げたアデス本人。傲慢な老人の狼狽える声に、戦場が静まり返る。
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