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前編
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「す、好きですっ! ずっとずっと、好きでしたっ。伊織姉さん、お、俺とっ、つ、付き合ってくださいっ!!!」
吃りすぎて最低に情けない叫び声を上げ、俺は思い切り頭を下げていた。
全身が火を吹き出しそうなほどに熱い。羞恥心と後悔と怒りでいっぱいになった。
――これで俺の恋は終わる。
八年以上もの間抱き続けていた恋心なのにあっさりと切り捨てられてしまうだなんて、考えるだけでも辛い。
俺は足元を睨みつけながら、こんな告白をさせられた経緯を思い出していた――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
きっかけは、学校の昼休みに悪友の慎吾と雅治の二人とくだらないカードゲームをしたことだった。
普段はまるで興味のないカードゲームに突然誘うものだから、なんだか嫌な予感はしていた。それは見事に的中してしまった。
「はい、充の負け!」
「負けた奴は罰ゲームな」
多分イカサマをしていたんだろう。明らかに俺ばかり負けていたから。
罰ゲーム。俺はそれを弱者いじめと同じ意味だと思っているからあまり好きではないし、高一にもなって罰ゲームだなんて恥ずかしいと思う。
だが反論しても二人が聞き入れるわけもなく、罰ゲームを実行せざるを得なかった。
「で、罰ゲームってなんだよ。頭から水でも被れってのか?」
「違う違う。そんなわけないだろ?」雅治がニヤリと笑った。「罰ゲームといえば告白だぜ」
「俺に嘘告白をしろと?」
俺は背筋が寒くなった。
「嘘告白じゃねえよ。お前の一番好きな女に、だ。……今日の放課後、辻原伊織に告白するんだ。これはゲーム勝者であるオレの命令だぞ」
慎吾が有無を言わせぬ顔で言った。
――辻原伊織。その名前を聞いて、悲鳴を上げなかった自分を俺は立派だと思った。
彼女は俺たちより一歳上の高校二年生。この学校で一、二を争う人気の女子だ。そして同時に絶対攻略不可能と呼ばれる交際断固拒否の一人者と有名なのだ。
むしろこれが嘘告白だったら気楽だった。だが俺は、辻原伊織のことを、伊織姉さんのことを好いている。
八年前、まだ小学生だった頃からの片想いの相手。それが伊織姉さんだった。
彼女を好きになった瞬間のことはよく覚えていない。
俺の隣の家に住んでいて、いつの頃からか知り合った伊織姉さん。幼い彼女はいつもTシャツにジーパンという男の子と見紛うような格好をしており、しかも口調も男っぽかったから、近所のガキ大将的な存在だった。
強くて、カッコ良くて、時には優しい伊織姉さん。
俺は気づいたら――そう、確か七歳くらいだったと思う――将来のお嫁さんは伊織姉さんにしたいと、そう思うようになっていた。
小学生の時も、中学生の時も、もちろん一学年違うのだが基本的には一緒の学校に通った。
その間にもますます彼女が好きになる一方だった。しかし想いを伝えられないままここまで来てしまったのは、彼女が女子に大人気のモテモテイケメン男子からの告白も、学校一頭のいい男子生徒の告白もバッサリ断ったのを知っているからだ。
伊織姉さんは誰とも交際しようとしない。友人としての男はたくさんいるのに、恋人は決して作らないのだ。
だから俺も諦めていた。拒絶されるのは嫌だ。だからこの恋心は一生胸にしまっておこうと決めていた。
なのに――。
放課後の校舎裏、慎吾と雅治が隠れて見守る中で、俺は伊織姉さんを呼び出した。
短く整えられた艶やかな黒髪。化粧っ気の全くない天使のような顔、すらりと引き締まった体型の超絶美少女が俺の目の前に立っている。……言うまでもなく彼女こそが辻原伊織だ。
セーラー服を着た彼女は腕を組み、「どうした?」と平然とした顔で俺に尋ねて来る。何度も、それこそ数え切れないくらいこういう場面を体験しているはずなのに気づかないとは、さすが色恋に興味のない伊織姉さんらしい。
……まあつまり、俺が告っても了承されるはずがないということなのだが。
しかし慎吾と雅治の目がある以上、俺はもう後には引けなかった。
だから告白したのだ。
もちろん断られるのは覚悟だった。
おそらく、「お前のことはそういう目では見ていないから付き合えない」とか言われるのだろう。わかっている。耳を塞ぎたい衝動に駆られる中、俺の鼓膜を震わせた声は。
「わかった。可愛い弟分の頼みだ。一週間だけ、お試し期間で彼女をやってもいいぞ? まあ、私に女の魅力なんてないがな」
「えっ?」
あっさりOKされてしまったという事実が信じられなさすぎて、俺は顔を上げ、再び情けない声を出すことになったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「くぅ~! ずるいぞ、なんでだよ! オレが百回告白してもダメだったのによ!」
