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四季の女神
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ノース国は、四季豊かなことで知られる国です。
それと言うのも、この国は4人の女神の力で四季が管理されているのです。
女神達は、北の果て…、人里離れた森の奥にそびえる山の頂上の神殿に住んでいて、
3月から5月は、春の女神。
6月から8月は、夏の女神。
9月から11月は、秋の女神。
12月から2月は、冬の女神。
と、決められた期間に決められた女神が神殿の主になることで、その女神の季節が訪れるのです。
しかし、今年は3月になっても雪が降り止みません。
3日が過ぎ…、5日が過ぎ…、一向に止まない雪。
辺りは、1面雪に覆われたまま、このままでは作物も育ちません。
ノース国王は、
「女神達に何か起きたのではないか?」
と、20人の兵士を使者として神殿へ差し向けました。
神殿に問題があっても力で解決できると考えたのです。
1週間もあれば戻って来られる筈ですが、誰も戻って来ぬまま10日が過ぎました。
王国では連日会議が開かれています。
『再度、使者を差し向けるか?』
『もう暫く様子を見るか?』
『国を捨てるか?』
答えの出ない日々が続いていました…。
…
ビュービュービュー…。
ザク、ザク、ザク…。
吹雪の中、旅人が歩みを進めています…。
旅人の視線の先に村の灯りが見えました。
旅人は、安堵した様子で灯りの方へ向います。
…
ドンドンドン。
「ごめんくださーい! 急の嵐で難儀しております。
どうか、少し休ませて下さい!!」
ギイイィィ…。
旅人が一軒の家の扉を叩くと、中からお婆さんが現れました。
「この吹雪の中、大変だったろう。
さあ、早く中へお入りなさい。」
お婆さんは、旅人を家に招き入れてくれました。
…
「いま、お茶を入れるから、こっちへ、おいでなさいな。」
お婆さんが、旅人を暖炉の前へ誘います。
旅人は、暖炉横のテーブルに着きました。
部屋を見回すと片隅に真新しい木馬の玩具が置いてあります。
(…お孫さんの物かな?)
「はい。 お茶が入ったよ。
クッキーも有るから、ゆっくりしていきなさい。」
「ありがとう、お婆さん。 御馳走になります。」
…
「こんな天気の日に…、一体何処へ行くんだい?」
お婆さんは尋ねます。
旅人は、お茶を飲みながら答えます。
「サウス町の『春祭り』に呼ばれていてね。
明日が祭りの当日なんで、無理して向っていたところなんだ。」
「こんな天気じゃ、祭りも無いだろうに…。」
「ここは女神様が、四季を管理している国だからね。
明日、春になっていることもあるだろ?
その時に僕が居ないと祭りが盛り上がらないからさ。」
「祭りが盛り上がらない?」
お婆さんの疑問に旅人は…、
「あっ! 挨拶が遅れてしまって申し訳ない。
僕の名は、リューン。
吟遊詩人を生業としているんだ。」
と、自己紹介しました。
…
ビュービュービュー…。
ガタガタガタ…。
外の吹雪は、おさまる気配を見せません。
「リューン。 良かったら、今日泊まっていきなさい。
サウス町だったら、ここから2時間程だから、朝早く出れば祭りには間に合うよ。」
リューンは、窓から見える吹雪を見つめ…、
「ありがとう、お婆さん。
それじゃ、お言葉に甘えさせて貰います。」
と、泊めてもらうことにしました。
…
夕食は、温かなスープとパンでした。
「あぁ、美味しかった。 お婆さん、御馳走様でした。」
食事が終り、リューンは、お礼にハープを弾きます。
♪~♪♪~♪♪~♪~♪~♪~…
「…綺麗な音だね…。」
お婆さんは、目を閉じウットリと聴き惚れています。
…
演奏が終わり、一息ついたリューンは、お婆さんに質問します。
「お婆さん。
こんなに長く冬が続いた事って、今までにあった?」
お婆さんは首を横に振ります。
「産まれてこのかた聞いたことがないよ…。
どうしちまったのかねえ…。」
「そう言えば、20人の兵隊が、神殿へ行ったって聞いたけど…。
どうなったの?」
「戻って来ないねえ…。
もう、とっくに戻ってきて、良い筈なんだけどねえ…。」
ハープの演奏で明るく微笑んでいたお婆さんの表情がドンドン沈んでいきます。
(…うーん…、何だか暗い話題ばかりだな…。)
リューンは、明るい話題を探します。
「あっ! お孫さん、今日どうしているんですか?」
リューンの問いに…、
「なんで、孫のことを知ってるんだい?」
と、お婆さんが不思議そうな顔を見せます。
「そこに玩具の木馬が有るから、きっと小さな男の子が居るんだろうと思ってさ。」
と、リューンは木馬を指差します。
お婆さんは、呟くように答えます…。
「家出していた娘から連絡があってね。
子供が出来たって…、村に帰りたいって…。
それで、この春から一緒に暮らす予定だったんだよ。
それが、この雪だろ…。
女子供の足じゃ、とても来られないって…。」
部屋の雰囲気が今まで以上に暗く沈みこんでしまいました。
(しまったーっ! 地雷を踏んでしまったーっ!!)
