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第二十六話 婚約者お披露目パーティー②

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 絵に描いたような美女美男。
 抱きしめ合い、何やら囁き合っている二人組を遠目に見つめながら、ベラは複雑な心境でいた。

 あの兄……皇帝と、先日までベラの侍女であったフォークロス伯爵家令嬢ミリアがとうとう書面上で婚約をかわしてしまったのである。ただの口約束ではなくなった以上、当然後戻りはできない。
 当人たちに相応の覚悟があるのはわかっているし、ベラとしてはとても喜ばしいことである。けれども、申し訳なくも思ってしまう。

「私の勝手な思いを押し付けただけになってしまったのじゃなかったら、いいのだけど」

 見た目だけはお似合いの二人の心が、ただ想い合っているだけではないように見えるのは単なる気にし過ぎなのだろうか。

 ミリアに語ったように、身軽になりたいからという理由もある。だが一番はあの兄に幸せになってほしいという願い故だった。
 あの兄は自らの結婚を望んでいなかったし、子を成そうと考えてもいないし、何より幸せになりたいなんて思っていない。幸せであってはいけないからと自らの手を血で汚し続けてばかりいる。
 それはベラから見れば紛れのない自傷行為で、あの兄の活躍を耳にする度に泣きたくなるほど胸が痛んだ。

 ――ごめんなさい、兄様。

 社交の場で貴族たちの勢力を調節したり、富裕層だけではなく民が過ごしやすくなる政策を広めたりと、陰に陽に理想の皇女たるために努めてきたベラだが、あの兄のことだけはどうにもできなかった。
 不仲だからではない。あの兄の気持ちに他の誰よりも共感してしまったからこそ何も言えず、疎遠になるしかなかった。

 ペリン公爵令嬢でも、その他の名家の令嬢たちでもなくミリアに託したのは、あの兄が珍しく拒絶しなかったひとだったから。
 本当に見た目通りの模範的な令嬢であれば社交界のコソ泥なんて異名で呼ばれているわけがないのだから、ミリアがただの淑女ではないことは明らかだ。だがむしろその方があの兄の初恋の相手には相応しいと思った。

 常日頃から退屈している彼を、ミリアなら解放できるかも知れない……そんな期待を抱いてしまったのだ。
 彼に迫るミリアを止めないどころか背中を押して、その結果が今回の婚約お披露目パーティーである。

 この婚約は政略的な観点から見ればかなり望ましい条件と言える。フォークロス家は他国との関わりもなければ力もない弱小の貴族家である故、揉める心配が少ない。
 しかし、あの兄の瞳と同じ・・・・・・・・色をしたペンダント・・・・・・・・・をミリアが着けているのを見るに、形だけの婚約とは思えなかった。あれはおそらく今日のためにあの兄が渡したものだろう。

 どこまでが本当で、どこからが偽りなのか。
 それはまるで判断がつかないけれど。

 ――どうか、二人が愛し愛される幸せな婚約者同士になれますよう。

 ベラはただただ祈りながら、内心を悟らせない……まるで婚約を心から祝福しているかのような満面の笑みを浮かべるのだった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 婚約誓約書に記名し、正式に婚約が結ばれたあと。
 手を繋ぎながらパーティー会場巡りを開始した。

 各貴族家の当主やら貴公子の面々に祝福の言葉を受け、礼を言うだけの簡単なお仕事だ。
 単なる挨拶回りのようなものだが、長年ろくに社交をしていなかった陛下と悪名高いミリアなのでなかなかに苦心した。

 大前提として信用がない。大半の雑魚どもは陛下とミリアの美しさに我を忘れてくれたが、たまにその手が効かない相手には警戒されまくってしまう。

「ご婚約おめでとうございます」

 かけられるのは素っ気のない言葉ばかり。きっと、心から祝福している者など数えるほどもいないだろう。
 できれば社交界での人脈を広げておきたいところだが、そう簡単にはいかないらしい。友好的な会話は諦めて「ありがとうございます」と微笑むだけに留めた。

 一方、命知らずにも突っかかってくる令嬢もいて、その面倒なことと言ったら。
 ミリアが圧倒的に有利なのはすでにわかってしまっているくせに、皇妃に相応しくないだの自分の方が家格が高いだのとほざくのだ。
 どうにか無事に乗り切ったが、彼女たちが陛下に斬り捨てられはしないだろうかと、ミリアはヒヤヒヤさせられた。

「やはり社交はつまらないな。うんざりする」
「せっかくのパーティーなのですからそうおっしゃらないでくださいませ。ほら、ベラ殿下もいらっしゃいましたわよ」

 ミリアが言うが早いか、「ミリア!」と弾けるような笑顔と共に声をかけられる。
 ストレートの銀髪を高く盛り、楚々としたドレス姿の彼女は今日も今日とて麗しかった。

 パーティーの前に顔を合わせたばかりであり、ミリアとしては誰よりも話しやすい相手。
 だが陛下とは不仲と聞いている。

 単なる不仲だけではないように思うけれど、詳しいことは何も知らない。

「想像はしてたけど、実際に兄の隣にミリアがいるのはなんだか変な感じ……。身長差はすごいけど、すっごくお似合いね」
「ふふ、お似合いだなんて。お世辞とわかっていても舞い上がりそうになってしまいますわねぇ」

 ベラ殿下と談笑を始めるミリアの傍、陛下はただただ無言だった。
 彼がベラ殿下へと向ける視線は冷たく、感情を押し殺しているように見えた。

「ねぇ、陛下?」
「……なんだ」
「わたしたち、お似合いなのですって」
「それがどうした」
「ますます自信が湧いてきただけですわ!」

 「まあ、頼もしい」とベラ殿下がくすくす笑う。
 ミリアの態度を気に入ってくれたのか、陛下もミリアの方へ目を向け、「そうか」と呟きながら威圧感を潜めた。

 ――危なっかしいわ。ここまで仲が悪いのはやっぱり困りものかも。

 これから皇妃になるのだ、陛下とベラ殿下が顔わわせる度にヒヤヒヤさせられていてはたまったものではない。
 陛下を交えてしばらく談笑できたなら、ベラ殿下との間にあるらしい確執も少しは和らぐだろうか。
 そう思うけれど――兄妹が言葉を交わすことはなく、邪魔が入ってしまった。

「少々よろしいですかな?」
「……ぁ」

 それは、見覚えのある顔だった。
 当然城で働いている使用人でもなければ貧民街のゴロツキでもないが、城に入るまでの数年間を同じ屋敷で過ごした仲だ。忘れるわけもない。

 ミリアの依頼主にして、表向きの父。
 フォークロス伯である。
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