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第8章 運命の時 呪いの儀式

302話 開戦 其の2

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 大聖堂から10キロ以上離れた監視カメラが、第5居住区域を統率するスサノヲの老兵イスルギ達と連絡を取るルミナを捉えた。出鱈目な距離からの一方的な遠距離射撃の正体はタナトスが看破した通りだった。二手に分かれた理由に最大射程距離で大幅に劣る側に合わせる必要など無い、捕捉されても切り捨てろというイスルギの意図が見え隠れする。

「腕は衰えていないようですね」

「お前さんは上がっとるな。ワシが一発撃つ間に何発撃つつもりじゃて」

「教えが良かったからですよ」

「機嫌の取り方も覚えたのか、その若さで。苦労しとるな。さてと、後は手筈通りに。何かあればワシから連絡する」
 
「イクシィは?」

艦橋うえに戻った。手伝うならその方が良い。諸々の改竄は得意で、更に守護者も不在だからそう難しくはないとさ」

「そうですか。皆、ありがとうございます。それじゃあ」

 今生の別れを告げるように、ルミナは高層ビルの屋上から大きく跳躍した。ほんの一瞬、彼女は背後のディスプレイに映る仲間を見やる。映像に映る仲間達を振り向き、ぎこちなく笑みを浮かべると、次の瞬間には姿を消した。音速を超える速度で真っ直ぐ戦場へと向かう淡い余韻が、まるで花火の様に空を彩る。

 彼女の笑みが、記憶に焼き付いて消えない。とても凛々しく、汚名など全く気にしていないあの顔を見ると不思議な気持ちになる。どうして其処まで出来るのだろうか。幼少時に巻き込まれた事故によりルミナの人生は大きく歪んだ。

 もしあの事故が無ければ両親と同じく特兵研第一研究所へと進んだかも知れないし、あるいは母方の血筋であるザルヴァートルと合流、一族に名を連ねていたかもしれない。今の苦境とは比較にならない幸福な人生だっただろう。

 だがそんな人生は訪れず、彼女は両親と自身のルーツを完全に失った。人生と性格に大きな影を落とした事故は、人生と同じく心根も歪めた。事故以前は子供らしい天真爛漫さを持っていたのに、以後の彼女は塞ぎ込み、誰とも関わろうとせず、信じる事すらしなくなった。

 孤独と絶望に支配された彼女は歪んだ意志を正せないまま、己の人生に迷いながら、やがて神魔戦役に巻き込まれ、人手不足となった第一部隊へと強引に編入され、初任務で地球へ赴いた際に伊佐凪竜一と出会った。空を蹴り戦場へと一直線に向かうルミナの顔を私は再び視界に映した。その表情に、ほんの僅か湛えた笑みに暗い過去の面影は微塵もない。

 何が彼女を変えたのか、過去の映像から今に至る監視を経ても理解する事は出来なかった。だが彼女は私が理解出来ない何かの為、それまでの生き方を投げ捨て戦場へと赴く。そんな彼女を見ていると、私の心は激しく揺さぶられ、同時に言い知れない熱情が生まれる。

 今、私を満たしているこの感情は何だろうか。本来ならば自らに理解出来ない症状が発生したならば違和感、不快感と共にそれを治療しようと考えるのが普通なのに、私は抑えきれない程に膨れ上がり続けるこの熱を何の抵抗も無く受け入れるどころか、ともすればとても心地よいとさえ感じている。あるいは、と気付いた。もしかしたら彼女も私と同じ症状が起きていて、この熱量のままに行動しているのだろうか。

 そのルミナは、大聖堂目掛けて流れる流星の如き銃弾の中をさながら踊る様に飛び回りながら大聖堂へと向かう。妨害は無い。防壁を展開した黒雷を一撃で戦闘不能にする射撃を警戒する守護者達は動かない。いや、動けない。彼女がガブリエルの援護に行った数発の援護攻撃が的確に黒雷を無力化する光景は、迂闊な行動が死に繋がると無言で語り掛ける。

 守護者が操縦する黒雷は破損した部位を交換出来るよう設計されている。転移機能を使った|(胴体以外の)破損部位交換機能は、元は対マガツヒ戦における汚染対策だったが、継戦能力の向上という副次効果を生んだ。が、あくまで黒雷という兵装に限った話。中で操縦する人間まではそうはいかない。

 黒雷の操縦席には操縦者への入念な汚染対策を兼ねた防壁と、転移脱出機能が標準装備されている。しかし彼女の銃撃は二重の防壁と鉄壁の装甲を撃ち抜き、操縦者を撤退に追い込んだ。高濃度のカグツチを制御できる彼女にしか出来ない力技に、守護者は動揺した。操縦者の生還を重視して設計された黒雷を一撃で戦闘不能に追い込む彼女の力を削ぎ落す為に今まで追い詰めたというのに、その火力と精神力が全く落ちていない現状を目の当たりにすれば守護者が動けなくなるのは必定。