リューンは、会話を諦め、再びハープを手に取ると、曲を奏で始めます。
♪~♪♪~♪~♪~♪♪~♪♪~♪~…
古くから、この国に伝わる『春を呼ぶ詩』。
「大丈夫! 終わらない冬なんて無いんだから。」
リューンは、お婆さんを元気付けます。
「そうだね。
きっと今頃、兵隊さん達が春を呼ぼうと頑張ってるところだね。
弱音、はいちゃ失礼だよね。」
お婆さんは、笑顔を見せます。
この日、お婆さんの家では、夜遅くまでハープの調べが聴こえました…。
…
翌朝。
嵐は過ぎ去り、曇天の中、小雪が舞っています。
「今日も春にならなかったね…。
祭りを諦めて、戻った方が良いんじゃないのかい?」
「約束だからね。 行くだけ行ってみるよ。
それじゃ、お婆さん。 元気でね!!」
「気をつけて、行っといで。」
お婆さんに見送られ、リューンは旅立ちます。
…
ザクザクザク…。
雪道をリューンは進みます。
しばらく歩くと分かれ道…。
左へ進むとサウス村。
右へ進むと神殿の山。
リューンは、少し考えると右の道へ…。
(…どうやら春は来ないみたいだし…。
話の種に行ってみるか…。)
…
神殿の山までは、森の中を進みます。
生い茂った木々のお蔭で、思ったより雪は積もっていませんでした。
数日前に兵士達が通ったお蔭もあるのでしょう。
踏み固められた雪道は、リューンの歩みを助けます。
歩きながら、リューンは考えていました。
(なぜ、王様の兵士が戻って来ないのか?
遭難した? 魔物に襲われた? うーん…。)
答えの出ないまま、先を急ぎます。
…
1日歩いて、神殿の山のふもとに到着しました。
見上げると頂上にポツンと小さく神殿が見えます。
(…もう日が暮れる…、神殿は、まだ遠い…。
今日は、ここで野宿だな…。)
リューンは、大きな木の下で焚き火をして暖を取ります。
(…兵士達が、遭難した形跡は無かった…。
何かに襲われた形跡も無かった…。
この山に何か有るのか?)
リューンは、悩みながらウトウトと眠りにつきました…。
…
早朝、日の出前…。
ぐぐぐごおおぉぉぉーーーー……。
月明かりの中、リューンは大地を揺さぶる地響きと獣のような声で飛び起きます。
「なっ…、なんだ!?」
辺りを見回しても何も居ません。
謎の声は、止んでいます…。
(地震…? いや、寝ぼけたのか…?)
リューンは、不思議に思いながらも神殿へ出発することにしました。
…
朝早く出発したこともあり、昼過ぎに到着。
神殿は、4本の大きな塔に囲まれた建物で、中央は丸いドームになっています。
4本の塔は、春の塔・夏の塔・秋の塔・冬の塔と名付けられていて、それぞれ東・南・西・北の方角に建てられています。
…
ドン、ドン、ドン!
「ごめんくださーい! どなたか居られませんかー!!」
リューンが神殿の扉を叩くと、
ギギギィィ……。
軋む様な音をたて、扉が自動的に開きました。
恐る恐る、神殿の奥に進んで行きます。
…
やがてドームの中心へ…。
そこに一人の女性が立って居ました。
腰まで伸びた銀髪、リューンより少し背の高い色白の女性。
白銀に輝くドレスを身にまとったその姿は、氷の彫像を思わせます。
「季節の神殿へ、ようこそ。
私は冬の女神です。
終わらぬ冬の事でいらしたのですね…。」
と、女神が話しかけてきました。
しばらくの間、見とれていたリューンでしたが、慌てて話し始めます。
「はじめまして、女神様。
僕、リューンと言います。
教えていただきたいことが有ります…。
なぜ冬が終わらないのですか?
