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13:クズ令嬢、悩む。
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どうしてオネルドがこんなところまでやって来たのか、私には訳がわかりませんでした。
だってそうでしょう? 私をここから連れ出したところで、彼には何の利益だってないのです。むしろ子爵家を裏切ったとして解雇されるか、最悪処刑されてしまうかも知れない。
そんな危険を冒して私を助ける意味があるでしょうか?
「どうして……私を助けてくださるのですか?」
その問いに、オネルドは少し肩をすくめると、
「ダスティー様が大事だからに決まってるじゃないですか」
と、まるで当然のことかのように言ったのです。
私はそれを聞いて目を丸くすることしかできませんでした。
私が、大事……?
私はどうしようもないクズです。容姿が良ければ、頭が働けばもう少し両親の役に立てたかも知れない。王子殿下にみそめられた時、素直に受け入れてお慕いすることができればこんなことにはならなかったかも知れない。
なのに私はわがままで、どうしようもありません。スペンサー殿下を蔑ろにし、リーズロッタ様やダコタ様に不快な思いにさせっ放し。そして私は無力。
嫌になってしまうくらいに存在意義のない女だというのに、オネルドはそれが大事だとそう言い切りました。
「……大事にしてくれるのは嬉しいです。でも、私は」
「ダスティー様が本当に王子との結婚を望むのならば俺は邪魔しません。でも、そうじゃないんでしょう?」
「――――」
私は、すぐ近くで、公爵令嬢と聖女を相手にしているスペンサー殿下を眺めました。
私には勿体無いくらいの綺麗な人です。ただ、やはり彼を見てもなんとも思いませんでした。
きっと不釣り合いすぎて殿下の価値がわからないのでしょう。
私に理解できない魅力がきっとあるはずなのです。そうでなければ、リーズロッタ様もダコタ様も揃って王子争いなどするわけがないないのですもの。
「でも、私には断る資格もありません……」
全ては、王子殿下が決めること。
それにクズである私が口を挟むなどもっての外なのです。私は殿下が選んでくださったことを感謝しなければならないし、喜ぶのが必然。
……なのにこの胸は、目の前の少年を見た瞬間にどうしようもなく高鳴ってしまっていて。
私はオネルドが好きなのです。
彼は平民であり、ただの執事です。しかし私はずっと彼のことを愛しておりました。
まだ幼い頃から彼はずっと逞しく、私を支え続けてくれました。
何か私が困ったことがあればすぐ駆けつけてくれ、優しい言葉をかけてくれるのです。――あの火事の時のように、そして今この時のように。
いつしか私は彼に惚れ込んでしまっていました。
この気持ちを伝えたことはありません。これは身分差の恋ですから本来許されることではありません。
しかし、平民堕ちする予定だった私にはそれが叶うはずでした。平民にさえなれば彼に想いを伝え、結婚を申し込む――そのつもりだったのですが。
突然にスペンサー殿下が私をご指名になってしまったのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
もう、投げ捨ててしまった夢でした。
だってオネルドとまた会えるだなんて思っていませんでしたし、それを望むのは罪深いことだと考えていましたから。
しかしこうして再会してしまった時、頬が高揚し、体の奥底から温かいものが迫り上がってきます。
これが恋情だということはすぐにわかりました。
でも、やはりダメです。
殿下から離れることなんてできません。そんなことをしたら子爵は爵位を剥奪されてしまうからです。
オネルドの意志は嬉しいのですがその提案に乗ることは無理でした。
「ごめんなさい。私はここから出られません。出られ……ないんです」
「だからって自分の心を捨ててヤンデレ男に嫁ぐと? 俺なら断固拒否しますが」
私は「しっ」と言って、唇に指を押し当てました。
だってすぐそこにはスペンサー殿下がいらっしゃるのです。オネルドが不敬罪で捕らえられてしまうところなんて、私、見たくありません。
私の恋心などどうでもいい。
私が嫁げば全てがうまく行くのです。だから、文句を言うことなんて何もないのです。
だから精一杯の笑顔を見せました。
「私のことは気にしないで。満足、ですから――」
「悲劇のヒロインぶってるんじゃありませんのよ。このクソゴミ」
私が覚悟を決めたその瞬間、背中に強い衝撃が走り、私の体はオネルドにまっすぐ飛び込んでいました。
一体何が起こったのか……と目をぱちくりしていると。
「公爵令嬢……!」
「あたくしの婚約者を奪っておきながら、涙を目にためて『幸せですから』ですって!? 何ですのこのクソ泥棒猫は! 呆れを通り越して反吐が出ますわ!」
拳をぎゅっと固めたリーズロッタ様がそう金切り声を上げていらっしゃいました。
しばらくの沈黙が流れた後、王子殿下が私の方へ駆け寄って来て、ダコタ様もやって来ます。
私はやっと理解しました。――リーズロッタ様に殴られたのだと。
でも不思議と怒りは湧いて来ませんでした。
代わりに心の中に、何か妙な感情が生じます。それまでぐるぐると迷走していた思考が一気にクリアになり、悩みが全て吹き飛んで、私は。
「――スペンサー殿下、私はあなたのことをお慕いしておりません」
こんなことを言い放っていたのでした。
だってそうでしょう? 私をここから連れ出したところで、彼には何の利益だってないのです。むしろ子爵家を裏切ったとして解雇されるか、最悪処刑されてしまうかも知れない。
そんな危険を冒して私を助ける意味があるでしょうか?