「いや。マジねーわ。なんなのお前」
告白をOKされ、今日は部活がないらしく伊織姉さんがはやばやと帰ってしまった後、俺は男二人に詰め寄られていた。
「俺だって知らねえよ。ってか、お前らが告白しろって言ったんだろうが」
俺にもさっぱりわけがわからない。
絶対攻略不可能なはずの伊織姉さんが、なぜ俺の一度の告白に頷いてくれたのか。しかもまんざらもなさそうな顔だったのを俺は見てしまった。
一週間お試し彼女。
そうは言われても、彼女いない歴=年齢な俺には一体この先どうしていいのだろう。
憧れの伊織姉さんとたとえ一週間だけでもカップルになれる。そのことはたいへん嬉しいのだが、戸惑いだの不安だのが大きすぎた。
とりあえず、帰ろう。それしか頭に浮かんで来なかった。
慎吾と雅治を振り切り、逃げるようにして帰り道を急ぐ。
落ち着かなければと思うのに呼吸が荒く、鼓動が早くなってしまう。
そしてやっと家の前に辿り着いた……その時。
「充、待ってたぞ」
俺の家の前に伊織姉さんが立ち、俺に手を振る姿が視界いっぱいに飛び込んで来た。
「やばい。心臓破裂して死ぬ」
「何か言ったか?」
「い、いや、何も。……で、伊織姉さんはどうしてその、俺ん家の前に?」
「恋人同士になったらまず夜を共にするのだろう? だから今日は充の家に泊まらせてもらおうかと思ってな」
俺はギョッとした。「よ、夜を!? 急に!? なんでッ!?!?」
俺はまだ高一で伊織姉さんも高二。そういう交際をするお年頃ではないと思う。
それに、告白OKされて初日でそれはあまりにもハードルが高すぎる。考えただけで気絶しそうだ。
「違うのか? 何せ私はこういう付き合いは初めてなのでな。充の方が詳しいなら恋人同士のしきたりを教えてほしい」
「しきたりなんてガチガチなものはないけど……ま、まず、でででデートとかっ!」
「デートか。ならまずそれをしよう。ところで今日は充の顔がやけに赤い気がするが、気のせいか?」
「き、気のせいだよ。あは、あはは……」
こうして俺たちは、近所の誰かが見ているであろう俺の家の前という場所で、デートの約束をしてしまった。
しかもデート予定日は明後日である。たった二日の間に俺の心の準備ができるだろうか。
多大なる不安を抱える俺とは対照的に、伊織姉さんはどこか上機嫌で家に帰って行った。
――もしかして伊織姉さん、俺をからかってこんなことを?
そんな疑念さえ浮かんでしまうほどだった。
吃りすぎて最低に情けない叫び声を上げ、俺は思い切り頭を下げていた。
全身が火を吹き出しそうなほどに熱い。羞恥心と後悔と怒りでいっぱいになった。
――これで俺の恋は終わる。
八年以上もの間抱き続けていた恋心なのにあっさりと切り捨てられてしまうだなんて、考えるだけでも辛い。
俺は足元を睨みつけながら、こんな告白をさせられた経緯を思い出していた――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
きっかけは、学校の昼休みに悪友の慎吾と雅治の二人とくだらないカードゲームをしたことだった。
普段はまるで興味のないカードゲームに突然誘うものだから、なんだか嫌な予感はしていた。それは見事に的中してしまった。
「はい、充の負け!」
「負けた奴は罰ゲームな」
多分イカサマをしていたんだろう。明らかに俺ばかり負けていたから。
罰ゲーム。俺はそれを弱者いじめと同じ意味だと思っているからあまり好きではないし、高一にもなって罰ゲームだなんて恥ずかしいと思う。
だが反論しても二人が聞き入れるわけもなく、罰ゲームを実行せざるを得なかった。
「で、罰ゲームってなんだよ。頭から水でも被れってのか?」
「違う違う。そんなわけないだろ?」雅治がニヤリと笑った。「罰ゲームといえば告白だぜ」
「俺に嘘告白をしろと?」
俺は背筋が寒くなった。
「嘘告白じゃねえよ。お前の一番好きな女に、だ。……今日の放課後、辻原伊織に告白するんだ。これはゲーム勝者であるオレの命令だぞ」
慎吾が有無を言わせぬ顔で言った。
――辻原伊織。その名前を聞いて、悲鳴を上げなかった自分を俺は立派だと思った。
彼女は俺たちより一歳上の高校二年生。この学校で一、二を争う人気の女子だ。そして同時に絶対攻略不可能と呼ばれる交際断固拒否の一人者と有名なのだ。
むしろこれが嘘告白だったら気楽だった。だが俺は、辻原伊織のことを、伊織姉さんのことを好いている。
八年前、まだ小学生だった頃からの片想いの相手。それが伊織姉さんだった。
彼女を好きになった瞬間のことはよく覚えていない。
俺の隣の家に住んでいて、いつの頃からか知り合った伊織姉さん。幼い彼女はいつもTシャツにジーパンという男の子と見紛うような格好をしており、しかも口調も男っぽかったから、近所のガキ大将的な存在だった。