春は、いつ来るのですか?」
女神は、悲しげな顔でゆっくりと首を横に振りました。
「今年…、春が来る事は有りません。
夏も秋も来る事は有りません…。」
「なぜです! なぜ春が来ないんですか!!」
「火竜を封印するためです…。」
「…かりゅう…?」
リューンには、何のことだか全く分かりません。
女神は、静かに火竜の事を話し始めました。
…
昔々、この星に大地が生まれた頃、この世界に冬は有りませんでした。
春、命が芽吹き。
夏、命を育み。
秋、実りを迎える。
冬は必要なかったのです…。
しかし、ある時、地の底から火竜が生まれます。
火竜は、世界を焼き尽くしました。
春、夏、秋、3人の女神は、火竜に焼かれた大地を冷やす為、冬の女神を…、私を創造しました。
私の…、冬の力により、寒さに弱い火竜は眠りに就きます。
その時…、焼き尽くされた星の再生の為、世界の全てを凍らせました。
氷河期と言われる時代…、今から10万年前の話です。
私達は火竜を洞窟の奥に封印し、2度と目覚めないようにしました。
しかし、火竜の力は強大で大地が暖かくなると封印が解けそうになるのです。
その為…、大地を冷やす為…、冬が設けられたのです。
氷河期から1万年後の冬、再び封印が解けそうになる事態が発生しました。
春を目前に火竜が、目覚めようとしたのです。
私達は1年間の冬を設ける事で、再び火竜を封印することに成功します。
しかし、近隣の国々は、全て滅んでしまいました…。
それから火竜は、1万年に1度、目覚めを迎えるようになりました。
私達は、その度に1年間の冬を設け、火竜を封印してきたのです…。
…
女神の話は、驚くべきものでした。
「近隣の国々に警告することは、出来なかったのですか?」
「1万年に1度と言っても誤差が有るのです。
9千9百年後だった事も、1万5百年後だった事も有ります。
私達は、いくども警告してきました…。
しかし、平和な時間が続くことで、人々は警告を忘れていったのです…。」
「今からでも遅くないじゃないですか!
貴方が直接、王宮へ出向き、避難を呼びかければ…。」
「春間近の時、突然火竜が唸り声を上げます…。
これが、目覚めの兆候です。
今朝も兆候がありました…。
貴方もその声を聞かれたのではないですか?」
リューンは、大地を揺さぶる地響きと獣のような声を思い出します。
「この時から私達は封印を守るため、神殿を離れる事が出来なくなります。
春夏秋、3人の女神は、それぞれの塔にこもり、祈りを捧げる必要があるのです。
私は、冬を守る神殿の主として自由に動き回る事が出来ますが、この神殿を離れることは出来ません…。」
(!!)
リューンは、思い出します。
「そうだ! 王様の使い!
20人の兵士が居るじゃないですか!!
彼らに伝言を頼めば……。」
「兵士の皆さんにも同じ話をしました…。
彼らは、国を捨てたくない…。
問題解決の命を受けていると、火竜退治に行かれました…。
今まで、その様な試みをされた方は居なかったので…。
私が御案内しました…。
でも…、誰も…、帰って来ませんでした…。」
女神は、両手で顔を覆うと泣き出してしまいました。
…
リューンは考えます。
(僕が王様に伝える…。
吟遊詩人の言葉で、王様が国を捨てる?
ありえない!
僕が避難を呼びかける…。
信じてもらえるとは思えない…。
そもそも、国中の人間に伝えることなど不可能だ!)
答えの出ないまま、必死の形相で尋ねます。
「…何か…、他に何か、火竜を封印する方法は無いのですか?」
「…1つだけ有ります…、竜の『眠り詩』…。
この曲を奏でている間、火竜が目覚めることは有りません…。」
女神は、涙を拭い呟くように教えてくれました。
「そんなものが有るんだったら、早く言って下さい。
僕は、吟遊詩人です!
どんな曲でも弾きこなして見せます!!
僕にその『眠り詩』を教えてください。
僕が火竜を封印します!!」
リューンは、安堵した表情で声を上げます。
しかし、次に女神から発せられた言葉は、リューンを絶望に導くものでした…。
「火竜を封印する為には…。
次の冬、12月まで1日中、休むことなく…、眠ることなく…。
『眠り詩』を弾き続けなければなりません…。」
リューンは、ガックリと肩を落とします。
「そんな事…、出来る訳ないじゃないですか…。
ちくしょーー!!」
そんなリューンを見て、女神は静かに問いかけます。
「リューン…。 貴方は、命をかけることが出来ますか?」
「えっ!?」
「『眠り詩』を奏でている間、その演奏者は、食事も…、眠りも…、不要なのです…。
この曲は、食事の代わりに…、眠りの代わりに…、演奏者の魂を喰らうのです…。」
(!!)
