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6.目立ちたくないのです
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嬉しそうに腕にしがみつく小柄なキアラは、少し高い位置にあるアシュリーの顔を見上げる。そして何かに気付いたかのように、じっと金髪の隙間から覗く空色の瞳を眺めた。
当のアシュリーといえば、憧れの『友人とのスキンシップ』というシチュエーションに、頬がゆるゆる緩んでいる。その嬉しそうな顔にキアラもついニコニコしてしまい、どうやら馬が合うようだ。
「あのね、どうして顔を隠しているの? アシュリーちゃんの瞳、すっごく綺麗。空の色みたい」
「あ……それは、その……」
「あ、ごめんね。何か事情があるんだよね? 私、すぐに踏み込んじゃうの」
「いえ……」
出会ったばかりのキアラに、聞かれてもいない事情を話すわけにはいかない。アシュリーが周りの景色に瞳を彷徨わせていると、隣からシルヴィスが呆れた様な視線を送る。
「隠さず言えばいいだろう。目立ちたくなくて、その格好をしていますと」
「シルヴィスさん!」
「え……」
ツンと顔を背けるシルヴィスにアシュリーが慌ててて叫ぶ。するとキアラだけでなく、無感動な顔で立っているクロウからも、驚きの声が漏れた。あまり感情を露わにしないクロウは少し近寄り難さを感じるが、彼は常にこの様子らしい。
「逆に目立つんじゃないか?」
「うん、そうだよね。私も……そう思う……」
「えっ?! ど、どこが?!」
「だって……顔を隠してたら、余計に気になっちゃうよ」
「目立ちたくないのなら、ありふれた格好をした方が良いのでは……」
愕然としたアシュリーを見て、少し言いにくそうにキアラが口を開くと、クロウもすかさず同意する。
「そ、そういうものなんでしょうか……」
シルヴィスに指摘された時もこの格好に少し疑問を抱いたアシュリーだったが、それでも、顔を隠すこと、華美な格好を避けることが、目立たない姿だと信じていた。なのに、三人からそう言われると、途端に自信を失ってしまう。ちなみにアシュリーの母も同じタイプだった。
「あのね、アシュリーちゃんが嫌じゃなければ、髪を切ってみない?」
「髪……ですか」
髪を切るとなると、当然店に行くことになる。美容関係の職人は当たり前に着飾り、身綺麗で、なんだかキラキラした人種だと、アシュリーはそう認識している。
人の目も、コミュニケーションもあまり得意でないアシュリーはとにかくお洒落な人や場所が苦手だ。そんなキラキラした職人がいるお店に行くだなんてとんでもない! と思わず体が拒否してしまう。
先ほど出来たばかりの友人の提案を無下にするわけにもいかない。なんと答えるべきかぐるぐる考えていると、うずうずと好奇心溢れる瞳のキアラが、アシュリーを覗き込んできた。
「うん、そんなに綺麗な瞳、隠すなんて勿体ないよ。よかったら私が切ってあげる! あのね、クロウの髪は私が切ってるの」
「それはすごいですね」
「だって、好きな人に他の人が触るなんて、嫌でしょう?」
「はあ……」
同意を求められてもアシュリーには今ひとつピンとこない。たしかに異性が恋人に触れるのは不快だろうが、職人が髪を切るだけなら別に構わないのでは……。
きょとんと当たり前のように首を傾げているキアラはきっと価値観が違うのだろうと、空気を読んだアシュリーは、突っ込むのをやめておいた。
「いい機会だ。ついでに服も替えろ。記念に買ってやる」
「いえ、それは……」
「そうしよう! アシュリーちゃん、髪も綺麗だし、すらっとしてるし、きっとなんでも似合っちゃうよ!」
側にあった衣類店を指すシルヴィスにしどろもどろと瞳を彷徨わせたアシュリーだが、張り切るキアラは腕を離してくれない。もちろん言い出したシルヴィスを見ても、目で早く行けと促される。
