【完結】引き篭もり娘は、白銀の天使様を崇めたい

ドゴイエちまき

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3.アシュリーの事情

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 アシュリーに案内されて到達した家は比喩ではなく、本当に町の外れだった。むしろ静かな森の入り口に位置している。ただでさえ肌寒い季節の中、森の側はより一層涼しく、シルヴィスは再びフードを被り直す。

「森だな……」

 身も蓋もないそのままの感想にアシュリーはびくりと体を緊張させ、恥じるように小さく縮こまっていく。


「はい、ほぼ森ですね。やはり賑やかな街中の方がお好きですよね。すみません……」 

「いや、森は好きだな。以前住んでいたことがある」


 木と土の香る空気を吸い込んだシルヴィスは、どこか懐かしむような目で、森の景色をゆっくりと見渡す。その様子に軽く調子を取り戻したアシュリーは嬉しく顔を綻ばせるが、相変わらず長い前髪で口元しか見えない。
 

「よかった…! 私も森は大好きです! 静かで、動物たちは可愛いですし、ご飯も沢山ありますすし」

「ご飯……?」 

「はい、果物も肉もあります! 鹿も猪もいますから!」

「そ、そうか……逞しいな」


 たしかに木の実や果物は理解できるが……。この細腕で、少し背丈はあるけども、どちらかというとアシュリーは、全体的に体が薄い。特に体格も良くない娘が野生動物を肉扱いするのかと、シルヴィスは面食らってしまった。

 それでも罠さえあればどうにかなるんだろうと、勝手に納得したシルヴィスに向かって、アシュリーはどうぞと、テーブル代わりの大きな切り株を手で案内した。側には年季の入った木製の椅子がある。


「ちょうど昨日処理した猪肉があるので、ご馳走しますね!」

「いらな……」


 シルヴィスが全て言い終わる前にアシュリーはまた走って、家の中に入ってしまった。彼女の言う通り走ることは最早、癖になっているらしい。

「さっき食べたばかりなんだが……」


――しかも肉は嫌いだ。


 伝えた方が良いとは思いつつも、会ったばかりの他人の家に勝手に入ることを躊躇してしまう。
 ほんの数分。迷っているうちに大皿を持ったアシュリーが勢いよくドアを開けて、これまた勢いよくテーブルの上へ持っている皿を置いた。大雑把らしい彼女の所作は、いちいちうるさい。

 そして皿の上には、二人分にしてはなかなか結構な量の焼いた肉が乗っている。 


「早過ぎないか……?」

「薄く切ってある肉を焼いて、塩をかけただけですから」
 

 確かに野菜もなければ、ソースの類も見当たらない。大皿にはただ焼いた薄肉が載ってある。


「実はさっき昼食を食べたところなんだが」

「えっ……そ、そうなんですか? で、でも! お肉はメインでもありますが別腹でもいけますし! 少しでもいかがでしょう……?」


 そういえば先程シルヴィスとぶつかった場所はちょうど食堂の前だったと思い当たり、アシュリーは絶望的な顔をした。それでもなぜか諦めずにおかしな自論をぶつけてくる。
 勿論そんな理屈、シルヴィスには通用しない。


「肉が別腹……? 初めて聞いたぞ」

「お肉ならいくらでも食べられます! シルヴィスさん、さあ、どうぞ! こちらは昨日捌いたばかりの新鮮な猪肉です!」




 そうして冒頭に至る。というわけである。




 シルヴィスの手により、口に突っ込み返された肉を食べ終えたアシュリーは、次々と大皿の肉を口に運ぶ。なんとも平然とした顔で、よく噛んでは胃に収めていく。

 特に小柄という訳ではないが、それでも決してアシュリーは大柄ではない。どこにこれだけの肉が入っていってるのか……シルヴィスは呆気に取られて、つい食事をする彼女を眺めてしまう。


