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オレンジジュース 《有栖》
しおりを挟む「本当に行くの?」
竜之介が心配そうに聞いてくる。
「うん」
あれから桃くんの好意で1週間くらい、桃くんのおうちに泊めてもらった。
もちろん竜之介も一緒だ。
兄も、毎日のように仕事前に寄って顔を見せてくれる。(その時に、私の着替えや勉強道具を持ってきてくれる)桃くんがいつも笑わせてくれるし、このふしぎな桃くんのおうちでの暮らしは、合宿みたいで、辛い気持ちを少しだけ忘れさせてくれる。
兄や竜之介に、ひどい写真が見られたことをあまり考えずに過ごせているのは桃くんのおかげも大きいと思う。
桃くんが竜之介を連れ出してくれたおかげで、私も外に出るきっかけになったし、竜之介とのギクシャクした感じもやわらいだ気がする。
桃くんには感謝の気持ちでいっぱい。
だけど、兄のことは今も心配だった。兄は、私がつらいと思って逃げようって言ってくれたのだろうか。それともあの日は、仕事を解雇されて気持ちが混乱してあんなこと言っただけなのかな。
私が兄の心配の種になっていることは間違いないのだ。
「一緒に逃げよう」
兄がそう言ったときの真剣な眼差しがわすれられない。
竜之介には話せていない。
ふたりでにげようと言われたこと。
しっかりしなくちゃ。兄が逃げようと言わなくても済むように。
安心して暮らせるように。
だから私は学校に行くことを決めた。
ささやかなことだけれど、第一歩だ。
久しぶりの登校日。
兄も竜之介もまだ早いと止めたけれど、私の気持ちは変わらなかった。
「じゃあ、オレがついて行って授業終わるの待ってるよ」
兄と竜之介は週刊誌に撮られているから一緒にいるところを見られたら何か言われるかもしれない。
「他人のオレなら大丈夫しょ?オレはむしろ家族に入れてもらいたいけどね」
桃くんはそう言っていつものように笑った。
竜之介はわかりやすく、フンと鼻をならして、兄はちょっと悲しそうに笑って、桃くんがそうしてくれると助かるよと言った。
三人に余計な心配をさせたくなくて、できるだけの笑顔で玄関をでる。
*
教室。
みんなの遠慮がちにちらちらと向けられる好奇な視線が痛い。
これも覚悟してきたから大丈夫。
私の身体がこわばっていたのか、桃くんがそっと肩を抱いてくれる。
すこしざわめきが起きたような気がしたのは気のせいだろうか。
「雑誌のあの娘だよね…」
「一緒にいる男の子はお兄さんでも双子の弟でもないよね…また別の男の子…」
私は席につく。
「有栖ちゃん、オレ、授業がおわるまでオープンスペースにいるけど、ひとりでも大丈夫?」
私はこくりと頷く。
強くなりたいの。
みんながスマホの画面と私をかわるがわる見ているような気がして、それが私の自意識過剰なのか、本当に見比べられているのかわからない。
顔に血がのぼる。
苦しい。
つらい。
その時、教室の扉辺りでバタンと大きめの音がする。
振り返ると、渋川さんが扉を蹴っていた。
「おやおや今日は彼氏と登校か~」
私に注がれていた教室の視線が一斉に渋川さんに移る。
渋川さんはいつものようににやにやしている。
だけどその言い方はちょっと不思議な温度があった。
桃くんも黙ってみている。
「彼氏もイケメンかよ。しかも怒らせると怖そうなタイプだな……こりゃあ、触れない方がいいやつだ……」
渋川さんが大きな声で言ったせいで、ひそひそ聞こえていた小さな噂話はピタリと止まった。
わざと言ってくれたのかな……。
「あ、あの…ありがとう…」
渋谷さんが席の前を通る時、お礼を言うとケッと渋谷さんは照れくさそうに舌打ちして、どかっと乱暴に私の隣の席に座った。
その様子を見ていた桃くんは
「教室は彼がいるから大丈夫そうだね」
桃くんはにっこりすると、私の背中をやさしく何度か撫でて、教室を出て行った。
大丈夫。
大丈夫。
視線から意識を逸らして、ノートを出して机に向かう。
目の前に、紙パックのオレンジジュースが置かれた。
顔をあげると、渋川さんが気まずそうに、片手で頬杖をついていた。
「こないだの…お礼……他意はない」
目を合わそうとしない渋川さんの不器用な優しさが今はありがたかった。
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