昔は母の陰に隠れるように何度か服を買いに出たこともあるが、その時の店員の態度もよそよそしく、何となく歓迎されていないことを感じ取ってしまった。それもあって、なるべく人目につきたくないアシュリーは、まさに数年ぶりに衣類店へ足を踏み入れた。
◆◇
久方ぶりの衣類店は店員も、中にいる人たちも、予想通りみんなキラキラしている。アシュリーは眩む頭を振り切って、なんとか足を踏ん張った自分を自画自賛することで、ぐっと意識を保たせる。
白と木で統一された店内は、あまり広くはない。すっきりとシンプルで可愛らしい衣類と、小物が並べられていて、心なしか良い匂いもする。
「わ~! このお店可愛いね~!」
目を輝かせたキアラは、固まるアシュリーの腕を引いて何の躊躇もない足取で、ずんずんと店内を進んでいく。来店に気付き、接客の挨拶をかけようとアシュリーを見た若い女性店員はぎょっと目を開き、少し後退った。
前髪で顔を隠しているおかげで陰気なアシュリーに、店内にいた幾人かの人々も騒然とし始める。偶然立ち寄った事情を知らない旅人でさえ、目立つ出立ちに、ぎょっと目を剥いている。
「ひぇ……私やっぱり、来てはいけなかったのですね……」
「うーん、ちょっと個性的だから……でも! アシュリーちゃんに似合う服を着たら、きっと違う意味で目立っちゃうから!」
「め、目立ちたくないです……」
この目立つ出立ちで何を言ってるんだ。事情を知らないクロウと、事情を知っているシルヴィスもそう思ったが、突っ込まないことも優しさだろうと、二人は敢えて知らんふりをすることにした。
戸惑うアシュリーとは別に、キアラは並べられている服を楽しそうに物色していく。
アシュリーは店内をこっそり見渡してみたが、思っていたよりも嫌悪の視線を感じない。ここ数年で、もう町人たちの中でも過去のことになっているのだろうか。それとも、アシュリーを苛めていた子供たちも大人になり、もうそんな事どうでもよくなっているのだろうか。関わりを持ちたくない身としては、忘れてくれていた方が良い。
それでも積極的に接客に来る店員はいなくて、緊張するアシュリーとしては逆にありがたかった。
「ね、どんなのが好き?」
「私は……特に、なんでも」
一向に服を選ばないアシュリーにキアラが意見を求めるが、どれと言われても、特に身なりに気をつけてこなかった彼女には、いまいちわからない。
そもそも可愛らしい服を自分が着ても似合いっこないと、まず卑下から入ってしまう。そんな歯切れの悪いアシュリーに、少し迷ってからキアラが顎に指をあてて考える。
「じゃあ私が決めちゃってもいい? アシュリーちゃんはミニよりロングだと思うんだよね。ね? クロウもシルヴィスも……」
意見を求めるように振り返ったキアラの動きがピタリと止まったので、アシュリーも彼女が振り向いた先に視線を動かしてみる。すると、なぜか真剣にワンピースを物色しているクロウと、退屈そうに壁にもたれるシルヴィスが目に入った。
そして女性が主な店内で、精悍なクロウと、中性的なシルヴィスは十分な視線を集めている。
見目麗しい二人だからそれはまあ当然のことだろうと、そう思いながらも、全く目線を気にしない彼らにアシュリーはある意味、尊敬の念を覚えた。
それにしても大人しくなったキアラが気になり、アシュリーが今度は隣の彼女に目線を移すと、不機嫌そうに頬を膨らませている。さっき好きな人を誰にも触らせたくないと宣言したキアラは、相当にやきもち焼きなのかもしれない。
「えっと……彼氏さんが格好良いと大変ですね」
美形は下心云々の前に、とにかく好奇の視線を集める。それは仕方がないことだし、アシュリーだってシルヴィスの顔はずっと見てても飽きないと思っている。
例外はあれど、人は美しいものに惹かれるものだ。そんなことをしみじみ思っていると、キアラが眉を吊り上げたまま、勢いよくアシュリーを振り返り、少し膨れがちに不満を露わにした。
「そうなの! クロウってば世界一格好良いでしょう?! だから本当は誰にも見せたくないの!」
「それは……その、過激ですね」
世界一かどうかはアシュリーにはわかり兼ねる。だが反発するのも失礼かと思い、ここはとりあえず流しておいた。
「キアラ」
同意を求めるキアラに少し引き気味のアシュリーが対応していると、話題の主が現れた。彼は当たり前のようにキアラを自分の元へ引き寄せ、優しく目元を緩ませる。無感情に見えるクロウだが、キアラを見る表情だけはやたらと甘い。そのギャップにアシュリーは思わず感心してしまう。よく見ると、クロウの手には一着の白いワンピースが抱えられている。
「これ、絶対似合うから。着て欲しい」
「可愛い! いいの?」
「勿論。妻が可愛いと僕も嬉しい」
人目も憚らず小柄なキアラを抱きしめ、桜色の頭にキスを送るクロウに、店内からまた先程とは違う視線が集中する。赤くなって恥ずかしがるキアラもどこか嬉しそうで、満更でもない様子だ。
二人が恋人ではなく、夫婦だということに驚いたアシュリーだったが、それより正直、近くにいるのが憚れて少し距離を置いてしまう。そういうことは、もっと人目に付かないところでやってほしい。思わず壁際のシルヴィスに助けを求めると、彼はイチャつく二人を一瞥して舌打ちをする。
「かなり鬱陶しいが、あいつらはあれが通常運転だ」
「そ、そうなんですね。あの、私はどうすれば良いのでしょう……」
チラリと再びキアラに視線を移すと、彼女はクロウが選んだワンピースを嬉しそうに手にしている。今この状態でキアラに服選びを任せるのはなんだか野暮な気がして、アシュリーはオロオロ戸惑ってしまう。でも大好きな彼が選んでくれた服は、キアラにとって特別なものに違いない。そう思うと、少し羨ましくもある。
「……私も、シルヴィスさんに選んでほしい」
ぽつりと、つい無意識に願望が零れ出てしまい、自分の発言に驚いたアシュリーは慌てて口を押さえてしまった。横目でシルヴィスを確認すると、壁にもたれて腕を組んでいた彼もまた、驚いた顔をしている。
「どうして私が?」
「あ、いえ! 私は、あまりよくわかりませんし、選んで頂けると嬉しい、かな……と」
少し期待をしながらアシュリーがもじもじ下を向いていると、面倒そうに舌打ちしながらもシルヴィスはもたれていた壁から背を離し、側にかけてある服を物色し始めた。
「選んで、くれるんですか?」
「期待はするなよ」
「嬉しいです! ありがとうございます。やっぱり シルヴィスさんは、私の天使様です!」
胸の前で手を組んで、打ち震えるように喜びを表すアシュリーにちらりと目を向けたシルヴィスは、継のある服と、髪の間から覗く丸い空色の瞳を眺める。もう天使発言は放置しておく。
アシュリーは出で立ちがひどいだけで、元は悪くない。きっと、それなりの服を着て、長い前髪を切れば、それだけで嘘のように見違えるだろう。
そして自分の選んだ服で、この野暮ったい彼女が変わると思うと少し心が躍る気がしたが、表情には出さず、シルヴィスは再び無言で数枚の衣類と向き合った。
しばらく悩んだ後シルヴィスが示したのは、薄い空色のワンピースに白いエプロンがセットになった、膝より少し下丈の可愛らしいものだった。
丸みのある襟はやや大きく、後ろから見るとセーラータイプ。襟元には共布の細いリボン、裾が小さなフリルになった清楚なエプロンの上からも、ベルトの代わりに空色のリボンを結ぶようになっている。
「か、可愛い。こんなに素敵な服、私に似合うのでしょうか……」
「似合わせろ」
「強引!!」
あわあわと絶望的な顔をするアシュリーはおそらく、いつも自分の顔すら見ていないと思われる。
やっぱりこの前髪が彼女から全てを遮断していると判断する。シルヴィスはまたもや無断で菜の花色の前髪を掬い上げて、空色の瞳と目線を合わせた。そうして、驚いて固まる丸い瞳に、吸い寄せられるように顔を近づけた彼は、至近距離で少し悪戯っぽく微笑む。
「……きっと似合う。今すぐ着てみろ」
