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盲目乙女は拗らせ剣士に愛されたい
9.私を見て
しおりを挟む海沿いの街で過ごす事、はや一ヶ月。
次の討伐対象である魔物が発生するまでの間は、たまに近くに出る魔物を狩ったり、魔物除けである結界石の確認をしている。それに加えて、クロウは子どもたちや志望者に剣を。キアラは魔法を指南したり、それぞれ別に過ごす事が多い。
特に最初は尻込みしていたものの、元々人好きのするキアラは町の人々に早く溶け込んで、毎日誰かしらと話をする時間が多かった。二人で過ごすのは朝と夜の食事くらいで、家にいた時の方が一緒に過ごせた時間は長い。少し寂しさを感じつつも町の人はみんな親切でとても楽しいし、キアラは充実した日々を送っていた。
一つ気になるのは、家にいる時よりクロウの表情が柔らかい気がする。しかもキアラにではなく、町の人に対して。滅多に見せない笑顔を女の子にも向けたりして、それがとにかく面白くない。そうやってクロウを観察していると、いつも気にしないフリをしているモヤモヤにぶち当たる。
「本当やだなあ……」
そう呟いたキアラは、つい両手で目を覆う。魅了するどころか、この目のおかげで嫌われるなんて、本当に馬鹿みたいだ。
◆◇
夕暮れ時、宿近くの路地で数人と話していたクロウが、少し離れたところから視線を感じて顔を上げると、宿の共用バルコニーからこちらを見てるキアラがいた。
ここのところ、キアラの視線が何かおかしい。町人と接する時や食事中は特に変化は見当たらないが、たまにぼんやりとクロウを眺める視線だけ、どこか違和感を覚える。何かあったのか聞いても、何もないよとしか返ってこない。
「どうした? クロウ」
「なんでも……いや、ごめん。また明日」
話していた相手に背を向け走り出したクロウは、途中すれ違う人々や障害物を器用に避けながら、全速力で宿に向かった。
「キアラ」
キアラに気付いたクロウが突然走り出し、しかも向かう先が宿と分かった彼女は、まずその速さに驚いた。路地からあっという間にたどり着いて肩で息をするクロウに駆け寄ったキアラは、慌てて飲んでいた水を渡した。
「どうしたの?! びっくりしちゃうよ」
大丈夫? と覗き込んだキアラの腕を掴んだクロウは一気に水を煽る。
「少し話そう」
そう一方的に告げ、顎に伝う雫を雑に拭う。驚いているキアラを強引に引いて、そのまま宿の自室へと足を向けた。
初めの宿以来、ずっと別の部屋で過ごしている。何やら緊迫しているようなクロウの雰囲気よりも、彼が過ごす部屋へ入るということに、キアラはやたらと緊張してしまう。家にいる時だって、クロウの部屋に入ったことは数えるくらいしかない。
「お邪魔します……」
そっと部屋に足を踏み入れたキアラを先にベッドに座らせて、クロウも隣に腰を下ろす。ここで毎日クロウが過ごしていると思うと、どうしてもキアラの胸は高鳴り、出来ることなら今すぐこのベッドに寝転びたいと、湧き出る欲望をぐっと抑えた。
「椅子が一つしかないから、ごめん」
「あ、私の部屋から一つ持ってこようか?」
「いや、いい」
そっか……とソワソワしているキアラにどう切り出すか、しばらく考えていたクロウだったが、悩んでも仕方ないと口を開く。
「あのさ、何度も聞いてるけど……。最近変だけど、何かあったのか?」
「んー、何も……」
はぐらかそうと体を少し離したキアラの肩を掴んで固定するクロウの顔は真剣そのもので、そんな顔をされると、キアラは拒否することが出来なくなる。
「何も? そういうの嫌なんだ。なんか変だ」
気にして欲しい事は躱すくせに、聞いて欲しくない事には詰め寄ってくる。狡いと思いつつ、好きな人に気に掛けられる事は嬉しい。複雑な気持ちでキアラは俯いた。
「だって……喧嘩したくないから」
「喧嘩? どう言う事だ?」
言うまで離さないといった雰囲気のクロウに観念して、キアラは小さく唸る。
こんなこと言わせないでほしい。いつだって負担になりたくないのに。
「……兄さんて、人の目を見る方だよね」
「普通だと思うけど……」
「うん、普通なんだよね。でも、私の目は見てくれないよね? 見てもすぐに逸らすよね」
「それは……」
意識的に避けていた自覚のあるクロウが言葉に詰まるのを見て、わかってたとはいえ、ああやっぱりと落胆したキアラは力なく笑ってしまう。
「わかってるよ。信用してないんでしょう? もうずっとあんな力使ってなくて……使い方なんか、忘れちゃったよ……」
「ごめん」
肩を掴んでいた手を離して、クロウは体の向きを変えた。今度はキアラが詰め寄るが、やっぱり彼はキアラの目を見てくれない。
「なんで謝るの? 見てよ。ねえ、ちゃんと見て。こんな目じゃなければ見てくれた? 妹じゃなくて、私のこと見てくれた?」
じわりと水滴がクロウのシャツに染みを作る。それでもやっぱりキアラの目を見ることは出来ないクロウは、目線を下に向けたまま口を開いた。
「あのさ、キアラ」
ふいに真剣なトーンで名前を呼ばれて、キアラの胸が騒つく。その先は何となく聞きたくない。
「僕たちは兄妹だ」
「なんで? 私、妹じゃないよ……」
クロウの声に、心臓がどくりと大きく跳ねた。きっぱりと断言されるのは慣れてるはずなのに。いつもとどこか違う声音に、一段とキアラの心が細る。
「妹だ」
「違う、違うよ。なんでダメなの? 妹なんてもう嫌だよ」
「キア……」
「やだ、ねえ、嫌。なんで? やだよ……私だけ見て。私にだけ笑って」
何やら様子がおかしい。キアラの目を、つい見てしまったクロウの背筋に緊張が走った。直感的にまずいと本能が警笛を鳴らす。だけど仄暗い目をしたキアラはクロウを逃すまいと、両手で顔を包んで戸惑う目を覗き込んでくる。
強い光を放つ瞳の色がいつもと違う。そうクロウが気付いた時には頭に靄がかかったようになり、くらりと視界が揺らめいた。だけどその瞬間、我に返ったキアラに突き飛ばされ、同時に感覚が戻ってくる。さっきまでクロウにのしかかっていたキアラを見ると、青い顏をして震えながら口元を押さえている。
禍々しいほどの色彩を放っていた瞳をクロウが一瞥すると、キアラの瞳は髪にある明るい石と同じ色に戻っていた。
一瞬。たった一瞬の出来事だったけども。
「お前っ……今……!」
「ご、ごめんなさ……私、わざとじゃ……」
キアラは魅了の魔眼を使ってしまった。
「使い方を忘れてたのは本当だよ。まさか兄さんに……ごめんなさい、ごめんなさい!」
ただクロウを独占したい、そう強く思ってしまっただけで、キアラ自身もどうやって使ったのかわからない。彼女に分かるのは、クロウが今まで見たことないくらいに怒りを露わにしていることだった。初めて会った時より、もっと強い嫌悪を感じる。取り返しのつかない事をしてしまったキアラは体の震えが止まらない。
「ごめんなさい……私、ただ兄さんに笑ってほしかったの。私を見てほしかったの」
泣きじゃくるキアラを放って部屋を出たクロウを追いかける事も出来ず、そのまま気付いたら眠ってしまっていた。キアラが目を覚ましたのはすっかり夜中だったが、まだクロウの姿はない。
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