リューンは、驚きで声が出ません。
「それ故、どんなに屈強な戦士でも、1年と弾き続けることは出来ません…。
また、竜の眼前で演奏しなければなりません…。
普通の人間は、その恐怖で、心が壊れてしまうのです。」
女神の話を聞いたリューンは、考え込むように俯いたまま動きません。
(仕事で立ち寄った国だ…。 逃げてしまえば良い…。
大勢の人が、死んでしまうだろうな…。
お婆さん…、お孫さんを待ち続けるのかな…。
お婆さんも死んじゃうよな…。)
…
しばらくして、顔を上げると…、
「女神様! 僕は、戦士ではありませんが、冬までの間、頑張ってみせます!
それに僕は、吟遊詩人として様々な国を巡り怖い思いも沢山してきました。
ですから、どんな恐怖も乗り越えて見せます!
だから、僕でも封印できます…。
いえ! 封印して見せます!!」
リューンは、必死の形相でうったえます。
「分かりました。
あなたに『眠り詩』を授けましょう…。」
女神は、リューンの前に進み出ます。
そして、額に口付けしました。
(!!)
リューンは、『眠り詩』が体の中に入ってくるのを感じます。
「…最後に1つだけ言っておきます。
もし貴方の演奏が止んだ時…、再び季節を冬に戻します。
もう今年…、春・夏・秋が訪れることはないでしょう…。」
女神の言葉にリューンは頷きます。
「では、女神様。 火竜のもとへ、導いて下さい。」
…
女神に案内されたのは、神殿の地下でした。
そこは大きな洞窟で、壁全体がぼんやりと光っています。
洞窟の奥に、地下への階段が見えます。
…
「この階段の先に、火竜は居ます。
階段は、地下深くまで続いています。
恐れずに進みなさい…。」
女神は、階段の入口まで案内してくれました。
「女神様、色々と有難うございました。
僕…。 必ず、やり遂げて見せます!」
リューンは、背中からハープを取り外すと『眠り詩』を弾き始めます。
♪~♪♪~♪~♪~♪♪~♪~…
そして、地下深く続く階段を下りて行きました…。
(一宿一飯の恩返し…。
なーんて…。
これは、吟遊詩人の仕事だ!
僕が、やるべき仕事なんだ!!)
ぼんやりとした光に照らされたリューンの姿は、段々と小さくなって行き…、やがて見えなくなりました…。
…
リューンが、火竜のもとへ向っている頃…。
お婆さんは、暖炉の前で、まどろんでいました。
と、外からザワザワと人々の声がしてきました。
(何だろう?)
お婆さんが、家の外に出てみると…。
…
雪が、止んでいます…。
雲が、消えています…。
村人たちが、今年見る初めての晴天に沸き立っています。
お婆さんは、神殿の山を見つめ、祈る様に手を合わせます。
「やれやれ、やっと春が来た。
女神様…、兵隊さん…、春をありがとうございます。」
…
数日後、春になっても戻ってこない兵士達を心配したノース国王は季節の神殿へ使者を向わせます。
神殿の山に到着した使者は、山から聞こえてくるハープの調べを不思議に思い、王国へ引き返してしまいました。
「なぜ、神殿まで行って確認しなかったのか!!」
国王は使者を叱責しました。
「山からハープの音が聞こえることなど、今までに無いことでございます。
もし、このハープが女神様の奏でるものだったら…。
私達が神殿へ行くことで、演奏の邪魔となり、女神様の怒りによって、再び季節が冬になることを恐れたのでございます。」
使者の言葉に、国王は納得し、
「ハープの調べが聴こえる間は、何者も神殿の山に立ち入ることを禁じる。」
と、お触れを出します。
…
春が過ぎ、夏が来てもハープは鳴り止みませんでした。
神殿の山近くで狩猟を営む人々は、山から聴こえてくるハープの調べを不思議がりましたが、冬が長かったこともあり、
「今年は、女神様達にとって特別な年なのだろう…。」
と、誰も気にしなくなりました。
秋になり、その調べは段々と弱くなっていきます…。
しかし、鳴り止むことはありません。
そして12月…。
小雪舞い散る冬の朝…。
ハープは、その調べを止めたのでした……。
それと言うのも、この国は4人の女神の力で四季が管理されているのです。
女神達は、北の果て…、人里離れた森の奥にそびえる山の頂上の神殿に住んでいて、
3月から5月は、春の女神。
6月から8月は、夏の女神。
9月から11月は、秋の女神。
12月から2月は、冬の女神。
と、決められた期間に決められた女神が神殿の主になることで、その女神の季節が訪れるのです。