「あ、そうだ! 少々お待ち下さいね!」


 そう言って家の裏手に駆けていったアシュリーは手にたくさんの赤く熟れた実を抱えて、すぐさまパタパタとテーブルへ戻ってきた。


「もぎたて新鮮野菜です! これなら食べられますか?」

「あ、ああ。まあ……」

「よかった……やっとお礼が出来ます」


 渡された大ぶりな赤い実を一つ眺めて、雑な礼もあったもんだと、シルヴィスは呆れたように目を半分に細めているが、鈍感なアシュリーは気づかない。

「おいしいですよ、自信作です。あ、お口に合うかはわかりませんが……」


 自信満々の顔をした後、なぜかアシュリーは自分で否定をしてシュンと目を逸らしてしまう。
 

「鬱陶しい。自信があるなら、卑下する必要はないだろう」

「そ、そうですけど……でも私なんか……」  

「自信作だから礼にくれたんじゃないのか?」

「す、すみません……」


 シルヴィスとしては怒っているつもりはない。むしろ励ましているつもりだったが、アシュリーはしょんぼりと落ち込んでしまったようだ。

 なぜそれほど自信がないのかシルヴィスにはさっぱりわからない。けれども、まずこの見た目はいただけないのではないかと、彼はそう思い至る。


「おい、お前。こっちへ来い」

「アシュリーですってば……」

「どうでもいい、来いと言っている。早くしろ」

「な、なんですか! 美形だから許される俺様なんですか?!」


 アシュリーは警戒しているのか、一向に側に来ようとしない。痺れを切らしたシルヴィスは舌打ちをして立ち上がり、向かいに座る彼女の顎に指を添えて、ぐいと強引に上げる。

 驚くアシュリーに構わず、もう片方の手で少し強引に、顔を隠す金色の前髪を掬ってかき上げた。


「ひっ?!」 

「なんだ……見れる顔なのに、なぜ隠しているんだ? まずこの髪が鬱陶しい」


 少し驚いたように見つめるシルヴィスの赤い瞳に、自分の姿が映っているのを確認したアシュリーは、ぱっちりと丸い空色の瞳を更に大きくして、森中に響く奇声をあげてしまった。
 被害を被った小鳥たちが、バサバサと遠くへ避難する。それと同時にアシュリーもバタバタと、またおかしな動きでシルヴィスから距離を取る。

「うるさい……」

「ご、ごめんなさ……じゃなくて! いきなりなんですか?!」 

「なぜ顔を隠している?」

「あ……私、その、少し事情がありまして……あの、聞きたいですか……? 興味、あります?」


 ちらちらと、また前髪で顔を隠したアシュリーが興味を持ってほしそうに見やる。だが、その様子が逆にシルヴィスの天邪鬼を刺激する。そこまで聞いて欲しそうな態度を取られると、逆にどうでもよくなってくる。


「別に、そこまで興味はない」

「興味持ってくださいよ! そう言われると余計に話したくなりますよ!」 

「じゃあ話せばいいだろう」

「うっ……」



 どうせアシュリーの事情は町に知れ渡っている。
 
 もしシルヴィスが誰かに聞いたなら、すぐにバレてしまうだろう。
 悲しいことに、町人たちからあまり良く思われていない。それはアシュリー自身よく知っているので、そうすると変に尾ひれがついてしまうかもしれない。

 それなら自分の口から説明するのが良いかもしれない。アシュリーはチラチラとシルヴィスを見るが、彼は特に興味がないといった顔で、弾けそうな赤い実を齧っている。どうやらお礼は口に合ったみたいだと、アシュリーはホッと安心した。


「あの……私の父が……罪を犯しまして……」

「ふぅん」 

「もっと興味を持ちましょうよ?!」

「で?」 

「で、って……。それで、まだ赤ちゃんだった私を連れて、母は人目に付きにくい場所に家を移したのですが、やっぱり町の人からは良く思われてなくて、小さい頃はよくいじめられました……今は腫れ物のように扱われることが多いですが、なんとなく顔を見せるのが怖くて、目立たない格好で過ごしています」


