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 高校二年の夏は茹だるような暑さだった。

 とはいえ部屋は冷房のおかげで過ごしやすい。窓の外に見えるギラギラした日差しが別世界みたいに見える。
 文明の利器とはなんともありがたいものだ。

 それでも蓮は見事に晴れ渡る青空が昔から好きだった。
 なにかを決めたり始める時はなるべく晴天の日を選ぶし、そうすると不思議と必ず良い結果が出る。
 

 一番近いからという理由で決めた高校は自由な校風で、部活にも入っていない。今日はバイトも休みだし、のんびりした夏休みを過ごしている。

 宿題の合間、ベッドに寝転びスマホを眺める蓮の耳に聞き慣れた足音が聞こえてきた。

 軽いその音は部屋の前で止まり、控えめに扉が三回叩かれる。
 そして返事をする前に開けられるのもいつものことだ。
 
 そこには思った通り、おっとり笑う幼馴染の姿があった。
 
「ねえねえ、蓮くん。面白いもの買ってきちゃった」

 扉を閉めて近づいた紬からふわりと甘い匂いがする。

──女子の匂いだ……。

 漠然とそう思うのに、それでも他の女子とはちがう。蓮が知る中でこの匂いがするのは紬だけだ。
 おかげで、ふと外で似た香りがするとつい彼女を思い出してしまう。
 
「お前さー、いつも言うけど返事する前に入ってくんなよ」
「いいじゃない、私と蓮くんの仲なんだから」
 
 二つ上の紬とはお互い勝手知ったる仲だ。
 といっても紬が高校生になった頃からは、なんとなく蓮は彼女の部屋に行くのをやめた。

 おかげで一時期少し疎遠になりはしたが、気づけば暇を見つけては、こちらの部屋を訪ねてくるようになった。
 
 ふわふわしたやわらかな長い癖っ毛は緩く結われていて、細い首にしっとりと汗が滲む。

 あっついね、と笑う紬はいつも通りなのに、見慣れない髪型が落ち着かない。
 そんな蓮の気も知らず、彼女はいつもの呑気な笑顔で小さなコンビニの袋を差し出した。
 
「なに? アイス」

 つれない蓮を気にせず、

「当たり!」

 と返事をした紬は軽快な足取りで、蓮の寝転ぶベッドに腰かける。

 ギシッと沈むマットに心臓が跳ねた。
 無防備な紬は昔から距離が近い。
 幼馴染なんだから当たり前かもしれないが、思春期の蓮は少しのことで意識してしまう。

 元々あまり陽気なタイプではないけど、動揺を悟られないために、紬には一層冷たい反応を返してしまうのだ。
 そこに情けなさを感じていても、なかなか直せないところだったりする。
 
 慣れっこの紬は気にする素振りもなく、ビニールの袋を広げて得意げな顔で蓮に示した。
 中を覗けば見たことのないパッケージがある。
 
 黒が主体の色合いにレトロな文字とイラスト。
 そかはかとなく怪しい。こんなアイスは初めて見る。
 
「うん、吸血鬼アイスだって。知ってる?」
「知らない」
「なんかねぇ、昔に発売したのが復刻したらしくてね、面白そうだから一緒に食べようと思って」

 はい、と袋から取り出されたアイスを見れば、吸血鬼と思わしきイラストと共に、「舌の色が変わる?!」というコピーがホラー調のフォントで印刷されている。

 蓮の受け取りを待つ紬の顔は相変わらずの笑顔だ。
 おっとりしてるとか、癒し系だとか、そんな評判の彼女だが、蓮からしてみれば誰にでも見せるその笑顔が面白くない。
 
 物心ついた時から隣に住むこの幼なじみは年上のくせに頼りなくて、放っておけなくて、なのにいざというときにはお姉さんぶる。そんな紬が昔は苦手だった。

 中でも一番イライラしたのは、平等に変わらない優しさだった。その理由を探っているうちに、これは恋なんだと気づいてしまった。

 だけど気付いたところで、どう接したら良いのかわからない。
 素直な態度になれるきっかけもないし、今はこの関係を壊したくない。
 情けないけど、それが第一だったりする。
 
「いらない。なんか体に悪そうだし」
「えーっ! 蓮くん健康志向だっけ? そんなの気にしないで食べようよ。たまになら問題ないよ」
 
 ジャンクフードは好きだし、健康志向というわけでもない蓮だが、特に食欲はそそられない。
 どうせなら俺の好きなアイスを買ってきてくれれば良かったのに、などと言いかけて口をつぐむ。

 こういう子どもっぽい性格をあとから思い出し、率直な礼を言えない自分に後悔するのも、いつものことだった。
 しゅんと目に見えてつまらなそうな顔になる紬も見慣れたものだ。どうしていまだに自分の部屋に来るのか蓮にはわからない。

 もしかしたら……という期待はあるけど、紬も俺のこと好きなの? なんて聞いて、気まずくなるのが嫌で、ここ数年ずっとこんな感じだ。

「絶対楽しいのに……。早く食べないと溶けちゃうんだからね」
「いいよ。紬が二個食べれば?」
「もう、可愛くなーい!」
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