「どうして……私を助けてくださるのですか?」
その問いに、オネルドは少し肩をすくめると、
「ダスティー様が大事だからに決まってるじゃないですか」
と、まるで当然のことかのように言ったのです。
私はそれを聞いて目を丸くすることしかできませんでした。
私が、大事……?
私はどうしようもないクズです。容姿が良ければ、頭が働けばもう少し両親の役に立てたかも知れない。王子殿下にみそめられた時、素直に受け入れてお慕いすることができればこんなことにはならなかったかも知れない。
なのに私はわがままで、どうしようもありません。スペンサー殿下を蔑ろにし、リーズロッタ様やダコタ様に不快な思いにさせっ放し。そして私は無力。
嫌になってしまうくらいに存在意義のない女だというのに、オネルドはそれが大事だとそう言い切りました。
「……大事にしてくれるのは嬉しいです。でも、私は」
「ダスティー様が本当に王子との結婚を望むのならば俺は邪魔しません。でも、そうじゃないんでしょう?」
「――――」
私は、すぐ近くで、公爵令嬢と聖女を相手にしているスペンサー殿下を眺めました。
私には勿体無いくらいの綺麗な人です。ただ、やはり彼を見てもなんとも思いませんでした。
きっと不釣り合いすぎて殿下の価値がわからないのでしょう。
私に理解できない魅力がきっとあるはずなのです。そうでなければ、リーズロッタ様もダコタ様も揃って王子争いなどするわけがないないのですもの。
「でも、私には断る資格もありません……」
全ては、王子殿下が決めること。
それにクズである私が口を挟むなどもっての外なのです。私は殿下が選んでくださったことを感謝しなければならないし、喜ぶのが必然。
……なのにこの胸は、目の前の少年を見た瞬間にどうしようもなく高鳴ってしまっていて。
私はオネルドが好きなのです。
彼は平民であり、ただの執事です。しかし私はずっと彼のことを愛しておりました。
まだ幼い頃から彼はずっと逞しく、私を支え続けてくれました。
何か私が困ったことがあればすぐ駆けつけてくれ、優しい言葉をかけてくれるのです。――あの火事の時のように、そして今この時のように。
いつしか私は彼に惚れ込んでしまっていました。
この気持ちを伝えたことはありません。これは身分差の恋ですから本来許されることではありません。
しかし、平民堕ちする予定だった私にはそれが叶うはずでした。平民にさえなれば彼に想いを伝え、結婚を申し込む――そのつもりだったのですが。
突然にスペンサー殿下が私をご指名になってしまったのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
もう、投げ捨ててしまった夢でした。
だってオネルドとまた会えるだなんて思っていませんでしたし、それを望むのは罪深いことだと考えていましたから。
しかしこうして再会してしまった時、頬が高揚し、体の奥底から温かいものが迫り上がってきます。
これが恋情だということはすぐにわかりました。
でも、やはりダメです。
殿下から離れることなんてできません。そんなことをしたら子爵は爵位を剥奪されてしまうからです。
オネルドの意志は嬉しいのですがその提案に乗ることは無理でした。
「ごめんなさい。私はここから出られません。出られ……ないんです」
「だからって自分の心を捨ててヤンデレ男に嫁ぐと? 俺なら断固拒否しますが」
私は「しっ」と言って、唇に指を押し当てました。
だってすぐそこにはスペンサー殿下がいらっしゃるのです。オネルドが不敬罪で捕らえられてしまうところなんて、私、見たくありません。
私の恋心などどうでもいい。
私が嫁げば全てがうまく行くのです。だから、文句を言うことなんて何もないのです。
だから精一杯の笑顔を見せました。
「私のことは気にしないで。満足、ですから――」
「悲劇のヒロインぶってるんじゃありませんのよ。このクソゴミ」
私が覚悟を決めたその瞬間、背中に強い衝撃が走り、私の体はオネルドにまっすぐ飛び込んでいました。
一体何が起こったのか……と目をぱちくりしていると。
「公爵令嬢……!」
「あたくしの婚約者を奪っておきながら、涙を目にためて『幸せですから』ですって!? 何ですのこのクソ泥棒猫は! 呆れを通り越して反吐が出ますわ!」
拳をぎゅっと固めたリーズロッタ様がそう金切り声を上げていらっしゃいました。
しばらくの沈黙が流れた後、王子殿下が私の方へ駆け寄って来て、ダコタ様もやって来ます。
私はやっと理解しました。――リーズロッタ様に殴られたのだと。
でも不思議と怒りは湧いて来ませんでした。
代わりに心の中に、何か妙な感情が生じます。それまでぐるぐると迷走していた思考が一気にクリアになり、悩みが全て吹き飛んで、私は。
「――スペンサー殿下、私はあなたのことをお慕いしておりません」
こんなことを言い放っていたのでした。
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