 目立たない格好……。

 いやそれはないだろう。


 シルヴィスは改めて、ボサボサ髪と、継のある服を着たアシュリーを眺める。
 本当に目立ちたくなければ、違和感のない格好を目指すべきではないのだろうか。


「逆に目立つぞ、その格好。一度見たらなかなか忘れられん。ひどい意味でな」

「えっ?! そんなぁ……」

「罪を犯したのは父親だろう? お前は関係ないのだから堂々としてればいい。母親は?」

「関係なくはありません……いいんです、あまり町に行かなくても良いように、なるべく自給自足で生活していますし……母は二年程前に他界しました……」

「一体何の罪なんだ? それほど重いのか?」

「あ、それは、あの……勇者様……」

「勇者?」


 アシュリーから出た単語に、シルヴィスが一転して興味を持つ。勇者と慕われる男がいるこの国の者なら、当たり前の反応である。
 

「はい。ずいぶん前の話ですが、勇者レオ様を誘拐した研究組織に父が所属してまして……それで……」

「なんだと……? お前はその組織の、研究員の娘か?」

「はい……父はその事件の後、即極刑になりました。レオ様は、私はお会いしたことないんですけど、とても素晴らしい方だとお聞きしています」


 ちらりと髪の隙間からアシュリーがシルヴィスを見ると、彼は真底驚いたように目を開いて、彼女を凝視している。
 

「どうされましたか……?」 

「あ……いや、なんでもない……」


 急に考え込むような素振りをしたシルヴィスに、アシュリーの心が焦る。

 勇者レオと言えば、この国で知らない者はいない。伝説の剣を扱う彼は超人的な身体能力で国の危機を救い、人柄も明るく、素晴らしい人物だとアシュリーは噂で聞いている。
 この国に住む者なら、誰だって好意的な目で見る人物だ。

 対して、アシュリーが顔も見たこともない父が所属していた反逆組織は、事もあろうに、その勇者の驚異的な身体能力を利用しようと拉致を企て、恐ろしい実験を計画していたらしい。 

 実験の詳細は国家の機密事項らしく、一般人には知らされていない。なのでアシュリーは父の犯した罪の詳細を知らない。ただ、拉致という悪いことをした人物ということはわかる。

 やっぱりシルヴィスも、あまりにも罪深い犯罪者の娘とは話もしたくないのだろうか。

 自分の知らないところとはいえ、血の繋がった肉親が犯した罪にアシュリーは改めて罪悪感と、シルヴィスに嫌われたかもしれない痛みを同時に感じてしまう。

 人に嫌われるのは今更だけども、それでも初対面のアシュリーの怪我を治し、親切にしてくれたシルヴィスには嫌われたくない。彼女はちらちらと白い彼に視線を移す。


「やっぱり……シルヴィスさんも私を軽蔑しますか?」

「……いや、お前は関係ないだろう。お前の父親がやったことだ」

「本当に、そう思いますか?」 

「なぜ私が嘘をつかないといけない?」

「だって……シルヴィスさんもこの国の人でしょう? この国の人はみんな、レオ様を慕っているから……」 

「私は勇者なんかどうでもいい」


 頬杖をついて心底興味なさそうに、肩まである髪を弄るシルヴィスにアシュリーは少し、いや、かなり驚いてしまった。この国にいて、そんな事を言う人がいるとは思わなかった。


「そ、そうなんですか……?」 

「どうせ過去のことだ。今は平然としているだろうしな。お前は悪くない。気にするな。それより、その見た目を気にしろ」
 

 シルヴィスが改めてアシュリーの頭から爪先まで眺めて、わざと大袈裟にため息をついて見せる。


「優しいんだか酷いんだか、わからないです……」 

「助言してやってるんだ。優しいだろう?」

「……そうかもですね」


 なぜか得意げに胸を逸らすシルヴィスの態度がまるで子どものようで、アシュリーは思わず笑ってしまった。

「そういえば、シルヴィスさんはおいくつなんですか? 私は十九になりました」

「さあな、想像に任せる」

「ひ、秘密ですか?! そうやってまたミステリアスな魅力を倍増させる気ですか?!」

「……本当におかしな女だな」


 何にそこまで反応したのかシルヴィスには到底理解できないが、一人で興奮するアシュリーに突っ込むのも億劫で、しばらく放っておくことにした。
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