しかし、今年は3月になっても雪が降り止みません。
3日が過ぎ…、5日が過ぎ…、一向に止まない雪。
辺りは、1面雪に覆われたまま、このままでは作物も育ちません。
ノース国王は、
「女神達に何か起きたのではないか?」
と、20人の兵士を使者として神殿へ差し向けました。
神殿に問題があっても力で解決できると考えたのです。
1週間もあれば戻って来られる筈ですが、誰も戻って来ぬまま10日が過ぎました。
王国では連日会議が開かれています。
『再度、使者を差し向けるか?』
『もう暫く様子を見るか?』
『国を捨てるか?』
答えの出ない日々が続いていました…。
…
ビュービュービュー…。
ザク、ザク、ザク…。
吹雪の中、旅人が歩みを進めています…。
旅人の視線の先に村の灯りが見えました。
旅人は、安堵した様子で灯りの方へ向います。
…
ドンドンドン。
「ごめんくださーい! 急の嵐で難儀しております。
どうか、少し休ませて下さい!!」
ギイイィィ…。
旅人が一軒の家の扉を叩くと、中からお婆さんが現れました。
「この吹雪の中、大変だったろう。
さあ、早く中へお入りなさい。」
お婆さんは、旅人を家に招き入れてくれました。
…
「いま、お茶を入れるから、こっちへ、おいでなさいな。」
お婆さんが、旅人を暖炉の前へ誘います。
旅人は、暖炉横のテーブルに着きました。
部屋を見回すと片隅に真新しい木馬の玩具が置いてあります。
(…お孫さんの物かな?)
「はい。 お茶が入ったよ。
クッキーも有るから、ゆっくりしていきなさい。」
「ありがとう、お婆さん。 御馳走になります。」
…
「こんな天気の日に…、一体何処へ行くんだい?」
お婆さんは尋ねます。
旅人は、お茶を飲みながら答えます。
「サウス町の『春祭り』に呼ばれていてね。
明日が祭りの当日なんで、無理して向っていたところなんだ。」
「こんな天気じゃ、祭りも無いだろうに…。」
「ここは女神様が、四季を管理している国だからね。
明日、春になっていることもあるだろ?
その時に僕が居ないと祭りが盛り上がらないからさ。」
「祭りが盛り上がらない?」
お婆さんの疑問に旅人は…、
「あっ! 挨拶が遅れてしまって申し訳ない。
僕の名は、リューン。
吟遊詩人を生業としているんだ。」
と、自己紹介しました。
…
ビュービュービュー…。
ガタガタガタ…。
外の吹雪は、おさまる気配を見せません。
「リューン。 良かったら、今日泊まっていきなさい。
サウス町だったら、ここから2時間程だから、朝早く出れば祭りには間に合うよ。」
リューンは、窓から見える吹雪を見つめ…、
「ありがとう、お婆さん。
それじゃ、お言葉に甘えさせて貰います。」
と、泊めてもらうことにしました。
…
夕食は、温かなスープとパンでした。
「あぁ、美味しかった。 お婆さん、御馳走様でした。」
食事が終り、リューンは、お礼にハープを弾きます。
♪~♪♪~♪♪~♪~♪~♪~…
「…綺麗な音だね…。」
お婆さんは、目を閉じウットリと聴き惚れています。
…
演奏が終わり、一息ついたリューンは、お婆さんに質問します。
「お婆さん。
こんなに長く冬が続いた事って、今までにあった?」
お婆さんは首を横に振ります。
「産まれてこのかた聞いたことがないよ…。
どうしちまったのかねえ…。」
「そう言えば、20人の兵隊が、神殿へ行ったって聞いたけど…。
どうなったの?」
「戻って来ないねえ…。
もう、とっくに戻ってきて、良い筈なんだけどねえ…。」
ハープの演奏で明るく微笑んでいたお婆さんの表情がドンドン沈んでいきます。
(…うーん…、何だか暗い話題ばかりだな…。)
リューンは、明るい話題を探します。
「あっ! お孫さん、今日どうしているんですか?」
リューンの問いに…、
「なんで、孫のことを知ってるんだい?」
と、お婆さんが不思議そうな顔を見せます。
「そこに玩具の木馬が有るから、きっと小さな男の子が居るんだろうと思ってさ。」
と、リューンは木馬を指差します。
お婆さんは、呟くように答えます…。
「家出していた娘から連絡があってね。
子供が出来たって…、村に帰りたいって…。
それで、この春から一緒に暮らす予定だったんだよ。
それが、この雪だろ…。
女子供の足じゃ、とても来られないって…。」
部屋の雰囲気が今まで以上に暗く沈みこんでしまいました。
(しまったーっ! 地雷を踏んでしまったーっ!!)