 しかし、それでもスサノヲの対となる守護者。上司のアイアースが背後に控えているという精神的な問題もあろうが、容易く平静を取り戻す。但し生粋の守護者だけだ。ここ最近守護者にスカウトされたロクデナシ達は未だに怯え、狼狽える。その様子にガブリエルはほんの僅か、口の端を歪めた。

「仕方がないわね。出番よアルゲース 、ステロペース、ブロンテース」

 不測の事態にタナトスが号令を出した。この女がこの程度を想定できない訳がないと、ガブリエルの無表情な顔が語る。合図を受けるや黒雷とは若干違う形式の機体が2機出現、アルゲースとステロペースは迷うことなく機体へと乗り込んだ。

「お任せください!!」

「同じく、それから情報操作は継続中です。まだ我々の優位は揺らぎません」

「変な名前で呼ぶなッ、言われなくてもわかってるって」

「最後まで慣れませんか……困った方だ」

 内、2機は即座に、僅かに遅れて1機が反応する。最後の声はやはり山県令子。山県大地が手を貸すならば、彼を想うあの子も戦いの道を選んだとしても違和感は無い。しかし、いや間違いなく利用されているだけだ。自らの価値は精神を操作するナノマシンに集約されているという事実から目を閉ざしているのか、あるいは騙されているか。

 言動から少なくとも脅迫ではないようだが、どんな理由であれ立場は危うい。戦いに利用されていると言う事は、終わってしまえば結果如何によらず用済みと見捨てられるのは必定。あるいは全てを知った上で利用されているのか、使い捨てを承知で山県大地と同じ道を歩いているのか。

 だとするなら狂気だ。何をどうしようが自らが選択した結果は自らの身に訪れる。山県令子はその事実には気づいているのか。そして、この戦いを無責任に焚きつける大勢の人間も同じく、だ。誰も彼もが目を逸らしていて、その時が来るまで気が付かない。行動の代償を自らが払わされるその時まで……

 戦いを選んだ者、選ばされた者、何も知らず背を押す者。無数の意志が集積した果て、起きてはならない戦いの火蓋が落とされた。タナトスの忠実な部下であるアルゲースとステロペースはタナトスを守り、ガブリエルを取り囲む守護者は逃がさないように円陣を組む。

 機先を制したのは守護者達。孤立無援で戦場に立つガブリエルを破壊すべく襲い掛かる。が、人外の如き反射速度と勢いで垂直に飛びあがった。空を踊るガブリエルを舌打ちをしながら目で追う守護者達。しかし、最初にこの場所へと強襲した時と同じに出鱈目な速度で飛び回り続ける彼女を追い切れず。いずれ来るルミナと、未だ止まぬ援護射撃に意識を割かざるを得ない守護者達の顔に焦りの色が浮かぶ。

「クソッ、速過ぎる!!」

「万全とは言い難いですが、これでも財団最新鋭。この程度は造作もありません。それからタナトス」

 ガブリエルが感情を発露した。己を利用した女の名を忌々しそうに呟くと同時、躊躇いなく銃口を向け、引き金を引いた。

「お返しです」

 が、当人は不敵な笑みを崩さず。理由は女が頼みにする部下。真っ直ぐに進む弾丸は凄まじい速度で中間地点に割って入った黒雷に防がれた。分厚い、肉厚の大刀に精密な射撃が弾かれる金属音が周囲に広がる。

「その顔、とても素敵よ。でも残念」

「そうやって調子に乗らない方が良いですよ?」

 黒雷型の機体の後方から、女の勝ち誇る声がした。騎士に守られた姫気取りか、その表情は忌々しい程の余裕に満ち溢れている。一方、意趣返しに失敗したガブリエルもまた余裕の態度を崩さず。追跡した守護者達の追跡を振り切ると大聖堂前の大通りに着地した。

 調子に乗るな。その言葉に偽りは無く、着地と同時に背後から灰色の光が幾つも灯った。やがて、スーツ姿の男女が数名姿を見せた。何れも無言で、鋭い目つきで守護者達を睨む。増援。何れもこの日に備えていたスサノヲ達だ。が、守護者達はその光景に激しく動揺する。より正確には最前列に立つ老年の男に、だ。

「フフッ、たった2人の為にゾロゾロと……健気ですねぇ。でも勝てない戦いに身を投じるのって馬鹿馬鹿しいと思いません?ねぇスクナ?」

「やはり貴様か。裏で動いていたと思えばこうも堂々と表に姿を見せるとは、余程に自信があると見える」

「それはそうでしょう。ところで、生きていたの?って驚かない事を不思議に思わないのね」

「フン、そんな人間らしい反応なんぞ誰が期待するか」

 男の顔に、私も驚いた。スクナだ。憔悴と疲労に塗れているが、それでも彼は生きていた。しかし、超広範囲殲滅兵器を隙間なく撃ち込まれた76区域からどうやって?
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