公爵令嬢と聖女の王子争いを横目に見ていたクズ令嬢ですが、王子殿下がなぜか私を婚約者にご指名になりました。

柴野

文字の大きさ
9 / 20

9:クズ令嬢、脱走に失敗する。

しおりを挟む
「逃げましょう……」

 結婚が迫るある日のこと。
 私は、腹を決めました。

 逃げるのです。この部屋――監獄から脱走してしまう。
 ずっと躊躇っていたことでした。両親に迷惑になるからと、やらないつもりでしたけど。

 これ以上ここにいたらいけない。
 スペンサー殿下は私に優しくしてくれます。でも、でも……。

 やっぱり、嫌なんです。

 貴族が政略で結婚することが多いのも知っています。
 でも私は嫌。愛のない結婚は嫌です。

 だって愛のない人と、どうやって愛し合えばいいのでしょう。
 私はクズです。クズだから、スペンサー殿下とは釣り合えない。

 もちろん殿下が本当に立派な王子様とは正直思いません。
 が、仮にも王太子候補だったのです。それなりの教養があり、本来なら私のようなクズを娶る人ではないはずです。

 私は彼と不釣り合いなことを日々思わされ、愛さなくてはという無理な強迫観念に迫られ、もう心が限界でした。
 本当に申し訳ないとは思うのです。私を選んでくださった王子殿下にも、そして両親にも。
 ごめんなさい。でも私、やっぱり無理でした。

 没落子爵の娘は、その身分にふさわしい生き方をするべきです。
 決して、王子妃になる資格などあるわけがありません。私は公爵令嬢と聖女の王子争いを横目にするモブ、それでいいんです。

 殿下が例え私にどのような感情を抱いていても、王子妃になるべき方は他にいるのですから――。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 夜、城が静まり返っている時を狙って、部屋を抜け出すことにしました。
 本物の監獄とは違って頑丈な檻ではないので、施錠もすぐに解くことができるようでした。

 見張りの方もちょうどうたた寝をしています。こんなので城の警備は大丈夫なんでしょうかと少し心配になるのはさておき。
 この間に私は逃げ出してしまいましょう。行く先はどこかまだ考えていませんが、とにかく脱出するのです。
 城から脱出……どこからがいいでしょう。城の正門はダメでしょうし、裏門から……? しかしそれにしたって、城の門なわけですから、交代しながら見張りは常にいるはずですしね。

 どこか、城の窓のある部屋から飛び出すとかはどうでしょうか?
 私の部屋には小窓しかありませんでしたが、通り抜けられるくらいのサイズの窓があるはず。それを探せば、城の塀に飛び移って逃げ出せるかも知れない――。

 そんなのは、所詮甘い妄想でしかありませんでした。

「ダスティー、どうしたのかな?」

 突然、背後から当たり前のように声が聞こえてきて、私を抱き止めました。
 私は小柄というほどでもありませんが、うちが貧乏ですのであまりがっしりした体型はしていません。脇を抱えられると簡単に持ち上げられてしまいました。

「スペンサー、殿下……?」

「ダメじゃないか、勝手に部屋を出たりしたら。さあ、僕の可愛い可愛いダスティー、一緒に戻ろう」

 金色の髪、灰色の瞳。
 その方は間違いなくスペンサー王子殿下でした。しかしどうしてわざわざ、こんな時間に起きていらっしゃるのですか? そしてどうして私のことを。

「ダスティー、逃がさないよ。僕はずっと・・・君のことを見てるんだからね?」

 私は、この脱走劇の全容を知られていたことを知り、愕然としたのでした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 脱走に失敗した私。
 スペンサー殿下には昼夜、それこそ見張り以上の真剣さで見張られているに違いありません。想像するだけで寒気がしました。

「誰か……助けに来て……」

 呟いてみます。
 けれど、誰も来てはくださいません。当然です。私へ狂気的な溺愛を向ける殿下の目を忍んで助けに来てくださる方などいないでしょうし、私に助けるだけの価値があるとも思えません。
 道端に落ちているゴミ、それが私なのです。誰も気に留めやしません。

 私はもう、諦めてしまいました。
 逃げ出すこと、自分の心を大事にすることを。

 愛などなくてもいい。とにかく私は王子妃になる道しかない。
 それが誰も、私自身すら望んでいないとしても、殿下のご命令とあらば身を捧げるまで。
 無謀にも逃げようなどと思い立った自分が馬鹿でした。一度運命を受け入れたはずなのに、やはり自分の愛などというもののためにそれを無碍にしようとしたことを心から反省しています。

 私は、スペンサー殿下のもの。
 殿下に愛されながら、この人生を全うするのが宿命に違いありません。

「ねえダスティー、笑っておくれよ」
「ダスティー、嫌なことがあれば何でも言ってね」
「僕はダスティーを愛しているよ」
「ダスティーが悲しいなら僕が励ましてあげる。僕はダスティーの婚約者なんだからね」
「このドレスが似合うと思うんだ。ダスティー、着てごらん」

 殿下の言葉の数々に、ただ身を委ねて。
 私は殿下の人形。心など持たなくていい。こんなクズに心は入らないのです。
 ただ、従順に。ただ、笑顔で。己のできる精一杯で尽くし、並び立つことを恥じないように努力をし、笑顔を絶やさない。

 脱走に失敗したその日から、私はそう決めました。
 だからもう何も辛いことはありません。この小部屋の中で一生を終えたとしても構いません。

「殿下、私、幸せです」

 私が真に慕っている方が別の方でも、私は殿下の妻になる者ですから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全ルートで破滅予定の侯爵令嬢ですが、王子を好きになってもいいですか?