リューンは、会話を諦め、再びハープを手に取ると、曲を奏で始めます。
♪~♪♪~♪~♪~♪♪~♪♪~♪~…
古くから、この国に伝わる『春を呼ぶ詩』。
「大丈夫! 終わらない冬なんて無いんだから。」
リューンは、お婆さんを元気付けます。
「そうだね。
きっと今頃、兵隊さん達が春を呼ぼうと頑張ってるところだね。
弱音、はいちゃ失礼だよね。」
お婆さんは、笑顔を見せます。
この日、お婆さんの家では、夜遅くまでハープの調べが聴こえました…。
…
翌朝。
嵐は過ぎ去り、曇天の中、小雪が舞っています。
「今日も春にならなかったね…。
祭りを諦めて、戻った方が良いんじゃないのかい?」
「約束だからね。 行くだけ行ってみるよ。
それじゃ、お婆さん。 元気でね!!」
「気をつけて、行っといで。」
お婆さんに見送られ、リューンは旅立ちます。
…
ザクザクザク…。
雪道をリューンは進みます。
しばらく歩くと分かれ道…。
左へ進むとサウス村。
右へ進むと神殿の山。
リューンは、少し考えると右の道へ…。
(…どうやら春は来ないみたいだし…。
話の種に行ってみるか…。)
…
神殿の山までは、森の中を進みます。
生い茂った木々のお蔭で、思ったより雪は積もっていませんでした。
数日前に兵士達が通ったお蔭もあるのでしょう。
踏み固められた雪道は、リューンの歩みを助けます。
歩きながら、リューンは考えていました。
(なぜ、王様の兵士が戻って来ないのか?
遭難した? 魔物に襲われた? うーん…。)
答えの出ないまま、先を急ぎます。
…
1日歩いて、神殿の山のふもとに到着しました。
見上げると頂上にポツンと小さく神殿が見えます。
(…もう日が暮れる…、神殿は、まだ遠い…。
今日は、ここで野宿だな…。)
リューンは、大きな木の下で焚き火をして暖を取ります。
(…兵士達が、遭難した形跡は無かった…。
何かに襲われた形跡も無かった…。
この山に何か有るのか?)
リューンは、悩みながらウトウトと眠りにつきました…。
…
早朝、日の出前…。
ぐぐぐごおおぉぉぉーーーー……。
月明かりの中、リューンは大地を揺さぶる地響きと獣のような声で飛び起きます。
「なっ…、なんだ!?」
辺りを見回しても何も居ません。
謎の声は、止んでいます…。
(地震…? いや、寝ぼけたのか…?)
リューンは、不思議に思いながらも神殿へ出発することにしました。
…
朝早く出発したこともあり、昼過ぎに到着。
神殿は、4本の大きな塔に囲まれた建物で、中央は丸いドームになっています。
4本の塔は、春の塔・夏の塔・秋の塔・冬の塔と名付けられていて、それぞれ東・南・西・北の方角に建てられています。
…
ドン、ドン、ドン!
「ごめんくださーい! どなたか居られませんかー!!」
リューンが神殿の扉を叩くと、
ギギギィィ……。
軋む様な音をたて、扉が自動的に開きました。
恐る恐る、神殿の奥に進んで行きます。
…
やがてドームの中心へ…。
そこに一人の女性が立って居ました。
腰まで伸びた銀髪、リューンより少し背の高い色白の女性。
白銀に輝くドレスを身にまとったその姿は、氷の彫像を思わせます。
「季節の神殿へ、ようこそ。
私は冬の女神です。
終わらぬ冬の事でいらしたのですね…。」
と、女神が話しかけてきました。
しばらくの間、見とれていたリューンでしたが、慌てて話し始めます。
「はじめまして、女神様。
僕、リューンと言います。
教えていただきたいことが有ります…。
なぜ冬が終わらないのですか?
