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第二話

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 自分が恋をするなんて思ってもみなかった。
 初恋とはこれほど素晴らしいものなのかと驚く。

 ビアンカに出会って俺は変わったのだ。それまでモノクロだった人生が色づいたように感じられたくらいには。

 ビアンカが好きだ。好きになってしまった。
 混じり気のない心も、綺麗な瞳も無邪気な声も、何もかも。

 しかし俺は、その全てを己のものにできない。
 平民であれば……いや、せめて貴族の令息であれば心のままに己の相手を選ぶこともできただろう。王子に生まれてしまったことをこれほど悔しく思ったことはなかった。

 十五歳。
 社交デビューを迎えるこの歳、俺の婚約者候補が定まった。

 俺は唯一の王子であり王位継承権第一位。つまり結ばれる相手は必ず王妃になる。
 歳が離れ過ぎている者、王家に将来の妃として相応しくないと判断された者は真っ先に削ぎ落とされ、俺の前に並んだのは三人の乙女であった。

 一人は伯爵家の次女。もう一人は属国の王女。
 そして三人目、この国における最も力のある筆頭公爵アディリアンヌ家の姫が目を引いた。

「ダイオニシアス・ギディオン・バートラム殿下にご挨拶申し上げます。エカテリーナ・アディリアンヌでございます」

 真っ先に俺に声をかけたのは彼女だった。
 社交界の華と呼ばれている彼女はとても麗しい。お辞儀の所作は完璧そのものだったし、これ以上にない理想的な淑女と言えた。

 けれども、俺は思った。
 ビアンカの愛らしさにはまるで敵わないな――と。

 比べてしまうのはいけない。わかっていても、無理だった。
 醜悪ではない人間を一度、知ってしまったから。

 もしも仮に彼女の、彼女たちの心が美しいのであれば、手を取り合って生きていく気になれただろう。
 でもそんなことはあり得ない。三人の心を覗いた瞬間、激しい頭痛をおぼえた俺は、膝をつかないようにするのがやっとだった。

 伯爵家の次女は俺の顔が目当てだった。顔がいい男の嫁になって思う存分豪遊したいという欲望にまみれている。
 属国の王女は俺に選ばれなければ父に見放されるからと乞食のような精神で挑んできている。
 そして公爵家の姫はといえば、見た目の美しさに反して清々しいまでの闇を抱えていながら、己の勝ちを信じて疑っていない。

 俺はこの中から婚約者を選ばなければならないのか。
 ……いや、選ぶのは結局のところ俺ではない。父王が認めてしまいさえすれば俺の意思など関係ないのだ。想像するだけで吐き気がした。

 そのあと三人の婚約者候補との時間をどう乗り切ったか、記憶が朧げだ。とにかく塞げない心の耳に必死で蓋をしようとしていたのだけは確かだ。

 婚約者候補ができてからというもの、彼女らとの交流の時間を持てと父に言われた。それが俺にとてどれだけ苦痛のことかも知らないで。

 だから俺はもう逃げるしかなかった。
 世界のどこよりも心安らぐ、彼女のいる孤児院へ。



「おうじさま、どうしたの?」

 ビアンカには俺の気落ちぶりが一目でわかるようだった。
 彼女を不安にさせないために気をつけていたつもりだが、全てお見通しらしい。

 彼女は心配そうに俺に寄り添い、柔らかな心の声を聞かせてくれた。

(びょうき? それともなにかなやみごとやかなしいことがあるなら、わたしがきいてあげないと……)

 俯きがちになっていた顔を上げると、ビアンカの金の瞳と視線が交わる。
 その瞬間、俺の胸の中に彼女への想いが湧き上がり……思わず、呟くように言ってしまった。

「ビアンカ、おまえは可愛いなぁ」

 その言葉を口にしたのは初めてだった。
 でも、見れば見るほど可愛いのだ。たまらなく、好きなのだ。

 なのに、どうして。

「えっと……わたし、かわいいの?」

「可愛い。おまえはこの世の誰よりも可愛くて、輝いてるよ」

 彼女の髪を撫でてやりたい。手を繋いで走り出したい。
 でもそれは許されないことだ。躍起になって俺を捜し出されるだろうし、他国に逃げれば今度はビアンカが利用されかねない。
 かと言って正式に婚約者が決定されてしまえば、こうして会うことすらできなくなってしまうわけで。

 だから――俺は、彼女に言わざるを得なかった。

「なあ、一つ、提案があるんだ」

「なになに?」

「聖女として、王宮で暮らしてみないか」

 彼女に出会ってすぐの頃に気づいてはいた。
 ビアンカが数百年に渡って発見されていない、聖女という類稀なる存在であると。

 聖女と呼ばれるのは、神からの寵愛されし癒しの力を持つ乙女だ。

 俺と二人きりで遊んでいた時、転んで擦りむいた怪我を当たり前のように自分で治しているのを見て、衝撃を受けた。
 友達もおらず、孤児院でろくに面倒を見られていなかったビアンカは、誰にもその力を勘付かれずにひっそり傷を癒していたという。

 もし力が公になれば聖女として祀り上げられてしまう。幼いビアンカに聖女の務めを強いるのは酷だろう。神の祝福という点ではきっと俺と同類だと思うが能力の使い勝手の良さがまるで違うのだ。
 彼女から話を聞いた当時の俺は、俺以外の誰にも秘しておくように言って教えたのだった。

「せいじょ?」
(だいじなおはなしっぽいけど、おうじさまのなやみとなにかかんけいがあるのかも)

「そうだ。ビアンカの治癒の力があれば、この孤児院から出られる。……俺はそのうち、ここに来られなくなるが、それならずっと一緒に過ごせるかも知れない。でもビアンカが嫌なら嫌って」

 言ってくれていいんだぞ、と続けようとしたが、その言葉は彼女に遮られた。

「そうしたら、おうじさま、えがおになってくれる?」

 きっとそれに答えを返したら、優しい彼女の選択肢は一つになる。
 わかっていながら、まっすぐな瞳に見つめられてしまっては、頷かずにはいられなかった。

「いく! わたし、せいじょになる!!」
(おうじさまとはなればなれになるのはいや。いやしのちからをつかうだけなら、わたしにもできるかんたんなおしごとのはずだもの!)

 そうしてその日、彼女の正体を明かすことが決まり。
 『今日初めて奇跡を目の当たりにした』という体で王宮に知らせてすぐにビアンカは審査され、その力が確かだと認められた結果、数百年ぶりに王国に聖女が誕生したのである。
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