強くて、カッコ良くて、時には優しい伊織姉さん。
俺は気づいたら――そう、確か七歳くらいだったと思う――将来のお嫁さんは伊織姉さんにしたいと、そう思うようになっていた。
小学生の時も、中学生の時も、もちろん一学年違うのだが基本的には一緒の学校に通った。
その間にもますます彼女が好きになる一方だった。しかし想いを伝えられないままここまで来てしまったのは、彼女が女子に大人気のモテモテイケメン男子からの告白も、学校一頭のいい男子生徒の告白もバッサリ断ったのを知っているからだ。
伊織姉さんは誰とも交際しようとしない。友人としての男はたくさんいるのに、恋人は決して作らないのだ。
だから俺も諦めていた。拒絶されるのは嫌だ。だからこの恋心は一生胸にしまっておこうと決めていた。
なのに――。
放課後の校舎裏、慎吾と雅治が隠れて見守る中で、俺は伊織姉さんを呼び出した。
短く整えられた艶やかな黒髪。化粧っ気の全くない天使のような顔、すらりと引き締まった体型の超絶美少女が俺の目の前に立っている。……言うまでもなく彼女こそが辻原伊織だ。
セーラー服を着た彼女は腕を組み、「どうした?」と平然とした顔で俺に尋ねて来る。何度も、それこそ数え切れないくらいこういう場面を体験しているはずなのに気づかないとは、さすが色恋に興味のない伊織姉さんらしい。
……まあつまり、俺が告っても了承されるはずがないということなのだが。
しかし慎吾と雅治の目がある以上、俺はもう後には引けなかった。
だから告白したのだ。
もちろん断られるのは覚悟だった。
おそらく、「お前のことはそういう目では見ていないから付き合えない」とか言われるのだろう。わかっている。耳を塞ぎたい衝動に駆られる中、俺の鼓膜を震わせた声は。
「わかった。可愛い弟分の頼みだ。一週間だけ、お試し期間で彼女をやってもいいぞ? まあ、私に女の魅力なんてないがな」
「えっ?」
あっさりOKされてしまったという事実が信じられなさすぎて、俺は顔を上げ、再び情けない声を出すことになったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「くぅ~! ずるいぞ、なんでだよ! オレが百回告白してもダメだったのによ!」
「いや。マジねーわ。なんなのお前」
告白をOKされ、今日は部活がないらしく伊織姉さんがはやばやと帰ってしまった後、俺は男二人に詰め寄られていた。
「俺だって知らねえよ。ってか、お前らが告白しろって言ったんだろうが」
俺にもさっぱりわけがわからない。
絶対攻略不可能なはずの伊織姉さんが、なぜ俺の一度の告白に頷いてくれたのか。しかもまんざらもなさそうな顔だったのを俺は見てしまった。
一週間お試し彼女。
そうは言われても、彼女いない歴=年齢な俺には一体この先どうしていいのだろう。
憧れの伊織姉さんとたとえ一週間だけでもカップルになれる。そのことはたいへん嬉しいのだが、戸惑いだの不安だのが大きすぎた。
とりあえず、帰ろう。それしか頭に浮かんで来なかった。
慎吾と雅治を振り切り、逃げるようにして帰り道を急ぐ。
落ち着かなければと思うのに呼吸が荒く、鼓動が早くなってしまう。
そしてやっと家の前に辿り着いた……その時。
「充、待ってたぞ」
俺の家の前に伊織姉さんが立ち、俺に手を振る姿が視界いっぱいに飛び込んで来た。
「やばい。心臓破裂して死ぬ」
「何か言ったか?」
「い、いや、何も。……で、伊織姉さんはどうしてその、俺ん家の前に?」
「恋人同士になったらまず夜を共にするのだろう? だから今日は充の家に泊まらせてもらおうかと思ってな」
俺はギョッとした。「よ、夜を!? 急に!? なんでッ!?!?」
俺はまだ高一で伊織姉さんも高二。そういう交際をするお年頃ではないと思う。
それに、告白OKされて初日でそれはあまりにもハードルが高すぎる。考えただけで気絶しそうだ。
「違うのか? 何せ私はこういう付き合いは初めてなのでな。充の方が詳しいなら恋人同士のしきたりを教えてほしい」
「しきたりなんてガチガチなものはないけど……ま、まず、でででデートとかっ!」
「デートか。ならまずそれをしよう。ところで今日は充の顔がやけに赤い気がするが、気のせいか?」
「き、気のせいだよ。あは、あはは……」
こうして俺たちは、近所の誰かが見ているであろう俺の家の前という場所で、デートの約束をしてしまった。
しかもデート予定日は明後日である。たった二日の間に俺の心の準備ができるだろうか。
多大なる不安を抱える俺とは対照的に、伊織姉さんはどこか上機嫌で家に帰って行った。
――もしかして伊織姉さん、俺をからかってこんなことを?
そんな疑念さえ浮かんでしまうほどだった。
応援ありがとうございます!
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