1 / 1
借りぐらしのアラウンドサーティ
しおりを挟む
借りぐらしのアラウンドサーティ
羽鳥双
「さて、今日は何をしようか」
部屋の中でわたしはつぶやく。無論、部屋の中にはわたし以外誰もいるはずがない。単にわたしの独り言だ。
昨日は何をしたんだっけと思い出そうとして部屋の真ん中でぐるぐる回りながら記憶の断片をたどる。そういえば頭が痛いぞ。ああ、思い出した。棚にあったウイスキーを水で薄めてちびちび舐めながらテレビを見て一日を潰したんだったか。
では今日は? 酒は気分的にもういいから、何か別のことをしたい気分。
本棚に目をやる。ぎゅうぎゅうに押し込まれた書物の数々がわたしの興味をそそった。
「久しぶりに読書でもしますかね」
その日はひたすら棚にある純文学の数々を読みふけって、終わった。
「さて、今日は何をしようか」
部屋の中でわたしはつぶやく。今日は聞き手がいるので独身女の寂しい独り言ではない。
喉をゴロゴロ鳴らす猫が、窓のそばで昼寝をしていたのだ。いい暇つぶし相手ができたと内心ウッキウキである。わたしは小躍りしながら近寄った。
「ヘイ猫。かむおん」
赤い首輪がチャーミングな子猫をぺちぺち叩き、心地よい眠りからグッバイさせる。不機嫌そうだが知ったことか。余の暇つぶしに付き合うがよい。
「♯*〻\△≠~%~~~~~」
言語化できない&したくない小っ恥ずかしい猫語を喉の奥からひり出して、子猫との対話を試みる。
わたしは「いっしょに遊ぼう」という旨の発言をしたつもりだったが、発音が悪かったらしく、猫語で失礼にあたる言葉を発してしまったようだ。不機嫌を増した猫が渾身のツメトギスラッシュを仕掛けてきた。
救急箱はどこだ!
「ああ、今日は何もしたくない」
時々、こういった思いに襲われることがある。
二十八歳。職ナシ。金ナシ。家族ナシ。
独りぼっちの干物女。毎日一日中貝のように部屋にこもり、なんとかして時間を潰そうと努力する。
本当にこんな生活を続けていていいのかっていう、底知れぬ不安がわたしを襲う。
普通は、わたしくらいの歳になると、もう、良い旦那さんを見つけたりして、子供もできて、幸せな家庭を築いているんじゃないだろうか。
いい加減、こんな生活から抜け出して、定職にでも就いて、そこで社内恋愛を発展させ、プロポーズされ、家庭に入り、ひたすら家事をして良妻となったほうがいいんじゃないのか。
「うぅ……」
ああ、ダメだ。今日はもうダメだ。何もする気が起きない。酒でも飲もう。そして全てを忘れよう。
わたしは冷蔵庫を漁ってみた。酒はなかった。チクショウめ。みりんでなんとかしてやる。
「さて、今日は外へ出るぞ」
部屋の中でわたしは宣言した。今日ギャラリーはない。
言っておくけども、わたしは別に世の中に恐れおののいている引きこもりではない。その気になれば繁華街だって歩けるし、一日一回はちょろっと外へ出ている。わたしが積極的に外へ出ないのは、ただ部屋の中の居心地が良いからだ。
しかし今日は、外へ、しかも長期の遠征が必要となった。突発的に、お菓子が食べたくなったのだ。こういう時、決まって棚にはお菓子がない。
わたしはクローゼットを漁って適当な上着を羽織って、そこらへんに置いてあった小銭入れを片手に部屋を出る。
「うふふふふ」
部屋に戻ると、大きなマスクの下は笑みであふれていた。店員がいい感じのイケメンだったのだ。思わず普段飲みもしない美容ドリンクを買ってしまったが、悔いはない。
ある日、部屋に入ると、タイプのイケメンがソファでくつろいでいるという場面を想像し、体が震えた。
(さて、今日は、このまま待機かな?)
部屋の中、さらに押入れの中で、わたしは思う。
二十二世紀から来た青い猫型ロボットごっこだ。
ガラクタたちに囲まれて、暗い押入れの中で体を丸めていると、幼少期の記憶がよみがえる。
押入れの思い出。
小さい頃はいたずらっ子だったから、よくこうして母親に閉じ込められていたっけ。「もうしないから許して」って、喉がガラガラになるまで泣き叫んだ記憶がある。
大人になった今でも、押入れの中に入るのは、ちょっと怖いのに、小さい頃ならなおさらだろう。小さきわたしが全身全霊で泣き叫んだのもむべなるかな。そして残虐非道なり、我が母よ。
そんなことを考えながら時の流れを加速させていると、部屋の静寂が押入れの中にも伝わってきた。
「……よし」
そろそろいいかと思って、わたしは押入れから出た。うーん、光がまぶしい。
それじゃ、次はどんなことして遊ぼうか?