春は、いつ来るのですか?」
女神は、悲しげな顔でゆっくりと首を横に振りました。
「今年…、春が来る事は有りません。
夏も秋も来る事は有りません…。」
「なぜです! なぜ春が来ないんですか!!」
「火竜を封印するためです…。」
「…かりゅう…?」
リューンには、何のことだか全く分かりません。
女神は、静かに火竜の事を話し始めました。
…
昔々、この星に大地が生まれた頃、この世界に冬は有りませんでした。
春、命が芽吹き。
夏、命を育み。
秋、実りを迎える。
冬は必要なかったのです…。
しかし、ある時、地の底から火竜が生まれます。
火竜は、世界を焼き尽くしました。
春、夏、秋、3人の女神は、火竜に焼かれた大地を冷やす為、冬の女神を…、私を創造しました。
私の…、冬の力により、寒さに弱い火竜は眠りに就きます。
その時…、焼き尽くされた星の再生の為、世界の全てを凍らせました。
氷河期と言われる時代…、今から10万年前の話です。
私達は火竜を洞窟の奥に封印し、2度と目覚めないようにしました。
しかし、火竜の力は強大で大地が暖かくなると封印が解けそうになるのです。
その為…、大地を冷やす為…、冬が設けられたのです。
氷河期から1万年後の冬、再び封印が解けそうになる事態が発生しました。
春を目前に火竜が、目覚めようとしたのです。
私達は1年間の冬を設ける事で、再び火竜を封印することに成功します。
しかし、近隣の国々は、全て滅んでしまいました…。
それから火竜は、1万年に1度、目覚めを迎えるようになりました。
私達は、その度に1年間の冬を設け、火竜を封印してきたのです…。
…
女神の話は、驚くべきものでした。
「近隣の国々に警告することは、出来なかったのですか?」
「1万年に1度と言っても誤差が有るのです。
9千9百年後だった事も、1万5百年後だった事も有ります。
私達は、いくども警告してきました…。
しかし、平和な時間が続くことで、人々は警告を忘れていったのです…。」
「今からでも遅くないじゃないですか!
貴方が直接、王宮へ出向き、避難を呼びかければ…。」
「春間近の時、突然火竜が唸り声を上げます…。
これが、目覚めの兆候です。
今朝も兆候がありました…。
貴方もその声を聞かれたのではないですか?」
リューンは、大地を揺さぶる地響きと獣のような声を思い出します。
「この時から私達は封印を守るため、神殿を離れる事が出来なくなります。
春夏秋、3人の女神は、それぞれの塔にこもり、祈りを捧げる必要があるのです。
私は、冬を守る神殿の主として自由に動き回る事が出来ますが、この神殿を離れることは出来ません…。」
(!!)
リューンは、思い出します。
「そうだ! 王様の使い!
20人の兵士が居るじゃないですか!!
彼らに伝言を頼めば……。」
「兵士の皆さんにも同じ話をしました…。
彼らは、国を捨てたくない…。
問題解決の命を受けていると、火竜退治に行かれました…。
今まで、その様な試みをされた方は居なかったので…。
私が御案内しました…。
でも…、誰も…、帰って来ませんでした…。」
女神は、両手で顔を覆うと泣き出してしまいました。
…
リューンは考えます。
(僕が王様に伝える…。
吟遊詩人の言葉で、王様が国を捨てる?
ありえない!
僕が避難を呼びかける…。
信じてもらえるとは思えない…。
そもそも、国中の人間に伝えることなど不可能だ!)
答えの出ないまま、必死の形相で尋ねます。
「…何か…、他に何か、火竜を封印する方法は無いのですか?」
「…1つだけ有ります…、竜の『眠り詩』…。
この曲を奏でている間、火竜が目覚めることは有りません…。」
女神は、涙を拭い呟くように教えてくれました。
「そんなものが有るんだったら、早く言って下さい。
僕は、吟遊詩人です!
どんな曲でも弾きこなして見せます!!
僕にその『眠り詩』を教えてください。
僕が火竜を封印します!!」
リューンは、安堵した表情で声を上げます。
しかし、次に女神から発せられた言葉は、リューンを絶望に導くものでした…。
「火竜を封印する為には…。
次の冬、12月まで1日中、休むことなく…、眠ることなく…。
『眠り詩』を弾き続けなければなりません…。」
リューンは、ガックリと肩を落とします。
「そんな事…、出来る訳ないじゃないですか…。
ちくしょーー!!」
そんなリューンを見て、女神は静かに問いかけます。
「リューン…。 貴方は、命をかけることが出来ますか?」
「えっ!?」
「『眠り詩』を奏でている間、その演奏者は、食事も…、眠りも…、不要なのです…。
この曲は、食事の代わりに…、眠りの代わりに…、演奏者の魂を喰らうのです…。」
(!!)
リューンは、驚きで声が出ません。
「それ故、どんなに屈強な戦士でも、1年と弾き続けることは出来ません…。
また、竜の眼前で演奏しなければなりません…。
普通の人間は、その恐怖で、心が壊れてしまうのです。」
女神の話を聞いたリューンは、考え込むように俯いたまま動きません。
(仕事で立ち寄った国だ…。 逃げてしまえば良い…。
大勢の人が、死んでしまうだろうな…。
お婆さん…、お孫さんを待ち続けるのかな…。
お婆さんも死んじゃうよな…。)
…
しばらくして、顔を上げると…、
「女神様! 僕は、戦士ではありませんが、冬までの間、頑張ってみせます!
それに僕は、吟遊詩人として様々な国を巡り怖い思いも沢山してきました。
ですから、どんな恐怖も乗り越えて見せます!
だから、僕でも封印できます…。
いえ! 封印して見せます!!」
リューンは、必死の形相でうったえます。
「分かりました。
あなたに『眠り詩』を授けましょう…。」
女神は、リューンの前に進み出ます。
そして、額に口付けしました。
(!!)
リューンは、『眠り詩』が体の中に入ってくるのを感じます。
「…最後に1つだけ言っておきます。
もし貴方の演奏が止んだ時…、再び季節を冬に戻します。
もう今年…、春・夏・秋が訪れることはないでしょう…。」
女神の言葉にリューンは頷きます。
「では、女神様。 火竜のもとへ、導いて下さい。」
…
女神に案内されたのは、神殿の地下でした。
そこは大きな洞窟で、壁全体がぼんやりと光っています。
洞窟の奥に、地下への階段が見えます。
…
「この階段の先に、火竜は居ます。
階段は、地下深くまで続いています。
恐れずに進みなさい…。」
女神は、階段の入口まで案内してくれました。
「女神様、色々と有難うございました。
僕…。 必ず、やり遂げて見せます!」
リューンは、背中からハープを取り外すと『眠り詩』を弾き始めます。
♪~♪♪~♪~♪~♪♪~♪~…
そして、地下深く続く階段を下りて行きました…。
(一宿一飯の恩返し…。
なーんて…。
これは、吟遊詩人の仕事だ!
僕が、やるべき仕事なんだ!!)
ぼんやりとした光に照らされたリューンの姿は、段々と小さくなって行き…、やがて見えなくなりました…。
…
リューンが、火竜のもとへ向っている頃…。
お婆さんは、暖炉の前で、まどろんでいました。
と、外からザワザワと人々の声がしてきました。
(何だろう?)
お婆さんが、家の外に出てみると…。
…
雪が、止んでいます…。
雲が、消えています…。
村人たちが、今年見る初めての晴天に沸き立っています。
お婆さんは、神殿の山を見つめ、祈る様に手を合わせます。
「やれやれ、やっと春が来た。
女神様…、兵隊さん…、春をありがとうございます。」
…
数日後、春になっても戻ってこない兵士達を心配したノース国王は季節の神殿へ使者を向わせます。
神殿の山に到着した使者は、山から聞こえてくるハープの調べを不思議に思い、王国へ引き返してしまいました。
「なぜ、神殿まで行って確認しなかったのか!!」
国王は使者を叱責しました。
「山からハープの音が聞こえることなど、今までに無いことでございます。
もし、このハープが女神様の奏でるものだったら…。
私達が神殿へ行くことで、演奏の邪魔となり、女神様の怒りによって、再び季節が冬になることを恐れたのでございます。」
使者の言葉に、国王は納得し、
「ハープの調べが聴こえる間は、何者も神殿の山に立ち入ることを禁じる。」
と、お触れを出します。
…
春が過ぎ、夏が来てもハープは鳴り止みませんでした。
神殿の山近くで狩猟を営む人々は、山から聴こえてくるハープの調べを不思議がりましたが、冬が長かったこともあり、
「今年は、女神様達にとって特別な年なのだろう…。」
と、誰も気にしなくなりました。
秋になり、その調べは段々と弱くなっていきます…。
しかし、鳴り止むことはありません。
そして12月…。
小雪舞い散る冬の朝…。
ハープは、その調べを止めたのでした……。
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