俺たちは、壊れた世界の余白を埋めている。

惟光

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#第30.5話 臨界温度

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#第30.5話 臨界温度


「……二日連続カジノって、悪い子な気分だな。」

ルカがジャケットの襟を軽く直しながら、口元を緩める。
前夜よりは、少しこの格好にも慣れてきたようだった。

「とりあえず、俺とナオでフロアを荒らす。──その隙に、臣くんは“ルーム12”へ。」

ナオは小さく頷き、ほんのわずかに笑う。

「了解、ダーリン。」

……その一言で、隣を歩いていた臣がぴたりと足を止めた。

「……前から思ってたんだけどよ。」
「ん?」
「お前ら、マジで何なんだ。“ダーリン”って。昨日も今日も……デキてんの?」

ナオの眉間が、鋭く寄る。

「やめろ。」
「否定はしねぇのかよ。……って、ほんとに“そっち”か?」

ルカは肩をすくめ、飄々と笑った。

「俺は歓迎だけど?」
「やっぱそうか……」
「歓迎すんな。」
「ナオの“ダーリン”だぜ?……まぁ、それだけで食ってける気はする。」

臣が顔をしかめる。

「なぁルカ、お前それ本気で言ってんのか?」
「うん。……臣くん、俺のこと“バカな子”だと思ってんだろ?」
「思ってる。ナオは巻き込まれてるだけ……かと思ってたけど、それすら怪しいな。
──どっかと言えば、"異常"、だな。」

ナオが一瞬、鋭く睨み返す。
だけど──その目の奥が、どこか怯えたように揺れた。
次の瞬間には伏せられた睫毛が、その感情を包み隠す。
声を出しかけて、やめた。
“その言葉を否定する自信がなかった”のだと、ルカだけが気づいていた。

「……言うに事欠いて、だな。」

ルカはにやりと、悪戯を決め込むように笑った。

「いいねぇ。“異常”ってさ。──むしろ、ピッタリかも。」

その言葉を拾ったルカは、薄く笑った。
けれどその目の奥には、何もかも呑み込んで、
諦めて、それでも笑う人間特有の――乾いた空洞が覗いていた。
臣が額に手をやって、嘆息する。

「やりづれぇ……お前ら。」
「うちはこういうスタイルなんで。」
「バランス良すぎて怖ぇわ。」

その瞬間、ルカの笑みがふっと消える。

「──で、臣くんは?」

静かに落ちた声が、夜よりも冷たかった。

「俺から見りゃ、あんたも充分、“異常”だぜ?」

ルカはまっすぐ臣を見据えると、地面を指さした。

「ハッキングも罠も、もう動き出してる。
──あんたが腹さえ括りゃ、  
俺らも地獄の釜の底まで、付き合ってやるよ。」

しばしの沈黙。
やがて、臣は静かに答えた。

「……ああ。腹は決まった。」

その瞳が、夜の奥にいる“敵”を、確かに捉えていた。

「完膚なきまでに叩き潰す。カジノだけじゃねぇ。
そいつらの背後にいる奴らまで──震え上がらせてやる。」

ルカはしばし黙って、夜の向こうを見た。
その顔に浮かぶのは、怒りでも義憤でもなかった。
ただひとつ、“壊したいほどの冷たさ”だった。

「……いいね。俺も壊す口実、ちょうど欲しかったとこだ。」

冗談は、一欠けもない声音だった。
ナオがちらと横目をやり、ルカが口元を吊り上げる。

「……いい顔してんじゃん、臣くん。ようやく火、点いたな。」
「誰のせいだと思ってんだよ、クソ野郎。」
「褒め言葉、ありがと。」
「……おせぇんだよ、素直になんのが。」

その笑いは、一瞬だけ音を立てて、夜に溶けた。
まるで、何かが壊れる直前に響く、脆く澄んだ音のように。

今夜、何かが終わる。
その予感だけが、三人の背中をそっと押していた。
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