「……」
きちんと最初、部屋に来た時の光景を思い出し、わたしはその通りに部屋を片付けた。
コタツの近くにはクッションが、こんな感じで投げ出されていましたね。ベッドのシーツはぐしゃぐしゃでした。わたしが出したゴミは、ゴミ袋の下に埋めるように隠してしまいましょ。うん。これでバッチリ。
次の部屋への調査はすでに済んでいる。ここの部屋のお隣さんは、無用心にも、ベランダに鍵をしていない。そこから侵入すれば、簡単さ。
わたしは今一度、部屋を見渡した。いつだって、部屋を去る時は、ちょっと寂しい。わずかしか滞在しなかった部屋とはいえ、ちょっとは思い出があるのだ。
この部屋は、ゲーム関係が充実していたなぁ。真面目な学生さんの部屋なのかしら、お酒類が一切なくて、そこはちょっと物足りなかったけど、十分楽しかった。
「さて、じゃあ、そろそろ、ばいばい」
部屋の中でわたしはつぶやく。
わたしが空き巣のスキルを身につけ、もう何年も経った。
家主の隙をついて部屋へと忍び込み、そこでわずかばかりの滞在をする。部屋を荒らしたりはしない。ただ、その日の食料の確保と、暇をつぶすことさえできればそれでいい。
ちょっと、お金ももらうかも。
そろそろ、足を洗って、お嫁さんにでもなろうかなって考えながら、でもやっぱり今日も今日とて人のお宅に勝手にお邪魔をしてしまう。
迷惑かしら? 迷惑でしょうね、まぁ。座敷わらし的なものだと思って、我慢してくださいな。別に福をもたらしたりはしませんけども。
行き着く先はいくらでもある都会の中で、あちこちを回る渡り鳥。
そんなわたしの名前は、自分でつけたが人呼んで、借りぐらしのアラウンドサーティ。
羽鳥双
「さて、今日は何をしようか」
部屋の中でわたしはつぶやく。無論、部屋の中にはわたし以外誰もいるはずがない。単にわたしの独り言だ。
昨日は何をしたんだっけと思い出そうとして部屋の真ん中でぐるぐる回りながら記憶の断片をたどる。そういえば頭が痛いぞ。ああ、思い出した。棚にあったウイスキーを水で薄めてちびちび舐めながらテレビを見て一日を潰したんだったか。
では今日は? 酒は気分的にもういいから、何か別のことをしたい気分。
本棚に目をやる。ぎゅうぎゅうに押し込まれた書物の数々がわたしの興味をそそった。
「久しぶりに読書でもしますかね」
その日はひたすら棚にある純文学の数々を読みふけって、終わった。
「さて、今日は何をしようか」
部屋の中でわたしはつぶやく。今日は聞き手がいるので独身女の寂しい独り言ではない。
喉をゴロゴロ鳴らす猫が、窓のそばで昼寝をしていたのだ。いい暇つぶし相手ができたと内心ウッキウキである。わたしは小躍りしながら近寄った。
「ヘイ猫。かむおん」
赤い首輪がチャーミングな子猫をぺちぺち叩き、心地よい眠りからグッバイさせる。不機嫌そうだが知ったことか。余の暇つぶしに付き合うがよい。
「♯*〻\△≠~%~~~~~」
言語化できない&したくない小っ恥ずかしい猫語を喉の奥からひり出して、子猫との対話を試みる。
わたしは「いっしょに遊ぼう」という旨の発言をしたつもりだったが、発音が悪かったらしく、猫語で失礼にあたる言葉を発してしまったようだ。不機嫌を増した猫が渾身のツメトギスラッシュを仕掛けてきた。
救急箱はどこだ!
