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第三十一話 王妃殿下の怒り
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この国はもうダメかも知れない、と王妃マリアは考えていた。
王妃は元々公爵令嬢であった。ハーピー公爵家ではなく、別の公爵家の娘である。
先代の王妃がハーピー家の者だったこともあり、別の家と縁を結ぼうと言って王子――今の国王と婚約し、嫁いで来たのである。
だから、これは噂話でしかないのだけれど。
ハーピー公爵家が謀反を企んでいる……夫である国王からそう聞かされていた。
マリアと夫の間に生まれた我が子、ハドムン王子はどこまでも愚かだった。
せっかく手をかけていた侯爵令嬢のグレースと婚約破棄をし、代わりにその義妹のジェイミーと婚約をするという第暴挙を行ったのである。
もちろん、グレース・アグリシエはすでに王妃教育を終えていた。そしてそれは国家機密なども多少は含まれており、だからこそ婚約破棄など言語道断。
しかしグレースはジェイミーを虐げたそうだ。最初はそれを聞いてマリアも驚きつつ納得したが、後でそれを後悔する。
調べてみればすぐにわかった。グレースの罪状は、全て冤罪であると。
そもそも平民上がりのジェイミーへ躾を行うのは義姉として当然の義務である。グレースはそれ以外、義妹を傷つけるようなことは何もしていないし言っていない。
これは侯爵家がグレースを追い出し、ジェイミーに嫁入れさせたいがための策謀だった。そして我が息子はまんまと騙されたのだと王妃マリアは知った。
「ハドムン。あなたには失望しました」
婚約者を嘘の罪で断罪し、教養もままならない女を妃に据えようとする。
そういうことでは、国家の安定を危惧した公爵家が謀反を起こすのも当然だった。ハドムン以外に後継者はいず、廃太子にすることすらできない。
国王夫妻は頭を抱えながらも、しかし、息子に委ねるしか実はなかった。
彼が改心してくれればまだ良かった。
しかしハドムンは次々に文官たちを辞めさせていった。皆、能無しだとそう罵って。
彼らがどれほど優秀な人材であったか、ハドムンはまるで理解していない。有能な人間を切り捨て無能な女をおいておく。これのどこが王太子にふさわしいのか。
マリアは正直、内心怒りに悶えていた。
「せっかく王家へ嫁いで来ましたのに、あの馬鹿息子のせいで……! これでは両親や弟にまで迷惑をかけてしまう。ハーピー公爵家に勝てるとは到底思いません。その前に、なんとかしなくてはっ」
実家の公爵家に迷惑をかけたくない。それが王妃の考えであった。
最悪、王家と縁を切って離婚してやろうか。ダメだ。マリアは政略結婚であれど夫を愛してしまったのだ。今更離婚などできない。
これでは八方塞がりだった。全て、ハドムンのせいだ。侯爵家のせいだ。
どうしてグレースのような少女を見捨てようなどと思えるのか。あれで歴代最速で王妃教育を終えた娘だというのに。魔法の才もあり、あの血は王家に欠かせないものだった。
息子へのどうしようもない怒りが湧き上がり、マリアは気がおかしくなりそうになる。
これからわたくしはハーピー公爵家によって夫ともども殺されなければならないのか。それだけは嫌だ。マリアは決めた。自らがハーピー公爵家との交渉に向かおう。ハドムンを廃太子にし、なんらかの方法で次の国王にハーピー公爵家の者を据えればいいのである。
そうと決まれば王族で年頃の女を探さなくては。そうだ、確か王弟には娘がいたはず。彼女とハーピー公爵家令息を結婚させれば。
マリアは慌てて自室を飛び出した。
「あなた! あなた!」
マリアは早速、夫に計画を話した。
国王は唸りながらもやがて頷く。「仕方あるまい。王家の破滅を防ぐにはそれしかないだろう」
そうしてすぐさま王弟殿下を呼び、話し合いを行うことに。
しかし――。
「たった今、王弟殿下が数日前から行方不明になっているとの情報が入りました」
マリアたちが呆気に取られたのは言うまでもないことである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王弟のジャンク殿下は三日前にお住まいを出てから戻らないらしい。
それを聞いてマリアは蒼白になった。そして次に湧いて来たのは激しい怒りだ。
――神はどこまでわたくしたちに無慈悲な行いをするのか。わたくしが一体何をしたというの。
「あなたたち、今すぐ王弟殿下を探しなさい! 三日のうちに見つけられなかった場合は……わかっていますね!?」
思わず声を荒げ、騎士たちを怯ませてしまう。
でもマリアには彼らを気遣う余裕などなかった。このままでは自分たちの命が危ないのだ。己と夫はなんとしてもこの危機から逃れなくてはならないし、馬鹿息子とはいえやはり守ってやりたいのが母心だった。
あのままグレースと結婚さえしていれば、そんなことは起きなかったのだ。
ハーピー公爵は彼女と親しかった。社交界の華と呼ばれていたグレース嬢は人気が高かったというのに。
「こんな事態を予想もできないハドムンはなんと情けないことか。……もう一度、厳しく叱りつけておかないといけません」
握り拳を固めた王妃マリアは、白いドレスを引きずりながら、今も嘘つき女とイチャイチャしているであろう愚息を叱り飛ばすために歩きだしたのだった。
王妃は元々公爵令嬢であった。ハーピー公爵家ではなく、別の公爵家の娘である。
先代の王妃がハーピー家の者だったこともあり、別の家と縁を結ぼうと言って王子――今の国王と婚約し、嫁いで来たのである。
だから、これは噂話でしかないのだけれど。
ハーピー公爵家が謀反を企んでいる……夫である国王からそう聞かされていた。
マリアと夫の間に生まれた我が子、ハドムン王子はどこまでも愚かだった。
せっかく手をかけていた侯爵令嬢のグレースと婚約破棄をし、代わりにその義妹のジェイミーと婚約をするという第暴挙を行ったのである。
もちろん、グレース・アグリシエはすでに王妃教育を終えていた。そしてそれは国家機密なども多少は含まれており、だからこそ婚約破棄など言語道断。
しかしグレースはジェイミーを虐げたそうだ。最初はそれを聞いてマリアも驚きつつ納得したが、後でそれを後悔する。
調べてみればすぐにわかった。グレースの罪状は、全て冤罪であると。
そもそも平民上がりのジェイミーへ躾を行うのは義姉として当然の義務である。グレースはそれ以外、義妹を傷つけるようなことは何もしていないし言っていない。
これは侯爵家がグレースを追い出し、ジェイミーに嫁入れさせたいがための策謀だった。そして我が息子はまんまと騙されたのだと王妃マリアは知った。
「ハドムン。あなたには失望しました」
婚約者を嘘の罪で断罪し、教養もままならない女を妃に据えようとする。
そういうことでは、国家の安定を危惧した公爵家が謀反を起こすのも当然だった。ハドムン以外に後継者はいず、廃太子にすることすらできない。
国王夫妻は頭を抱えながらも、しかし、息子に委ねるしか実はなかった。
彼が改心してくれればまだ良かった。
しかしハドムンは次々に文官たちを辞めさせていった。皆、能無しだとそう罵って。
彼らがどれほど優秀な人材であったか、ハドムンはまるで理解していない。有能な人間を切り捨て無能な女をおいておく。これのどこが王太子にふさわしいのか。
マリアは正直、内心怒りに悶えていた。
「せっかく王家へ嫁いで来ましたのに、あの馬鹿息子のせいで……! これでは両親や弟にまで迷惑をかけてしまう。ハーピー公爵家に勝てるとは到底思いません。その前に、なんとかしなくてはっ」
実家の公爵家に迷惑をかけたくない。それが王妃の考えであった。
最悪、王家と縁を切って離婚してやろうか。ダメだ。マリアは政略結婚であれど夫を愛してしまったのだ。今更離婚などできない。
これでは八方塞がりだった。全て、ハドムンのせいだ。侯爵家のせいだ。
どうしてグレースのような少女を見捨てようなどと思えるのか。あれで歴代最速で王妃教育を終えた娘だというのに。魔法の才もあり、あの血は王家に欠かせないものだった。
息子へのどうしようもない怒りが湧き上がり、マリアは気がおかしくなりそうになる。
これからわたくしはハーピー公爵家によって夫ともども殺されなければならないのか。それだけは嫌だ。マリアは決めた。自らがハーピー公爵家との交渉に向かおう。ハドムンを廃太子にし、なんらかの方法で次の国王にハーピー公爵家の者を据えればいいのである。
そうと決まれば王族で年頃の女を探さなくては。そうだ、確か王弟には娘がいたはず。彼女とハーピー公爵家令息を結婚させれば。
マリアは慌てて自室を飛び出した。
「あなた! あなた!」
マリアは早速、夫に計画を話した。
国王は唸りながらもやがて頷く。「仕方あるまい。王家の破滅を防ぐにはそれしかないだろう」
そうしてすぐさま王弟殿下を呼び、話し合いを行うことに。
しかし――。
「たった今、王弟殿下が数日前から行方不明になっているとの情報が入りました」
マリアたちが呆気に取られたのは言うまでもないことである。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
王弟のジャンク殿下は三日前にお住まいを出てから戻らないらしい。
それを聞いてマリアは蒼白になった。そして次に湧いて来たのは激しい怒りだ。
――神はどこまでわたくしたちに無慈悲な行いをするのか。わたくしが一体何をしたというの。
「あなたたち、今すぐ王弟殿下を探しなさい! 三日のうちに見つけられなかった場合は……わかっていますね!?」
思わず声を荒げ、騎士たちを怯ませてしまう。
でもマリアには彼らを気遣う余裕などなかった。このままでは自分たちの命が危ないのだ。己と夫はなんとしてもこの危機から逃れなくてはならないし、馬鹿息子とはいえやはり守ってやりたいのが母心だった。
あのままグレースと結婚さえしていれば、そんなことは起きなかったのだ。
ハーピー公爵は彼女と親しかった。社交界の華と呼ばれていたグレース嬢は人気が高かったというのに。
「こんな事態を予想もできないハドムンはなんと情けないことか。……もう一度、厳しく叱りつけておかないといけません」
握り拳を固めた王妃マリアは、白いドレスを引きずりながら、今も嘘つき女とイチャイチャしているであろう愚息を叱り飛ばすために歩きだしたのだった。
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