《完結) エフ -- 夢見るありすと、ある兄弟の物--

夜の雨

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鬱血と暗い穴 《竜之介》

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そのまま僕らは、兄の車で有栖をマンションに連れて帰った。

僕も兄も、車の中では一言も喋らなかった。
運転席のフロントガラスにぽつりと水滴が落ちたかと思うと、また、にわかに急に雨が降り始めた。ワイパーが忙しく動く音と雨が車体を叩く音だけが響いていた。

彼女の手をそっと握る。
僕が握っても彼女は握り返してはくれなかった。
そのまま車の中で彼女を抱きしめて、僕は夜に溶けてしまいたかった。

もう誰にも、誰にも彼女を傷つけさせたくない。
空が有栖の代わりに泣いているようだった。

***

部屋に戻り、兄とふたりで温かいシャワーで有栖の身体を丁寧に洗い流して、着替えさせた有栖をベッドに横たえる。

有栖は正しく呼吸しているようだが、目を覚さない。

まるでチャチャを庭に埋めた夜みたいだと思ってしまった。
兄は押し黙って、眠る有栖の身体を丁寧に拭いている。

兄が何を考えているのかわからない。
沈黙が、僕らの間に横たわっていた。
まるで穴が空いてしまったようだ。

暗い穴から、大事なものすべてが抜け出てしまったようにも思えた。

…彼女の身体には先ほどまでの暴力的な跡が生々しく残っていて、見るのが気が触れそうにつらかった。

身体中に鬱血や噛み跡、指の跡。 
特に手首のものはひどく痛々しい……。

僕は、目が覚めたら有栖が昨日のこと、今日のことを、以前の記憶と同じようにすっかり忘れてしまっていたらいいのに…と、ぼんやり思った。
身体中の傷も消えてなくなってしまったらいいのに…

「竜之介、有栖は俺が見てるから…お前は少し寝ろ…ひどい顔してる」

兄が、僕に向かって言った。
そういう兄こそひどい顔をしている。

僕は力無く頷いた。
とても眠れそうにないが、傷ついた有栖をずっと見ていると頭がおかしくなりそうだった。


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