「ああ、今日は何もしたくない」
時々、こういった思いに襲われることがある。
二十八歳。職ナシ。金ナシ。家族ナシ。
独りぼっちの干物女。毎日一日中貝のように部屋にこもり、なんとかして時間を潰そうと努力する。
本当にこんな生活を続けていていいのかっていう、底知れぬ不安がわたしを襲う。
普通は、わたしくらいの歳になると、もう、良い旦那さんを見つけたりして、子供もできて、幸せな家庭を築いているんじゃないだろうか。
いい加減、こんな生活から抜け出して、定職にでも就いて、そこで社内恋愛を発展させ、プロポーズされ、家庭に入り、ひたすら家事をして良妻となったほうがいいんじゃないのか。
「うぅ……」
ああ、ダメだ。今日はもうダメだ。何もする気が起きない。酒でも飲もう。そして全てを忘れよう。
わたしは冷蔵庫を漁ってみた。酒はなかった。チクショウめ。みりんでなんとかしてやる。
「さて、今日は外へ出るぞ」
部屋の中でわたしは宣言した。今日ギャラリーはない。
言っておくけども、わたしは別に世の中に恐れおののいている引きこもりではない。その気になれば繁華街だって歩けるし、一日一回はちょろっと外へ出ている。わたしが積極的に外へ出ないのは、ただ部屋の中の居心地が良いからだ。
しかし今日は、外へ、しかも長期の遠征が必要となった。突発的に、お菓子が食べたくなったのだ。こういう時、決まって棚にはお菓子がない。
わたしはクローゼットを漁って適当な上着を羽織って、そこらへんに置いてあった小銭入れを片手に部屋を出る。
「うふふふふ」
部屋に戻ると、大きなマスクの下は笑みであふれていた。店員がいい感じのイケメンだったのだ。思わず普段飲みもしない美容ドリンクを買ってしまったが、悔いはない。
ある日、部屋に入ると、タイプのイケメンがソファでくつろいでいるという場面を想像し、体が震えた。
(さて、今日は、このまま待機かな?)
部屋の中、さらに押入れの中で、わたしは思う。
二十二世紀から来た青い猫型ロボットごっこだ。
ガラクタたちに囲まれて、暗い押入れの中で体を丸めていると、幼少期の記憶がよみがえる。
押入れの思い出。
小さい頃はいたずらっ子だったから、よくこうして母親に閉じ込められていたっけ。「もうしないから許して」って、喉がガラガラになるまで泣き叫んだ記憶がある。
大人になった今でも、押入れの中に入るのは、ちょっと怖いのに、小さい頃ならなおさらだろう。小さきわたしが全身全霊で泣き叫んだのもむべなるかな。そして残虐非道なり、我が母よ。
そんなことを考えながら時の流れを加速させていると、部屋の静寂が押入れの中にも伝わってきた。
「……よし」
そろそろいいかと思って、わたしは押入れから出た。うーん、光がまぶしい。
それじゃ、次はどんなことして遊ぼうか?
「……」
きちんと最初、部屋に来た時の光景を思い出し、わたしはその通りに部屋を片付けた。
コタツの近くにはクッションが、こんな感じで投げ出されていましたね。ベッドのシーツはぐしゃぐしゃでした。わたしが出したゴミは、ゴミ袋の下に埋めるように隠してしまいましょ。うん。これでバッチリ。
次の部屋への調査はすでに済んでいる。ここの部屋のお隣さんは、無用心にも、ベランダに鍵をしていない。そこから侵入すれば、簡単さ。
わたしは今一度、部屋を見渡した。いつだって、部屋を去る時は、ちょっと寂しい。わずかしか滞在しなかった部屋とはいえ、ちょっとは思い出があるのだ。
この部屋は、ゲーム関係が充実していたなぁ。真面目な学生さんの部屋なのかしら、お酒類が一切なくて、そこはちょっと物足りなかったけど、十分楽しかった。
「さて、じゃあ、そろそろ、ばいばい」
部屋の中でわたしはつぶやく。
わたしが空き巣のスキルを身につけ、もう何年も経った。
家主の隙をついて部屋へと忍び込み、そこでわずかばかりの滞在をする。部屋を荒らしたりはしない。ただ、その日の食料の確保と、暇をつぶすことさえできればそれでいい。
ちょっと、お金ももらうかも。
そろそろ、足を洗って、お嫁さんにでもなろうかなって考えながら、でもやっぱり今日も今日とて人のお宅に勝手にお邪魔をしてしまう。
迷惑かしら? 迷惑でしょうね、まぁ。座敷わらし的なものだと思って、我慢してくださいな。別に福をもたらしたりはしませんけども。
行き着く先はいくらでもある都会の中で、あちこちを回る渡り鳥。
そんなわたしの名前は、自分でつけたが人呼んで、借りぐらしのアラウンドサーティ。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる