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恋落ちるとき
しおりを挟むウォルフのアシストにより、手紙だけではなく直接会話をする時間を手に入れたジークフリートは、幸せな日々を過ごしていた。
昼間は城の者と話し、手伝い、手紙を書き、船の様子を見るついでに城下に出て街を見る。
ジークフリートを見る街の者達からは、最初の頃の不穏な気配はだいぶ薄れていた。たまに攻撃的な視線を向ける者もいたが、多くはない。
船の修理は順調だと言う。日に日に近づいてくる終わりに、ジークフリートは心のどこかで焦りとさびしさを覚えていた。
だが日々が過ぎる分、アメリアの事を知ることができる。
そして距離も縮まっていく。
「私の好きな本?」
「そうです。アメリア様が前に手紙で、子どもの頃から好きだった本があると書いていたでしょう」
「ジークフリート様は記憶力が良いですね」
アメリアが一瞬驚いたような顔を見せた後、一瞬逡巡して口を開いた。
「……絵本ですが、騎士様と女王様のお話です」
「騎士と女王?」
「はい。さらわれた女王を助ける他国の騎士様のお話で……、騎士様は女王と民を助けるためにその身を差し出し、最後は女王と結婚するのです」
絵本の話、と言うのが恥ずかしかったのか、アメリアは少々恥ずかしそうな顔をする。
「毎日、お父様とお母様にねだって何度も読んでもらったの。その思い出も含めて好きなんです」
「良い思い出ですね」
アメリアの両親ーー前女王夫妻に、会ったことはない。
しかし年若いアメリアが王位を継いでいること、両親との思い出話が全て幼い頃の物である事を考えると、自ずと察してしまう。気軽に問うことはできなかった。
「そういえば、アビニアの国王陛下は、ジークフリート様が騎士になることを強く反対されたと聞いております。ジークフリート様の身を強く案じられた、と。お父上に大事にされていらっしゃるのですね」
「……親子喧嘩がこちらまで届いているとは。お恥ずかしい」
ジークフリートは苦笑いをした。
大事にされているから、彼は騎士になったのだ。
「しかし反対を押し切ってまで、なぜ騎士になられたのですか?」
無邪気に問うアメリアに、何と答えようか一瞬迷った。
アメリアに好感を持ってもらえるような嘘を、ジークフリートはいくらでも思いつける。
しかし彼は、誰にも言ったことのない事実を彼女に伝えることにした。
幻滅されるかもしれないと、怯えながら。
「私が、妾腹の出だからです」
アメリアが、一瞬息を呑む。
「私の兄は公爵家出身の正妃から生まれた優秀な王太子です。……にも関わらず、王位継承権で色々揉めまして。私も母も、身の丈に合わない地位は求めていません。逃げるために騎士になりました」
国王から深く寵愛される母は、家格の低い元男爵家の娘で、王妃となるような教育を受けたことも、己の息子を次期王にしたいという野心もない。ただ密やかに父の訪れを待ち、静かに過ごすことを望んでいる。
恐らく父が国王じゃなければ、母はジークフリートを産んでも幸せなままでいられただろう。
しかし彼女は、王子であるジークフリートを産んでしまった。
皮肉なことに、野心家にとっては野心のない人間ほど利用しやすい者はいない。
国王から注がれる寵愛に目をつけ、王妃の生家とは別の派閥が、ジークフリートを次期王へ担ぎ上げようと動き始めた。
しかし大半の貴族は、それを善とはしない。元々妬みと嘲笑の的になっていた母は正妃の座を脅かす毒婦だと噂され、表立った嫌がらせを受けどんどん病んでいった。
公正な精神をもつ王妃自らその噂を止めようと動いたものの、反発は消えない。嫌がらせは消えたが、母への風当たりは強かった。
そんな母とジークフリートたちを気遣うように、王妃も兄もジークフリートと母に何の垣根もなく接してくれた。
「王位は渡せないが、お前は私の弟だ。共に良い国を作っていこう」
そう言ってジークフリートに笑いかける兄の、邪魔にはなりたくはなかった。
「私が同じ立場なら、兄のように振る舞えるか……。尊敬する兄に報いるため、毒婦と噂される母の名誉を回復したかった。それにこれ以上、無益な争いに巻き込まれるのは嫌でした。なので騎士として、国を守ることに決めたのです」
王族として、民を守る義務は果たさなければならない。
ヴラドとの誓約が丁度節目の三百年になるという事を知り、彼は生贄になるために騎士団長を目指した。そうしてようやく母への嘲笑は、止まった。
流石に生贄云々は言えなかったが、自嘲するように全てを話すジークフリートの言葉に、アメリアは黙って耳を傾けていた。
その様子を見て、ハッとする。アメリアは騎士に憧れていたというのに、裏切るようなことを言ってしまった。
「……あなたの夢を壊してしまい、すみません。私が利己的な人間というだけで、他の騎士は高潔で……」
「いいえ。あなたはやっぱり、私が憧れていた騎士様です」
耐えきれず目を逸らすジークフリートの言葉を、アメリアがどこまでも柔らかい声で遮った。
「家族を、民を、誰かを守るために、努力なさるあなたを私は心から尊敬します」
驚いて彼女を見ると、月に照らされた彼女が微笑んでいた。
その瞳が嘘偽りなく、何故自分は生まれてしまったのかと苦しんでいた心に、何かが落ちた。
「ジークフリート様。私に本物の騎士様を教えてくださって、ありがとうございます」
同情のかけらもない、尊敬すら感じられる眼差しで自分を見る彼女の姿に、クラーケンに立ち向かっていた彼女の姿が思い出される。
ーーああ、俺は、彼女が好きだ。
愛おしすぎて息が詰まる。
確信がないとはもう、言えない。
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