こくこくと高速で頷き、逃げるように試着室へ駆け込んだアシュリーは何が起きたのか、なかなか認識することが出来ず、ただシルヴィスのどこか得意げな笑顔だけが頭を離れない。
試着室に入ったものの、しばらく鏡にもたれ、背中に感じる鏡の冷たさで火照った頭を冷ますように、少しの間、動けずにいた。
当のアシュリーといえば、憧れの『友人とのスキンシップ』というシチュエーションに、頬がゆるゆる緩んでいる。その嬉しそうな顔にキアラもついニコニコしてしまい、どうやら馬が合うようだ。
「あのね、どうして顔を隠しているの? アシュリーちゃんの瞳、すっごく綺麗。空の色みたい」
「あ……それは、その……」
「あ、ごめんね。何か事情があるんだよね? 私、すぐに踏み込んじゃうの」
「いえ……」
出会ったばかりのキアラに、聞かれてもいない事情を話すわけにはいかない。アシュリーが周りの景色に瞳を彷徨わせていると、隣からシルヴィスが呆れた様な視線を送る。
「隠さず言えばいいだろう。目立ちたくなくて、その格好をしていますと」
「シルヴィスさん!」
「え……」
ツンと顔を背けるシルヴィスにアシュリーが慌ててて叫ぶ。するとキアラだけでなく、無感動な顔で立っているクロウからも、驚きの声が漏れた。あまり感情を露わにしないクロウは少し近寄り難さを感じるが、彼は常にこの様子らしい。
「逆に目立つんじゃないか?」
「うん、そうだよね。私も……そう思う……」
「えっ?! ど、どこが?!」
「だって……顔を隠してたら、余計に気になっちゃうよ」
「目立ちたくないのなら、ありふれた格好をした方が良いのでは……」
愕然としたアシュリーを見て、少し言いにくそうにキアラが口を開くと、クロウもすかさず同意する。
「そ、そういうものなんでしょうか……」
シルヴィスに指摘された時もこの格好に少し疑問を抱いたアシュリーだったが、それでも、顔を隠すこと、華美な格好を避けることが、目立たない姿だと信じていた。なのに、三人からそう言われると、途端に自信を失ってしまう。ちなみにアシュリーの母も同じタイプだった。
「あのね、アシュリーちゃんが嫌じゃなければ、髪を切ってみない?」
「髪……ですか」
髪を切るとなると、当然店に行くことになる。美容関係の職人は当たり前に着飾り、身綺麗で、なんだかキラキラした人種だと、アシュリーはそう認識している。
人の目も、コミュニケーションもあまり得意でないアシュリーはとにかくお洒落な人や場所が苦手だ。そんなキラキラした職人がいるお店に行くだなんてとんでもない! と思わず体が拒否してしまう。
先ほど出来たばかりの友人の提案を無下にするわけにもいかない。なんと答えるべきかぐるぐる考えていると、うずうずと好奇心溢れる瞳のキアラが、アシュリーを覗き込んできた。
「うん、そんなに綺麗な瞳、隠すなんて勿体ないよ。よかったら私が切ってあげる! あのね、クロウの髪は私が切ってるの」
「それはすごいですね」
「だって、好きな人に他の人が触るなんて、嫌でしょう?」
「はあ……」
同意を求められてもアシュリーには今ひとつピンとこない。たしかに異性が恋人に触れるのは不快だろうが、職人が髪を切るだけなら別に構わないのでは……。
きょとんと当たり前のように首を傾げているキアラはきっと価値観が違うのだろうと、空気を読んだアシュリーは、突っ込むのをやめておいた。
「いい機会だ。ついでに服も替えろ。記念に買ってやる」
「いえ、それは……」
「そうしよう! アシュリーちゃん、髪も綺麗だし、すらっとしてるし、きっとなんでも似合っちゃうよ!」
側にあった衣類店を指すシルヴィスにしどろもどろと瞳を彷徨わせたアシュリーだが、張り切るキアラは腕を離してくれない。もちろん言い出したシルヴィスを見ても、目で早く行けと促される。
昔は母の陰に隠れるように何度か服を買いに出たこともあるが、その時の店員の態度もよそよそしく、何となく歓迎されていないことを感じ取ってしまった。それもあって、なるべく人目につきたくないアシュリーは、まさに数年ぶりに衣類店へ足を踏み入れた。
◆◇
