もう二度と戻って来ないあなたへ、愛の歌を

柴野

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第五話

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 ――次の満月の夜、私たちはあなたとの『お別れ会』を開く。
 あなたが私の眼の前で消えた日、それは一つ前の満月の日だった。だから満月になったら帰って来るんじゃないかと思って。

 もちろん根拠なんてない。そもそもあなたはあの波の中に呑まれて消えたのだから、戻って来るなんてはずがない。
 でももしかすると海のずっと底の方から見上げてくれるかも知れないから――そんな風に思う私たちはきっと救いようのないくらい自分勝手なんだろう。

 あなたと本当の別れを告げるために何を捧げればいいのか、私はアランと二人で考えた。
 真っ先に思い浮かぶのは真紅の薔薇の花。あなたが逝ってしまった時にくれて、私が捨てたのと同じ物。
 けれど、やはりなんとなく気が咎めてそれを選べなかった。私は弱虫だから、どうしても悲しそうなあの時のあなたを思い出してしまって辛くなる。

 そんな時、アランが言ったのだ。

「……なら、ラブソングであいつを弔ってやればいいですよ。あいつ、歌が好きでしたから」

 それを聞いて私はハッと目を見開いた。
 あなたの好きだった物……。ずっと忘れていたが今思い出した。
 あなたは昔から歌が好きで、幼い頃歌劇の真似をして歌っていた私に、「もう一回」「もう一回」とせがんでいたあなたの姿が鮮明に記憶の中に蘇る。
 大きくなってからはそんなことはなくなってしまったけれど、いつも私を歌劇に誘っては楽しそうにしていた。

 ――そんなことも忘れていただなんて、私はどれだけ愚かだったのだろう。私がもしあなたの立場だったら絶対に許せないくらい救いようがない。
 またあなたに歌ってあげたい。私は心からそう思った。でも私にはあなたに歌を聞かせる資格なんてない。

「それに……きっと彼も喜ばないわ」

「どうして」

「私は昔とは変わってしまったもの。きっと今の私じゃ彼を喜ばせられない」

 そう言って俯いた私。けれどアランは首を振り、

「そんなことありません。……次の『お別れ会』が僕らにとって最後のチャンスなんです。イザベル嬢はあいつに最後まで想いを伝えられなくてもいいんですか?」

 ぎくりとなる私。
 アランのそんな言い方はとても卑怯だった。そんな風に言われてしまえば頷く他なくなってしまうというのに。

 あなたの……オランの想いを知った私は、ずっとあなたにこの気持ちを届けたいとそう思っている。
 あなたが遠くて手の届かない人になってしまったからこそ、大好きだったと伝えたい。

 だから――。

「……明日、私の家に来て。その時に歌詞の原案を見せるわ」

 私はそう言い残し、急いで屋敷に帰って行った。



 あなたへのこの気持ちをどう言葉に表せばいいのだろう。
 言葉では足りないくらいあなたを愛している。しかし言葉にしなければあなたには届かない。

『全てを焼き尽くす業火のような愛をあなたに』

 ――違う。

『散ったあの薔薇のように命を散らしてしまったあなたを思い出す。ああどうしてあなたは逝ってしまったの?』

 ――これじゃあなたが悪いみたい。悪いのは全部私なのに。

『愚かな私のために身を捧げたあなたのことを私は誇りに』

 ――思うはずがない。あなたには夫になって私の隣にいて欲しかったんだから。

 何度も紙に言葉を連ねては破り、また綴っては引きちぎりを繰り返す。
 この言葉では足りない。この悲しみでは足りない。こんな怒りはいらない。こんな嘘など捨ててしまえ。

 その夜中、私はずっとあなたへの詩を書いていた。
 月が沈み日が昇っても私はずっとあなたを想い、筆を走らせ続ける。
 そして屋敷の呼び鈴が鳴らされた時、ちょうど私の詩に最後の一文が飾られたのだった。