紅茶ガイデン
恋愛
「ライラ=コンスティ。貴様は許されざる大罪を犯した。聖女候補及び私の婚約者候補から除名され、重刑が下されるだろう」 ……カッコイイ。  画面の中で冷ややかに断罪している第一王子、ルーク=ヴァレンタインに見惚れる石上佳奈。  彼女は乙女ゲーム『ガイディングガーディアン』のメインヒーローにリア恋している、ちょっと残念なアラサー会社員だ。  仕事の帰り道で不慮の事故に巻き込まれ、気が付けば乙女ゲームの悪役令嬢ライラとして生きていた。  十二歳のある朝、佳奈の記憶を取り戻したライラは自分の運命を思い出す。ヒロインが全てのどのエンディングを迎えても、必ずライラは悲惨な末路を辿るということを。  当然破滅の道の回避をしたいけれど、それにはルークの抱える秘密も関わってきてライラは頭を悩ませる。  十五歳を迎え、ゲームの舞台であるミリシア学園に通うことになったライラは、まずは自分の体制を整えることを目標にする。  そして二年目に転入してくるヒロインの登場におびえつつ、やがて起きるであろう全ての問題を解決するために、一つの決断を下すことになる。 ※小説家になろう様にも掲載しています。

「女のくせに強すぎて可愛げがない」と言われ婚約破棄された追放聖女は薬師にジョブチェンジします

紅城えりす☆VTuber
恋愛
*毎日投稿・完結保証・ハッピーエンド  どこにでも居る普通の令嬢レージュ。  冷気を放つ魔法を使えば、部屋一帯がや雪山に。  風魔法を使えば、山が吹っ飛び。  水魔法を使えば大洪水。  レージュの正体は無尽蔵の魔力を持つ、チート令嬢であり、力の強さゆえに聖女となったのだ。  聖女として国のために魔力を捧げてきたレージュ。しかし、義妹イゼルマの策略により、国からは追放され、婚約者からは「お前みたいな可愛げがないやつと結婚するつもりはない」と婚約者破棄されてしまう。  一人で泥道を歩くレージュの前に一人の男が現れた。 「その命。要らないなら俺にくれないか?」  彼はダーレン。理不尽な理由で魔界から追放された皇子であった。  もうこれ以上、どんな苦難が訪れようとも私はめげない!  ダーレンの助けもあって、自信を取り戻したレージュは、聖女としての最強魔力を駆使しながら薬師としてのセカンドライフを始める。  レージュの噂は隣国までも伝わり、評判はうなぎ登り。  一方、レージュを追放した帝国は……。

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

冷遇されている令嬢に転生したけど図太く生きていたら聖女に成り上がりました

富士山のぼり
恋愛
何処にでもいる普通のOLである私は事故にあって異世界に転生した。 転生先は入り婿の駄目な父親と後妻である母とその娘にいびられている令嬢だった。 でも現代日本育ちの図太い神経で平然と生きていたらいつの間にか聖女と呼ばれるようになっていた。 別にそんな事望んでなかったんだけど……。 「そんな口の利き方を私にしていいと思っている訳? 後悔するわよ。」 「下らない事はいい加減にしなさい。後悔する事になるのはあなたよ。」 強気で物事にあまり動じない系女子の異世界転生話。 ※小説家になろうの方にも掲載しています。あちらが修正版です。

婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました

瀬崎由美
恋愛
「アイラ・ロックウェル、君との婚約は無かったことにしよう」そう婚約者のセドリックから言い放たれたのは、通っていた学園の卒業パーティー。婚約破棄の理由には身に覚えはなかったけれど、世間体を気にした両親からはほとぼりが冷めるまでの聖地巡礼——世界樹の参拝を言い渡され……。仕方なく朝夕の参拝を真面目に行っていたら、落ちてきた世界樹の実に頭を直撃。気を失って目が覚めた時、私は神官達に囲まれ、横たえていた胸の上には実から生まれたという聖獣が乗っかっていた。どうやら私は聖獣に見初められた聖女らしい。 そして、その場に偶然居合わせていた第三王子から求婚される。問題児だという噂の第三王子、パトリック。聖女と婚約すれば神殿からの後ろ盾が得られると明け透けに語る王子に、私は逆に清々しさを覚えた。

偽聖女と追放された私は、辺境で定食屋をはじめます~こっそり生活魔法で味付けしていたら、氷の騎士団長様が毎日通ってくるんですけど!?~

咲月ねむと
恋愛
【アルファポリス女性向けHOTランキング1位達成作品!!】 あらすじ 「役立たずの偽聖女め、この国から出て行け!」 ​聖女として召喚されたものの、地味な【生活魔法】しか使えず「ハズレ」の烙印を押されたエリーナ。 彼女は婚約者である王太子に婚約破棄され、真の聖女と呼ばれる義妹の陰謀によって国外追放されてしまう。 ​しかし、エリーナはめげなかった。 実は彼女の【生活魔法】は、一瞬で廃墟を新築に変え、どんな食材も極上の味に変えるチートスキルだったのだ! ​北の辺境の地へ辿り着いたエリーナは、念願だった自分の定食屋『陽だまり亭』をオープンする。 すると、そこへ「氷の騎士団長」と恐れられる冷徹な美形騎士・クラウスがやってきて――。 ​「……味がする。お前の料理だけが、俺の呪いを解いてくれるんだ」 ​とある呪いで味覚を失っていた彼は、エリーナの料理にだけ味を感じると判明。 以来、彼は毎日のように店に通い詰め、高額な代金を置いていったり、邪魔する敵を排除したりと、エリーナを過保護なまでに溺愛し始める。 ​最強の騎士団長と騎士たちに胃袋を掴んで守られながら、エリーナは辺境で幸せなスローライフを満喫中?

処理中です...