俺たちは、壊れた世界の余白を埋めている。

#第32.5話 答えは言わない

#第32.5話 答えは言わない


薄曇りの午後、事務所の窓から射し込む光は、埃を白く浮かび上がらせていた。

ルカは椅子を半分回したまま、窓の外をぼんやり眺めていた。
口の端でガムを噛む音だけが、やけにゆっくり響く。
もう味なんか残っていない。
惰性で動く顎が、時計代わりみたいに一定だ。
時折、奥歯がゆっくり噛み締める音が、部屋の静けさをひずませる。

「なぁ昨日、どこ行ってた？」

ナオがソファから声を投げた。
視線は雑誌のページに落ちたまま。
何気ない口調だが、耳だけはこちらを向いている。

「……ちょっと寄り道。」

ルカはわざとらしく間を置いて、顎だけ動かす。
その瞬間、左手が無意識に首の横へと触れる。
軽くなぞるだけ――癖のような、間をつなぐ仕草。

「……お前、その手癖なんだよ。」

ページをめくる音が止まる。
ナオの目が、まっすぐにこちらを射抜いた。

「……どこだと思う？」

カクン、と後ろに首をもたげ、軽く投げるように言う。
ナオはソファに腰を下ろし、片足を投げ出したまま、面倒そうに目だけを向けた。

「そういうの、面倒くせぇ。」
「だよな。お前、こういう女、嫌いそう。」

ルカは片頬だけで笑い、左手を首元へ持っていく。
何気ない仕草みたいに見せながら、指先が喉の下をゆっくりなぞった。

短い沈黙。
ルカはふと口元を緩め、視線を絡めたまま、わざと低く囁く。

「気にすんなよ、Tesoro。」

甘さに滲む圧力を残し、話を打ち切る。
ナオの視線が一瞬だけ鋭くなるのを、ルカは見逃さなかった。

窓の外で、車のクラクションが短く鳴った。
ナオは再び雑誌に視線を落としながら、口元だけで笑う。

――次にこの癖を見るときは、容赦しない。
その時は、笑わない。