久方ぶりの衣類店は店員も、中にいる人たちも、予想通りみんなキラキラしている。アシュリーは眩む頭を振り切って、なんとか足を踏ん張った自分を自画自賛することで、ぐっと意識を保たせる。
白と木で統一された店内は、あまり広くはない。すっきりとシンプルで可愛らしい衣類と、小物が並べられていて、心なしか良い匂いもする。
「わ~! このお店可愛いね~!」
目を輝かせたキアラは、固まるアシュリーの腕を引いて何の躊躇もない足取で、ずんずんと店内を進んでいく。来店に気付き、接客の挨拶をかけようとアシュリーを見た若い女性店員はぎょっと目を開き、少し後退った。
前髪で顔を隠しているおかげで陰気なアシュリーに、店内にいた幾人かの人々も騒然とし始める。偶然立ち寄った事情を知らない旅人でさえ、目立つ出立ちに、ぎょっと目を剥いている。
「ひぇ……私やっぱり、来てはいけなかったのですね……」
「うーん、ちょっと個性的だから……でも! アシュリーちゃんに似合う服を着たら、きっと違う意味で目立っちゃうから!」
「め、目立ちたくないです……」
この目立つ出立ちで何を言ってるんだ。事情を知らないクロウと、事情を知っているシルヴィスもそう思ったが、突っ込まないことも優しさだろうと、二人は敢えて知らんふりをすることにした。
戸惑うアシュリーとは別に、キアラは並べられている服を楽しそうに物色していく。
アシュリーは店内をこっそり見渡してみたが、思っていたよりも嫌悪の視線を感じない。ここ数年で、もう町人たちの中でも過去のことになっているのだろうか。それとも、アシュリーを苛めていた子供たちも大人になり、もうそんな事どうでもよくなっているのだろうか。関わりを持ちたくない身としては、忘れてくれていた方が良い。
それでも積極的に接客に来る店員はいなくて、緊張するアシュリーとしては逆にありがたかった。
「ね、どんなのが好き?」
「私は……特に、なんでも」
一向に服を選ばないアシュリーにキアラが意見を求めるが、どれと言われても、特に身なりに気をつけてこなかった彼女には、いまいちわからない。
そもそも可愛らしい服を自分が着ても似合いっこないと、まず卑下から入ってしまう。そんな歯切れの悪いアシュリーに、少し迷ってからキアラが顎に指をあてて考える。
「じゃあ私が決めちゃってもいい? アシュリーちゃんはミニよりロングだと思うんだよね。ね? クロウもシルヴィスも……」
意見を求めるように振り返ったキアラの動きがピタリと止まったので、アシュリーも彼女が振り向いた先に視線を動かしてみる。すると、なぜか真剣にワンピースを物色しているクロウと、退屈そうに壁にもたれるシルヴィスが目に入った。
そして女性が主な店内で、精悍なクロウと、中性的なシルヴィスは十分な視線を集めている。
見目麗しい二人だからそれはまあ当然のことだろうと、そう思いながらも、全く目線を気にしない彼らにアシュリーはある意味、尊敬の念を覚えた。
それにしても大人しくなったキアラが気になり、アシュリーが今度は隣の彼女に目線を移すと、不機嫌そうに頬を膨らませている。さっき好きな人を誰にも触らせたくないと宣言したキアラは、相当にやきもち焼きなのかもしれない。
「えっと……彼氏さんが格好良いと大変ですね」
美形は下心云々の前に、とにかく好奇の視線を集める。それは仕方がないことだし、アシュリーだってシルヴィスの顔はずっと見てても飽きないと思っている。
例外はあれど、人は美しいものに惹かれるものだ。そんなことをしみじみ思っていると、キアラが眉を吊り上げたまま、勢いよくアシュリーを振り返り、少し膨れがちに不満を露わにした。
「そうなの! クロウってば世界一格好良いでしょう?! だから本当は誰にも見せたくないの!」
「それは……その、過激ですね」
世界一かどうかはアシュリーにはわかり兼ねる。だが反発するのも失礼かと思い、ここはとりあえず流しておいた。
「キアラ」