***


 アランが私の屋敷へやって来た。
 私は寝巻き姿で彼を出迎え、先ほど出来上がったばかりの詩を見せつける。

「これ、見て」

 髪もとかしていない私を見て驚きつつも、アランはゆっくりと紙の上に目を落とす。
 何を言われるだろうか。そう思うと怖くて手が震えた。

 しばらく気まずい沈黙が流れる。
 そうしてさらに数秒が経ち……アランが一言呟いた。

「これにメロディをつけましょう。楽器の演奏部分は僕が考えるから、貴女は歌の方を」

 私は、今まで肩の上にのしかかっていた重荷が一気に軽くなるのを感じた。
 これでいいのね。そう思い、なんだか嬉しくなる。その勢いのままに頷いていた。

「わかったわ! アラン、演奏の方お願いね」



 ――そして数日後。
 天高く昇る満月の下、私たちは夜の海を見下ろしていた。

 崖の上で佇む私とアラン。二人が見つめているのは、海の底に見えるあなたの幻影。
 あなたが今そこにいる。そんな風に思って胸が熱くなるのを感じた。あなたは私の歌を聞いてくれるだろうか。聞こえていてほしいとそう願っている。

「……始めますか」

「ええ。時は来た。あの人を――オランを弔い、送り出すために」

 ねえあなた。あなたはアランの横に立つ私を見て、どう思うの?
 私ね、アランのことが好きになってしまったの。まるであなたがいつまでもいてくれるような気がして。いいえ違うわ、本当はアランがあなたを想う姿を見て、涙することもなく強く立っている姿を見て、心を揺すぶられてしまったのよ。
 嫉妬……してくれる? もしそうだったら嬉しいわ。

 今からあなたのために歌うのは、私の愛。
 いつも意地悪ばかりであなたのことなんか考えもしていなかった、愚かで自己中心的で馬鹿な女の恋歌――。





「月下の海に揺れる煌めきは美しく輝く
 今宵この時 私の歌に乗せてあなたに愛を捧げよう

 あの日身を投げたあなたのことを私は忘れない
 あなたがどんなに苦しんでいたかわからなかった私の愚かしさを
 波に呑まれていくあなた それを見ていた私 ただただ見ることしかできなかった私

 ああ 愛していたの この胸が焼き付けられるほどに
 なのにどうしてあの言葉を あんなことをと悔やんでも あなたは私の前へはもう現れてくれなくて
 涙に頬を濡らすことも許されないはずだけど溢れる涙は止まらない

 いつも私の傍にいてくれた けれど今はあなたは空の彼方に逝ってしまって見えないから
 だから歌う 愛の歌を
 二度と戻らぬあなたに心を込めて燃え盛る魂の炎を捧げる

 ねえ あなた……
 無知で傲慢で救いようのない私を愛してくれますか

 満月の下で愚かな私は歌を歌う
 あなたに届かないと知っていても どうしてもこの想い届けたくて

 さようなら さようなら私の愛した人
 二度と帰らぬあなたに口づけを――」




 その夜、私は声が枯れるまで歌い続けた。
 そうして朝日が昇り、すっかり冷え切った私の体をアランが抱き止める。

「イザベル」

 初めて呼び捨てにされ私はドキリとする。その瞬間、愛おしげに私を呼ぶ彼の声があなたと重なった。
 けれどもう辛くない。だってあなたとはもう、きちんとお別れできたから。……もちろんあなたのことは忘れない。けれどあなたを置き去りにして私は前に進んでいく。そのことをどうか許してほしいだなんて言わない。ただ、空から見守っていてほしいというわがままな願いはあるけれど。

「何?」

「これを、受け取ってくれますか」

 そう言って私が手渡されたのは一輪の薔薇だった。
 血のように真っ赤で美しい花。それはあの日あの時、あなたからもらったそれと同じだった。
 けれど今度は決して投げ捨てたりはしない。その綺麗な薔薇を両手に抱え、笑ってみせた。

「ありがとう。嬉しいわ」

 あなたを取り残して、私とあなたの兄はこうして二人で生きていく。
 さようなら。あなたを愛していました。ありがとう。これからもあなたを忘れないままで、目の前のこの人を――アランを愛します。
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