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第一章「あなたの妻です」

第五話「魔王ちゃん式、平和的解決方法」

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 とりあえず宿を探さねばならない。

 クレイを連れて泊まれる宿となると――。

「………………」

 まず思いつくのは、“恋人の宿”だ。
 今の時間帯からなら、早朝までけっこう安く泊まれたりする。

「いや、ダメだな……」

 ああいう場所に出入りしているのは、ベイブとレレパスみたいな連中だ。
 鉢合わせるのは避けたい。

「なにがダメなんですか?」
「この状況がだよ」
「わたくしはどんな状況下でも、旦那さまといられればそれで幸せです!」

 腕に回されているクレイの腕に、きゅっと力が入る。
 今日、ため息をつくのは何回目だろう。

「どうしたもんか……」
「おい、そこのふたり! こんなところでなにをしている!」

 フィンたちを呼び止めたのは、巡回中の憲兵だった。

「いや、その、なんというか……」

 店主がマッチョになったので宿から逃げてきた、などと言えるわけがない。

「愛と将来を語り合ってました!」
「すみません、ただの散歩です」

 憲兵は、フィンをいぶかしそうに見つめた。

「こんな時間に、住宅街でか」

(ついてないな……)

 もう少し場所を考えて歩くべきだった。
 フィンとしては、ロンゴが裸で暴れていた繁華街から、少しでも遠ざかりたかっただけである。
 しかしそれが、かえって憲兵に不信感を与えてしまった。

「“冒険者殺し”でも、同じようなことを言うだろうな」

 憲兵はフィンを睨みつける。

 リーンベイルの憲兵隊は、街を騒がせている“冒険者殺し”を追っていた。
 街に魔物が現れることがめったにない以上、犯人は人間で決まりだ。

 被害者の遺体は、必ず教会の前に捨てられている。
 そして、小さなナイフで切り刻んだような傷が、全身に及んでいる。

 これは明らかに、同じ人間の所業だということを示していた。

「被害者は、ちょうどお前みたいな若い男ばかりだ。だからといって、犯人じゃない理由にはならんがな。こんな時間に女連れでよ」

 憲兵はそんなことを言って、ネチネチと絡んでくる。
 女連れで、というところがたぶん本音だろう。

「あの」

 クレイが、フィンの腕をくいくいと引いた。

「こいつ、どう見ても旦那さまより戦闘力低いですよ? どうして弓を使わないんです?」

 憲兵の目が鋭くなる。
 やはりクレイには、常識というものが欠如しているらしい。

「人間に弓を引くなんて、滅多にやっていいことじゃない。それに彼は憲兵さんで……」
「なるほど、暴力だけで物事を解決してはいけないということですね! わかりました!」

 クレイは手のひらを憲兵に向けた。

「なにをするつもりだ、貴様!」
「【ヒーーープノシーーーーーース】ッッ!!!!」

 紫のもやのようなものが、憲兵の目に吸い込まれる。
 目を紫色に光らせて、憲兵はプルプルと震え始めた。

「なっ、あっ、あっ、あっ、あっ」
「なにをしたんだお前!?」

 フィンが問いただすと、クレイはふふんと自慢げに答えた。

「催眠魔法です! きわめて非暴力的で平和的でラブ&ピースな解決方法でしょう?」

 クレイはそう軽く言ってのけるが、催眠魔法は失われた最上位魔法の一種だ。
 リーンベイルはおろか、王都ウルカンヘイムですら扱える者は皆無だろう。

 それをまともに食らった憲兵は、口のはしからよだれを流しながら、空に向かって吠えた。


「ポッピーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」


 叫んだ直後、糸を切られた人形のように、憲兵の両腕がだらりと下がる。

「……おほしさま、きれい。おさとう、たべたい」

 そう小さく呟いた憲兵は、その場で腰を下ろして、今度は地面をひっかき始めた。

「つち、たべたい。つち、おいしい、うふふふふふふ」

 ジャリジャリと掘り返した土を食べながら、笑っている。

「アレ、治るの?」
「はい! 元に戻った例を数件見たことがあります!」
「そこは確証が欲しかったよ」

 幸せそうに土を食べている憲兵を背に、フィンは急いでその場を離れた。

「なんか逃げてばっかりだな今日は……ともかく宿だ」
「外じゃダメですか?」
「ここは森じゃないんだよ」

 かといって、普通の宿を2部屋借りるほどの銀貨は持ち合わせていない。

「となると……」

 フィンの頭に浮かんだのは、回復術師サンティの笑顔だった。

「あそこしか、ないか」
「巣の心当たりが?」

 クレイの肩をがっしり掴んで、フィンは言った。

「いいか、君は俺の親戚だ」
「そうだったんですか? 驚きの新情報です!」
「違う。親戚という“てい”で振る舞ってくれってことだ。これから知り合いのところに泊めてもらう」

 このリーンベイルでフィンに対し、比較的好意をもって接してくれているのはサンティだけだ。
 もとより頼れる相手は、彼女しかいない。

 そしてなにより、フィンが宿探しに手間取れば、そのぶんクレイの被害者・・・が増える。
 リーンベイルのいち冒険者であるフィンにとって、これは死活問題だ。

「わかりました! 万事このわたくしにお任せください!」

 そういってぺろりと舌を出し、サムズアップを決めるクレイに、フィンはまた一抹の不安を抱くのであった。



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