同意を求めるキアラに少し引き気味のアシュリーが対応していると、話題の主が現れた。彼は当たり前のようにキアラを自分の元へ引き寄せ、優しく目元を緩ませる。無感情に見えるクロウだが、キアラを見る表情だけはやたらと甘い。そのギャップにアシュリーは思わず感心してしまう。よく見ると、クロウの手には一着の白いワンピースが抱えられている。
「これ、絶対似合うから。着て欲しい」
「可愛い! いいの?」
「勿論。妻が可愛いと僕も嬉しい」
人目も憚らず小柄なキアラを抱きしめ、桜色の頭にキスを送るクロウに、店内からまた先程とは違う視線が集中する。赤くなって恥ずかしがるキアラもどこか嬉しそうで、満更でもない様子だ。
二人が恋人ではなく、夫婦だということに驚いたアシュリーだったが、それより正直、近くにいるのが憚れて少し距離を置いてしまう。そういうことは、もっと人目に付かないところでやってほしい。思わず壁際のシルヴィスに助けを求めると、彼はイチャつく二人を一瞥して舌打ちをする。
「かなり鬱陶しいが、あいつらはあれが通常運転だ」
「そ、そうなんですね。あの、私はどうすれば良いのでしょう……」
チラリと再びキアラに視線を移すと、彼女はクロウが選んだワンピースを嬉しそうに手にしている。今この状態でキアラに服選びを任せるのはなんだか野暮な気がして、アシュリーはオロオロ戸惑ってしまう。でも大好きな彼が選んでくれた服は、キアラにとって特別なものに違いない。そう思うと、少し羨ましくもある。
「……私も、シルヴィスさんに選んでほしい」
ぽつりと、つい無意識に願望が零れ出てしまい、自分の発言に驚いたアシュリーは慌てて口を押さえてしまった。横目でシルヴィスを確認すると、壁にもたれて腕を組んでいた彼もまた、驚いた顔をしている。
「どうして私が?」
「あ、いえ! 私は、あまりよくわかりませんし、選んで頂けると嬉しい、かな……と」
少し期待をしながらアシュリーがもじもじ下を向いていると、面倒そうに舌打ちしながらもシルヴィスはもたれていた壁から背を離し、側にかけてある服を物色し始めた。
「選んで、くれるんですか?」
「期待はするなよ」
「嬉しいです! ありがとうございます。やっぱり シルヴィスさんは、私の天使様です!」
胸の前で手を組んで、打ち震えるように喜びを表すアシュリーにちらりと目を向けたシルヴィスは、継のある服と、髪の間から覗く丸い空色の瞳を眺める。もう天使発言は放置しておく。
アシュリーは出で立ちがひどいだけで、元は悪くない。きっと、それなりの服を着て、長い前髪を切れば、それだけで嘘のように見違えるだろう。
そして自分の選んだ服で、この野暮ったい彼女が変わると思うと少し心が躍る気がしたが、表情には出さず、シルヴィスは再び無言で数枚の衣類と向き合った。
しばらく悩んだ後シルヴィスが示したのは、薄い空色のワンピースに白いエプロンがセットになった、膝より少し下丈の可愛らしいものだった。
丸みのある襟はやや大きく、後ろから見るとセーラータイプ。襟元には共布の細いリボン、裾が小さなフリルになった清楚なエプロンの上からも、ベルトの代わりに空色のリボンを結ぶようになっている。
「か、可愛い。こんなに素敵な服、私に似合うのでしょうか……」
「似合わせろ」
「強引!!」
あわあわと絶望的な顔をするアシュリーはおそらく、いつも自分の顔すら見ていないと思われる。
やっぱりこの前髪が彼女から全てを遮断していると判断する。シルヴィスはまたもや無断で菜の花色の前髪を掬い上げて、空色の瞳と目線を合わせた。そうして、驚いて固まる丸い瞳に、吸い寄せられるように顔を近づけた彼は、至近距離で少し悪戯っぽく微笑む。
「……きっと似合う。今すぐ着てみろ」
こくこくと高速で頷き、逃げるように試着室へ駆け込んだアシュリーは何が起きたのか、なかなか認識することが出来ず、ただシルヴィスのどこか得意げな笑顔だけが頭を離れない。
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