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愛しい息子。
しおりを挟む庭園は白い薔薇が咲き誇りとても美しい景色だった。王妃さま……わたくしは、この白い薔薇を好んでいたのだとか。
「たしかに綺麗ね。なにものにも染まらない高貴な白い薔薇…」
「やはり、記憶を失っても、同じことをおっしゃるのですね。」
ミラは寂しそうにそう笑った。
「わたくしは王妃さま…ソフィーナ様が幼少のころよりお側にお仕えしておりましたが、旦那さま…ソフィーナさまのお父様に罵倒されたときはいつも涙一つ見せず、この白薔薇をみていつも同じことを呟いていらっしゃいました。心だけは折れないように…そう…思っていらっしゃったのでしょうね。この白薔薇はソフィーナさまが庭園いっぱいに植えるようにと指示なさったのですよ。戒めであるようにと。」
わたくしは白薔薇を見つめながら、他人事のようにその話をきいていた。
「わたしもそう思いますよ。母上。」
よく通る落ち着いた美しい青年の声に私が振り返ると、わたくしによく似た15~16歳くらいだろうか。青年が微笑みながら歩み寄ってきた。
「思っていたよりもお元気そうでなによりです母上。お見舞いに行きましたら、ここだと言われまして……記憶喪失だそうですね。」
ミラに視線を向けると耳元で第三王子のアレン王子ですと小声で答えてくれた。
その様子を眺めながら、アレンは眉間を寄せ耐えるようにぐっと拳を握っていた。
「やはり、わたしのことも覚えていらっしゃらないようですね。………日を改めます。お大事になさってください。」
瞳をすっと細め、冷たい声色へと変わったアレンはそう言うと背を向け立ち去ろうとした。
ぎゅっ
「母上………?」
わたくしはアレンが立ち去ってしまわぬようにぎゅっと後ろから抱きついた。産んだことすら思い出せないけれど、胸が押さえつけられるような焦がれるような心がわたくしを突き動かした。
「ごめんなさいね。アレン…というのね?まだ何も思い出せなくて………。傷つけてごめんなさい。お見舞いにきてくれたのね。
アレン?私の愛しい子。もっとわたくしに顔を見せてちょうだい?」
固まったように動かないアレンだったが、身体が震え泣いているのが伝わってきた。
わたくしはそっと身体から離れると、前へと回り込み、わたくしよりも何十センチも高い息子の顔へと手を伸ばし、顔を上げさせた。
唇をかみ、静かに涙を流すそっくりな息子に、私の心も痛いくらいに震えていた。
そっと頭を引き寄せ胸元に抱え込むと落ち着くまで何度も何度もその柔らかな金色の髪を撫で続けていた。
そして、その光景をみていたミランダも、声を出さないように涙を溢れさせながら、じっとその光景を見つめていた。
親の前で泣いてしまった事が恥ずかしいのか、アレンは部屋に戻ります。「またあとで伺います。」そう小さな声で一言残して去っていってしまった。
「王妃さま、よろしゅうございましたね。仲直りができたようで。あんなアレン様は初めてみました。幼き頃より物分かりがよく、泣くこともなく、なんでもそつなくこなす方でしたが……ずっと母君である王妃さまに愛情を求めていらしたのかもしれませんね。」
ミラは涙を拭いながら、そうわたくしに話かけてきました。
「わたくしは……抱き締めたこともなかったのね。」
「……はい。子育ては乳母に一任されておりました。お会いになるのはパーティーや催物の際のみでした。」
「……そう。酷い母親ね。わたくしは…。」
前世の両親を思い出していた。いつも優しく抱き締めてくれた母に、忙しくても行事には必ず参加してくれた父。二人のような愛情をわたくしは息子達には何もあげられなかったのね。
「伝えたいわ。ちゃんと愛していると。…息子達に。」
「……ッッ。はい。そうですね」
泣きそうな声でそう返事をするミラを振り返らず、私はまっすぐにアレンが立ち去った場所を見つめた。
決めましたわ。息子達と仲直りしましょう。
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